前に
ホウリを先頭に、リアナたちは林道を横切って向かいの森へと走ります。戻るという選択肢はありません。戻れば囲まれ、追い込まれ、やがて滅びるのみです。進むしか、ありません。馬の蹄が地面を抉る音が間近に迫り――リアナたちは間一髪、ねじくれた木々の隙間を抜けて再び薄暗い森へと飛び込みました。背後から敵兵の罵声が飛びます。鬱蒼としたこの森に、馬で入ることはできないのです。
何かを指示する声と共に、バラバラと馬から降りる音が聞こえます。馬がどこかに駆けていく音も。リアナたちは背を突かれるように足を動かします。小川の流れる音が遠ざかっていきます。
「きゃっ!」
小さく悲鳴を上げ、リアナが倒れます。わずかな窪みに足を取られたのです。
「殿下!」
ホウリが振り返ります。全員が足を止め、リアナに視線が集まります。リアナは「大丈夫です」と答えると、すぐに立ち上がろうとして、痛みに顔を歪ませ動きを止めました。両手と膝の擦り傷、靴擦れ、足裏のマメ、筋肉痛。考えないようにしていた痛みが全て、思い出したように襲い掛かってきます。リアナは奥歯を噛み締め、息を止めると、痛みを引きちぎるように勢いを付けて立ち上がりました。
「大丈夫。行きましょう」
目を開け、自分に言い聞かせるようにリアナは皆に言いました。ホウリがリアナに近付き――それを遮るように、ルシアン皇子はリアナの前に立つと、
「失礼いたします、リアナ殿下」
そう言ってリアナを横抱きに抱えました。何が起こったのか分からず、リアナはぽかんと間近にあるルシアン皇子の顔を見つめます。ルシアン皇子は強く義務感を宿して森の奥を見つめています。ホウリと側近の騎士が目を丸くし、兵士たちが「ひゅー」と品のない口笛を吹きました。
「お、おろして、ください。重い、です」
目を何度も瞬かせて、うまく回らない口でリアナがルシアン皇子に言いました。皇子は表情を変えずに答えます。
「問題ありません。貴女は鳥の羽根のように軽い」
そんなはずはない、と言いかけたリアナを微笑みで閉じさせ、ルシアン皇子は歩き始めます。緊張、しているのでしょうか、リアナを支える腕にはひどく不自然に力が入っています。間近に聞こえる呼吸を聞きながら、リアナは何とも言えない複雑な表情で顔を赤らめました。兵士たちが弟の成長を喜ぶように優しい笑みを浮かべました。
ホウリと側近の騎士は視線を交わし、うなずくと、再び走り始めます。ルシアン皇子は彼らを追って足を速めました。兵士のうちの四人が背負っていた荷物を降ろし、残りの二人に手渡します。二人はそれぞれ三人分の荷物を背負い、四人とぱちんと手を合わせて、ルシアン皇子を追って走ります。四人の兵士はすらりと剣を抜き、その場に留まりました。
後に続く足音が少ないことに気付き、ルシアン皇子の足が鈍ります。振り返ろうとするルシアン皇子に、
「足を止めるな!」
兵士の叱咤がその背を打ちます。
「前に進むことだけを、お考え下さい」
懇願のように、後ろを走る兵士がルシアン皇子を諭します。ルシアン皇子は唇を噛み、表情を殺して前を見据えました。かすかに震えるその手に、リアナはそっと手を重ねました。
後方で剣の打ち合う音が聞こえ――やがて、遠ざかっていきました。




