21話 能代つかさの大冒険
仙台ダンジョン1層4区。雑木林のように樹々が生えるそのエリアは、それまでの草原や丘陵地帯と比べ見通しも悪くモンスターも急激に強くなる危険地帯。探索者高校の生徒はもちろん、プロの探索者すら寄り付かないそんな4区に能代つかさはいた。
つかさにある探索者の常識は偏っている。この世界で生まれ育ったとはいえ、探索者に成るつもりもなかったつかさはダンジョンについて詳しくはない。いつかレベルを上げて復讐しようとダンチューブは見ていたが、探索者の知識はそれくらいだ。まじめに調べたのは1層1区の話くらいで、あとはなんちゃって知識しかない。将棋漫画は読むけど将棋のルールは知らないみたいなものだ。ダンチューブを見るのは楽しかったが、自分がそうなりたいという能動的な情報の取得はしてこなかったのだ。
そこに、常識が通用しない狂鬼というダンチューバーの知識が加わったことで、つかさのダンジョンに対する知識はひどいことになっている。故に、こうしてつかさは当然のように4区を探索しているのだ。普通は1層3区を抜けたら2層1区に行くというのに。
狂鬼様は4区5区の探索がいいと言っていた。ならば4区一択。それは当然であり、疑問を挟む余地もない。モンスターがどれだけ強かろうと、狂鬼の役に立つならばそれくらいちょちょいと倒せなければ話にならない。これがつかさの考えである。
狂鬼は困難を乗り越え強くなり、強くなってから配信をしているため通常モンスターを瞬殺出来ているのだ。しかし、つかさはそこまで想像が回らない。狂鬼は初めからあれほどの強さを持っていて、4区だろうと5区だろうとエリアボスでもないモンスターなんかに苦戦することは無い。それがつかさの見解であった。
「ふんふふ~ん」
上機嫌に鼻歌を歌いながら、つかさはダンジョンを探索する。見通しの悪い4区は、樹に隠れてモンスターが見つけにくいだけでなく、樹上にも隠れ潜んでおり探索するにも神経を使うエリアだ。しかし、つかさはまるでそんなの関係ないとばかりに散歩するように歩いていた。
別につかさは4区を侮っている訳ではないし、4区の探索が余裕なわけでもない。こうやって気を抜いて探索して痛い目を見たのは一度や二度ではなかった。それでもつかさは油断してしまうのだ。久しぶりの狂鬼チャンネルの配信を心行くまで堪能したことで、思わず顔がにやけてしまう。
『そんな調子だと痛い目みるんですねぇ』
「その時はその時考えればいいんだよ~だ」
おめめが注意するが、つかさは変わらない。当たり前だ。このおめめこそがモンスターを連れてきて痛い目に遭わせようとしてくるのだから。おめめが諸悪の根源。このダンジョン初日からつかさに付きまとう召喚獣が悪い。そうつかさは理解していた。
「おめめもちゃんと見た? 私も狂鬼様の手料理食べてみたいなぁ」
『そのためには早く強くなるしかないんですねぇ』
「わかってるよそんなこと。早く狂鬼様のジャージ販売されないかなぁ」
『これはダメですねぇ。一度目を覚まさせた方がいいですねぇ』
そう言っておめめが姿を消す。それでもつかさは気にしない。おめめが勝手にいなくなるのもいつも通りだし、モンスターを連れてくるのもいつも通り。探す手間も省けて助かるというものだ。
4区に一人取り残されたつかさだが、ビビることも無い。つかさは何かが欠落しているのか、モンスターが不意打ちしてきたらどうしようとか、囲まれたらどうしようとか、そういうことを気にすることがない。なるようになるしかない。そう本気で思っているから、鼻歌交じりに4区を散歩できるのだ。
つかさが敬愛する狂鬼もダンジョンをまるで観光地のように歩いて楽しんでいるためか、それが当たり前なのだと知識が汚染されていた。もともと田舎育ちだからか4区の自然あふれる林の中を散策しても感動などしないが、狂鬼様もこの景色を見ていたのかなぁと思うと素晴らしいものに見えてくる。
つかさも狂鬼がその辺の探索者と比べて頭10個分くらい突き抜けていることはわかっている。だからこそつかさが惹かれたのだから。そんな探索者の頂のような狂鬼の真似をする愚かさもわかっているが、それと同時にいつの日か狂鬼の横に立つためには同じ強さを手に入れる必要性も理解している。だからこそ、つかさは危険なダンジョンだろうと余裕ぶって散歩する。真似できるところから真似するために。
つかさがキョロキョロ辺りを見回し、モンスターいないかなぁと探す。少し歩けば、モンスターの集団がいた。
毒牙百足:レベル56
晶尖蟻:レベル49
晶尖蟻:レベル47
太閃蟻:レベル62
耐久値の高い百足に、硬くて厄介な蟻が3匹。樹々に巻き付いている百足は巨大で、樹々の幹よりも太く樹がへし折れてしまいそうだ。晶尖蟻は結晶化した鉱物のような外骨格を纏っており、お尻から頭の先に行くほど細く尖っている。コイツは自己犠牲の究極形のようなモンスターで、突撃して頭の鉱物を相手に突き刺すとそのまま自爆する鬱陶しい蟻であった。もう一体の太閃蟻も同じように鉱物のような外骨格をしており、こちらは太くてごつい。晶尖蟻のように突撃するようなことは無く、硬質な外骨格に身を守らせ、本体は雷魔法を使って攻撃してくる砲台のようなモンスターだ。
数は多いが肩慣らしにはちょうどよいかと、つかさは相棒のバットを握る。白いベースに黄緑色の装飾が派手なソフトボール用の細いバットは、つかさが地元で買ったバットである。4区に入ってからもつかさはこのバットを使い続けていた。
1層3区でエリアボスから武器もドロップしているし、1層4区でも武器はゲットした。だが、それらをつかさは使うつもりもないため協会で売却している。何故か。狂鬼に褒めてもらいたいからだ。『お前バット一本でやってきたのか! すげぇな!』。そう言ってもらうために、つかさは今日もバットを振るう。もしこのバットを手放す時が来るとしたら、それは手を黒くて硬くするスキルを覚えた時だろう。それまではこの相棒と共に戦い続けるのだ。
魔武器のスキルで金属バットの性質を変え、魔力を込めやすくする。魔武器のスキルレベルも上がっており、今ではスキルレベル5。魔武器のスキルレベル5で強化されたバットは、ダンジョン産の武器としては希少に相当する性能になっている。希少の武器ならば1層4区でも十分通用するクラスであり、つかさが思い切り振っても壊れないレベルの強化であった。
つかさの接近に気が付いた太閃蟻が、魔力を込め魔法を放つ準備をする。黄色い透き通る外骨格に魔力が煌き、雷撃が放たれる。威力は高くないが、雷撃には速さがある。それに直撃すれば痺れて動きが阻害されるため非常に厄介だ。
そんな雷撃に対し、つかさはバットを引き絞る。不規則に高速で迫る雷撃に対し、つかさは完璧なタイミングでバットを振り抜いた。
バチンッ!!と雷が弾ける音が開戦の狼煙となった。つかさはバットを手に、モンスターたちへと迫る。
「「ギチチィ!!」」
太閃蟻は俺たちが守ると、晶尖蟻が尖った頭の先っぽをつかさに合わせ突撃を開始する。晶尖蟻には敵に突っ込む恐怖はない。何故なら突き刺さればどのみち自爆する未来が確定しているのだ。ならばこの命、美しく散らして見せようじゃないかと、二匹の晶尖蟻がつかさに迫った。
「自爆蟻! 私が手伝ってあげる!」
そう言って、つかさが晶尖蟻の側面をバットで殴打した。狙いが外され頭の切っ先が仲間の晶尖蟻の方へ向く。直後、晶尖蟻の内部が破裂する。つかさの持つ爆破魔法が、晶尖蟻に致命傷を負わせた。本来そう簡単に内部を爆破することはできないが、高いスキルレベルと晶尖蟻の特性がかみ合い誘爆が起きたのだ。
仲間の決死の突撃が不発に終わり黒い煙へ姿を変えるのを見た残された晶尖蟻は、ギチィ!と高らかに顎を打ち付けつかさに突進した。さらに、太閃蟻が援護は任せろとつかさへ雷撃を放ち、百足もまた毒の滴る顎をこじ開けつかさへ襲い掛かる。
「ちょうどいい!」
そう言うと、つかさが再度バットを引き絞る。その姿はまるでスラッガーだ。身体強化と身体操作のスキルを意識しながら振り抜けば、先ほどのリプレイのように突撃した晶尖蟻はつかさに刺すこともできずバットで側面をぶっ飛ばされる。次に来るのは内部を破壊し誘爆を促す爆破。だが、それだけじゃなかった。一匹目よりも力を込めて殴り飛ばされた晶尖蟻に、太閃蟻の雷撃が直撃する。それが止めだとばかりに晶尖蟻が派手に爆発したが、それは百足の目と鼻の先。百足の突撃の出鼻をくじくように晶尖蟻が爆発し、百足がノックバックした。
太閃蟻の魔法を撃たせないために射線上に百足が来るように意識をしながら、厄介な何本も生えている足を爆破魔法で破壊してゆく。蟻も百足も守りは堅固な外骨格に任せているため、防御が疎かになりがちなモンスターである。そんなモンスターとつかさの爆破魔法は相性が抜群だ。外側がいくら硬かろうが、内部から破壊するように爆破魔法を行使する。
1層4区でも上位に入る耐久を持つ毒牙百足は、つかさの爆破魔法の前になす術もなく黒い煙へと変えられてしまう。残された太閃蟻が魔力を振り絞り雷撃を放つが、魔武器化された金属バットによって防がれ外骨格を叩き潰す様に殴られる。太閃蟻は4区上位のモンスターだ。さすがに一撃でその装甲を破壊することはできないが、雷撃を躱し何度か金属バットで殴れば太閃蟻も黒い煙に姿を変えていった。
完封。つかさと相性の良い相手のため、肩慣らしにはちょうどよいモンスターであった。4区には昆虫系のモンスターが多数出現するが、外骨格に防御を任せているモンスター相手には爆破魔法が無双してくれる。逆に、薄刃蟷螂のような剣術スキルを求められる相手の方が苦手であった。つかさは爆破魔法のおかげで剣術の斬り合いがあまり発生しないため、剣術のスキルは4と少し低い。蟷螂を剣術で正面から破るには、スキルレベル5は必要だ。その足りないスキルレベルを、つかさは爆破魔法で埋めている。
「う~~ん、いい感じ! 狂鬼様も最近武器使って戦ってるから勉強しないと。まずは帰ったら動画を何度も見返して、私もできるように練習しよう!」
狂鬼は最近拳でモンスターを殴りつけるのを止め、武器を使うようになった。狂鬼は何でもできるのか、武器を使ってもその技術は一級品だった。見ていて気持ち良いくらいエリアボス相手にも圧倒している。狂鬼が苦戦するモンスターはいるのだろうかと思うほどだ。
もちろん、エリアボスにボロボロにされることもあるが、狂鬼チャンネルの視聴者でそのまま苦戦していると受け取る者はいない。狂鬼がボロボロにされるのは、いつも何かしらのスキルを封印している時だけだ。魔法を縛ったり近接戦を縛ったり、エリアボス相手に狂鬼が全力で戦うことは無い。戦えば2層5区のように、エリアボスであろうとも瞬殺してしまうだろう。
つかさもその領域に行くために、4区で鍛えているのだ。
「それにしても、おめめどこ行ったんだろ。さぼり?」
モンスターを連れてくると言っていなくなった召喚獣のおめめ。だが、つかさの方が先にモンスターと会敵するし、なんなら倒してしまった。最悪おめめが連れてきたモンスターと連戦になるかと思っていたが、そうもならない。どっかの木陰でのんびり寝ているのだろうか。召喚主を放置して昼寝。おめめならあり得る。
気にしても答えが出てくるわけでもないため放っておこうと決めた時、つかさは何かが近づいてくるのを感じた。まだレベルの低い気配察知のスキルが、それでも反応している。
『待たせたですねぇ。モンスター連れて来たんですねぇ』
おめめの声だけが聞こえてきた。姿は見えない。モンスターがやって来てる気配はするのにおめめがいないというのは、十中八九厄介ごとであることを示していた。
「おめめどこにいるの! 出てきなさい!!」
『おめめはいつもつかさの側にいるんですねぇ』
「嘘つき!! さっきいなかったでしょ!!」
おめめは時折こうやって姿を隠すことがある。そういう時は決まって面倒な敵を連れてくるのだ。そして、姿を隠しながら言うのだ。『手を貸すですねぇ』と。自分で厄介ごとを持ち込んでおいてどんな言い草だ。ひどいマッチポンプである。当然そんな悪徳商法に屈するわけにはいかず、つかさは毎度待機してろとおめめを叱責してここまでやってきた。今日もまた、それが始まるのだろう。
ぴょこりと、奥の樹の陰から晶尖蟻が顔を覗かせた。
「自爆蟻? 残念。さっき自爆蟻は倒しちゃったよ。苦手な赤い蟷螂の群れとか連れてくるんだと―――」
つかさは言い終わる前にその場から飛びすさる。直後、風の刃がつかさがいた地面へ着弾した。
「おめめ……あんたほんといい加減にしなさいよ」
つかさの視線の先。そこにはモンスターの大群がいた。樹々の隙間からは種々様々なモンスターたちが見て取れる。その数は10や20ではきかない。この辺一帯のモンスター全てをかき集めてきましたと言っても過言ではない量のモンスターが、つかさに向かっていた。
モンスターの群れから突出してつかさへ迫りくるのは薄刃蟷螂。ヘリコプターのような凄まじい風切り音をなびかせ、つかさへその鎌を振り下ろす。それに対し、つかさは爆破魔法で迎え撃った。
探索者のいない静かな4区に耳をつんざく爆破音が響き渡る。樹々の枝葉を揺らす衝撃波に身を任せ、つかさは苦手な蟷螂から距離を取った。だが、ただ距離を取るだけではモンスターは消えてはくれない。離れたつかさには4匹の太閃蟻が雷撃を放っていた。
「くぅうう!!」
横に転がるように回避し、その動きを見透かすように放たれた雷撃は何とかバットで弾くことに成功する。そこに畳みかけるのは風蜂による風弾。視認性の悪い風の弾丸を、無数にいる風蜂がつかさに向かって放ってくる。時折混じる風の刃を慎重に回避するが、それに気を取られたつかさに風弾が直撃した。
地面を転がるつかさ。そこに、大口を開けて待っていたのは毒牙百足。地面ごと喰らう勢いで噛みついてきた毒牙百足を、見切りのスキルに身を任せ紙一重で躱すことに成功する。そして、爆破魔法をまとわせたバットで毒牙百足をぶん殴った。アホみたいにモンスターがいるのだ。逃げ続けたって状況が好転することは無い。ならば、目の前のモンスターをぶっ飛ばし数を減らしていくしかない。
「おめめ覚えてなさいよ!! 終わったらスースーする目薬の刑だからね!!」
『これは狂鬼も乗り越えた試練ですねぇ。狂鬼の役に立ちたいなら乗り越えてみせるんですねぇ』
「ほんと!? ならがんば……情報源はッ!?」
『めんどくさい言葉を覚えてしまったんですねぇ。可愛げがないですねぇ』
おめめはつかさの扱いを理解しているため、何かと狂鬼はこれをやっただの、狂鬼はこうしてただの吹き込んでいた。最初のうちは『そうなの!? 私頑張る!』と眼をキラキラ輝かせていたのだが、最近になって『ちょっと待って。なんでおめめがそんなに狂鬼様について詳しいの? 私より詳しいなんてありえる?』と訝しむようになってしまった。ちょろかったつかさは、情報源を確認する大事さを最近学んだのだ。
バツが悪くなったおめめは雲隠れし、残されたのはつかさと大量のモンスター。もはやモンスタートレインを押し付けられたと言っても過言ではないが、召喚主はつかさなので文句を言う矛先がない。
「やるしかないのはいつも通りだけど、これはさすがに数が多過ぎでしょ」
おめめはモンスターを連れてやってくることもあれば、つかさをエリアボスのもとに放り投げることもある。とはいえ、それは順当に進んでいけばいずれ戦うモンスターであり、自分のタイミングで戦わせろと思うものの遅かれ早かれ戦うのだからと、文句を言えどそれだけで済ましていた。
だが、ここは4区。通常モンスターでさえ1~3区のモンスターとは比較にならないほど強いのだ。爆破魔法のおかげで一部のモンスターには強く出れるが、集められたモンスターの中には苦手な蟷螂も大勢いる。さらに魔法を行使するモンスターも大勢いるため多勢に無勢であった。並みの探索者なら、この時点で武器を捨てて逃げ惑っていることだろう。
けれど、ここにいるのは強くなるために狂うことを選択した頭のイカレた鬼を信奉する哀れな探索者。神が気狂いなら、信者もまた頭のねじが抜け落ちた悲しき狂人。モンスターを前にして、彼女は決して逃げ出すようなことはしない。自分の命可愛さに背中を見せることも、敵わないと諦めることも無い。死ぬのならば、それは自分が未熟であっただけ。狂鬼の役に立ちたい、ましてや隣に立ってみたいと願うのならば、何度か死ぬくらいの覚悟がなければ想像することすら烏滸がましいのだ。
つかさの信仰は、すでに殉教者の域へと達していた。
これだけの数のモンスターを相手に狂鬼が戦ったかどうかもわからない。けれど、つかさは4区で活動していて4区が適正になっているのだ。適性のエリアのモンスターが束になって掛かってきただけで死んでしまう者など、狂鬼の傍にはふさわしくない。狂鬼の役に立てぬなら、どのみちモンスターに殺されまいと自分で自分を殺すだろう。
ならば、これは試験だ。現時点で自分が狂鬼に相応しいのかどうかを判断するための試験。
「……数が多い相手にどう立ち回るか、そんなの考えるだけ無駄。ただ……ただ目の前の攻撃を避けてぶん殴ってれば、いつかは誰もいなくなる」
つかさのもとに迫る風蜂。風魔法で加速し、魔法の刃を纏った羽で斬りつけに来る。その後ろには薄刃蟷螂だけでなく、その上位種である灼燐蟷螂もいた。痺蝶が痺れを発生させる鱗粉を飛ばし、斑蜘蛛が火魔法を引火させる蜘蛛の巣を張ってつかさの行動を阻害しようとしている。他にもモンスターがつかさを囲い、風蜂をどういなそうとも雪崩れ込む準備ができていた。
「なら、乱戦だ」
つかさがつぶやいた瞬間。昼間だというのに目を覆うほどの光を伴う爆破が発生した。樹々が爆ぜ、生木が引火したことで黒煙が辺りに充満する。爆破に巻き込まれ視界を奪われた風蜂がつかさを探そうと風魔法で黒煙を振り払った時、その黒煙からつかさが飛び出してきた。
「まず、一匹」
つかさの魔武器化されたバットが腹部の針に直撃し、込められた爆破魔法が風蜂の腹部を破裂させ黒い煙へと姿を変えさせた。
つかさの中では、信仰対象である狂鬼は何でもできてどんなピンチだろうと笑いながら一瞬で解決してしまうような存在だ。こんなたかがモンスターに囲まれた程度では、つまらないと言って鎧袖一触で蹴散らしてしまうだろう。
しかし、つかさは狂鬼ではない。つかさではそんなことできないし、スキルを縛って戦うことだってできない。モンスターを倒す順番とかも考えられないし、どうすれば効率的にモンスターを倒せるかもわからない。つかさは自分が出来損ないだと思っている。あんな狭く閉ざされた村社会ですら馴染めず弾かれた存在。それがつかさである。暗い部屋に閉じこもった二年間は、自分は人並みの事すらできないのだという現実を嫌というほど突き付けられる日々だった。
だから、つかさはシンプルに考える。自分にできることは限られている。だから何でもかんでもやろうとはしない。ただ愚直に、好きに動いて目の前にいるモンスターを倒していくだけ。作戦ともよべぬそれが、つかさが掲げる絶対なる作戦。それだけを考え実行し続ければよい。思考停止ともとれる策であるが、それはつまり策を巡らせるために思考を割く必要がなくなるということ。
つかさはシンプルな策を取ることで、代わりに全てのリソースを目の前の戦闘に捧げることができる。
「ああ、狂鬼様……見ていてください。私が狂鬼様に相応しい探索者であるということを証明してみせます」
狂鬼が着けていた兎鬼の面から力を貰うために手を添え、つかさの前に立ちふさがった4体の灼燐蟷螂を睨み付けるのだった。




