24話 4層5区
4層。低層を抜けた先に待ち受けるその階層は、凍てつく寒さが支配する極寒の階層。装備を整えたところで容赦なく襲い掛かる寒波は体力を削り、精神を摩耗する。たとえモンスターに負けぬとも、フィールドに殺されるのが中層ダンジョンなのだ。低層とは一線を画す難易度を押し付けてくるのが、4層である。
そして、この4層には別名がある。それは試練の層。4層1区ではレベル100を超えることができるかを試される。出現するモンスターがレベル110までであり、このエリアを突破できれば晴れて存在進化を解放することができるのだ。そして、最奥である4層5区。そこに居座るエリアボスのレベルは228。レベル200の壁を超えることができるエリアボスが出現するのも、また4層である。
レベル100と、レベル200。その二つを超えることができるかを試されるのが、4層であった。
そんな4層5区に、鈴鹿たちはいた。
「相も変わらず今日も吹雪いているね」
「はい。先が全然見通せません」
「さすが4層5区だな。この吹雪では気配察知もままならないぞ」
鈴鹿たちは5区の岩壁を破壊して洞窟を作り、そこで過ごしていた。たまに吹雪が落ち着くときもあるが、吹雪き出すとホワイトアウトしてどうしようもない世界になってしまう。そんな5区に嫌気がさしながら、鈴鹿はカフェオレを飲みながら4層を振り返っていた。
4層1区は思い返してみれば何も辛いことは無かった。ただ寒いだけの自然豊かなエリア。ところどころに雪が降り積もっており吹きすさぶ風は極寒だが、視界は確保されていて自然を楽しむ余裕もあった。
本格的に寒さが増したのは2区から。そこは雪原が広がるエリアだった。北欧の雪景色のように針葉樹林に雪が被ったこのエリアは、美しくもあるが自然の強大さを教えてくれるエリアでもある。一日に何度も降る雪は視界が悪くなり、降り積もった雪は行動を阻害する。さらに、雪に擬態する白いモンスターも多数生息しており、油断できないエリアである。
そんな2区を抜けた3区では、氷の洞窟が待ち受ける。より一層降り積もった雪山に、いくつも顔を出す洞窟。その中が3区であった。どの入口から入るべきかは各ギルドで変わる様で、このあたりから探索方法も各ギルドの色が出てくるのだという。
そんな3区は、まるでアイスケーブのような青白く光る神秘的な洞窟内で、中はただただ寒かった。寒い上に湿度も高く、霧の中や滝の側のように身体に水滴が滴るようなエリアもあった。そのせいで容赦なく寒さが体温を奪い続け、雪は降らないが身体の芯を凍えさせる場所である。そんな巨大な迷路のような洞窟を探索するのが3区。雪山の内部だからか登ることが多く、時折崖のような場所も登らないといけなくなり、探検家になった気分にもなれる。3区は幻想的な光景も多かったが、薄暗い世界でモンスターと戦うのは恐怖を掻き立てられるようなエリアでもあった。
そんな3区を抜けた先は高山に繋がっていた。まるでエベレストを始めとした十四座のベースキャンプ地か何かかと思うような、岩と雪が混在するエリア。遠くに巨大な連峰が見えるのだが、広すぎる空間に遠近感を狂わせられ、近いように感じられるのに一向に距離が縮まらず脳がバグるような世界だ。ただただ本当に広い雪原もあれば、岩と氷が支配するエリアもある。吹雪くと1メートル先も見えない程に視界が奪われるが、吹雪が止み陽光が差し込むとまるで天上の世界か何かのように美しく壮大な景色でもあった。
その先にある5区もまた4区と同じ。ただ、さらに一段階悪環境に晒される世界である。4区では日中で-20℃ほどだった気温が、-40℃を優に下回る極寒の地に変貌する。吐く息によってまつげが凍るような極寒の地は、吹雪がデフォルトのような世界であった。足元は悪くその上視界も悪い最悪なエリア。それが5区である。
だが、5区にも晴れ間はある。晴れ間に顔を見せる景色を拝めれば4層5区が何よりも綺麗と思うのだが、すぐに吹雪いてそんな殊勝な気持ちも一緒に吹き飛ばされてしまう。
「晴れるとめっちゃキレイなのにね。俺オーロラなんて初めて見たもん」
「あれは感動しました。凄い綺麗でしたね」
昨夜吹雪が止んだ時に外に出ると、鳥肌が立つほどに美しいオーロラが空を覆っていた。一面に広がる雪がオーロラを反射し、明かりも無いというのに眩しいくらいに明るい光景。あの景色を見るためだけに4層5区に来ようとする探索者がいても不思議ではないほどに幻想に満ちた光景であった。
「じゃ、いつまでも休憩してられないし配信始めるねぇ」
そう言って、鈴鹿はいつものようにスマカメを起動して配信を開始した。
「おはようございます。狂鬼チャンネル、今日も始めていきま~す」
【配信とても楽しみにお待ちしてました】
【とうとう狂鬼さんレベル200に挑むのか!!】
【昨日は奇跡のオーロラ配信してくれてありがとう狂鬼さん!】
4層に入ったこともあり、三日かけて4層4区と5区の景色を配信していた。4層にもなるとエリアが広く、見て回るのにも時間がかなりかかるのだ。それに吹雪いてしまうと何も見れなくなり、マップのスキルを頼りに何も見えないエリアを歩き回るというクソ配信をしていた。それでも、時折訪れる絶景を見るために視聴者も残ってくれている人もいて、最高の景色を見れた時は苦労を共にしたことで一体感が生まれたのは楽しかった。
【そう言えば、狂鬼さんが気にしてたダンジョンブレイクだけど、日本からは猛虎伏草が行くみたいだよ】
開始早々そんなコメントが流れた。
なにかというと、鈴鹿が4層探索中に外の世界ではダンジョンブレイクが発生したらしい。と言ってもダンジョンブレイクが発生したのは日本ではなく、サウジアラビアだけで起きたとコメントが教えてくれていた。最初は日本でも起きるのかと逐一視聴者と情報のやり取りをしていたのだが、どうやら日本では起きなそうとのことで一安心したものだ。
「あ、そうなんだ。情報ありがと。猛虎伏草だったら灰ヶ峰誰が行くかわかる?」
「猛虎伏草ならば、間違いなくギルドマスターの天満を含む天命だな」
「ああ、あの人か。でも猛虎伏草だけなんだね。不撓不屈とかは行かないんだ」
【かなり危険みたいで、特級以外だと足手まといになりそうなんだって。一応一級とかも派遣されるけど、戦闘のメインは特級みたい】
【D9に所属してる国から派遣されるので、現地に行く探索者の数はそこまで少なくないと思います】
サウジアラビアは昔いろいろやらかしたようで、D9の動きも芳しくないらしい。そんな中、猛虎伏草の出立はD9最速とのことで気合が入っているようだ。コメントからは蜥蜴と関与してたペナルティだなんだとあるが、それでも他国のダンジョンブレイクを命がけで鎮圧しに行くというのは凄いことだ。鈴鹿は素直に応援している。
【でも意外だったなぁ。狂鬼さんなら俺が行く!ってサウジアラビア行っちゃうかと思ったよ】
「あ~、どうしようもなさそうならそれも考えるけど、自分からは行きたくないよ。俺海外は衛生周りが気になって日本から出たくないんだよねぇ」
鈴鹿がダンジョンブレイクに参戦しない理由は、なんとも不甲斐ない理由であった。
日本の観光地で十分楽しめると思っている鈴鹿は、海外に行きたいという気持ちが全然湧いてこないのだ。日本はインフラも整っていて便利だし、食べ物も美味いので満足している。それにダンジョンに来れば海外の絶景スポットみたいな場所にも行けてしまうため、余計行く必要が無くなってしまうのだ。
それに情けない話、ダンジョンブレイクで崩壊した都市なんてなおさら行きたくない。モンスターならダンジョンに行けば戦えるわけだし、わざわざ日本でもない不衛生で過酷な現地に行ってまで人助けをしたいという大和魂は、残念ながら鈴鹿は持ち合わせていなかったようだ。嘆かわしいことである。
「とはいえ、本当にまずそうなら行きますので、その時は協会の人でも声かけてくださいね」
ただ、鈴鹿はそうはならないだろうなと思っている。世界の特級たちが向かったのなら何とかするだろう。世界には剣神の様に強い人間もいるだろうし、わざわざ鈴鹿に話が来ることも無いはずだ。
「さて、今日はエリアボスに挑むんですが、まぁ御覧の通り今日も吹雪です。道中はつまらないと思いますがご容赦ください」
【こんな中で4層5区探索とか無理ゲーだろ】
【この中でモンスターに襲われるとかどうやって戦うの?】
コメントの言う通り視界が悪すぎる中で戦うため、強制的に気配察知のスキルレベルが上げられそうなエリアである。
「じゃ、行くか」
「はい」
「ああ」
スマカメ壊れないの凄いなぁ。そんな現実逃避をしながら、鈴鹿たちは吹雪く真っ白な世界に踏み出してゆくのだった。
◇
エリアボスはそのエリアの奥で挑戦者を待ち構えている。4層5区も例外ではなく、4層の奥にアタリをつけて探索すればそれらしき場所を見つけることができた。
「あれっぽいな」
【凍った湖?】
【火山湖かな。3層5区みたい】
【3層5区の湖よりも規模が大きいと思う】
そこは凍った湖が広がるエリア。その規模は大きく、対岸まで5キロ以上はあった。鈴鹿がドンドンと氷を踏みつけるが、割れる気配が一切しない。相当ぶ厚く凍っているようだ。これなら安心だと湖の上を歩いてゆく。
「ワカサギ釣りとかやってみたいよねぇ」
「ワカサギですか? たしか氷に穴をあけるんですよね」
「そうそう。釣ったワカサギを天ぷらにして食べるの。一回やってみたいよねぇ」
【狂鬼さんおっさん臭いな】
【ワカサギ釣りは苦行だぞ。混雑してるエリアとか、ただ寒いだけで釣れないし】
【でも釣りたてを天ぷらにして食うのは格別。その苦行の果ての美食】
【釣り気分を味わいたいならニジマスの管理釣り場がおすすめだよ】
湖に足を踏み入れてから、コメントと会話できる程度に雪がおさまっていた。たまたま雪がおさまったとは考えにくい。この先にいるのだろう。エリアボスが。
その予想は裏切られることなく、湖の中央にそれはいた。
陸角の魔導士:レベル228
ゆったりとした黒色のローブに杖を握る姿はまさに誰もが想像する魔導士の姿。ローブには魔術的な意味合いでもあるのか、民族チックな模様が装飾されている。見た限りでは人に見えるが、フードを目深に被っているからかその顔は窺うことはできず、フードの中はどこまでも闇が続いていた。
最大の特徴はフードの上から見える輝く角だろうか。魔力か何かでできている角は、頭から直接生えていないためフードを被っていても問題なく存在を主張していた。頭の側面から生える二本の角は途中で枝分かれしており、その全てを数えると名前の通り六本の角となっていた。
「……あれってエリアボスでいいんだよね?」
「エリアボスだな。名前とレベルが表記されている」
思わず鈴鹿は灰ヶ峰に問いかけた。パッと見は人に見えるのだ。4層5区で黄昏る探索者の線も捨てきれない。しかし、灰ヶ峰の言う通り人であれば名前もレベルも表記されることが無いため、あの魔導士は立派なエリアボスである。
「じゃ、予定通り俺から戦うね」
「頑張ってください狂鬼様!」
「相手はレベル200超えだ。心配はしていないが、気を付けろ」
二人からの応援を背に、鈴鹿が前へと踏み出す。4層5区だろうとも、鈴鹿たちはそれぞれ一人でエリアボスと戦う予定である。ただ違う点もあった。それは、一緒にエリアボスを巡っていくこと。灰ヶ峰やヨキがエリアボスと戦えば、鈴鹿はそのエリアボスと初見ではなくなってしまう。だが、それ以上にそんなエリアボスと二人が戦う様子を見たかったのだ。
3層ではヨキがエリアボスと戦う様子を後ろで見ていたのだが、そうやって戦うのかと驚くことも多く勉強になった。そのため、4層では順番に巡ることにしたのだ。誰が初めに戦うかのじゃんけんで鈴鹿が勝ったため、今日は鈴鹿が戦うことになっている。
【狂鬼さん装備変わってる!!】
「おっ、気づいたか。中層になったし、今日からおニューの装備だよ」
鳴鶴のウェアから一式装備を使って一瞬で換装すると、視聴者がすぐさま気づいてくれた。
鈴鹿が装備に選んだのは、防具は当然狂鬼からドロップした一式防具。見た目は猿猴の防具に似てラフな作りであった。太めのカーゴパンツに似た白色のズボンに、ぴったりと肌に密着する黒のインナー。その上からブルゾンの様な黒い上着を羽織ったのが狂鬼の防具だった。防具をゲットした時に装備した時は白い腰布があったはずだが、今はそれが無くなり、代わりにズボンが白くなっていた。
灰ヶ峰に聞くと、一式防具は人によってデザインを変えるが、成長によってもデザインが変わるらしい。そう言えば猿猴の防具も変化していたため、そういうものかと納得する。どちらにしても動きやすくデザインも好みのため、鈴鹿としては何も問題ない。
そして、そんな防具に合わせて鈴鹿は装飾品も身に着けるようになった。足には『青天の霹靂』と『鉤尻尾の守護』。腕には一式防具と『魔封じの藕糸』。指には『友愛の繋がり』、耳には『聖印の耳飾り』を着けている。
それぞれステータスアップも得られるが、『青天の霹靂』は『雷の加護』、『鉤尻尾の守護』は『干渉断絶』、『友愛の繋がり』は『思念伝達』、『聖印の耳飾り』は『浄化』のスキルを使用できる装飾品だ。聖印の耳飾りで行使できる浄化は、聖魔法による浄化と同じため鈴鹿が耳飾りをつける必要はない。しかし、鈴鹿は聖魔法を配信では映さないことにしているため、この耳飾りをつけることで浄化をしても言い訳ができるようになるのだ。
浄化は空間を浄化することができるスキルで、死霊系やアンデッドに対して有効な攻撃方法である。しかし、聖神ルノアは攻撃をしない縛りを自ら課していたため、この浄化を快適な空間づくりのためだけに使っていた。ルノアが行使する浄化は、マグマの中だろうが極寒の雪山だろうが人が快適に過ごせる空間に作り替える超魔法となっている。そう、今の極寒の4層を生き抜くためにはこの浄化が必要不可欠なのだ。
配信中も鈴鹿たちの周りに吹雪が当たらないよう浄化を展開している。そうでもなければ猛吹雪の4層5区を探索しようなんて到底思えない。ダンジョンを探索するうえで必須なスキルこそが、浄化なのだ。
他に新しい装飾品としては、『友愛の繋がり』の『思念伝達』だろうか。これはパーティ間で離れていても連絡を取れるスキルで、ヨキは大丈夫だが灰ヶ峰ははぐれたら合流するのが大変なので装備するようにした。
【狂鬼さんの防具は何のエリアボスの防具?】
「2層のエリアボスだよ。カッコいいでしょこれ。それにほら、武器も新しいんだよ」
そう言って、鈴鹿は一つの弓を取り出した。
名前:龍弦の魔弓
等級:遺物
詳細:生々流転の世において、不変たる力が込められた大聖龍から作られた魔弓。この魔弓は不壊たる性質を持つ一方、相対する敵には流転の如き変化をもたらす。
流転大聖龍の髭が強奪スキルによって武器化したのが、この龍弦の魔弓である。弓は大聖龍の鱗のようなプラチナの輝きを持っており、弦は龍の髭が使われているのか美しく煌いていた。使われる矢は大聖龍が堕ちた龍へと変化した時のような、弓とは正反対に昏く闇に染まった矢である。
鈴鹿が今回使う武器として選んだのは、まさかの弓であった。前衛どころか仲間もいない鈴鹿だが、弓を使ってみたかったので深く考えず龍弦の魔弓を手に取った。捷疾羅刹の業はこれからも使い続けるつもりだが、こちらの龍弦の魔弓も気に入れば積極的に使っていきたい武器である。
【え、狂鬼さん弓使うの?】
【杖術の次は弓術まで発現してるの狂鬼さん。オールマイティすぎる】
【狂鬼様は近接戦のイメージが強いですが、魔法も使うので遠距離も得意です。弓を使ってどんな戦いになるのか楽しみです】
コメントの指摘の通り、弓術など発現していない。『武芸百般の極み』があるからこそ、スキルを気にせず好きな武器を使うことができるのだ。
羅刹の杖といい龍弦の魔弓といい、どちらも『武芸百般の極み』のスキルを解放することで達人のように扱えている。そうでなくても鈴鹿は武術のスキルが10であり、淵の番との特訓で鈴鹿は武人としての立ち回りを学んでいた。その下地があれば武器を持った際の立ち回りもそう難しくなく、羅刹の杖に至っては『武芸百般の極み』を封印しても相応に戦うことができるだろう。
とはいえ、鈴鹿は様々な武器を扱える達人を目指している訳ではない。ただ強くなりたいという思いと、ダンジョンを遊び尽くしたいという思いでここまで来ているのだ。鈴鹿はずっと求めていた技量を、淵の番と戦い続けたことで手に入れることができた。しかし、そこがゴールではなかった。魔蝶蘭と戦った時、鈴鹿は魔力の重要性を学んだ。故に、今の鈴鹿が求めていることは、魔力というものを学ぶこと。
魔力についてはすでに魔力操作のスキルがレベル10であり、魔封じの藕糸を使って魔力操作を封じたり解放したりを繰り返して魔力操作を特訓している。魔蝶蘭戦でたどり着いた魔力によるスキルの再現、そして大聖龍戦で気づいた魔力による魔法の上書きは、まさに鈴鹿が魔力を使って成し遂げたいことだった。
魔力の扱いにはまだまだ納得できておらず、今なお修練の途中である。だからこそ、得意の体術を封印し武器を使うことで自分自身の強さを縛り、新たな視点を取り入れることで魔力についても勉強していこう。そう思うようになった。だからこそ、以前のように鈴鹿はスキルを鍛えることに重きを置かなくなった。スキルよりも魔力そのものを鍛えたいから。
「さて、お前はどんなエリアボスかな?」
いつものように、鈴鹿は初見のエリアボスに胸を高鳴らせるのだった。




