22話 能代つかさの大冒険2
仙台ダンジョン1層4区に、激しい戦闘音が響き渡っていた。硬質な外骨格と魔武器化された金属バットがぶつかり合う甲高い音が絶え間なく聞こえ、それに混ざって爆破音とモンスターによる火魔法や風魔法、それに雷撃が樹々や地面を破壊する音が広がっていた。
ダンジョン内で派手に戦えば戦うほど、周囲のモンスターが興味を惹かれやってくる。今なおギリギリの綱渡りを行っている能代つかさを押しつぶすために、モンスターたちが次は俺たちだと押し寄せていた。
「ハァハァ! しつこい!!」
灼熱に染まる灼燐蟷螂の鎌がつかさに振り下ろされる。何とか避けるも、技量の高い灼燐蟷螂相手に不用意に反撃はできない。つかさの剣術レベルは4。蟷螂相手では下手な攻撃は逆にカウンターを貰いかねなかった。
蟷螂の攻撃を避けたつかさに、毒牙百足が捕えようと長い体を巻き付けに来る。モンスターに囲まれている今捕まれば即終了だ。百足に得意意識のあるつかさは、捕まえようとする百足の胴体をバットで殴りつけ無理やり進路を変更させた。
殴りつけ無防備になった背中に、3匹の晶尖蟻が突撃してくる。だが、つかさはそれを見向きもせずに一帯を爆破魔法で焼き払う。晶尖蟻の突撃に合わせ、痺蝶の鱗粉が風蜂の風魔法に乗せられて迫っていたのだ。その魔法ごと、爆破魔法が振り払う。
爆破に吹き飛ばされる晶尖蟻だが、それだけで死ぬことはない。直接殴打して内部を破壊できれば爆破魔法で瞬殺できる晶尖蟻だが、外部から攻撃される爆破魔法には自慢の外骨格がダメージを防いでくれるのだ。もう一度突撃だ!そう意気込み晶尖蟻が顔を上げると、視界が金属バットに塞がれた。
2匹の晶尖蟻をまとめて爆破魔法で倒したつかさは、残った晶尖蟻にも止めを刺そうとする。しかし、それはさせないと太閃蟻が雷撃を飛ばし、動きを止めたところを斬るために薄羽蟷螂が飛んできていた。
それに対し、つかさは晶尖蟻を諦め、迫りくる蟷螂に自ら肉薄する。太閃蟻は同士討ちを嫌って蟷螂には魔法を放てないため、雷撃をそれだけで封じることに成功した。しかし、一番の問題は苦手な蟷螂による接近だ。それに対し、つかさは策を弄さない。蟷螂を避けたところで、こいつらがいなくなるわけではないのだ。遅かれ早かれ戦うというのなら、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。というか、逃げるのも面倒である。数を減らすためにも戦うのみ。
薄刃蟷螂が振り下ろす鎌に合わせ、つかさが金属バットを振るう。鎌自体を爆破魔法で破壊しようとしたつかさだが、蟷螂が器用に金属バットを鎌で逸らし受け流した。勢いを止められずバットを振り抜いたつかさ。さらされた無防備な姿に鎌を突き入れようとした蟷螂だが、爆破魔法によって今度は鎌が弾かれる。つかさはそこに勝機を見出し、残る鎌も爆破魔法で遠ざけ邪魔するものが無くなった蟷螂の顔面に、金属バットを叩き込んだ。
無機質な眼をした三角形の顔面にバットがめり込み、内部を爆破魔法で破壊し尽くす。薄刃蟷螂が派手に黒い煙へ姿を変えるが、大量にいるモンスターのたった一体が倒れただけ。その穴を埋めるように、二体の灼燐蟷螂がつかさの前に躍り出た。
見切りのスキルを頼りに何とか攻撃を回避するが、二体同時はさすがに無理がある。
「あっっっつい!!」
避けきれない鎌をバットで防ぐが、灼燐蟷螂の灼熱の鎌が金属バットに熱を伝達し、バットを握るつかさの手を焼きに来る。身体強化に魔力を注ぎ何とか鎌を押し返すが、動きの止まったつかさに2体目の蟷螂が斬りつけた。
「ん゙ん゙ん゙!!」
斬ると同時に焼かれる灼燐蟷螂の鎌が、つかさの二の腕を斬りつける。痛みと熱さで思わず声が漏れるが、歯を食いしばり爆破魔法を使って斬りつけてきた蟷螂を遠ざける。残った蟷螂が攻撃を仕掛けに来るが最低限の爆破で両手の鎌を弾き、バットで胴体を殴打し致命傷を与えてゆく。
止めを刺そうとすると、つかさに影が落ちた。まずいと思い後ろへ跳び退れば、つかさのいた場所に毒牙百足が長い身体を鞭のようにして叩きつけたところであった。下敷きになった蟷螂が黒い煙へと変わる。獲物を奪われたつかさは怒り心頭で百足を殴りつけ、爆破魔法で内部を破壊し即座に倒してみせた。
休まる暇が一切ないモンスターによる波状攻撃。爆破魔法が強力だからこそ何とかつかさは今も生きているが、いつ崩壊してもおかしくない状況であった。今もまた風蜂による風の刃がつかさを斬りつけ、斑蜘蛛の糸を転がるようにして避けた先では晶尖蟻が突進してくる。回避しても次の攻撃が降ってきて、モンスターを倒してもその穴を埋めるように新しいモンスターがやってくる。
まるで終わりのない戦い。それでも逃げることもせずに戦い続けられるつかさの精神力は大したものだ。そして、ここまで渡り合える実力もまた、十分異質な才である。背中を預ける仲間もおらず、たった一人でモンスターの大群に挑む。十分死んでもおかしくない状況。だというのに、つかさは狂鬼に相応しい強さを身に着けるために臆さず金属バットを握り締め立ち向かい続ける。
これが1~3区のモンスターならここまで苦労はしなかっただろう。これだけ強いつかさであっても、4区のモンスターは苦戦する。相性の良いモンスターなら問題ないが、相性が悪ければ攻撃も受けるし倒すのにも時間がかかってしまう。そうなればモンスターも増えていき、数が減ることがない。
徐々に徐々に、つかさにダメージが蓄積されていった。火魔法でつかさの行動が制限され、モンスターの隙間を縫うように放たれる雷撃がつかさの集中を削ぎ、晶尖蟻が身近で自爆すれば鉱物の結晶の様な外骨格が破片となってつかさにダメージを与えていく。そこに痺蝶の鱗粉や風蜂の突撃、蟷螂たちの連撃に百足の突進がやってくるのだ。さばききれる方がどうかしている。
『厳しいですねぇ。つかさは相変わらず弱いですねぇ』
自分が連れてきたというのに、おめめはまるで他人事のようにつかさに言う。おめめは樹上でつかさの戦闘を見下ろしているが、モンスターがおめめを襲うことは無かった。
おめめの煽りを受けるが、つかさは返事をしない。心の中では罵詈雑言を吐き散らしているが、それを言葉にできない程度には追い詰められていた。
『死にそうですねぇ。手を貸すですねぇ』
おめめがつかさに問う。手を貸すかと。
「黙れッ! あんたの手なんて借りるわけないでしょ! 性悪おめめ!!」
しかし、つかさもまたいつも通りおめめを拒む。狂鬼は一人で戦っているのだ。今ではパーティを組んでいるが、それでもエリアボスにはいつも一人で挑んでいる。そんな狂鬼に追いつきたいと思うのならば、珍妙で性格の悪い召喚獣の手など絶対に借りない。自分だけの力でどんなモンスターも倒してこそ、先に進むことができるのだ。
そんな思いを胸に、つかさは金属バットを握り締める。ピンチだろうが乗り越えてこその狂鬼のファン。自称狂鬼ファンクラブ会員番号1番の名に懸けて、たかが通常モンスターが大群で来た程度で屈するわけにはいかないのだ。
『でも、借りないとさすがに厳しいと思うんですねぇ』
おめめのその言葉に、つかさは返事をすることができなかった。猛烈なプレッシャーがつかさに襲い掛かる。場違いなほどの存在感。目の前のモンスターたちが何とも可愛らしく感じられるほどの圧倒的な力。しかし、何かが近づいているということはわかるのに、その存在を認識することができない。
その元凶を探そうとするつかさだが、周囲にはまだまだモンスターがいる。太閃蟻からの雷撃をバットで弾き、蟷螂に爆破魔法で牽制すると同時に鎌をバットで殴って内部から破壊した。横から迫ってきた風蜂と戦いながら、こんなことをしている暇はないと焦るつかさ。今近づいている存在は、こんなモンスターとは一線を画す存在だ。その元凶もまだ見つけられていないというのに、他のモンスターに注意を逸らされるのは危険でしかない。
鬱陶しくぶんぶん飛び回る風蜂の羽を爆破魔法で破壊し、地面に落ちた風蜂へバットを振り下ろそうとしたとき、横から白い何かが飛んできた。
「ッッッ!!??」
風蜂へ振り落とそうとしていたバットの軌道を無理やり変える。無理な動きのせいで身体が痛むが、身体操作のスキルがアシストして何とか飛んできた白い物体との間にバットを差し込むことに成功した。バットに纏わせていた爆破魔法が発動し飛来する物体を弾こうとするが、つかさは力負けして逆に吹き飛ばされてしまう。
樹に背中を打ち付けようやく止まるつかさ。肺の空気が強制的に排出され咳き込むつかさの視線の先に、それはいた。
白岩大百足:レベル84
1層4区のエリアボスである。百足と名前についているが、つかさは最初ヘビかと思った。白い外骨格に覆われた巨大なモンスター。危険な存在だとアピールするためなのか、オレンジ色の警告色に染められた長い触角が目を引くモンスターだ。どちらが頭か判断させないための対策だろうか、触角は頭とお尻にそれぞれ二本ずつ生えていて、うねうねと絶え間なく動いている。そして、何よりも特徴的なのが足が生えていないのだ。ジムカデのように小さな足が大量に生えているという訳でもない。蛇のように細長い身体も相まって、白いミミズと言った方がしっくりくる見た目であった。
大量のモンスターの気配に引かれたのか、はたまたおめめに誘われたのか。ただでさえ対処困難な数のモンスター相手に追い込まれていたというのに、ここに来てエリアボスという最悪なモンスターが参戦してきた。
つかさの頬に冷や汗が伝う。1層4区のエリアボスとつかさはまだ戦ったことがない。つかさのレベルは現在68。このモンスターラッシュのおかげでレベル66から2レベル上がっていたが、それでも白岩とは16レベルも差があった。
4区はただでさえモンスターが強いのだ。そのエリアのボスであれば、格が二つ三つ上の存在であるのは当然。それに加えレベル差まで乗っかってくるのだ。おめめのいう通り、さすがに厳しいと言わざるを得ない状況である。そして何より、エリアボスが出現したというのにモンスターたちが逃げていなくなるなんて優しい世界ではなかった。白岩を支援するように、モンスターたちもまたつかさに標的を定め攻撃に苛烈さが増していく。
白岩がおらずともジリ貧の戦いだったのだ。そこにエリアボスが追加されれば、拮抗が崩れるのは自明の理。
「くそっ! 群れるしかできない雑魚のくせに!!」
薄刃蟷螂の鎌を避け、太閃蟻の雷撃をバットで弾き、風蜂の突撃は爆破魔法で羽を破壊して防ぎ、毒牙百足の突進を回避と同時に爆破魔法を付与したバットで攻撃してダメージを与える。モンスターの大群に囲まれながらも、つかさは舞うように攻撃を避け、受け流し、カウンターを入れている。それでも、あまりにも手数が違い過ぎた。
白岩が魔法を発動する。白岩の周りに無数に現れたのは、名前の由来である白き岩石。サイズはまちまちで、こぶし大の小さなものもあれば、軽自動車程度の巨大なものまであった。それら岩石がつかさに降り注ぐ。
バットで打ち合うのは危険だと判断し、つかさは回避に専念した。だが、数が多すぎる。避けるのが難しい岩石を爆破魔法で破壊しようと試みるが、白岩の魔法の方が上なのか表面を多少削っただけで破壊することは叶わない。どうしようもない状況に、つかさは正面からバットで岩石を受け止めた。
「くぅぅうううう!!」
歯を食いしばり受け流すことに全力を注ぐ。岩石の側面を爆破させることで、何とか攻撃を逸らすことに成功した。岩石は逸らせたが、そのせいでつかさの足が止まる。止まったつかさに、モンスターが殺到した。
「くそっ! くそっ! くそッ!!」
群がるモンスター。爆破魔法でモンスターを遠ざけ、それでも無理やり突破するモンスターを金属バットでぶっ飛ばす。しかし、空いた穴を埋めるモンスターは大量にいるのだ。蟷螂が斬りつけ、晶尖蟻が自爆し、斑蜘蛛の火魔法が炙り、白岩が絶え間なく岩石を降らせてくる。
彼我の実力差が無いというのに、弾幕のような攻撃を完璧に防ぎきることは無理だ。つかさの被弾が増えてゆき、生傷が増える。致命傷は受けていないが、まだ受けていないだけだ。時間の問題である。
「カハッ!」
風を圧縮した球がつかさに衝突し、内包された暴風がつかさを吹き飛ばす。地面をバウンドして転がされたつかさ。停止した目の前には、おめめがいた。
『もう無理ですねぇ』
「うる……っさい!」
『強がりは強くない証ですねぇ。僕の手を取らないと死ぬですねぇ』
「狂鬼様ならあんたの手を取ると思う? 取らないよ。叩き落とすはず。だから私も、おめめの手は取らない」
転がった際に口でも切ったのか、鉄の味がひどく不快だ。地面を転がされて土汚れも嫌だし、斬られたところの血が服に染みついて気持ち悪い。まぁまぁの数は倒したはずだというのに、減っているのかわからないほどにまだまだモンスターがいた。その上、エリアボスである白岩までいる。諦めた方が楽になれる状況だ。
それでも、つかさに諦める選択肢などない。つかさは引きこもっていた間、飽きるほど多くのことを諦めてきたのだ。今更また諦め続ける人生に戻るくらいならば死んだ方がましだ。つかさに光を授けてくれた狂鬼に恥じぬ生き方をするために、つかさが下を向くことはあり得ない。
ボロボロの状態で、それでもつかさはモンスターの群れへと突っ込んでいった。その様子を、おめめは見ている。
『まずいですねぇ。あれは死んでも助けを求めないですねぇ』
つかさは諦めずに戦っている。そのおかげでレベルもスキルも成長していた。だが、それだけでは足らない。今までの攻撃方法をなぞり続けるだけでは、成長も止まってしまう。この状況を打破するためには、全てを覆せるほどの強力な何かが必要なのだ。
それこそがおめめであるのだが、つかさはおめめに頼らない。おめめにとっても頼られない方が都合がいいのだが、この現状は今のつかさではどうしようもない。この試練をつかさは乗り越えられないだろう。だからこそ、自分を使えとおめめは言うのだ。
おめめという存在は、ダンジョンがつかさに与えた祝福であり試練である。つかさは今まさに、ダンジョンが課した長い試練を攻略している途上であった。まだまだ試練の最中。だからこそ、試練を与える者であるおめめの存在を、他の人間は見ることができないのだ。それはまだ、つかさの力ではないから。
おめめが課す試練は至極簡単である。おめめが連れてきた、あるいは指示したモンスターを倒し続けること。突発的に発生するモンスタートレインの試練やユニークモンスターを倒す試練が有名だが、それとは似て非なるもの。単発的な試練を乗り越えるだけでは足らないのだ。常につかさが今倒せるかどうかの瀬戸際の試練が絶え間なく降りかかる。それがおめめの試練であった。
この終わりなき試練を終わらすことは簡単である。それはおめめに助けを求めること。おめめに助けを求めた瞬間、そこで試練は終了し、その時のつかさのレベルに応じた強さのおめめを使役することができるようになるのだ。つかさのレベルが10であればおめめ本来の10%の強さ、今つかさが助けを求めればおめめ本来の68%の強さのおめめを使役できるようになる。68%とはいえ、おめめは神を冠する召喚獣だ。その強さは折り紙付きであり、68%だろうとも十二分に有益な存在となるだろう。
おめめは試練でもあるが祝福でもある。これをどう捉えるかは人によって異なるだろう。召喚士【神獣】というスキルが与えられたことは祝福であるが、それと引き換えに死ぬ間際の戦いを強制され続けるというのは試練と言える。その試練もおめめの力を借りれば生き延びることができるため、おめめをセーフティ装置と思えば祝福である。だが、おめめが課す試練は死と瀬戸際のため、手を借りることを拒めば普通に死んでしまうため試練である。今つかさが直面しているように、召喚主が死にかけようがおめめが割って入ることはない。おめめは手を貸すかどうかを問いかけるだけである。故に試練であり祝福なのだ。
強力なスキルの発現に浮かれてすぐにおめめを使役すれば、その時点でおめめの強さは決められてしまう。その罠を掻い潜り、つかさは発現したスキルを無視するというこの世界の住人としてはあり得ない選択肢を取り続けて今までやってきた。だが、さすがに限界である。
つかさのレベルは現在68。つまりおめめの力を68%も行使できる状態といえる。おめめの力が増えれば増えるほど、そこに課される試練もまた過酷なものとなる。つかさは前回の試練もギリギリだった。半分死にかけたような状態で乗り越えたのだ。前回から成長していなければ、この試練は乗り越えられない。スキルが一つ成長したところで、全てを覆すことは困難だろう。
それでも、つかさは諦めず、馬鹿の一つ覚えのようにおめめを拒み戦い続けている。
『う~ん、本当に死にそうですねぇ。どうしたものですかねぇ』
口ではそう言うが、おめめは期待していた。この頭のおかしい召喚主なら、もしかしたらこの状況も切り抜けるかもしれないと。
おめめの本音を言えば、レベル21で戦った兎鬼鉄皮戦からつかさが助けを求めてくるだろうと思っていた。それが、気づけばレベル68まで耐えている。つかさはおめめの予想を裏切り続けていた。
だからこそ、今回もそうなるのではないかと思ったのだ。おめめの予想を裏切るのではないかと。
しかし、それはあくまでおめめの期待。期待が裏切られ予想通りになることなんて、世の中には溢れているのだ。試練を無制限に突破し続けることなど期待し過ぎである。それが出来ないようにおめめが試練を与えているのだから、おめめ自身が一番よくわかっていた。
バチィィィ。そんな衝撃音が鳴り響き、ゴロゴロとおめめのもとにつかさが転がってきた。兎鬼の面が剥がれ落ち、美しい顔が血に汚れているつかさを、おめめは見下ろしていた。




