27話 犀月
4層5区の奥深く。雪山の岸壁を毒魔法で削り出し、かまくらの様に雪風を防ぐことができる洞穴に鈴鹿たちはいた。
「さっ、いっぱい食べて今日も頑張ろう!」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
鈴鹿たちは朝からステーキを食べていた。4層5区に生息する高山毛象というマンモスのようなモンスターの肉だ。これが絶品で、ただ焼いて塩コショウを振るだけで旨みが溢れ出るのだ。それに部位も選べるのが嬉しいポイントである。巨大な肉塊で、赤身もあれば霜降り部分もあるため好みに切り分けられる。鈴鹿と灰ヶ峰は赤身派、ヨキは霜降り派だ。
4層にも吹雪魚や高山毛象など、美味なる食材をドロップするモンスターがいてくれて助かる。滅却の魔眼を併用した毒魔法は恐ろしい威力があるのか、4層5区のモンスターも今のところ瞬殺できている。おかげで食材調達が楽出来て助かっている。
そんな高山毛象の赤身肉のステーキに、鈴鹿は刻みわさびを添えてかぶりつく。朝からステーキは重くも感じられるが、このあと雪山を一日中歩き回るためこれくらい食べないとすぐにお腹が空いてしまうのだ。
「これでヨキもレベル200になったし、後は灰ヶ峰だけだな」
「ああ。俺も続こう」
灰ヶ峰は何も気負うことなく、ただ淡々とそう告げる。4層のエリアボスに挑む順番は、事前にじゃんけんで決めていた。じゃんけんも強そうな灰ヶ峰だが、結果は御覧の通り一番最初に負けている。それも一発目。運の無い奴である。
「ヨキは俺みたいに見た目大きく変わらなかったよね」
「はい。尻尾の色味が濃くなった程度でしょうか。角がこれ以上増えなくて良かったです」
ヨキが自分の尻尾を引き寄せ、洞穴内を照らすライトの光をあてて確認する。深みが増したような鱗は美しく、まるで宝石のようだ。きっとこんな美しい鱗を持つ生き物がいれば、今頃狩りつくされて絶滅していただろう。人間怖い。
「そういえば、ヨキって存在進化すると口元がマスクみたいなのに覆われるけど、牙も見えるよね。あの状態ってご飯食べられるの?」
「どうなんでしょうか。ちょっと待ってくださいね……あっ、食べられますね」
「ほんとだ。俺の仮面と一緒だね」
存在進化したヨキが、血に染まる牙を開きそのままお肉を食べる。まるで狂鬼の面のように口として機能しており、肉を咀嚼して飲み込めていた。
「存在進化って面白いよねぇ。見た目変わるのロマンだよね。ヨキの存在進化はカッコいい。眼も竜の眼って感じでカッコいいし」
「ありがとうございます。鈴鹿様とお揃いの形の眼です」
鈴鹿も存在進化すると瞳孔が縦長になる眼に変わるが、ヨキも竜の眼に変わることで瞳孔が縦長になる。瞳孔がお揃いだねというのは、存在進化のあるこの世界ならではの会話だろう。
壊眼戦機丙型を倒したヨキのステータスは、こうなっている。
※レベル152=2層5区制覇時
名前:福山桐子
存在進化:混成竜種(成)
レベル:152⇒205
体力:1293⇒1602
魔力:785⇒944
攻撃:1142⇒1654
防御:1279⇒1587
敏捷:776⇒1185
器用:958⇒1223
知力:763⇒869
収納:570⇒782
能力:戦神、武芸の心得⇒武芸の達人、剣術(8)、斧術(10)、盾術(7)、体術(2)、身体操作(8)、身体強化(7⇒9)、魔力操作(10)、見切り(7)、火魔法(9)、風魔法(3)、吸収、挑発、気配察知(6)、気配遮断(5)、龍化、干渉断絶、魔法耐性(8⇒9)、状態異常耐性(7)、精神耐性(6)、自己再生(5⇒7)、痛覚鈍化
ヨキも存在進化が幼体から成体に変化していた。レベル200になると存在進化が成長すると言われていたが、こういうことなのだろう。
3層5区の宝珠で得られたスキルもあっていろいろと変化しているが、壊眼の宝珠で得られたスキルは自己再生であった。新しいスキルの獲得にはならなかったが、自己再生は有益なスキルなのでヨキとしては満足している。
ちなみに鈴鹿は陸角の魔導士の宝珠からは水魔法が得られ、宝珠の力で水魔法がレベル10へと至ることになった。まさかの雷魔法よりも先にレベル10になるとはと、鈴鹿も驚いた。というよりも、宝珠から水魔法が出過ぎなのである。泥濘戦機、魔蝶蘭、大聖龍、そして陸角。4つの宝珠で水魔法が出ているのだ。これには鈴鹿も不正を疑っている。『偏りすぎだろ、俺にも戦神寄こせ』と、ダンジョンに文句を言っていた。
「今日のエリアボスは食材落とすタイプだといいなぁ」
「そうだな」
返事をした灰ヶ峰に違和感を覚えた鈴鹿。
「あれ、緊張してる?」
「ああ、してるな」
「珍しい。灰ヶ峰ってそういうのしないと思ってた」
灰ヶ峰は淡々としてるし、やれることをやるだけだとか言って緊張なんてしないタイプに見えるのだが、違ったようだ。
「適度な緊張感は必要だよな。まぁ、灰ヶ峰なら問題ないよ」
「そうですね。ただ目の前の敵を倒せばいいだけですので緊張することもないですよ。バター飴あげます」
「ありがとう」
ヨキが収納袋から北海道で有名なバター飴を取り出し、灰ヶ峰に渡した。ついでに羨まし気に見ていた鈴鹿にも渡す。
「止めとくか?」
「それはない。大丈夫だ」
「おっけー。じゃ、そろそろ配信始めていきますか」
外は猛吹雪。ここから出たくないという心を叱咤し、鈴鹿はスマカメを起動するのだった。
◇
変わり映えのしない雪山を歩き続ける灰ヶ峰たち。吹雪によって景色も見られず、少し吹雪が弱まっても見えるのは雪ばかり。昼間だというのに分厚い雲に覆われているため薄暗く、しかし雪が光を反射するため明るさはあるというそんな不思議な感覚。
吹雪でスマカメの音は何も聞こえないが、『友愛の繋がり』によって狂鬼から念話が飛んでくるため、黙々と歩いているように見えて灰ヶ峰たちはのんびり会話をしていた。
「風が落ち着いてきたね」
相変わらず雪は降っているが、風が止んで横殴りの吹雪ではなくなった。おかげで見通しも多少は良くなり、喋れるようになる。コメントがようやく話せるようになると活気を帯びるが、灰ヶ峰たちは静かなものだ。
天候が変わるということは何かがあるということ。それはどうやら当たっていたようだ。いち早く狂鬼が気配察知で、そこにエリアボスがいることを教えてくれた。
「多分あれだけど……いけそう?」
狂鬼が灰ヶ峰に問う。エリアボスを見て、狂鬼はわざわざ問いかける必要があると判断したのだろう。それほどまでに、そこにいたエリアボスは強力な存在だった。だが、灰ヶ峰の答えは朝と変わらない。
「ああ。行ってくる」
「応援してる」
「頑張ってください」
収納から『淵割の剣』を取り出し、灰ヶ峰が踏み出す。
エリアボス戦が始まることに気付いたスマカメの視聴者たちが、大盛り上がりでコメントが流れてゆく。灰ヶ峰は4層へ上がったが防具は変わっていない。黒装束の一式防具のままだ。変えていない理由は、狂鬼たちのように秘宝等級の防具ではなく、もともと遺物等級の防具を使っていたからである。それでも、武器が変わっていることに視聴者が目ざとく気が付いた。
【灰ヶ峰様の武器が新しくなっています! 美しい……】
【前って刀だったっけ?】
【魔剣みたい。何のエリアボスのドロップ品だろ】
淵割の剣は灰ヶ峰に合わせてデザインが変わっている。柄と刀身を隔てる鍔は深い闇のような昏さをしているが、剣先や柄頭に行くほどそれは薄まり、氷河を削り出して作られたような青白さをしていた。神秘的でいながらも、畏怖を感じる剣。それが灰ヶ峰の持つ淵割の剣である。
そんな新しい武器に沸き立つ視聴者たち。そのコメントが自動音声で流れるが、しかし灰ヶ峰には聞こえていない。何故なら、直感のスキルが警報を上げているから。
朝起きた時から、嫌な予感がした。直感のスキルが危ないよーとざわめいていたのだ。その警報はだんだんと強まり、雪が降り積もる先にたたずむそれを見た時、直感が教えてくれる。死んじゃうよと。
犀月:レベル228
そのエリアボスは獣人か、魔人か。人の形をしていた。筋骨隆々の体躯は、まるで大理石のような白さと硬質な印象を見た者に与える。毛量の多い白髪の長い髪は己の魔力の影響か重力に逆らうようになびいており、短い尻尾もそれにならって宙を揺蕩う。犀と名にあるが、顔は人間とそう変わらない。ただ額に大きな一本の角と、その後ろに小さな角が縦に並んでいるくらいである。
そんな犀月は拘束されていた。鎖が地面へと犀月を繋ぎ止め、凍てつく大地に縛り付けている。拘束されているせいか、はたまた凍り付いているのか、犀月はピクリとも動いていなかった。ただ、生きていることはわかる。犀月の白い肌を穢すように体中にはしる赤黒い筋が、まるで鼓動のように脈動しているためだ。赤黒い筋を辿ってゆけば、眼へと行きつく。黒眼に浮かぶ血に染まる赤い瞳。この世の全てを恨んでいるかのような憎悪に染まる眼が、灰ヶ峰を捉えた。
その瞬間、灰ヶ峰は存在進化を解放していた。
鎖に繋がれていたはずの犀月だが、どうやら鎖は犀月を縛り付けるには拘束力が不足していたようだ。まるで蜘蛛の糸でも振り払うような軽さで鎖を引き千切り、その手に持つ巨大な戦斧を振るった。
世界を断つ様な衝撃波が灰ヶ峰を襲う。直感に従い振るった剣が、何とか間に合い衝撃を斬ることに成功した。切断された衝撃波が地面を深々と切り裂き、その威力を教えてくれる。
「ヴぉぉォオオオオオ!!!」
しんしんと降り積もる雪が音を吸収しているというのに、それでもなお耳朶を震わす雄たけびを犀月があげた。その声に宿るのは自由になった喜びでも、挑戦者に対する警戒心でもない。あるのは怒り。全てを破壊したいという、慟哭にも似た叫びであった。
犀月が動く。地を蹴った衝撃で雪が爆発したように舞い散り、気づけば灰ヶ峰の首を刈り取るために戦斧が振るわれていた。
まるでヨキが持つ狂斧のように、巨大であり金属の塊のような戦斧を片手で振るう犀月。視認するのも難しいほどの速度で振るわれるそれを、灰ヶ峰は受け止めず回避した。見た目からも恐ろしい力が込められた一撃だ。下手に受ければ灰ヶ峰の腕が破壊されかねない。
戦斧を避けた灰ヶ峰だが、犀月の攻撃はそれだけではない。犀月は片手に戦斧を持っているが、もう片手にも武器を握っている。それは戦棍。メイスとも呼ばれるそれが魔力を込められ煌々と輝き、灰ヶ峰を粉砕するために叩きつけられる。
この一撃こそ武器の破壊を目的とした攻撃に見えるが、灰ヶ峰はその攻撃に合わせるように淵割の剣を振るった。受け止めるためではない。受け流し、攻撃を入れるために。しかし、犀月の攻撃は簡単に受け流せるほどの一撃ではなかった。灰ヶ峰の技量を押しつぶすかの如く、荒々しい力業で軌道を逸らすことすら許さない。
犀月の持つ戦棍が灰ヶ峰の頭部へ直撃する。原形すら留めさせないほどの一撃のはずが、しかし犀月は手応えを感じなかった。まるで空気で膨らんだ布を殴りつけた様な軽さ。犀月は即座に偽物だと断じ逃げた先を探そうとした直後、戦棍が潰した灰ヶ峰の頭部から黒い霧が噴出した。
「オ゙オ゙ォォォ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
犀月の視界を奪わんとする黒い霧だが、犀月は咆哮だけでその霧を霧散させてしまう。だが一時でも灰ヶ峰は犀月から視線を外すことに成功した。それで充分である。
側面から灰ヶ峰が犀月に肉薄する。完璧な不意打ち。淵割の剣が、犀月の腹へと吸い込まれた。
キィィン。金属同士が衝突した澄んだ音色を響かせ、灰ヶ峰の攻撃は犀月の身体にいとも容易く弾かれる。付けれた傷は薄皮一枚切れただけの僅かな切り傷。予想外の結果に、灰ヶ峰の行動が一拍遅れる。たった僅かな切り傷のために、灰ヶ峰は犀月に隙を晒すこととなった。
横薙ぎに振るわれる戦斧。防御は間に合わないが、灰ヶ峰は冷静に闇魔法を使った回避技を選択する。高レベルの闇魔法は陰に潜むことができる。これを使って距離を取ろうとした時、直感が危険だと教えてくれた。
犀月の振るう戦斧が軌道を変え、灰ヶ峰の潜む影に狙いが切り替わる。直観に従い行動した灰ヶ峰は、影にいるというのに防御態勢を取った。その行いが灰ヶ峰の命を救う。
「―――ッ!?」
影にいるはずの灰ヶ峰に、犀月の戦斧が襲い掛かった。事前に防御のために剣を構えていたから対処できたが、闇魔法を突破されたことに存在進化の影響で無数に出現した左目たちが見開かれた。戦斧が影に潜んでいるはずの灰ヶ峰ごと地面を破壊する。まるで壊眼の自爆した爆心地のように、雪が吹き飛び地面に巨大なクレーターが作られた。
「ヴォォオオオオオオオ!!!」
壊眼は自爆をした次の一手に時間を要した。だが、犀月は違う。深い深いクレバスでも作るかのように、灰ヶ峰を殺すために武器を振り下ろし続ける。戦棍が地面に亀裂を作り、戦斧が亀裂を深くする。骨すら残らないほどの連撃を放つ犀月が、ぴたりと止まった。また手ごたえが無くなったのだ。
「これほどの強さ。にもかかわらず人形を殴り続ける知性……何かしらお前も縛られているのか?」
いつの間にか犀月から離れた場所にいる灰ヶ峰が、犀月との攻防を振り返り予想を口にする。
灰ヶ峰は戦斧の攻撃を受けた直後、闇魔法で分身を作り出し即座に犀月のもとから離脱していた。離脱はできたが、無事ではない。戦斧の一撃を直接防いだことで腕の筋繊維のいくつかは断裂し、叩きつけられた衝撃で内臓が損傷している。
あれ以上攻撃を受けるのはまずいと判断した灰ヶ峰は、分身だとバレぬようかなりの魔力を注いだ分身を身代わりにした。魔力量に応じた丈夫な身代わりは、時間稼ぎの役割を遂げるまで十分形を保ち、それに気づかぬ犀月は武器を振り下ろし続けていたのだ。そのことに、灰ヶ峰は違和感を覚える。いや、犀月というエリアボスに対し、灰ヶ峰は普通ではないと直感していた。
灰ヶ峰は犀月と戦うまでに、2体の4層5区のエリアボスを見てきている。戦ってはいないが直にその強さを見ているため、4層5区のエリアボスがどれほどの強さなのかはわかっていた。それらと比較すれば、犀月は明らかに4層5区のエリアボスからはみ出した強さを持っている。
そう決めつけられるのは、灰ヶ峰の攻撃が通らないからだ。これは自惚れではなく、4層5区のエリアボスに灰ヶ峰の攻撃が通らないということはありえないのだ。何故なら灰ヶ峰は剣術スキルがレベル10もあるのだから。
スキルレベル10というのは超越者に成るために必須と言われる条件であり、レベル250を超えるうえで必要とされるレベルだ。そんなスキルを保有する灰ヶ峰の攻撃が、レベル200を超えるためのエリアボスに通用しないということは考えられない。現に、ヨキの攻撃は十分壊眼に通用していたし、狂鬼の攻撃も弓という普段使っていない武器にもかかわらず通じていた。
大阪の特級ギルドとも情報交換を行っていた灰ヶ峰は、レベル200に至るにはレベル9のスキルレベルが必要であるということも知っている。つまり、4層5区のエリアボスというのは剣術スキルがレベル10の灰ヶ峰からすれば、順当に戦えば順当に勝てる相手のはずである。それほどまでにスキルレベル10というのは強力であり、会得が困難な領域なのだ。
それが通用しない。それが意味することはひとつ。
「ユニークモンスターか。朝から直感が騒ぐから予想はしていたが、ここにきて試練が訪れるとはな」
目の前にいる白き災厄の化身は、4層5区のエリアボスではなく、ユニークモンスターであった。ユニークモンスターとは探索者に訪れるダンジョンの試練。灰ヶ峰に初めて、ダンジョンからの試練が課されるのであった。




