閑話 石狩紗友里
石狩紗友里は、札幌のカフェで同じ探索者の仲間とお茶をしていた。相手は共に死線を潜り抜け生き残った仲間。紋別と留萌であった。
石狩は明るい金髪をショートカットにした女性で、可愛らしいネズミの耳がトレードマークである。しかし、普段は髪色と同じくらい明るい性格も、今日はどこか影が差していた。
「いや~、二人ともお疲れ様。わざわざふらっちのお葬式まで来てくれてありがとね~」
そう言う石狩の顔には疲労がたまっていた。精神的にも辛いはずなのに、ここ最近は肉体的にも負担が大きかったのだろう。探索とはまた違った疲労が石狩を襲っていた。
「いえ、当然ですので」
石狩に返答する留萌。褐色の肌に白髪を短く切りそろえた留萌は、今日も今日とて覗き穴すらない面をしていた。緑を基調とした不思議な模様が描かれた面は、装備者の視界を奪う代わりに鷹の眼のスキルを授ける面。それに慣れるために留萌は日ごろからこの面を着けているのだ。
「石狩さんこそ少し休んでください。ちゃんと寝られてますか?」
石狩を慮るのは紋別だ。紋別はいつもはシニョンにしている薄い青色の髪を今日は結んでおらず、服装もカジュアルなもので完全にオフの日の恰好であった。
「ありがとしおりん。でも大丈夫。今は動いてた方が気が紛れるんだ」
ダンジョンではとても頼りになる後衛職の石狩だが、不器用に笑う顔はとても脆い印象を受けてしまう。
彼女たちが挑んだ5層2区のエリアボスである鋼飢牛魔人。もともと厳しい戦いになることはわかっていたが、挑んだ結果二人の探索者の命が失われてしまった。即席のパーティをまとめ上げた網走と、石狩が元々所属していたパーティメンバーの富良野だ。
石狩にとって富良野は探索者高校時代からのパーティメンバーであり、戦友を失ったショックは紋別達よりも圧倒的に大きいものであった。失うリスクは承知のうえで挑んでいるが、失った衝撃を無視することもできない。この気持ちを整理するには、時間が必要だった。
「富良野さんの地元は北海道だったんですね。仙台の探高に通われていたから、てっきり東北なのかと思っていましたよ」
「あっはっはっ。そうだよね。ふらっちも私も北海道出身なんだ。札幌の探高に通うにしても、寮生活確定だったからさ~。寮に行くなら札幌じゃなくてもどこでも同じじゃないって思ったわけ。それでも東京はちょっと怖いしってなって仙台を選んだんだよね~。まさか同じ理由のクラスメイトがいるとは思わなくて、それがきっかけでパーティを組んだんだよ~。懐かしいなぁ」
富良野も石狩も北海道出身であったが、北海道はとにかくでかい。地元から札幌の探索者高校に通うのは難しく、寮に入る必要があった。探索者高校は各都道府県に1校ある訳ではないため、他県からの入学者のために寮が完備されているのだ。
普通は地元から近い探索者高校の寮に入るためまさか同郷がいるとは思わず、一気に仲が深まったのもうなずける。
「でも良かったよ~。全滅にならなくて。おかげでふらっちと網走さんにお礼が言えたからね~。二人のおかげ。本当にありがとう」
「こちらこそです。石狩さんの魔法があったからこそ、安心して接近することが出来ました」
「回復魔法使いの存在はとても大きい。俺が牛魔人を抑えられたのも、的確な魔法の支援と熱波で焼かれ動きが鈍るたびに回復していただいたからです」
今回組んだパーティでは、後衛に留萌がいたため石狩はサポート役に徹していた。牛魔人の動きを阻害するように魔法を使いながら、パーティメンバーが常に全力で戦えるように回復魔法を適宜使っていたのだ。そのおかげで、熱波吹き荒れる牛魔人に接近しても、紋別達は動きを阻害されずに十全に動くことができた。
牛魔人に大ダメージを与えるような魔法は使っていないが、仲間の支援という意味では石狩が最も貢献していただろう。
だが、逆に石狩だけが生き残っても勝つことはできなかった。石狩の得意とする火魔法では牛魔人を倒しきることは難しく、後衛だけになった時も留萌が一人で牛魔人を抑えてくれなければ、すぐに戦斧の餌食になっていたことだろう。
そして、富良野がいたから牛魔人に深手を負わせることができ、網走が的確に指示を出していたからその深手を負わせることができた。最後に、紋別が壁を打ち破り剣術スキルを上げることができたからこそ、牛魔人を倒すことができたのだ。5人で臨んだからこそ、牛魔人に勝てた。5層2区のエリアボスは、それだけ厳しい戦いであった。
「それでこれからについてなんだけどね。予め伝えていた通り、私はここでリタイアさせてもらいます。ごめんね、二人とも」
そう言って石狩が頭を下げた。
事前に聞いていたため、紋別も留萌も驚くことはない。牛魔人を倒し、二人の遺体を地上に運び、探索者協会や警察への事情説明や葬式など今日にいたるまであっという間であった。そんな忙しない中でも、これからのことについて考える時間は十分あったはずだ。その上で、石狩がそう言うのだ。それを止めることはできない。当然だ。二人もまた、引き止めてくれる仲間たちを置いてここに来たのだから。
しかし、それを重々承知のうえで、それでも紋別は石狩を引き止めた。
「石狩さん。私たちは5層2区のエリアボスを突破出来ました。残りの炎華操糸蜘蛛だってきっと倒せるはずです。そしてその先だって! 新しいメンバーを募る必要がありますが、『狂人の集い』があればそれも時間をかけずにできるはずです! だから、一緒に特級を目指しませんか? 狂鬼さんが照らしてくれた探索者の道を諦めるのは、まだ早いと思うんです!」
紋別は説得を試みた。石狩は強い。ここで諦めるには惜しい人材だった。共に特級を目指して戦った戦友として、辞めますと言われて、はいそうですかと石狩に別れを告げることの方が不義理だと紋別は感じた。
仲間が死んでショックなのはわかる。だが、そんなことわかっていたはずだ。石狩は探索者の卵である探高生でも、探索者になりたての四級探索者でもない。そんな青さの残る探索者ではないのだ。探索者の過酷さを嫌というほど味わってきた一級探索者である。エリアボスに殺されそうになったことなど数えるのも億劫なほどあるだろうし、重体で痛みにもがきながらダンジョンで野営して探索を続けた経験だってしてきたはずだ。それでも、5層2区のエリアボスに挑むために踏み出したのが石狩である。
一度は特級を諦め通常モンスター相手にレベル上げを行ったとはいえ、それまでエリアボスと戦い続けた猛者なのだ。無理だと諦めていた5層2区のエリアボスを犠牲は出たが石狩達は撃破した。撃破できたのだ。ならば、無茶をしてでも特級を目指すことを継続するべきじゃないか。そのために、石狩はあのパーティに志願したはずなのだから。
しかし、石狩は首を振るう。そして言うのだ。私はあなたたちとは違うのだと。
「私はね。皆みたいに狂鬼さんに影響を受けて5層2区のエリアボスに挑んだんじゃないんだよ」
「元々特級を諦めておらず、機会をずっと窺っていたと?」
「う~うん、違うの留萌さん。私はね、ふらっちに影響を受けてエリアボスに挑んだんだ」
石狩が冷えてぬるくなったマグカップを手で包みながら、懐かし気に目を細めて胸の内を語った。
「皆が狂鬼さんに感じた衝撃を、私はふらっちで感じていたの。ふらっちはね、私たちのパーティでも頭一つ抜けて強かった。いや、強くなったんだ」
富良野や石狩のいたパーティは、探索者高校時代からのパーティだ。高校卒業後は札幌で活動する一級ギルドに所属し、ギルドが管理した探索スケジュールに則って戦ってきた。当然、5層1区までエリアボスとも戦ってきている。
エリアボスとの戦いは死闘だ。それが2層1区だろうとも、5層1区だろうとも、その時その時ギリギリの強さのエリアボスと戦ってきたのだから当たり前である。そんな中、石狩たちのパーティで誰よりも前で戦い、どんな時も諦めず、常にエリアボスと死闘を演じていたのが富良野であった。
牛魔人との戦いの時のように、どんなにピンチであっても富良野は立ち上がり続けた。だからこそ、富良野は剣術スキルのレベルが8もあったのだ。崩壊しかけたパーティを救うために、死に物狂いで戦い続けていたから。
「ふらっちがいたから私たちは前を向くことができたし、ふらっちがいたから私たちはここまでこれた。みんなが狂鬼さんの強さに惹かれているように、私はふらっちの強さに惚れたんだ」
探索者は強者に惹かれるものだ。その強さを得るためにはどれほどの危険を乗り越えて掴み取ったのかがわかるからこそ、強者を貴び惹かれてしまう。
石狩はその光を富良野に見たのだ。強さで言えば狂鬼や特級探索者に劣るだろう。けどそうではない。富良野の心の強さに、石狩は惹かれたのだ。
「だから、ふらっちが狂鬼さんの影響を受けてパーティを抜けてまで特級を目指すって言ったとき、私も迷わず付いて行ったんだ。ふらっちの力になりたかったから」
富良野も網走も紋別も留萌も、全員狂鬼の影響を受けて『狂人の集い』に辿り着いた。苦渋の末に特級を諦めた者もいれば、特級を諦めきれずにあがき続けた者も、自分がどこまで行けるのかただただ追い求めた者もいる。
そんな中、石狩は違う。石狩は特級を目指していないと言えば嘘になるが、特級に固執してはいなかった。ただ富良野の役に立ちたかっただけ。だからこそ、石狩はここまでなのだ。
「……けど、ふらっちは死んじゃった。だから私はここで終わり。元のパーティもギルドも席を空けてくれてるから、大人しく戻ることにするよ」
「そう……ですか」
これ以上紋別は石狩を引き止めることはできなかった。石狩自身に特級を目指す気概がないというのなら、無理強いはできない。
「二人なら大丈夫だよ! だって強いもん! しおりんなんて最後牛魔人圧倒してたもんね~!」
「あれは叢雲のおかげですよ。私はまだまだです」
「紋別先輩が壁を破ったから勝てたんですよ。次は俺も超えてみせる」
決意を漲らす留萌を見て、石狩は思う。『ほら、大丈夫』と。
「それにしても、元のパーティに戻れてよかったですね」
「ホントだよ~! 何か最近『狂人の集い』が問題視されてるっぽくて、利用してた探索者の受け入れ厳しくなってるみたいだし!」
「安全で安定を求められるギルドからすれば、『狂人の集い』の利用者はまさに狂人としか思われないでしょうしね。歩調を乱しかねない探索者は警戒もされる」
「私も大見得きってギルド出てきちゃったし、戻れないなぁ」
「でも戻る気もないでしょ? しおりんは」
石狩のツッコミに、笑い合う三人。石狩と違い、紋別と留萌は特級を目指しているのだ。諦めて古巣に戻るという選択肢を二人は持ち合わせていない。特級に至るか死ぬかの二択。だからこそ、古巣が受け入れてくれるかなんて微塵も心配していなかった。
「とはいえ、まだまだ『狂人の集い』はサイト維持されてるので、早速募集しちゃうね留萌君」
「お願いします」
「札幌で集まるかなぁ」
「ダメだったら横浜に行きましょう、紋別先輩。あそこは『狂人の集い』の利用者が多いので」
川崎のテロがあったからか、横浜ダンジョンでは『狂人の集い』の募集が多い。留萌達も、紋別が来なければ横浜に行こうとしていたくらいだ。札幌で集まらなければ横浜に行けばよい。
「私も『狂人の集い』を見るまでは東京か横浜に行こうと思ってたし、ちょうどいいかもね」
「横浜に行くことになったら、その前にこうしてお茶しよ~」
「もちろんです。またお茶でもしながら狂鬼さんについて語りましょう」
「それは望むところだ。この前の配信見ましたか? 狂鬼さんが弓を使っていたあの戦闘を!」
4層5区のエリアボスと戦った狂鬼の戦闘について留萌が語りだす。口数が少ない留萌だが、狂鬼の話になるとその限りではないらしい。
徐々にヒートアップしていく留萌の話を聞きながら、三人は楽しく語らうのであった。




