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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第十章 幼子の終わり

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28話 犀月2

 大理石のように白く硬質な肉体を纏うモンスター。犀月《さいげつ》という名のエリアボスを、灰ヶ峰はユニークモンスターだと断定した。


 通常、ユニークモンスターというのはそのエリアのエリアボス並みの強さを持ったモンスターの事である。エリアボスは一か所に留まっているがユニークモンスターは徘徊するため、1~3区のような場所で出現すると凄まじい被害を生み出すこともある最悪のモンスターだ。とはいえ、通常はエリアボス並みの強さのため、そのエリアのエリアボスに挑んでいる探索者ならば倒せるレベルである。


 だが犀月《さいげつ》は違った。明らかにエリアボスを超える強さを持っている。まるでエリアボスがユニークモンスター化したような強さであった。ユニークエリアボスと呼んでもいいだろう。


 スキルレベル10を保有する灰ヶ峰は、4層5区の適正を一歩超えている。とはいえ、リスクを上げるために狂鬼の指示のもと灰ヶ峰は一人で戦っているのだ。たとえスキルレベル10を持っていようとも一人で挑むのは厳しい。それは昨日ヨキが証明している。


 ヨキは斧術がレベル10であり、神のスキルを持ち、なおかつ幻想《ファンタズマ》級の武器をもってしてもギリギリの勝利であった。一方灰ヶ峰は剣術スキルはレベル10だが、神のスキルは持っておらず、武器は狂鬼が強化したとはいえ遺物《レリック》級。だというのに目の前にはユニークエリアボスがいる。何の冗談だろうか。


 ただ、エリアボスも万全という訳ではなさそうだ。強すぎるが故か、思考がかなり単調化しているように感じる。分身だと気づかずに攻撃し続けていた様子に、狂暴化や暴走化のような状態に陥っていると灰ヶ峰は判断した。


「試練か。ちょうどいい。レベル10の先に進むためには何が必要なのか、行き詰っていたところだ」


 右目を内側から穿つように突き出された黒曜石の角が、昏《くら》く輝《ひか》る。辺りに散らされた灰ヶ峰の魔力が、犀月の動きを見落とさないとまとわりついた。


 相手がユニークモンスターだと知っても、灰ヶ峰に下がるという選択肢はない。直感が危険だと騒いでいようとも関係ない。


 狂鬼の訓練の様子を見て、灰ヶ峰は一つの事を学んだ。異質な強さを身に付けるならば、異常な環境に身を置く必要があるのだということを。100回戦って99回死ぬぐらいの戦いに挑むことで、初めて適正以上の強さに手が届く。実際、灰ヶ峰は何度も死んだ末に、ようやく剣術スキルがレベル10となり逸脱した強さを手に入れたのだ。


 灰ヶ峰は狂鬼のパーティメンバーである。狂鬼であれば、試練に直面した時笑うだろう。絶対越えてみせると、少年のように笑いながら何度死んでも突っ込み続けるはずだ。そうやって、狂鬼は99回死に続け、100回目に逸脱した強さを身に付けたのだろう。


 ならば灰ヶ峰も後に続く必要がある。同じパーティメンバーとして。肩を並べるに足る探索者になるために。イカレた強さを持つ狂鬼と、そんな狂鬼を信奉し信じ切ることで異様な強さを手に入れたヨキに追いつくために。灰ヶ峰は試練を歓迎しその身を投じる。それこそが、自分が強くなるために必要なことだと理解しているから。


 灰ヶ峰は狂鬼と違って生き返ることはできない。ならば狂鬼のようなゾンビアタックは無理だ。一度も死ぬことなく、犀月を倒す。死なずに倒すというのは当然のことであるが、試練に一人で立ち向かうという当然とはかけ離れた選択を灰ヶ峰は選んだ。


 自分が偽物を攻撃し続けていたことを理解した犀月が、強烈な怒気を放つ。目の前の男は、攻撃を躱すだけでなく自分に手傷を与えたのだ。たった一筋の切り傷であろうとも、本来ならばあの攻撃では傷すら付くはずがないというのに傷をつけられた。


 犀月は怒りに支配された頭で、灰ヶ峰を明確に敵と認識する。特に灰ヶ峰の持つ淵割《ふちさき》の剣《つるぎ》は危険だと、犀月は警戒した。そのうえで、全てを塗りつぶす暴力を振るうために犀月が灰ヶ峰へと襲い掛かる。


 一撃受けただけで存在進化を解放したレベル200間近の灰ヶ峰を負傷させるほどの剛撃。ヨキのような無数の斬撃を生み出すことで隙をカバーするのではなく、二つの重量武器をまるで小刀でも扱うかのように振り回してくる。軽々しく振り回される一撃必殺の連撃を、灰ヶ峰は闇魔法を纏い全力で受け流していた。


 淵割《ふちさき》の剣《つるぎ》に纏った闇魔法が緩衝となって衝突時の威力を和らげる。それでも剣を握る手が痺れるほどにふざけた威力の攻撃であった。さらに、闇魔法による攻撃を犀月にいくら叩き込もうとも、ダメージどころか姿勢ひとつも乱すことが出来ぬ始末。正面から淵割の剣による攻撃を切り傷だけで済ませた犀月だが、どうやら魔法にも耐性がある様だ。もはや犀月は闇魔法を見向きもせず、淵割の剣のみを警戒していた。


 犀月の警戒は正しい。淵割の剣は万物を斬る。それは本来ならば斬ることが出来ぬものであろうとも断ち切れる魔剣。灰ヶ峰はそのことを『真理の魔眼』で知っていた。


 刃写理山水(じんしゃりさんすい)の宝珠から発現した『真理の魔眼』は、物の本質を覗くことができるスキルである。このスキルによって犀月が陸角《ろくつの》や壊眼《かいがん》よりも強力なことも分かれば、武器のより詳しい力も覗き見ることができる。それによれば、この剣はレベル250以上のエリアが適正な強さを内包した武器であった。


 この武器が淵の番からドロップした品であることは、動画で見ているため偽りではないことを知っている。そして、狂鬼がスキルで強化した剣とも言っていた。だから何かあるのだろうとは思っていたが、手に取った時にこの剣の価値を正しく灰ヶ峰は理解した。これはダンジョンが定めたバランスを破壊する武器であると。まるで適正を大きく逸脱している狂鬼のような武器であった。


 先ほど犀月に一太刀入れられたのも灰ヶ峰の技量によるものではなく、単純に淵割の剣が恐ろしく強いからこそ傷を付けられたのだ。故に、犀月が淵割の剣を警戒するのは当然である。


(闇魔法がここまで無視されるとなると、逆手に取れと言わんばかりだな)


 縮地《しゅくち》のスキルを使い一気に後方へ下がる。縮地は瞬間移動のように高速で移動できるスキルであるが、直線的な動きしかできない欠点があった。このレベルの戦いで縮地を使って接近すれば、ただカウンターを貰って終わりだろう。だからこそ、灰ヶ峰は距離を空けるために縮地を使った。


 距離を空け、灰ヶ峰が闇魔法を行使する。


 3層5区のエリアボスである大聖龍を相手に、灰ヶ峰は闇魔法の特訓を行った。水魔法と巨体を活かした近接戦を行う大聖龍相手に、闇魔法だけで挑み倒している。知っての通り倒すまでに何度も死んでおり、トライアンドエラーを繰り返してようやく倒すことができた相手であるが、闇魔法だけで灰ヶ峰は大聖龍を倒しているのだ。


 そんな灰ヶ峰の闇魔法を軽視するのは、甘えが過ぎる。


「闇魔法が攻撃だけだと思ったか? 視界を閉ざせ。暗転」


 灰ヶ峰の闇魔法が犀月に牙を剥く。灰ヶ峰は闇魔法を強化する『闇の理《ことわり》』のスキルも発現している。強化された闇魔法が犀月の魔法抵抗を突破し、視界を奪うことに成功した。


「万全のお前なら視界を奪うことすら無理だったのだろうな」


 犀月が強すぎるためか、何かしらの状態異常を受けていることは真理の魔眼を通しても確認している。そうでなければ視界を奪うことなどできなかっただろう。それでも、犀月はすぐさま闇魔法を払いのけ、視界を確保する。


 取り戻した視界の中に、灰ヶ峰はいなかった。灰ヶ峰は全力の気配遮断で姿を潜めることに成功する。気配遮断に加え、隠匿の心得と装飾品である『蛇蝎《だかつ》の雲隠れ』で発現する雲隠れの3つのスキルを併用した気配遮断。いくら犀月でもそう見つけることはできない。


 それでもなお、直感が逃げろと叫んでいた。


(これでも足らないか。剣術のレベルは足りているはずだ。そのうえで、何が必要かを見極める)


 淵割の剣が犀月へ襲い掛かる。さすがに攻撃となると犀月相手に気配遮断を維持することはできない。弾かれる前提で攻撃した灰ヶ峰は、再度犀月の身体に浅い切り傷を付けるだけで終わる。犀月の攻撃を掻い潜りまたも攻撃するが、同じく切り傷だけしかつかない。


(何故だ……何故斬れない?)


 スキルレベル10の剣術スキルを持っていて、それでも斬れないというのはおかしい。何故なら剣術のスキルはここで頭打ちなのだから。


 灰ヶ峰の疑問は、真理の魔眼をもってしても解消されない。それはつまり、真理の魔眼では把握できないほどの何かがあるということだ。スキルを凌駕する何かが。


(魔力操作も10必要ということか? いや、そういう問題ではないはずだ。そんな条件をダンジョン側が設けるとは考えづらい。真理の魔眼が弾かれた。これこそが重大な情報である気がしてならないな)


 犀月が怒り狂いながら戦斧と戦棍を振り回す。地形を破壊し、風圧だけで雪が横殴りに吹き付けられる。まるで吹雪の再現の様だ。あの強化された淵の番すら凌いでみせた灰ヶ峰が、犀月相手には回避に専念せざるを得ない。


 思考加速をフル動員させ、灰ヶ峰が突破口を模索する。犀月の連撃は闇魔法を使ってもじり貧となるほどの連撃であった。大聖龍すら倒してみせた闇魔法の攻撃が、犀月には一切通用しない。闇の刃では髪の毛一本切ることはできず、影を使った拘束もまるで意味をなさない。


 それでも、灰ヶ峰は戦い続ける。ユニークエリアボスという理不尽な存在が相手だろうと、レベル10という最高峰のスキルでもダメージを与えられないという絶望的な状況だろうと、それは諦める理由にはならない。諦めて楽になろうなど、灰ヶ峰の辞書にはないのだ。ただできることを死ぬまでし続けるだけ。それが灰ヶ峰であり、それこそが灰ヶ峰染(せん)であった。


 理性を失い、それでも圧倒的な攻撃力と速さで灰ヶ峰を追い詰めていた犀月だが、徐々に灰ヶ峰に余裕が出てくる。灰ヶ峰には適応というユニークスキルがあった。置かれた環境、状況、相対する敵、全てに適応することができるというスキル。例えば凍てつく4層の寒さも、灰ヶ峰はすでに適応しているため行動に支障をきたすことがない。理不尽なほどに強かった淵の番にも適応したことで、その技量についていけるようになったのだ。


 この適応と見切りのスキルが強力なシナジーを生む。犀月の攻撃を見切りによって何とか躱せていた灰ヶ峰が、犀月に適応することで動きにゆとりが出てきた。ゆとりがあれば攻撃へ転じることができる。


「ヴァォオォォァアアアアア!!!」


 犀月の身体に淵割の剣が切り傷を与えてゆく。声量だけで相手を吹き飛ばすほどの怒りの雄叫びを上げながら、犀月のフラストレーションが貯められていった。


 一見して、灰ヶ峰が優勢に見える。適応と見切りによって紙一重で攻撃を避け、ギリギリで避けるからこそ余裕が生まれ攻撃を行うことができている。闇魔法は効いていないようだが、淵割の剣で切り傷はつけられている。綱渡りかもしれないが、徐々に灰ヶ峰が盛り返してきたとコメントが盛り上がっていた。


 しかし、灰ヶ峰に焦りが生まれる。直感の警報が、限界を迎えていた。直感が死ぬ直前でどのような反応をするのかを、灰ヶ峰は知っている。何度も何度も3層で死んできたのだ。そのおかげで、直感の習熟度も否が応でも上がっている。だからこそ、灰ヶ峰は焦るのだ。直感が、もはや確定した死を告げようとしているから。


(何が足りていないんだ? スキルの理解度か? 魔力か? 剣術スキルでは足りないというのか!? 神のスキルが必要だとでも―――)


 灰ヶ峰が思考の坩堝《るつぼ》にはまる中、直感の教えの通り事態は急変する。


 犀月をこの地に縛り付けていた拘束具が、完全に破壊された。もはや鎖は千切れ枷の役割を担っていないように思えたそれは、実際には犀月の動きを阻害する役割を担っていたのだ。動きが阻害されていてようやくスキルを駆使して躱せていたというのに、枷から解き放たれればどうなるか。それは簡単な答え合わせであった。


 枷が外れた犀月が振るう戦棍。もはや避けるのは不可能。本来ならば防御すら間に合わず即死するはずだったその攻撃に、灰ヶ峰は反応してみせた。見切りと適応の相乗効果をもってしても、なんとか間に剣を挟み込むことしかできなかったが。


「ガハッッ!!」


 砲弾のような勢いで吹き飛ばされる灰ヶ峰。雪化粧された岩肌に灰ヶ峰は叩きつけられ、積もっていた雪が派手に舞い岩肌に幾筋もの亀裂が走った。


「ァァア゙ア゙……かげ、影移動」


 浅く呼吸を乱しながら、犀月の攻撃がこれで終わりではないと理解している灰ヶ峰は死にかけている身体に鞭を打ち行動する。暗転を使い犀月の視界を奪い、灰ヶ峰の態勢が整うまでの囮役として多くの鴉《からす》を出現させておく。自身は影移動を使い、一度戦線を離れるや気配遮断と隠匿の心得、それに雲隠れを使用し身を隠した。


「オ゙ェ゙ェエエエエ……!」


 犀月から距離を取り、灰ヶ峰が夥《おびただ》しい量の血を吐き出した。間に剣を挟んだというのに、肋骨は砕け内臓は滅茶苦茶にされている。口内に留めておくことすら難しい量の血が溢れ出し、止まる気配がない。雪を血に染めながらも、灰ヶ峰は収納から上級体力ポーションを取り出し躊躇うことなく使用した。


 刃写理山水(じんしゃりさんすい)の宝箱からゲットしたポーションは、上級だけあって骨折した肋骨も損傷した内臓も瞬く間に治してくれる。傷は回復したが、状況は好転していない。灰ヶ峰が生みだした鴉は、犀月の戦斧一振りで恐ろしいほど数が減らされていた。あれでは時間稼ぎにもならないだろう。


 依然として直感は危険だと灰ヶ峰に警鐘を鳴らす。あれを防げたのは適応のおかげであり、運が良かっただけだ。次はないと直感が言うが、しかし灰ヶ峰はそれを無視して僅かばかりの稼いだ時間を思考に割く。血の気を失ったことで冷えた頭を使い、灰ヶ峰は考える。何が足りていないのかを。


(淵の番は狂鬼の影響を受け、3層5区のエリアボスから逸脱した存在になっていた。それでも剣術スキルがレベル10になれば、正面から斬り伏せることができた。剣術スキルでは届かぬ領域……その可能性は切り捨てる)


 不確定要素を決めつけることの愚かさを灰ヶ峰は理解している。理解したうえで、剣術スキル以外に解を求めるべきではないという直感を信じる。闇魔法を鍛えた灰ヶ峰であるが、灰ヶ峰にとっての探索者としての根幹は剣術である。その芯をぶらすことはしない。


(丙《へい》型のゴーレムにみられる攻撃無効のギミックがあるとも思えない。ならば何故だ? 剣神でなければ足らぬとでも? いや、待て。剣神……レベル10……まさか、250の壁か?)


 犀月が隠れ潜む灰ヶ峰を捉え、鴉を無視して突貫する。


 まるで暴力を無理やり人型に押し込めたような存在だ。かすりでもすれば防具など意味なく致命傷となるだろう攻撃を、まるでジャブのように打ってくる。枷から解き放たれた犀月を抑えることは不可能で、すぐさま見切りと適応が追い付かなくなり戦斧の一撃を剣で受け吹き飛ばされてしまう。


 今度は来ることを覚悟していたため、身体強化に魔力を込めたことで内臓を破壊されることは無かった。その代わり、犀月も闇魔法に翻弄されることなく、全てを振り切り追撃を仕掛けてくる。


 灰ヶ峰は防戦一方の中、先ほど立てた仮説を検討していた。


(レベル250に至るためには、神のスキルかスキルレベル10が必要だという。つまり、そこに至らなければ倒せないということだ。スキルレベル9と10の間にある絶対的な差、それはスキルは解釈次第だという点だ)


 灰ヶ峰は淵の番との戦闘において、その頂《いただき》に達した。受け流すことで精一杯だった淵の番の剛撃を弾き、最終的には武器ごと破壊してみせた。あの時灰ヶ峰が行ったことは、『剛撃を弾くことはできない』という常識を捨て、『剛撃を弾くことができる力』を求めた。そして、存在進化することで増した魔力を使って『武器すら破壊できるほどの攻撃』を成し遂げたのだ。


 剣術スキルレベル10ならばそんな攻撃もできるはずだと解釈し、その可能性を魔力を使って実現させた。当然、灰ヶ峰は今もその意思を込めて剣を振るっている。それでも、武器を弾《はじ》くどころかこちらが吹き飛ばされ、一太刀入れられても皮膚を浅く斬ることしかできない。


 灰ヶ峰は犀月の攻撃をいなせず吹き飛ばされ、闇魔法で僅かな時を稼ぐがすぐさま接近されてまた吹き飛ばされる。なんとか攻撃を防げているが、このままではじり貧だ。武器を破壊されずにいられているのは、淵割の剣が優秀だからに他ならない。そして、今も生きていられているのは直感に従い防御に徹しているからだ。だが、相手は犀月《さいげつ》。そんな防御ごと簡単に破壊できる存在であった。そう。今の攻撃のように。


 叩きつけるように振るわれる戦棍は速く、灰ヶ峰が避けることができないタイミングで振り下ろされた。真正面から受け止めれば、防ぐことは敵わずそのまま圧殺されてしまうだろう。ならば受け流すか弾くかしかない。しかし、弾くというのは現実的に不可能だ。実質受け流すしか選択肢はなかった。


(そうだ。淵の番と戦っていた時もそう思っていた。だが、レベル10に至ったことで弾き返せるようになったんだ。ならばこの攻撃も弾き返すことだって可能ではないのか?)


 その時、淵の番の言葉が脳裏に蘇《よみがえ》る。


『極めろ。磨け。修練せよ。後はただひたすらに高めるのみ』


 淵の番はそう言った。レベル10へと至った灰ヶ峰に、そう言ったのだ。修練せよ(・・・・)と。スキルの頂に到達したというのに、まるでそこからが始まりだとでもいうかのように。


(まさか……そうか。そういうことか!?)


 灰ヶ峰を圧殺するために振り下ろされた戦棍。先ほどまではその攻撃を受け流すことすらできなかった。灰ヶ峰の技量を嘲笑うかのように、犀月の力業で逸らすことすらできなかったのだ。そんな攻撃が、灰ヶ峰によって僅かに逸らされる。


 だが、それは直撃を避けられたというだけ。肩口に被弾した戦棍が左腕を毟《むし》り、地面に叩きつけられクレーターをつくった。さらに戦斧が横薙ぎに振られるが、灰ヶ峰は影移動を使って距離を空けることに成功する。今までならば影移動など間に合わなかっただろう。だが、灰ヶ峰は間に合わせた。間に合わせるように魔力を使い意思を込めたのだ。まるでスキルレベル10のように。


 左腕を失った灰ヶ峰。5区では大量に見つかる宝箱から得られた下級体力ポーションを使い、簡単な止血を行った。灰ヶ峰は左腕を失ったというのに顔色一つ変えることはない。顔から噴き出す脂汗が激痛であるということを教えてくれるが、灰ヶ峰は痛みで思考が邪魔されることは無かった。


 犀月に対し、灰ヶ峰はスキルレベル10に相応しい攻撃をしていた。頑強な敵を倒すために、魔力を使って切断を実現させようと振るっていた。だというのに、武器の性能に頼った切り傷しか付けられない。


 何故か。答えは簡単だった。


「お前も使っているんだな? 魔力による能力の拡張。いや、望む事象の再現を」


 そう。犀月もまた、魔力を使ったスキルのその先の技術を身に付けたエリアボスだったのだ。スキルに頼り身体を強化する訳でもなく、ステータスに任せ武器を振るっている訳でもない。相手の攻撃を全て防ぐという意思を魔力に乗せて身体を強化し、この一撃は相手の防御を喰い破るという意思を魔力に込めて振るっていたのだ。


 灰ヶ峰が淵の番を倒し剣術スキルがレベル10に至ったとき、剣神である雨道《うどう》との差に疑問を持った。剣術スキルの高みにたどり着いたというのに、雨道との差は何なのかと。剣神の凄みは何なのだと。


 答えは灰ヶ峰がまだ至ったばかりだったからだ。灰ヶ峰と雨道との差は、剣術レベル10と剣神というスキル性能の差ではなかった。灰ヶ峰と雨道との歴然たる実力の差であったのだ。


 灰ヶ峰はレベル10に至ってから今まで、そんなことができるモンスターと戦ってきていない。だからこそ、淵の番が相手であろうとも灰ヶ峰の攻撃は簡単に通ったのだ。通常攻撃でも倒せる相手に、意思を魔力に上乗せした攻撃をしていたのだから当然である。


 レベル250の壁。それこそがこの現象。意思を魔力に込めた攻撃でなければ通用しない相手が、レベル250なのだ。犀月はレベル228であるが、ユニークモンスターとして強化されている。レベル250で求められる能力を保有していても何ら不思議ではない。


 ここはダンジョンなのだ。時に理不尽だと思う試練も、決して越えられぬ者の前には現れない。でなければ、1層に犀月のようなモンスターが出てもおかしくないのだ。犀月を倒すにはレベル250の試練相当を要求されるが、灰ヶ峰はすでにスキルレベル10へと至っている。ならば、これは灰ヶ峰に課せられた正当な試練である。


「ただ斬るという発散した意思では足りないということか。お前を斬り伏せるという絶対なる意思を魔力に込める必要があった。なるほど。狂鬼が言っていたことはこういうことだったのか」


 犀月の意思すら斬り伏せる攻撃でなければ、犀月には通用しない。それは灰ヶ峰が意味不明だと流していた、狂鬼の言葉そのものであった。


『物理攻撃が効かない法則なんて、相手が勝手に作った法則でしょ。ヨキはヨキで絶対に一撃で倒す法則作れば倒せるでしょ』


 それは狂鬼がよくヨキに吹き込んでいる、アドバイスともいえない滅茶苦茶な理論。だが、それこそが先に進むために必要な条件だったのだ。


 これはつまり矛盾の話だ。何でも貫く矛と、何でも防ぐ盾、どちらが本当なのかという話。何でも防ぐという意思を魔力に込めた犀月を打ち破るには、それよりもなお強い絶対に斬り伏せるという意思が必要だったというだけだったのだ。


 犀月に攻撃が効かないというルールは、犀月が作ったもの。ならば、灰ヶ峰もルールを作ればよい。犀月のルールを塗り替えるものを。自分に斬れぬものは無いというルールを。それをアシストする武器を、灰ヶ峰は握っている。


 淵割《ふちさき》の剣《つるぎ》。その効果は『万物を斬る』こと。まさに、これから灰ヶ峰が自分自身で定める理《ことわり》におあつらえ向きな武器であった。


「ようやく、お前を十全に振るうことができる」


 淵割の剣が、まるで応える様に昏く輝《ひか》る。


 その様子に、犀月が警戒する。暴走状態でも突っ込む以外の行動ができるのか、灰ヶ峰を睨んでいた。


 片手を失った手負いの剣士。だが、手負いの獲物ほど気を付けてかからねばならないと、犀月は本能で理解している。しかし、今更警戒しても遅い。犀月は止めを刺すのが遅すぎたのだ。


 この状況に至ったのは、犀月の落ち度では決してない。灰ヶ峰が自ら掴み取ったものである。


 持てる全てを尽くしても与えられるダメージは切り傷だけという絶望的な状況の中、それでも最善手を選び続ける精神力。これは偶然ではない。必然なのだ。諦めることを捨て、あがき続けたからこそ手繰り寄せた勝機。片腕を失った今の状態では、掴んだ勝機は何ともか細く頼りないものかもしれない。それでも、ゼロだった勝率がゼロではなくなった。それは大きな一歩である。


 危ないよーと教えてくれる直感。しかし、その声は随分小さなものになっていた。未だ戦況は劣勢だが、灰ヶ峰はここに来て初めて自ら犀月へと仕掛けにいった。


「ヴぉぉォオオ゙オ゙オ゙オ゙!!」


 犀月もまた、灰ヶ峰に合わせるようにギアをあげる。枷が解かれた犀月の攻撃に灰ヶ峰は防戦一方だったのだ。今更何か掴んでも遅いと、一撃必殺の意思を込め戦斧を振り下ろした。


 灰ヶ峰はその攻撃に対し真正面から迎え撃つ。淵割の剣が煌々と輝き、絶対なる意思を込めて戦斧に直撃し―――粉砕された。


 淵割の剣を破壊し、犀月の戦斧が灰ヶ峰に直撃する。即死の一撃。だが、犀月はその手ごたえを知っていた。まるで空気で膨らんだ布を殴りつけた様な軽さ。それは、偽物の証拠。戦斧によって破壊された灰ヶ峰の分身から、黒い霧が噴き出した。


「ヴァァアアアア!!」


 咆哮を上げ黒い霧を霧散させようとした犀月だが、予想に反し霧散することは無かった。


「面白い。魔法にも当然この法則は適用されるんだな」


 灰ヶ峰は黒い霧にも意志を込めていた。犀月の視界を奪うという意思を込め、魔法を行使した。犀月の咆哮によって幾分かは散らされてしまうが、それでも視界を奪う程度は残されていた。


「ヴオ゙オ゙ォォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙」


 視界は奪われようとも、どこにいるかは気配でわかる。犀月が戦棍を振るうが、また返ってきた感触は偽物のもの。黒い霧が犀月へと迫る。


 白き怪物である犀月が、黒い霧に包まれる。もはや視界は塞がれ、灰ヶ峰の気配すら掴めなくなっていた。


「種が割れれば、ただ暴走しているだけの者に後れは取らない。今、終わらせてやる」


 いつの間にか直感は静かになっていた。


 片腕で握る淵割の剣が、魔力を込められ煌々と輝いている。まだ灰ヶ峰は相手の意志をねじ伏せる攻撃に慣れていない。その分は魔力で補う必要があった。持てる魔力を振り絞り、視界を奪われ暴れまわる犀月へ淵割の剣が振り下ろされる。


 それは、とても美しい一太刀だった。


「淵裂《ふちさ》き」


 犀月が暴れまわったことで剥き出しとなった岩肌に、どすんと重い音が響く。それは、大きな角を持った犀月の頭が転がる音だった。犀月はすぐには黒い煙へと変わらない。あまりの綺麗な太刀筋に身体の反応が遅れたからだ。


 灰ヶ峰が淵割の剣を収納に戻した時、ようやく犀月は巨大な黒い煙となって吸い込まれるのだった。



Tips:犀月《さいげつ》の攻略方法

 誇りと尊厳のために戦い、その全てを奪われた別の世界の英雄の模造品。模造品のためオリジナル特有の能力は持っておらず、暴走状態に陥っており弱体化されている。とはいえ、レベル250を超えていない者にとっては倒すことはほぼ不可能な存在である。


 犀月の攻撃は強固な信念が込められており、その一撃は逸らす事すら許されない。下手に武器が触れれば無理に受け止めずとも破壊される恐れがあるため、回避するしか選択肢はない。また、犀月の身体は強靭な精神によって守られているため、傷つけることすら困難を極める。


 犀月を倒すのならば、スキルレベル10から行使できるスキルの拡張を使い、犀月の意志を打ち砕く必要がある。犀月が万全であればそれすら不可能に近いが、模造品であり思考を奪われた状態の犀月であれば、そのことに気が付くことさえできれば犀月へ攻撃を通すことができることだろう。

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― 新着の感想 ―
ところどころ、直感の表記がぶれてますねー
今回、はじめて力業でなくちゃんとした正攻法で倒したのかな
 スキルレベル10 、ないし神スキルは到達点には違いないが、同時に通過点であり、絶対的な意思をもってスキルを奮える者こそ真の強者として先に進めるということか。  そういうことなら、ヨキの斧術がレベル…
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