23話 能代つかさの大冒険3
おめめというダンジョンの試練を受けている能代つかさ。1層4区のモンスタートレインに巻き込まれ、さらに白岩大百足というエリアボスまで参戦した此度の試練。爆破魔法を駆使し何とか善戦したものの、数の暴力はその程度で覆せるほど甘いものではなかった。
バチィィィ。そんな衝撃音と共に、勢い良く地面を転がりながらつかさがおめめのもとへと吹き飛ばされた。白岩がモンスターの陰に潜み、つかさに近づくと鞭のようにしならせた身体を叩きつけたのだ。つかさが大層大事にしている兎鬼の面も剥がれ落ち、露になった美しい顔は頭部から滴る血で汚れている。エリアボスの強力な一撃に、つかさは息も絶え絶えであった。
『……もう駄目ですねぇ。本当に死ぬんですねぇ。僕の力が必要ですねぇ』
その様子を見て、おめめは終わりだとつかさに最後の進言をする。これを拒めばつかさは死ぬだろう。つかさはもはや虫の息だ。立ち上がり戦えたとしても、ここからエリアボスを含む4区の大量のモンスターを倒すことはできない。
いや、そもそも立ち上がれもしなければ、このままただモンスターに蹂躙され死んでしまうほうが現実的だった。しかし、おめめから勝手に手を出すことはできない。それはおめめに与えられた権限を逸脱してしまうから。
だからおめめは言うのだ。手を貸すぞと。
「お……めめ」
血だらけで泥まみれのつかさが、おめめの方を向く。もはや立ち上がることすら無理そうだ。いつ意識を手放してもおかしくない。
『手を貸すですねぇ』
「嫌……だ。見た目もお腹も真っ黒な、おめめの力なんて……」
ここに来ても、つかさはおめめを拒む。これはもはや強がりではなく馬鹿な行動である。聞き分けの無い子供を諭すように、おめめが手を取らねば死ぬとつかさに言う。
「ふっ、ハハ……おめめは、お腹も真っ黒クロ……」
おめめを無視し、うわごとのように呟くつかさ。
いよいよおしまいか。ここでも手を取らないのであれば、おめめにやれることはつかさが死ぬのを見届けるだけ。それを残念に思っていると、つかさのうわ言がピタリと止まった。
気絶したか?そう思って見てみると、つかさが上体を起こしおめめを凝視していた。
「おめめは黒い……性格も、お腹も、たてがみ以外全部黒い……」
『つかさがおかしくなったんですねぇ。血を流し過ぎですねぇ』
おめめを見たまま、つかさがふらふらと立ち上がる。血に汚れる手からバットが滑り落ちた。こんな状態になっても決して手放さなかったバットを。そして、ふらつく手でおめめの角を握った。
『限界ですねぇ。僕の力を求めるんですねぇ』
「うん。おめめ、力を貸して」
最後の問いかけ。それにつかさが応えた。この瞬間、おめめによる試練は終了する。現時点で終了すれば、おめめの力が100%振るえる訳ではない。つかさのレベルに応じ68%の力となる。それでも、あの程度のモンスターを蹂躙するくらいはわけがない。
『わかったですねぇ。力を貸してあげるですねぇ……うん?』
つかさの要望に応じ、おめめは白岩を含めて蹴散らすために動こうとした。だが、動けない。68%の力どころか、つかさがおめめの力を求めたというのに力を使えないのだ。
どうなっているんですねぇ? そうおめめが疑問に思った時、つかさが言った。
「私はずっと思っていたの。なんでおめめがいるのかって。狂鬼様にはいないのに、私に付きまとうこの子は何って?」
何ともひどい言い草である。だが、おめめは軽口を挟まない。おめめを覗くつかさの瞳が、狂気に染まっているから。この状態のつかさは、おめめの想像を超えてくるのだから。決して邪魔することはできない。
「私分かったの! おめめは私にとって必要だったんだよ!! 私の狂鬼様への思いにダンジョンが応えてくれたんだッ!!!」
両手でおめめの角を握り締め、つかさが熱に浮かされた顔でおめめを見ていた。
つかさの言うことは合っている。狂鬼に追いつくというのならば、おめめの課す試練を達成し続けるくらいの成長速度を維持しなければ無理である。それを汲んでかどうかはわからないが、結果的につかさにとっておめめという存在が成長を大幅に促していることは事実であった。
だが、つかさはそんなことを言っているのではない。おめめがダンジョンの試練だということも知らないし、おめめがいるから毎回死にかけるような戦いを強制されているのだということにも興味がない。
つかさは見つけたのだ。おめめがつかさにとって必要不可欠な存在だったことを。その有用性を! おめめこそが、つかさがずっと求めていたものだったのだと!! その答えを見つけたのだッ!!
「行くよおめめ!! 一緒にあいつらぶっ飛ばすよ!!」
そう言って、おめめはつかさに引っ張られる。いや、吸い寄せられた。
「ほら! ほらっ!! ほらッッ!!! 凄いよおめめ!!! 黒くて硬い手だ!!!」
つかさに吸い寄せられたおめめはその姿を変え、つかさに張り付くように覆いかぶさる。まるでおめめを纏っているようなつかさ。つかさが求めてやまなかった狂鬼が持つ黒くて硬い手。それを手に入れるために、つかさはスキルを獲得した。
そのスキルは『召喚獣纏い』。その名の通り、召喚獣を身に纏い、召喚獣の恩恵を受けるためのスキル。このスキルは召喚士のスキルを持つ者が発現することがあるスキルである。召喚士は召喚獣に頼って戦闘をすることが多いため、召喚士自体は魔法使いのように近接戦が弱くなりがちである。そこをカバーするための有用なスキルが『召喚獣纏い』である。
おめめがつかさの手を保護する。いや、保護というよりもつかさの手にリンクするように動く手を、おめめ自身が形取っていた。ボクシングのグローブよりもなおでかい、巨大な手。普通に立てば両手の先が地面に着くほど大きかった。
おめめの特徴でもある紅葉色のたてがみは、つかさの髪の色に合わせ濃い緑と深い青が混ざり合う鈍いターコイズ色に染まっている。たてがみは染められたが、その代わりフルフェイスのようにつかさの顔を覆ったおめめは、その名前の由来となった縦長の大きな眼はそのまま顕在していた。
つかさの望んだ黒くて硬い手。それをおめめを纏うことで実現させる。手は巨大でありおめめを纏うことで禍々しさが一気に溢れているが、黒くて硬い手には違いない。
召喚獣纏いは近接戦が苦手な召喚士のためのスキル。しかし、つかさはガチガチの近接職だ。そこに纏うは神を冠する召喚獣。そのシナジーたるや、凄まじいものがあった。
『アッハッハッはッはッ!! 散々痛イ目に遭わせテくれタケド!! 今度はこっちノ番。狂鬼様の力ヲ思い知れ!!』
つかさに迫りくる灼燐蟷螂。灼熱に染まる鎌をつかさに振り下ろすが、その鎌に向かってつかさは拳を叩きつけた。切り結ぶ相手の武器すら熱する灼燐蟷螂の鎌が、つかさの拳で粉砕される。もう片方の手で蟷螂の腹部を殴打すれば、爆破魔法を付与された拳が外からも内側からも蟷螂を破壊し黒い煙へと姿を変えさせた。
つかさの変化に白岩も本気を出す。モンスターをけしかけながら土魔法で生み出した岩石をつかさへ飛ばし続けた。先ほどまでは逸らすことすら精一杯だった巨大な岩石も、つかさは正面からぶち破る。飛来する岩石に拳を叩きつければ、強固な拳が岩石を叩き割り爆破魔法が粉砕し辺りに破片を飛び散らした。
まるでつかさ自身がエリアボスにでもなったような状態であった。つかさが得意だった蟻や百足はもちろん、蟷螂すら正面から破壊し尽くす。召喚獣纏いによる巨大な黒い手が、モンスターを千切っては投げ千切っては投げていた。
その様子に、困惑を隠せないのはおめめである。
(これはありなんですねぇ。まだ試練が続行になっていますねぇ)
つかさの言ったおめめの力を借りるというのは、おめめを使役するのではなくおめめを纏うことであった。この状況はおめめの力を使っているともとれるが、つかさ自身が戦っているためおめめを使役しているという訳ではないらしい。この方法をダンジョンは認め、試練終了にはしない判断をしたようだ。
おめめが困惑するのは、何も試練が終了しないからだけではない。おめめはつかさの召喚獣であるが、まだ使役出来ない召喚獣でもある。使役するときは試練が終了するときであり、おめめは他の者にも認識されないような存在だ。それを纏うとはどういうことなのだと、おめめをしても訳が分からない。
実際、つかさはおめめを纏っているが、通常の召喚獣纏いとは全く異なる不完全な状態であった。見た目こそ召喚獣纏いのように召喚獣に寄せられた外見の変化があるが、それは手とたてがみと頭だけ。腹部から下はおめめを纏っておらず、纏いも中途半端である。それに召喚獣纏いは見た目を変えるだけではない。召喚獣の能力を行使できるようになるのが本質のスキルだ。しかし、おめめは不完全な召喚獣であるため、つかさがおめめを纏ってもその能力を行使することはできない。できるのは見た目を変え、おめめのステータスの一部を引き継ぐ程度。本当に、手を固くするくらいしか効果はない。だが、それこそがつかさが求めていた能力であった。
『凄いね! 凄イネ! この前狂鬼様モ大きな白い龍ト戦ってた!! 私は小ッチャイ白いミミズだけど似てるヨ!! 凄い!! ホラ逃げないで!!』
何が凄いのかはわからないが、狂鬼とお揃いなのが嬉しいのだろう。狂鬼が戦った流転大聖龍と目の前の白岩大百足ではスケールが違いすぎるが、白くて細長い部分は共通している。
つかさは周囲のモンスターを蹴散らしながら、白岩へと迫った。そんなつかさに対し、白岩は身を潜ませモンスターの死角からつかさへ攻撃を仕掛けてくる。土魔法による岩石の投擲だけでなく、自身も接近し身体をしならせた鞭のような殴打をつかさへ行った。だが、おめめを纏う巨大な拳が正面から迫りくる岩石をぶん殴り、爆破魔法によって威力が高められた一撃は容易に白岩さえも吹き飛ばす。
おめめを纏ったつかさの戦い方は、一言で言えば雑であった。初めての徒手格闘のため体術のスキルが発現するが、それでも剣術を超えるようなスキルレベルの獲得には至らない。スキルとは技量の向上か、現状では打破できない末にあがいた結果レベルが上がるのだ。
今のつかさの戦い方は、硬すぎる巨大な手を使って攻撃を正面から受け止め、爆破魔法を使って破壊するというやり方。バットであれば灼燐蟷螂の攻撃を正面から受け止めることはせず受け流すだろうし、白岩の岩石も逸らすように戦っていた。しかし、おめめを纏った巨大な手は、1層4区程度のモンスターでは傷つけることすらできない手である。それにかこつけ、何も考えず全ての攻撃を正面から粉砕していた。
だが、裏を返せばそれができるほどに召喚獣纏いが強力だという証左。先ほどまでの劣勢を覆せるほどに圧倒的な力をつかさは手に入れた。それを十全に振るい、つかさが場を支配する。
太閃蟻の雷撃を握りつぶし、晶尖蟻の突撃は拳で正面から殴りつける。毒牙百足の突進は正面から叩き潰し爆破魔法で粉々にし、蟷螂たちの連撃は痛くも痒くもないと攻撃を受け止めながら手を広げ蟷螂を掴み地面に押しつけるや、爆破魔法で破壊した。
おめめを纏うつかさの見た目も相まって、もはやどちらがモンスターかわからない状況である。モンスターがものすごい速度で黒い煙へと姿を変え、つかさに吸収されてゆく。収納に収まりきらなかったアイテムたちが、ボロボロとつかさの周囲に落っこちていた。だが、つかさはそんなことを気にすることなく、狂鬼と同じ黒い手を見せびらかす様に、モンスターを倒して回った。
『狂鬼様とお揃イの黒い手!! 強イヨ最強ダヨ!! この手に勝テル奴なんてイないンだ!!』
何時しかモンスターはその数を減らしていたが、つかさも無傷とは言えない。おめめを纏う前に蓄積されたダメージは深刻であり、おめめを纏った今もつかさは攻撃を受けていた。おめめを纏っていない下半身を中心に、風蜂による風の弾丸や蟷螂たちの決死の攻撃がつかさにダメージを重ねてゆく。
だが、つかさは止まらない。アドレナリンが過剰分泌されたつかさは、狂鬼の疑似体験をしている今の状況をただただ楽しんでいた。攻撃を受けようが、ぶんぶん飛び回る虫たちを潰して回るつかさ。気づけば、正面に白岩がいた。
『かくれンぼはお終い!? 石ノ下に隠れちゃったカト思ったよ!! 』
つかさの顔はおめめを纏ったことで隠れている。顔にあるのは大きな縦長の眼。同心円状にいくつも重なる瞳孔はおめめのそれだが、その瞳に渦巻く狂気はつかさのものであった。
団子のようにとぐろを巻いた白岩大百足が、つかさを威嚇し、周囲に岩石を浮かべている。それに対し、つかさはおめめを纏い正面から迎え撃った。狂鬼の黒い手を手に入れたのならば、戦うのは正面以外にあり得ないから。
高速で迫る岩石をつかさが砕き破壊する。爆破魔法を付与された拳の破壊力は絶大だ。触れれば爆破し拳の威力を何倍にも高めてくれる。つかさの戦い方では体術のスキルレベルが著しく上がることはないが、代わりに爆破魔法のスキルレベルが向上した。
白岩の攻撃を破壊しながら、つかさが接近する。地面から岩の槍が突き出しつかさを貫こうとするが、爆破魔法が岩を破壊し未然に防いでゆく。
『昔はお家にムカデがよく出テタカら知っテるよ!! お前らは全然死なナいっテ!! ダカラ徹底的に壊しテやる!!』
つかさが白岩を殴りつける。おめめを纏った強力な一撃に加え、爆破魔法が白岩を襲った。だが、白岩は自身を岩石の鎧で覆うことで爆破魔法の大部分を防ぎ、逆につかさへと襲い掛かる。凶悪な口を開き噛み付いてくる白岩を、つかさは嬉々としてぶん殴った。白岩の強固な外骨格すら歪ませるほどの一撃に加え、爆破魔法による衝撃により白岩が大きく仰け反っている。
『ヤッパリしぶとい!! あと何発殴レバ煙に変わルカなァ!!』
つかさが4区のエリアボスである白岩を圧倒する。4区のモンスターにさえ後れをとっていたつかさが、召喚獣纏いでおめめを纏い出した途端一気に戦況を覆した。これはつかさの戦闘スタイルと召喚獣纏いがマッチしているからというのもあるが、おめめの強さが大きい。
つかさのスキルにある通り、おめめは神獣に分類される。それを今、つかさは纏っているのだ。不完全だろうとも神を纏う。それは狂鬼が鬼神を纏うも同義。つかさは今、神の力の一端を手にしているのだ。それが1層4区程度のエリアボスを圧倒できない訳がない。
巨大な白岩がつかさに巻き付き絞め殺そうとするが、高速で動く白岩をお構い無しにつかさは掴み取る。岩石の表面をやすりのように荒くし、削り取る攻撃力と岩石による防御力を上げた白岩。だが、そんなもの関係ないとばかりに握り締め、爆破魔法を叩き込んだ。
「ギチィイイイ!!」
『アッハッはっはッハっ!! 逃がさナイヨ! 近づイタら殴リたい放題だ!!』
つかさから距離を取るために離れようとする白岩だが、つかさが掴んだ手を離さずに逆に引き寄せる。白岩が必死に岩石の鎧で防御し土魔法で攻撃するが、爆破魔法が炸裂し身を包む岩石の鎧ごと殴りつけられ砕かれる。
つかさも無傷ではない。無数の岩石による弾丸にはつかさの爆破魔法を突破するものもあり、それらがつかさにダメージを重ねていった。
「ギヂヂィイ!!」
白岩が魔力を込め威力を底上げした岩石の弾丸。サッカーボールほどの大きさの岩石が、つかさに向かって放たれた。爆破魔法では防げぬほどの威力が込められている。白岩を掴んでいる手を離すか、もしくは殴りつけている手でガードするしか止めることはできない攻撃。それに対し、つかさが取る選択肢は一つ。
ただ、ただただ盲目的に白岩を殴りつけること。つかさの視界には、もはや岩石の攻撃など入っていなかった。爆破魔法をくぐり抜けた後の岩石などどうでもよい。つかさの頭にあるのは、このしぶとく生命力溢れる白岩大百足を殴り続けるというその一点のみ。
案の定、岩石は爆破魔法を突破しつかさへと迫る。爆破魔法によって僅かに軌道が逸れたが、それでも顔の左半分を岩石が直撃した。ノックバックするつかさ。意地か執念か、即座に頭を戻すつかさだが、岩石が直撃した部分が頬の肉ごとごっそりとおめめが剥がされていた。
つかさも限界をとうに超えていた。剥がされた部分を修復できるほど魔力は残っておらず、蓄積されたダメージがつかさにへばりつき動きを阻害してくる。それでも、露となったつかさの顔は笑っていた。
ようやく、狂鬼と同じ黒くて硬い手を手に入れたのだ。つかさは今、楽しくて楽しくてしょうがない。狂鬼とお揃いになった今、つかさの脳内から負けるという言葉は消滅した。だからこそ限界を突破し、いつ倒れてもおかしくない状況に追い込まれようとも、つかさは拳を握り締めるのだ。
『じゃアね! ミミズさん!!」
握り締めた右の拳に残る全ての魔力を込める。召喚獣纏いも左腕は解除され、頭も剥がされた部分から解除されつつあった。正真正銘最後の一撃。これで決めれなければ全てが終わる。だが、つかさは気にしない。これで決める確信があったから。
白岩が最後の抵抗に噛みつきに来るが、その顔面に崩壊しかけているおめめを纏った拳が突き刺さる。つかさが最後に全て込めた渾身の一撃。全魔力を絞りつくして付与された爆破魔法が、拳の衝撃と共に白岩の内部を破壊しつくし黒い煙へと変えさせた。
―――ドォォォォン。今日一番の爆発音が響き渡り、衝撃波が樹々を大きく揺らし葉が宙を舞う。つかさもその場に踏ん張ることができず、衝撃波に吹き飛ばされ枯葉のように地面を転がっていった。そんなつかさを追いかけるように、黒い煙がつかさへと吸い込まれてゆく。
その様子を元に戻ったおめめが見ながら『なんでもありですねぇ』と、いつもよりも僅かに弾んだ声で独り言ちるのだった。




