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「貴女との婚約を破棄する」 そう言ってあなたは柔らかく微笑んだ  作者: 曲尾 仁庵


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遭遇

 一日目。森の木々は適度な間隔を保ち、見上げれば木々の隙間から空が見えます。小川の流れは穏やかで、せせらぎは少しだけ張り詰めた心を落ち着かせてくれました。近くに村があるのでしょうか、獣道ではない、踏み固められた道が、ところどころ川縁から森に伸びています。この辺りは人の手が入った森、なのです。

 ホウリは慎重に周囲を窺いながら先へと進みます。森に手が入っているということは、そう遠くない場所に森を管理している村があるはずです。川に水を汲みに来た村人と鉢合わせでもしたら――兵長たちの覚悟が無駄になってしまうかもしれません。

 やがて日が落ち、森は深い闇の中に沈みます。幸い人に出くわすことはありませんでしたが、不安と緊張を抱えながら見知らぬ森を歩くのは、気力も体力もひどく消耗するものです。ぐったりと蒼い顔をしたリアナと、その横で表情を隠すルシアンを見ながら、ホウリは難しい顔をしていました。


 二日目。森は徐々に表情を変え、空を覆う枝葉が陽光を遮っています。木々は密集し、空気が澱んだ湿度を帯びています。足元の地面はデコボコとして歩きづらく、朽ちた倒木がしばしば行く手を阻みました。薄暗い森の奥から何かがこちらを見ている気がして、リアナは足を止めます。一頭の若いシカの黒い瞳がこちらを見据え――身を翻し、ガサリと下草を踏んで去っていきました。

 今日何度目かの休憩に入り、側近の騎士はホウリに話しかけます。


「川沿いを行かず、森を突っ切ることはできぬか?」


 ホウリはリアナに顔を向けました。倒木に腰かけ、濃く疲労を顔に浮かべたリアナは、兵士の一人に靴を脱がされ、手当てを受けています。慣れぬ森歩きで靴擦れを起こしてしまったようです。ホウリは首を横に振りました。


「間違いなく迷う。目印になるようなものもない、空も見えないじゃ、正しい方向に進むだけでも難しい」

「しかし――」


 側近の騎士はルシアン皇子に顔を向けました。ルシアン皇子は木に背を預けて地面に座っています。


「食料のこともある。迷って時間を無駄にしたら、皇領森林に辿り着く前に食料が尽きる。川は蛇行しているし、遠回りしているように見えるだろうが、確実に辿り着く道だ。今、方針を変えるのはリスクのほうが高い」


 ホウリの言葉は現状維持を伝えながら、どこか苦いものを声に含んでいます。側近の騎士はうめくようにつぶやきました。


「……文句も言わずよく耐えておられる。だが、このままでは――」


 三日目。森はいよいよ本来の自然の姿をむき出しにし始めます。人の手の入らぬ森は、人に優しくはない――兵士の一人がぬかるみに足を取られ、三人がかりで引っ張ってようやく抜け出すことができました。湿った落ち葉で足が滑り、危うくこけそうになりました。休憩でじっと座っていると足を大きな蟻が這い上がってきます。樹上でキーキーと猿のような獣が吠えています。遠くで鳥が一斉に飛び立ち、木々を揺らせました。

 密集した木の枝葉に空はほぼ覆われ、昼だというのに夜のように暗く、息苦しさにリアナは大きく息を吐きました。足は棒のよう、景色は変化に乏しく、ずっと同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてクラクラします。靴擦れは兵士に布を巻いてもらったものの、痛みが消えるわけではありません。リアナはつま先を見つめ、一歩ずつ足を踏み出します。前を見据えても、辿り着くべき場所が見えないなら、苦しいのです。

 ルシアン皇子もまた疲労の極みにあり、口を開くのも苦しそうです。気遣う側近の騎士を軽く手を上げて制し、黙々と足を踏み出します。誰かの手を借りないという矜持だけで身体を支えているのです。

 やがてどこからか、荒れ狂うような風の音が聞こえてきました。びょうびょうと吹き過ぎる風は土埃を巻き上げ、リアナたちの顔を打ちます。顔の前に手をかざして皆は前に進みます。風の吹く向こう側に光が差し込んでいました。


「――あっ」


 不意に森が途切れ、日のまぶしさが目を刺します。そこは森を貫くように伸びる大きな林道でした。森の奥から切り出した材木などを運ぶために、荷馬車が何台も通れるような林道が整備されているのです。日差しの下に身を晒し、皆は呆と空を見上げました。荒れ狂う風の音が長く尾を引きます。


――ヒヒィィン!


 馬のいななきが耳を打ち、リアナたちは視線をそちらに向けます。林道の向こうから、馬に乗った兵士の一団がこちらを見ていました。リアナはその一団の先頭にいる男に見覚えがありました。リアナが閉じ込められた部屋から逃げ出そうとしたとき、彼女を取り押さえて部屋に戻そうとした兵士――隊長と呼ばれていたあの男でした。


「――こっちが、当たりかよ!」


 悪態をつくように隊長が吐き捨て、ホウリたちの顔が青ざめます。半拍の沈黙の後、


「走れ!」

「捕えろ!」


 ホウリと隊長の声が荒れる風音を裂くように響きました。


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