26話 壊眼戦機丙型
陸角の魔導士の煙が鈴鹿へと吸い込まれてゆく。それと同時に起こる身体の変化。壁をひとつ破った確かな手ごたえと共に、存在進化が一つ先へと押し上げられる。
※レベル168=練鱗淵の番撃破後
名前:定禅寺鈴鹿
存在進化:鬼神種(成)
レベル:168⇒205
体力:1103⇒1288
魔力:1389⇒1672
攻撃:1595⇒1948
防御:1288⇒1532
敏捷:1590⇒1946
器用:1199⇒1415
知力:992⇒1140
収納:669⇒817
能力:武神、武芸百般の極致、剣術(5)、杖術(8)、弓術(7)、体術(10)、身体操作(9)、身体強化(10)、魔力操作(10)、見切り(10)、金剛、怪力、強奪、聖神の信条、水魔法(3⇒9)、雷魔法(9)、毒魔法(10)、鬼神纏い、滅却の魔眼、見えざる手(9)、雷装、思考加速(9)、魔力感知(9)、気配察知(8)、気配遮断(10)、誘いの甘言、魔法耐性(7⇒8)、状態異常耐性(9)、精神耐性(7⇒8)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ
レベル200へと至り、存在進化が幼体から成体へと成長する。その変化は見た目にも現れた。
「ん? 角が二本になってる! 見て!」
戦いが終わり鈴鹿の元にやってきたヨキと灰ヶ峰に、鈴鹿は頭を見せる。レベル100での存在進化では額に一本の角が生えただけだったが、レベル200になるとその角が引っ込み、代わりに二本の角が出現した。前は小さい角だったが、今回の角は握れるほどに大きい。成長した感じがする。
「おめでとうございます狂鬼様! レベル200になったのですね! そのお姿もとても素敵です!!」
「おめでとう。存在進化はレベル200で変化する者もいればしない者もいる。角の変化程度なら可愛い部類だな」
【うぉぉぉおおお!! 狂鬼さんおめでとう!!! 祝レベル200!!】
【特級だ!! おめでとう!!】
【初めてレベル200超えるタイミング見た!!】
【というかレベル200超えのエリアボスも単独討伐って……】
ヨキと灰ヶ峰が鈴鹿を祝福してくれる。レベル200を超える探索者が現れるのは、数年に一度の出来事だ。その瞬間を目撃した視聴者たちからも、惜しみない賞賛が送られる。
【レベル200はどう? やっぱりレベル100の存在進化とは違うもの?】
「全然違うね。凄いよ。魔力の馴染み方が尋常じゃない」
鈴鹿は鬼神纏いや聖光衣のような特大の強化を体感しているからこそ、ここまで冷静でいられる。だがそれを知らなければこの全能感に酔いしれ、しばらく茫然としていたことだろう。それほどまでに、レベル100の幼体とは全くの別物であった。
まるで軽自動車からスーパーカーに乗り換えたくらいの衝撃である。今まで必死にアクセルをベタ踏みしてもスピードが出なかったのに、加速の度合いが凄すぎて怖くなるくらいの差を感じる。さらに成体に変わったことで、魔力に対する感度が大幅に増したことも嬉しいポイントだ。今ならば、流転大聖龍はもちろん、陸角の魔法だろうとも魔力操作で奪うことが出来そうである。
レベル50ごとに訪れる強化の中でも、存在進化に影響を与える100ごとの強化は一段と凄い。確かに、一級では特級探索者に勝つことは無理だと思わせられるほどの強化であった。大久野が調子に乗るのも無理もない。
「レベル200でこの変わり様か。ならレベル300ならどうなるんだろ……まさか角が三本になるのか!?」
「それはそれでカッコいいと思いますよ」
「レベル300を現実的に考えられるのが、お前の強みだな」
雨道もレベル300は超えられなかったと言っていた。その壁ははるかに高いのだろう。鈴鹿にとっても厳しい戦いになるだろうし、もしかしたら超えられないかもしれない。それでも、鈴鹿は超えるまで挑戦するのでいつか超えられるだろと軽く考える。
「それじゃ、今日はここまで! 明日はヨキのエリアボス戦も配信するよ! 良かったら見てね~」
【狂鬼さん! 夜にレベル200達成のお祝い配信してほしい!!】
【そうだよ狂鬼さん!! レベル200だよ!? 超あっさりしすぎじゃない!?】
【私も一緒に狂鬼様をお祝いしたいです】
「あ~、なるほど。そういうのもあるか。いいね! じゃ、夜ご飯の時も配信するね~!」
そう言って、鈴鹿は配信を切った。『レベル200になった。わーい』と思っているが、みんなでお祝いするという発想はなかった。どうせダンジョン内なら配信してもしなくても変わらないし、美味しいご飯でも食べながら雑談するのも悪くない。
「あ、宝箱ある。エリアボスって結構宝箱落とすよね。配信止めちゃったよ」
存在進化に浮かれていて気付くのが遅れた。とはいえ、宝箱から滅茶苦茶すごいお宝が出るということは無く、基本はエリアボス由来のアイテムであることが多い。だから配信で映さなくてもまぁ良いかと、鈴鹿は宝箱を感慨もなく開ける。案の定、得られたアイテムは陸角に関連する武器であった。
これで宝箱限定の超レアアイテムとかあれば嬉しいのだが、残念ながらそんなこともない。エリアボス由来のアイテムを追加でゲットできることはかなり貴重なはずだが、ソシャゲのガチャによって射幸心を煽られ続けた鈴鹿には、残念ながらこの程度では響かないのだ。
「じゃ、俺たちも今日の宿に良さそうな場所を探しに行くか」
「はい。本当にレベル200達成おめでとうございます。鈴鹿様」
「ありがとね。明日はヨキの番だから頑張ってね。普通に強いよ、4層のエリアボス」
鈴鹿であっても存在進化の解放はもちろん、スキルについても相応に使用する必要があった。ヨキも灰ヶ峰もそんなエリアボスに一人で挑むことになる。激戦必至だろうが、鈴鹿は一緒に戦うかと手を差し伸べはしない。
鈴鹿は3層で灰ヶ峰とヨキの強さを目の当たりにしている。そのうえで、二人なら大丈夫だと判断したのだ。死にかけようとも、二人なら超えられる。その信頼のもと、配信することにしたのだ。
配信することはある種の縛りである。死んでも鈴鹿が蘇生してくれるという保険を頼りにさせないための縛り。二人には配信することも伝えているし、鈴鹿が蘇生できることを秘匿したいということも告げている。つまり、配信中に二人が死ねば鈴鹿の手の内を晒すことになるのだ。馬鹿正直に配信するつもりはないが、察する者が出てくるかもしれない。
それが知られてどうなるかは誰にもわからないが、自分たちが死んでしまったせいで鈴鹿の力を広めてしまうというのは、二人にとっても望むところではない。そのため、不退転の覚悟を持って挑んでくれることだろう。
「4層5区のエリアボスに単独で挑むなど馬鹿げているがな」
「灰ヶ峰ならいけるでしょ。あっ! もしかしたら灰ヶ峰がレベル200になったら、存在進化で両目から角生えるかもしれないぞ!? 大丈夫か!?」
「あれ痛そうですよね。あの角握ったら激痛だったりするんですか?」
「いや、二人の角と同じだ。痛みはない。そう言えば、狂鬼。存在進化を解放しても肌が白いままだぞ」
「ん? ああ、あの灰色になるやつ? あれ存在進化じゃなくて別のスキルだよ。それより眼は黄金のまま? この眼気に入ってんだよね」
「はい。黄金の綺麗な眼のままです」
エリアボスを倒した特典か、凍てつく寒さは継続しているが吹雪がおさまっているため大変動きやすい。吹雪いていると会話すらままならないから大変なのだ。三人は仲良く凍り付いた湖の上を歩きながら、今晩の野営地を探すのだった。
◇
鈴鹿が陸角を倒した翌日。鈴鹿たちは今日も猛吹雪の中を探索していた。一応配信はしているものの、テレビの砂嵐並みに何も映っていないことだろう。それでも、視聴者はかなりの数がいた。
今日は初めてのヨキのエリアボス戦である。突然狂鬼とパーティを組みだしたヨキと灰ヶ峰の実力については、狂鬼のファンだけでなく多くの探索者たちが議論していた。狂鬼という頭のおかしい探索者が認めたパーティメンバーの実力とはどれほどなのか。そして、狂鬼のような特異点が複数現れ、それも同じパーティを組むようなことがあるのだろうかと。
3層5区の通常モンスターとの戦闘は視聴者も見ているため、十二分に実力があることはわかっている。ただ、通常モンスターが相手ではヨキの力の底を確認することはできない。エリアボスという格上と戦闘し、初めてヨキの強さの全貌が明らかになるのだ。
そんな貴重な配信をリアルタイムで見るために、視聴者たちはこの猛吹雪だけの映像の中、コメント同士で大盛り上がりをみせていた。
ブゥォォオとひときわ強く風が吹くと、吹雪がおさまってきた。
「うぉぉぉ……すげぇ景色」
振り返ればそこには絶景が広がっていた。随分上に登ってきたのか、眼下の景色は4層全てを一望できるものだった。特に鈴鹿が感動したのは、4区の岩肌と雪が混ざり合うエリアをすっぽりと覆う雲海。白い雪と雲、そして蒼穹のコントラストは何よりも美しく、この光景を配信することこそ鈴鹿がダンチューブを始めてみようと思った動機でもある。コメントからも惜しみない賞賛が溢れていた。
「雲海ですか。あの雲の切れ間が、4区で吹雪がたまに晴れるエリアでしょうか」
「なるほどね。あんな雲に覆われてるから4区も5区も吹雪ばっかりなのか……なんか夜景は残業の光ってのに似てて嫌だな」
あの吹雪を耐え続けた先にこの美しい雲海を見ることができるのだが、それを見るためには厳しい吹雪を耐えねばならない。世の不条理を垣間見た気がする。
「あのでっかいのがエリアボスですかね?」
「っぽいよね。だだっ広すぎて遠近感ないんだけど、結構なでかさだよね」
鈴鹿たちが歩いている場所は雪が全てを覆い隠しているため、距離感がバグるのだ。全てのスケールがでかすぎて、どんなに歩いても進んでいないような錯覚さえ起こす。そんな鈴鹿たちの先に、巨大な何かがいた。
壊眼戦機丙型:レベル228
近づいてみても、名前以外分からない。それは巨大な白くて丸いエリアボスであった。雪が降り積もっているが、本体も白い。まるで都市近郊などで見かける、大きな丸いタンクのガスホルダーみたいである。サイズは直径30メートルくらいはありそうだ。マンションに例えれば10階建てマンション並みである。そんな巨大な壊眼の表面には無数の角が不規則に生えており、まん丸のドラゴンフルーツのような見た目をしていた。
「じゃ、頑張ってねヨキ!」
「丙型は魔法も近接戦も両方あり得る。気を付けろ」
「はい! 行ってきます!」
鈴鹿と灰ヶ峰の応援を背に、ヨキが鳴鶴のウェアから一式防具に換装する。
【ヨキちゃんも装備変わってる?】
【いつもと違う!】
【武器も前のと違うやつだ!】
ヨキが戦う準備を整えたことで、コメントが盛り上がる。
ヨキはもともと2層5区のエリアボスである棘蠍の防具を使用していた。等級が秘宝だったこともあり、防具も4層から変えることにしたのだ。そこでヨキが選んだ防具は流転大聖龍からドロップした防具。
棘蠍の防具は処刑人のようなデザインの黒ずくめのものだったが、大聖龍の防具もまた黒い防具だった。デザインは軍服を彷彿とするもの。無骨さが漂う軍服は、装飾の施された詰襟にウエストを締め上げるベルト、そして下はパンツスタイルで足元は軍靴が引き締めていた。マントのような丈の長いコートを羽織り、頭には制帽まで付いているのが大聖龍の防具である。
無骨さで言えば処刑人スタイルとも似ているが、今のヨキは歴戦の軍人のようなカッコよさが漂っていた。
ただ、防具よりもよほど目を引くのがその手に握る武器であろう。
名前:天喰らう狂斧
等級:幻想
詳細:鬼神の力を分け与えられた戦斧。装備者に天すら喰らう力を与えるが、資格の無い者が持てば戦斧に喰われる。強者へ挑む決意の感情を好み、捧げられた感情に応じて力を発揮する。
鈴鹿が装備する狂鬼の面や防具と同じく、幻想等級の武器である。今まで使っていた猪首狩は持ち手が短かったため、片手剣を斧にしたような武器であった。だが、狂斧は大剣を斧にしたような巨大な武器である。ハルバードの斧の部分を巨大にしたようなサイズ感と言った方が伝わるだろうか。
大きな片刃の刃は見るからに重量がある武器だ。一体何kgあるのか想像もできないが、常人では持ち上げることすら難しいだろう。そんな武器を、ヨキは軽々と片手で扱う。
完全装備をしたヨキが近づけば、挑戦者を感知した壊眼が起動した。球体に巨大な口が現れ開かれたと思えば、その中に大きな一つの眼があった。銀色に輝く瞳に縦長の瞳孔。まるでヤモリの瞳孔のように、丸い瞳孔を縦につなぎ合わせたような形をしていた。さらに身体から何本もの触手が生えてくる。その触手にも本体の球体同様に棘のような角が生えており、振り回されるだけで厄介そうな触手であった。
眠りから覚めた壊眼が、挑戦者を見下ろす。その瞳が煌きだした。
「まずいっ」
何かを察知したヨキが全力で狂斧を振るうのと、壊眼の瞳から巨大なレーザー光線が放たれたのは同時であった。
「ぐぅぅううあああアアア!!」
ヨキを飲み込む程の光線が狂斧と衝突する。吹き飛ばされそうな威力だが、ヨキは気合いで何とか押し勝つことに成功した。狂斧に込められた強大な力が光線を真っ二つに割き、地面に降り積もった雪を盛大に空へと舞い散らせる。
再度壊眼が光線を放つも、すでにそこにヨキはいなかった。
「灰燼に帰せ! 断絶ッ!!」
火魔法を纏わせた何十もの斬撃が壊眼を襲い、蒼い地獄の業火が極寒の地で轟々と燃え盛る。壊眼が巨大すぎるため切断まではいかずとも、かなり深く斬撃で切り裂くことに成功した。さらに、ついでとばかりに何本もの触手まで斬り落としている。だが、それらは逆再生をするかのように修復され、粘り着いて燃やし続けるはずの業火さえもいつの間にか消されてしまった。
どうやら、ゴーレムの特徴である耐久性は壊眼にも備わっているようだ。
「つまり、再生できぬほどの一撃を叩き込めということですね」
違う。普通は再生エネルギーを枯渇させるために、削り続けるのがゴーレム戦の鉄則である。少しずつでもダメージを入れ、相手のエネルギーを奪っていく持久戦こそゴーレムとの戦い方なのだ。一撃でコアを破壊できれば倒せるかもしれないが、翡翠戦機のような小さいゴーレムならばまだしも、壊眼のような巨大で硬いゴーレムを一撃で倒すなど普通は発想すら至らない。
だが、ヨキは灰ヶ峰から聞いてしまっていた。鈴鹿が泥濘戦機を一撃で倒したということを。そして、ヨキはきちんと鈴鹿のエリアボス戦をダンチューブで全て見てきた。鈴鹿の強さを生で見るだけでなく、動画としても勉強のために見続けてきた。
だからわかる。鈴鹿のパーティメンバーとして肩を並べることの果てしなさを。鈴鹿とヨキは師弟の関係ではない。ヨキの心意気はそうだが、主従の関係として鈴鹿と共にいる訳でもない。ヨキは鈴鹿と同じ仲間として、今一緒にダンジョンを探索しているのだ。
ならば、鈴鹿のパーティメンバーであるヨキも続かなければならない。一撃が無理だとしても、再生エネルギーの枯渇を狙うような戦い方はしない。強力な攻撃で削り切る。その選択肢しかヨキは持ち合わせていなかった。
何より、今日は配信をしているのだ。鈴鹿のパーティの一員として、相応しいところを見せつけてやる必要があった。ヨキが鈴鹿の横に立つ資格があるということを。
「お前も喰らいたいのでしょう。ならば私の力になりなさい」
ヨキの覚悟に、狂斧が嬉しそうに脈動する。狂斧が求めているのは合理的な人間ではない。常識的に考えてとか、やらない理由を外に求めるような人物ならば、即座に喰い殺している。
出来る出来ないではない。やるしかない状況に追い込まれている訳でもない。それでも、やるんだという意思を滾らせ強者に向かうヨキの感情が、狂斧にガソリンを注ぐ。
ヨキの変化に気が付いた壊眼が、天候を操る。曇天が空を覆い、先ほどまで望めた絶景を吹雪が塗りつぶす。下から吹き上げるような突風が雪と共にヨキへ襲い掛かり、体力を奪いに来た。
対するヨキも、存在進化を解放して対抗する。鉤爪となった足が雪に覆われる大地を掴み、肌が寒色系の黒色へと染められる。口元は鼻まで覆うマスク型の仮面で隠されたと思えば、まるで狂鬼の面のように血に染まる赤い歯が顔を覗かせた。二つの角と細長い尻尾が、魔法を弾く強力なものへと変化する。
混成竜種夜姫。異形の怪物が、エリアボスに襲い掛かる。
吹雪に紛れ込み、壊眼の触手が夜姫へと迫った。だが、夜姫は事前に自分の周囲に無数の鬼火を控えている。ホワイトアウトする視界の中、突如出現する触手を蒼き地獄の業火が焼き払う。それでも業火を掻い潜り夜姫に迫る触手は、待機させていた斬撃が切断した。戦斧という大振りの武器を振るう夜姫の周囲は、火魔法と斬撃によって封鎖されているのだ。
「あっ、吹雪魚の群れだ。あれ美味かったよね」
「ああ。あれは美味かった」
夜姫の戦闘を観戦していた鈴鹿と灰ヶ峰が、吹雪の中を泳ぐ魚型のモンスターを見つける。吹雪魚はカジキのように吻が槍のように尖っており、ものすごい勢いで突撃してくるモンスターだ。鈴鹿は4層探索時に一通りのモンスターを倒しており、食材を落とすモンスターはその後も集中的に倒していた。
吹雪魚は吹雪の中を泳ぐため、まるで鳥のように上空から突撃してくる厄介なモンスターである。食材調達のために狩る時は毒魔法に滅却の力をのせて瞬殺しているが、夜姫はどう戦うか。
吹雪魚が壊眼の触手に合わせ夜姫へと突撃するが、夜姫は吹雪魚を眼中にすら入れない。壊眼へ浴びせる斬撃の残りかすで、吹雪魚がいともたやすく両断され煙となった。
吹雪魚は通常モンスターとはいえ、4層5区のモンスターである。強力なモンスターであるはずが、夜姫の持つ狂斧の高すぎる攻撃力が、紙同然のように吹雪魚を切り裂いてしまうのだ。
吹雪魚の黒い煙が夜姫に吸収されながら、夜姫は狂斧を振るった。発生する斬撃を壊眼の目に集中させる。一点突破の斬撃が目を深々と斬り裂くが、ゴーレムにとっては身体が斬られようと目が斬られようと変わらない。すぐさま修復されてしまい、お返しだとレーザー光線を撃ってくる。
夜姫は邪魔な光線を尻尾で弾きながら、一振りで駄目なら何回だって振ればいいと、狂斧を使った連撃を放った。壊眼が吹雪を使って視界を奪い狙いを外そうと動くが、夜姫の斬撃は正確に壊眼を捉え傷つけてゆく。吹雪で視界もままならないが、斧術がレベル10の夜姫はどこを攻撃すれば良いのか感覚的にわかり、巨大な壊眼ならば狙いを外すこともない。
吹雪によって夜姫の足止めはできたが、いかんせん光線も効かなければ見えないはずの壊眼の位置も把握されている。そのことに壊眼も作戦を変更した。
「地鳴り? ……雪崩か」
「やはり4層からは地形を利用した攻撃が増えるな」
離れていた鈴鹿たちはすぐに気が付く。視線の先、山頂付近に積もっていた雪が崩れ巨大な雪崩が起きていた。辺り一帯の雪を巻き込んだ雪崩は、加速度的にスピードを上げ夜姫ごと押しつぶしにかかる。対する夜姫は、吹雪で視界がホワイトアウトしていようとも異常事態を感じ取っていた。
「鬱陶しい! 龍化!!」
宝珠によって新しく取得したスキルである龍化を使う。すでに夜姫の存在進化先は混成竜種であるが、これに加え夜姫の背に龍の翼が生える。夜姫は翼をはためかせるや、空に飛翔し壊眼によって生み出された雪崩を簡単に躱してみせた。
撃ち落とそうと空を飛ぶ夜姫に光線を発射するが、魔法を弾く鱗に覆われた尻尾が光線を叩き弾いてしまう。次は自分の番だと、夜姫が壊眼へと迫った。
何本もの触手が夜姫の行く手を阻むが、飛翔する夜姫は触手を避けさらに加速してゆく。夜姫を捕捉しようと壊眼の目が凄まじい速度で動いては光線を放つが、夜姫の方が速い。
夜姫が狂斧に魔力を注ぐ。棘蠍を屠った時と同じく、強力な斬撃を何十も生み出し一点を攻撃する力技。さらに、今回はそれを断絶で行ってみせる。狂斧を握る手に、自然と力が入った。
「これで決めてみせる! 断絶ッッ!!」
触手を潜り抜けた先、光線を撃たせないために目の側面に回り込んだ夜姫が、壊眼に狂斧を叩きつけた。ドガガガッと凄まじい数の断絶が一点に放たれ、強固なはずの壊眼をいとも容易く破壊してゆく。
このままいける。夜姫が確信した瞬間―――壊眼が爆破した。
黒い煙になったのではない。壊眼が、自ら自爆したのだ。
「―――ッ!!??」
爆破の衝撃を真正面から直撃した夜姫は、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。直撃したというのにまだ五体満足なことが奇跡と思えるレベルの衝撃。衝撃波で吹雪いていた雲も消し飛び、爆心地である壊眼の真下には巨大なクレーターができ、周囲の雪が吹き飛ばされ岩肌が剥き出しに曝されている。
その惨状を生み出した壊眼はコアだけがふよふよと浮かんでいた。そして、そのコアを中心にして壊眼が再生されてゆく。
ゴーレムとは、甲乙丙のどの型式においても再生エネルギーがある限り復活し続けるモンスターである。つまるところ、コアさえ無事であれば何をしたってよいのだ。そう、例えば自爆をしたとしても、コアさえ無事で再生エネルギーが足りるのならばそれでいい。
夜姫が放った断絶の一点集中は凄まじい威力があった。夜姫が確信したように、あれを放置すればコアに重症なダメージを負いかねないほどの一撃。だからこそ、壊眼は自爆し全てをリセットした。断絶を無効化し、なおかつ近距離にいる夜姫に重傷を負わせる攻防兼ね備えた妙手。
4層5区のレベル200を超えたエリアボスが行った、一切の躊躇の無い自爆。その威力たるや。存在進化を解放し、なおかつ龍化をしていた夜姫でも無事では済まなかった。片方の角は折れ、残っている角にもひびが入っている。翼は折れ曲がり穴だらけで飛行能力は失われ、尻尾は半ばから千切れてしまっていた。左目付近は火傷がひどく開くことすらできないし、せっかく新調した軍服を彷彿とさせる防具もボロボロでいたるところが焼け焦げ、左腕は折れたのかあらぬ方向を向いている。
それでも、夜姫は生き残った。タンク職だった大久野のステータスに寄っているため体力と防御が高く、盾術のスキルが突然の自爆にも狂斧を使った防御を何とか間に合わせてくれた。さらに、泥濘戦機の宝珠からゲットした吸収のスキルがダメージや衝撃を和らげてくれ、魔蝶蘭からドロップした『幸福たる指輪』がクリティカルヒットにならないよう幸運を授けてくれる。
それに加え、練燐淵の番譲りの魔法を弾く鱗も大きい。咄嗟に尻尾でもガードしたおかげで、衝撃の幾分かを弾くことができたのだ。そのせいで尻尾は千切れ角は折れたが、それでも夜姫は生きていた。夜姫が生き残れたのは、様々な要素が合わさりあったからこその結果であった。
「ハァ……ハァ……」
粗く短い呼吸を吐きながらも、夜姫は起き上がる。
「まだだ……。まだ、やれる……くぅぅ!」
あらぬ方向を向いていた左腕を掴み取り、力づくで正常な位置に戻す。夜姫は自己再生のスキルがあるため、激痛が走ろうとも放っておけばそのうち治るはずだ。瀕死でフラフラの夜姫だが、それは壊眼も同じこと。さすがにコアを剝き出しにするほどの自爆は、壊眼でもかなりの再生エネルギーを使用する上に復活するまで時間がかかる。だからこそ、夜姫がふらついていようとも止めを刺しに来ないのだ。
死にかけている夜姫。だが、鈴鹿からは何のリアクションもない。『友愛の繋がり』を装備している鈴鹿なら、夜姫に対して離れていても意志疎通ができる。鈴鹿からは事前に蘇生ができることは秘匿したいと言われているのだ。こんな瀕死の死にかけでは、いつ死んでもおかしくない。むしろ、壊眼の自爆で死んでいても不思議じゃなかった。
だからこそ、鈴鹿から何かしらのアクションがあると思った。配信を止めたとか、仕切り直すとか、それこそ戦闘の途中だが回復を夜姫に施すなど。だが、鈴鹿はそれらを一切しない。ヨキがどれほど追い込まれていようとも、鈴鹿は灰ヶ峰と共に夜姫の戦闘を見ているだけだ。
それはつまり、手を出す必要がないと鈴鹿が判断したのだ。こんな状況に追い込まれていようとも、夜姫ならば切り抜けられるだろと信頼されている証。
そのことに、夜姫は嬉しくなり思わず笑ってしまう。
「鈴鹿様……必ずや、期待に応えてみせます」
スマカメに拾われぬ声量で、夜姫は決意を呟く。ボロボロの瀕死だが、だからこそ夜姫はすっきりとした顔で壊眼を見た。今の夜姫ではできることは限られている。なればこそ、やるべきことをただ為すだけ。
そんな夜姫を相手に、壊眼も行動を起こす。夜姫は瀕死であるが、遠くから光線を放ち触手で削ることは下策だと壊眼は判断した。夜姫が何をしてくるか読めない。その言い知れぬ不気味さに、壊眼は時間を与えるべきではないと止めを刺しに行く。
壊眼が取った作戦は、非常に単純な攻撃であった。夜姫はボロボロで羽も使い物にならなくなっている。そのため、先ほどのように飛んで回避することもできない。ならば、サイズに見合った超重量の壊眼自身の巨体を使った突撃を回避する術はないはずである。
巨大な壊眼が、ものすごい速度で斜面を転がってくる。絶望的な状況。だが、夜姫の顔には笑みすらあった。
「いいでしょう。私もちまちま削り合うような戦い方は嫌いなんです。一撃で決着がついた方が、わかりやすい」
そう言って、狂斧を頭上に振り上げる。万全な状態だろうともとても受け止めきれない巨大な壊眼が転がってきているというのに、壊眼の自爆によって瀕死の状態で夜姫はそれを真っ向からねじ伏せる選択を選んだ。
【何してるんだヨキちゃん!! 逃げろ!!】
【狂鬼さん何やってるんだよ!! 早く助けに来て!!】
【相手は4層5区のエリアボスだぞ! やっぱり一人で戦うなんて無茶なんだよ!!】
正面から壊眼の突撃を受け止めようとする夜姫を止めるために、スマカメから逃げろとコメントが飛び交っている。それを聞いて夜姫は心底自分に落胆し、反動で怒りがこみ上げてくる。
夜姫が鈴鹿ならば、逃げろなどとコメントが指示してくることなどありえなかっただろう。つまり、夜姫は視聴者たちからなめられているのだ。夜姫は鈴鹿とは違うと。何故かパーティを組んでいるが、隣に立つにはふさわしくないと。スマカメから喧しく鳴り響くコメント達が、そう教えてくれる。
そのことに、夜姫は怒りで頭がおかしくなりそうだった。せっかく、夜姫が鈴鹿たちに追いつくまで配信もせずに待ってもらっていて、ようやく鈴鹿が配信することを認めてくれたというのにこの体たらく。
ほとほと呆れ返る。昨日鈴鹿が一人でもエリアボスを倒せるということを率先して教えてくれたというのに、こんなふざけたコメントをさせるほどに弱さを晒す自分に、ヨキの怒りが頂点を迎える。
「断絶の連撃を一点に叩き込む? 私は何を馬鹿なことを……あの爆発で目が覚めました。その点ハ感謝デすね』
夜姫の声に雑音が混じりだす。纏う気配が変化した。世界を穢すかのように夜姫の周囲が歪みだし、早く暴れさせろと手に持つ狂斧が胎動する。
そのことに気づいた視聴者たちは、徐々にコメントが静まってゆく。レベル200を超えたわけでもない、ただ存在進化を解放しているだけの夜姫に、彼らは画面越しでさえ身動き一つとれぬほどの圧をかけられていた。遠く離れたダンジョンの更に奥地にいるはずなのに、眼を逸らせば殺されると錯覚させるほどの圧を。
『断絶とハ一撃で全てを断ツカラ断絶なノだ。連撃など意味不明。これデ終ワリです』
夜姫の怒りに戦神が呼応し、夜姫の決意に狂斧が歓喜する。強者を喰らい眼前の敵を撃ち滅ぼせと、夜姫の背中を強く強く押し進める。
もはや壁が迫っているような恐ろしい圧迫感に、それでも夜姫は一切退かずに狂斧を振り下ろした。
『断絶』
狂斧が壊眼に衝突し、一切の抵抗なく振り下ろされる。その瞬間、壊眼の全てが断ち切られた。硬質な外殻など一切を無視し、身体の奥深くで守られていたコアごと壊眼が両断される。再生エネルギーの残量を無視した、致命の一撃。次の瞬間、壊眼は巨大な黒い煙となり、夜姫へと吸い込まれていった。
Tips:壊眼戦機丙型の攻略方法
壊眼戦機丙型は立ち回りが非常に重要視されるエリアボスである。
壊眼の攻撃パターンは多くなく、光線か触手が主な攻撃パターンである。とはいえ、光線は範囲も威力も速度も全てが強力なため、それ一本で十分エリアボスに相応しい攻撃といえた。それに加え、何本もの触手が挑戦者を苦しめてくる。巨大な触手はただ振り回されるだけでも対処が困難なほどの攻撃であり、やっとの思いで斬り飛ばしてもすぐに再生するため、挑戦者を絶望させる。
ゴーレムということで耐久戦が求められ、凶悪な光線を避けながら巨大な触手を地道に削り続ける必要がある。その上で、立ち回りが重要になってくる。壊眼はなだらかな斜面の上を陣取っており、上から一方的に攻撃を仕掛けてくるのだ。さらに、ダメージを与えていくと雪崩を起こすため、位置取りによっては仲間とバラバラにされてしまうリスクがあった。そして、巨体を使った突進をすることもあるため、常に壊眼とは下り坂の直線上にならないように動き、できるだけ高い位置を取れるように立ち回る必要がある。
また、壊眼本体に接近して一定以上のダメージを与えると自爆するため、接近しないこと。壊眼の自爆に巻き込まれれば生き残る術は無い。逆に自爆をあえてさせることで剥き出しのコアを攻撃することが可能になる。勝てないと悟った場合、仲間を犠牲にあえて自爆させ、残ったメンバーでコアを破壊する戦術も有効である。
接近すれば自爆するが、接近せずに一定以上ダメージを与えると、球体の身体全体や触手にまで眼が出現し、無作為に光線を放つようになるため、その状態に移行したら一気に決着を決めに行くことを推奨する。




