閑話 天満道空
ダンジョン黎明期を生き世界中で発生したダンジョンブレイクを治めて周った英雄、初代剣神雨道創雪が設立したギルド、猛虎伏草。特級ギルドに相応しく、レベル200を超える探索者が3パーティも所属する一大ギルドである。
大阪にある深層ダンジョンを拠点とする関西の雄。歴史も規模も強さも申し分ないそんなギルドが、今では陰りを見せていた。
蜥蜴という川崎のテロに関与した組織と繋がっていたことに対して世間から猛バッシングを受け、狂鬼という探索者に対し全面降伏ともとれる対応をしたことで関西の探索者ギルドからも反発を受けている。自分たちのトップギルドがたった一人の子供に屈したということに堪えられないのだろう。大阪だけでなく京都や神戸のダンジョンを拠点とするギルドからも非難が飛んでくる始末だ。
そして、探索者協会からも厳しい処罰がくだされ、ギルドと国側ですり合わせをした結果、大阪を拠点とする特級ギルド二つが実質解体となり、その全ての資産を国に明け渡すことが決まった。代表や幹部は拘置所に収監され、実刑判決。とはいえ、無期懲役とはならなかった。
西成が関西で活動するギルドに所属する多くの探索者を、呪言によって思考誘導していたことがわかっていたからだ。その結果、心神喪失状態であったことが認められ減刑されたのである。とはいえ、事が事だけに幾人かには実刑判決が言い渡された。しかし、先に触れた通り出所後に国のために働くことが取り決められているため、そこまで重い刑とはならなかった。
国としても、優秀な探索者を塀の中に入れているより、ダンジョンに閉じ込めた方が有意義だと判断したのだろう。
そして猛虎伏草の現代表である天満道空は、和歌山刑務所で服役していた。
「いいねぇ探索者ってだけで優遇される奴は」
「あの顔だよ? 一体何人の看守と寝てんだか」
「探索者は丈夫だからね。えぐいプレイもお手の物ってか?」
「「アッハッハッハッ」」
天満を指さし、同室の受刑者が馬鹿にしてくる。始めは探索者ということでひどく恐れられていたが、時間も経てば慣れるのか今ではこの言いようである。一体誰に言っているのかわかっているのだろうか。いやわかっていないのだろう。刑務所に入るような人間なのだ。そこまで思考できるなら今頃ここにはいないはずである。
天満がここまでボロカスに言われているのには理由があった。それは天満が同じ受刑者たちに対し一切合切無視を貫いているためだ。それに加え、天満は高ステータスの影響で容姿が恐ろしく整っている。黙っていればその美しさに女であっても見とれてしまうほどである。そんな女がお高くとまって無視をしてくるのだ。いじめの標的にされるのは当然だろう。
とはいえ、天満はあえて彼女たちを無視している訳ではない。聞こえていないのだ。興味がそそられない有象無象の戯言など、耳に入りすらしない。もっと言えば、大阪で猛虎伏草が没落しわざわざ非難しに来る探索者たちも声どころか視界にすら入っていないし、世間で罵詈雑言の批判を浴びていようともかけらも心に響かない。
そんなことよりも、天満は考えることで忙しかった。雨道に西成の呪言を断ち切られたあの日からずっと、天満は考えている。
どうすればレベル250を超えられるのかということを。
そのことに忙しく、他の話が一切入ってこないのだ。クリアになった思考で、天満は考える。
今まで天満は考えることをしてこなかった。行き当たりばったりで何とかなるだろと、気合で全て解決できるだろと、そうやって生きてきた。そんな人生を送ってきた天満が、今は真剣に考え続けていた。
『お前は本当に馬鹿だね。道空、あんたの進む道の先は空っぽだ。何にも無い』
よく母親に言われた言葉だ。女らしくない名前だと、付けた本人がよく言っていた。男に捨てられ、胎の子はすでに大きくどうしようもない状況。そうして生まれた天満に、お前は一生空っぽなんだと付けた名前。
だが、天満はこの名前を気に入っていた。くそみたいな世界で生きてきた天満が、唯一気に入っていたものと言ってもいいだろう。
そんな天満が思考する。どうすればレベル250を超えられるのか。いや、どうすれば雨道すら超えることができるのかを。慣れぬ思考に考えが取っ散らかって仕方がないが、それすらも楽しむように考え続ける。
天満は強い。天満をリーダーとする天命は、深層階層である7層1区のエリアボスを倒しているのだ。レベル240のエリアボスを。当然その次として7層2区のエリアボスに挑もうとしたが、それは止められていた。
(あの時、なんで止められたんやったか。たしか『次はほんまに死ぬ可能性高いからやめとけ』言われた気ぃするな。ほんで、死ぬんやったら、ちょうどええやないか。ほな早よ行こか、そう言うたはずなんやけどな。気ぃ付いたら、結局挑まんまま終わっとった)
思い返してみれば、それを必死に反対していたのは西成であったし、西成が周囲を止めていた記憶もある。『お前では超えられない。雨道のような強者が現れた時、共に命を賭けるために今は行くな』とか説得されたはずだ。
今ならば言える。何を言っているんだと西成を半殺しにしただろう。だが、当時はそれに従った。確かに自分はまだまだ雨道に並ぶには力不足だと常に思っていたし、その劣等感が心の隙となって西成の言葉に惑わされたのだろう。なんとも恥ずかしい話である。
(他人なんぞ信用する価値あらへんって、分かっとったはずやのにな。いつか現れるかもしれへん神スキル持ちの探索者を、指くわえて待っとったなんて……笑えもせんわ)
天満は賢くない。賢くない代わりに、自ら行動することができる。やらずに諦めるなんてことは無く、悩む前に動けるのだ。そんな天満が見ず知らずのどこぞの馬の骨が出てくるのを待つなんて、よくもまぁお行儀よく待ってたものである。
(あん時のウチ、シバキ回したいわ。まぁ、何時までも腹立てとってもしゃあない。問題は西成や。あいつの呪言。ウチどころか、ああいうんに鼻の利く難波ですら見抜けへんかった。そこが一番ヤバい。西成、そんな強い奴やったか?)
呪言はたしかに強力である。戦闘に限らず話術に補正がかかり、詐欺師のように相手の思考を誘導することだって出来てしまう。これによって天満たちは操られていたのだから相当厄介なスキルである。
だが、ここで疑問も出てくる。西成は天満と同じ特級なのだ。同格の人間が、天満のような感性で生きるような感覚派から、腹黒く策謀めぐらす前ギルドマスターの九条まで等しく思考を誘導できるかと言われれば、首を傾げてしまう。
呪言は神のスキルでもなければ、ユニークスキルという訳でもないのだから。それが出来るというのならば、あまりにも破格な性能過ぎる。それがたとえ『思考のふり幅を極端に偏らせる』行為であろうともだ。天満はまだしも、九条や難波が気づけないわけがない。
(つまり、西成は何かやったんや。ただの呪言を、ただの呪言で終わらせへん何かを。いったい何をした? それが、ウチに足りてへん何かな気ぃするんや)
西成だけでは、どうあがいてもあのような結果へ誘うことはできなかっただろう。だが、西成は一人ではなかった。西成の背後には大国がいた。中国という巨大な国家が。
西成という劇物を日本で爆発させるために、中国が西成に入れ知恵をしたのだ。その結果があの一連の流れであり、特級すらも思考を誘導されるという結果を生みだした。西成は腐っても特級。相応の地獄を生き抜き力を付けた探索者なのだ。特級の中では下の部類の強さであろうとも、同じレベル帯ならばたった一つのスキルでその格差を覆すことも不可能ではない。
天満はその何かがあったはずだと気づき、しかしその何かが掴めずにいた。それこそが天満を先に進めるピースであるはずだと、彼女の直感が言っているのだ。
(おもろいなぁ。ほんま、おもろいで西成。お前、いったい何したんや。神のスキルでもあらへんのにあの効果や。それ掴んで、雨道さんとは違う道で、ウチは雨道さんに追いついたる)
天満は雨道という存在を知り、惹かれ、憧れ、その背中を追って探索者となった。圧倒的な強者に夢を見たのだ。ああなってみたいと。
だが、この前雨道と九条と一緒に西成を持って東京に行ったとき、雨道に言われたのだ。私を目指すなと。
『天満。私に憧れるのはいいけど、目指すのは止めな』
『ど、どうしてでしょう、雨道さん』
『私はレベル250を超えて歩みが止まった半端ものさね。目指すべきじゃない』
狂鬼と話して何か感じることがあったのか、雨道が天満に言葉を紡いだ。そのことに天満は衝撃と感動を覚えながら、それでも雨道を目指すなということに納得はできなかった。レベル250を超えて雨道は止まったのかもしれないが、それでも天満にとっては子供の時からの憧れの存在なのだ。そして、まだまだ追いつけていない。こんな状態で、目指す目指さないなど議論することも烏滸がましいというものだ。
『はぁ。馬鹿のくせに頑固だね。分かりやすく言ってやる。私が私の模造品を見て喜ぶと思うかい?』
『雨道さんの模造品……虫唾走りますね。殺します』
『ごめんよ天満。難しかったね。あんたに例えればいいかな。天満に憧れている探索者がいて、天満のようになりたいと言われて嬉しいかい?』
『嬉しくないですね。もっと上目指せやって思います。つまらん奴やなって……はッ!? まさか!?』
『そうさ。そうだよ、そのまさかだ。私程度に憧れるあんたに、私は興味が湧かない。狂鬼君のように、予想外だからこそ私も楽しめるのさ』
それは天満にとって衝撃だったのだ。天満が憧れ、この人のための力になりたいと心の底から思っている人物は、自分を目指して健気に頑張るような探索者はお呼びではなかったのだ。そのことをひどいとは全く思わない。天満自身そう思うのだから。
『だから天満、あんたは好きにおやり。その方が、私も楽しめそうだ』
雨道の言葉を今も反芻し、天満は好きにやるために思考し続けている。今までずっと雨道の背中を追ってここまで来たのだ。これからは自分の道を進む必要がある。だからこそ、慣れない思考だろうともどうすればよいか考え続ける必要があるのだ。今までのように、敷いてあるレールを歩む道ではなくなったのだから。
塀の中に入り、労役を課され、それでも天満はどこまでも自由であった。強くなるために、失っていた時を取り戻すように強くなるための道を模索し続ける。
「んだよこれ! 緊急ニュースとかふざけんなよ!」
「チャンネル変えなよ。って他も? カスかよ」
『速報です。サウジアラビアのダンジョンでダンジョンブレイクが発生いたしました。繰り返します。サウジアラビアのダンジョンでダンジョンブレイクが発生しました。日本でのダンジョンブレイクは確認されておりませんが、ダンジョン付近にいる方は至急避難をしてください。繰り返します』
同室の受刑者が仮就寝の時間を利用しテレビを見ていたようだが、緊急ニュースが入り番組が止まってしまったようだ。そのことに腹を立ててテレビを消そうとする受刑者だが、テレビを消すことはできなかった。
動けなかった。恐ろしいプレッシャーが襲い掛かり、指先ひとつも動かせない。まるで腹を空かせた冬眠明けのヒグマでも側にいるかのようだ。心臓を直接鷲掴みされた気分である。
「なっ、何をしている天満!! ううう、動くんじゃない!!」
異変を察知した刑務官が駆けつけるが、及び腰で声も震えている。それでも、職務を全うするために声を出せたのは立派なことであった。
「何もしてませんやん先生。ただ、ちょっと気ぃ昂っただけやないですか」
天満は特級探索者なのだ。そんな歩く核爆弾のような存在が傍にいて、只人が正常を維持できるはずがない。現に、同室の受刑者たちは動けないどころか呼吸すらまともに出来ていなかった。
先ほどまでのぼうっと呆けている天満はいなくなっていた。代わりに現れたのは、ギラギラと飢えた獣の様な眼をした、一人の探索者である。
「それより先生、探索者協会に繋いでもろてええですか。このダンジョンブレイク、ウチが行きますさかい」
腰が抜けて尻もちをついている刑務官に、天満が指示する。その時ふと、何故道空という名前が気に入っているのかを思い出した。
何時も不機嫌で、常に天満を虐げていた母親が、酒に酔いながら一度だけ言った言葉があったのだ。
『道空。あんたの進む道の先は空っぽだ。何にもない。―――だから、お前はどこまでも自由なんだよ』
天満道空。大阪最強のギルド猛虎伏草のリーダーが、サウジアラビアのダンジョンブレイクを治めるために名乗りを上げた。サウジアラビアの人たちを救いたいという義侠心はかけらもない。ただダンジョンブレイクという自分を追い込める千載一遇のチャンスを掴むために、天満は自ら地獄行を志願する。
その後、天満はほどなくして和歌山刑務所から移送されるのであった。




