20話 能代つかさの日常
仙台ダンジョン1層に、一人と一匹がいた。
一匹はおめめと呼ばれている召喚獣。黒い羊のようなその召喚獣は紅葉色に染まるもふもふのたてがみをまとっており、頭の横からはねじれた角が生えている。おめめという名前の通り、特徴的なのはその目。顔には口も鼻もなく、大きな一つの目だけがあった。縦長に伸びるその目は同心円状に何重にも瞳孔が重なっており、目が合った者を引き込むような不思議な力が宿っていた。
そんなおめめに跨るのは、召喚主である能代つかさ。もともと整っていた顔はステータスの影響を受け驚くほどに美しい顔に変わっているが、1層2区のエリアボスである兎鬼鉄皮の仮面をつけているため窺い知ることはできない。髪の毛は短く切り揃えられ、濃い緑と深い青が混ざり合ったような鈍いターコイズ色をしていた。身にまとう防具はちぐはぐで、1層3区で得られる防具もあれば、1層4区で得られるものもある。ドロップしたから装備した。まさにそんな感じの出で立ちである。
「おめめもっと早くならないの?」
『無理ですねぇ。つかさが重いですからねぇ』
「はぁ!? あんた本当いい加減にしなさいよ!! 私のどこが重いんだよ!! ぶっ飛ばすよ!?」
『暴れないでほしいんですねぇ』
おめめの角を握りしめ揺さぶるつかさだが、ステータスも高いからか振り落とされず騎乗したまま器用に抗議している。つかさは早く早くというが、おめめは猛スピードでダンジョンを駆けていた。これ以上要求するつかさがおかしかった。
「狂鬼様が今日の夜に配信するって言ってるんだから! 間に合わせて!」
『つかさがモンスター倒すのに時間かけすぎなのが原因なんですねぇ。八つ当たりは止めてほしいですねぇ』
「もう今日は帰るって言ったのにモンスター連れてきたのはおめめでしょ!!」
相も変わらず、おめめはつかさの言うことを聞かずに勝手にモンスターを連れてきては戦わせ、つかさが戦おうとしたモンスターには『これはダメですねぇ』とか言って倒してしまう。召喚主の言うことを聞かない召喚獣とはこれいかに。つかさは今もダンジョンで地団太を踏み続けていた。
ほどなくしてダンジョンゲートが見えてきた。つかさはおめめから降り、ダンジョンゲートを潜り抜ける。当たり前のようにおめめは付いてくる。おめめは消えろと言っても消えることはないし、モンスターを勝手に連れてきては消えてしまい、今すぐ出て来いと怒っても出てこない。スキルには召喚士とあるためおめめは召喚獣なのだろうが、おめめは全然言うことを聞かないためつかさは不良品のスキルを押し付けられたと思っている。現におめめは言うことを聞かないし、普通の召喚士なら何体も召喚獣を出せたりするようだがつかさはおめめしか出せないのだ。不良品である。
そんなつかさは、戦闘時におめめを使うことはない。狂鬼という頭のおかしいダンチューバーに憧れているつかさは、モンスターは一人で戦うものだという教えを守り一人で戦っているためだ。
「あっ、つかさちゃんお疲れ様。今日も4区行ってきたの?」
探索者協会の買取所に行けば、馴染みの協会職員が声をかけてくれる。まだ中学生であるつかさを何かと気を使ってくれていて、来るたびに声をかけてくれるのだ。
そんな職員に、つかさはただ頷くだけで返事もしない。機嫌が悪いわけではない。ただのコミュ障である。今では兎鬼の仮面で表情は見えないが、仮面をゲットする前は職員が声をかけるたびにひきつった笑みを浮かべていたのが懐かしい。
つかさは職員と話し込むこともないし話しかけられるのは気まずいと思っているが、話しかけてもらえるのは嬉しいと思っているめんどくさいタイプのコミュ障である。
「いつも通りすごい量ね。ちょっと待ってね?」
収納から4区で得られるアイテムを無造作に置いていくつかさ。何がすごいとかもよくわかっていないが、これを渡すとお金をもらえるので気にせず買取をお願いする。装飾品など必要そうなやつは横でおめめが勝手に奪ってつかさの収納に戻すので、つかさが考える必要はない。
もちろん、いつか狂鬼に会った時のために食材のアイテムはとっておいている。狂鬼はどうやら美食家らしく、ダンジョン産の食材が好みと狂鬼ファンの間で噂が広がっていた。低層の食材を求めているかはわからないが、つかさは十分な収納の容量がある。それに加え毎回不要なアイテムを売却しているため、売らずにとっておいても問題なかった。
おめめの角を握り締めて待っていると、職員が買取金額を表示してくれる。
「買取金額は52万5000円です。相変わらずすごいね」
初めはあまりの金額に驚いたが、それが続けば感動も薄まる。
「いつも通り現金?」
頷くつかさを見て、職員が現金の準備をする。いつもつかさは現金なので、職員も慣れたものだ。
「早めに口座作ったほうがいいよ? 一緒に作りに行く?」
「いい」
そのうち一度秋田の実家に帰るつもりなので、その時にでも口座を作ればいいだろうと考えている。つかさはクレジットカードで買い物をすることもなければ、口座経由で振り込みをすることもない。今のところ口座の必要性を感じていなかった。
「現金持ち歩くのはいいけど気をつけるのよ? つかさちゃんが強いのはわかるけど、4区ってことはまだレベル70もいっていないでしょ? つかさちゃんはただでさえ可愛いんだから、変なやつらに絡まれないようにね?」
「ん。ぶっとばす」
そう言ってお金を受け取ると、つかさはそのままおめめの影に放り込む。よくわからないが、おめめの影は物を入れられる。そのおかげで大金を持ち歩いているがかさばることもないため、余計口座を作る必要性がなかった。
「お金は投げちゃだめよつかさちゃん。それにしても相変わらずどうやってるのかしら。つかさちゃんにはおめめちゃんが見えてるのよね?」
頷くつかさ。この職員にはおめめの存在が見えないらしい。今では職員も慣れたものだが、最初は中学生くらいの女の子が来るわアイテム山ほど持ってくるわで混乱するのに、さらにおめめ!とか言いながら虚空に向かって話しているから、回復魔法を使える探索者を呼ぼうとしたくらいだ。
どうやら職員には見えないがおめめという存在がいて、とてもむかつく存在なのだとコミュ障のつかさから何とか聞き出すことができた。それ以降、職員はつかさが虚空に向かって暴れていても気にしないようにしている。
つかさは召喚獣と言っていたが、召喚士が顕現させる召喚獣は他の者も普通に見える。それに召喚獣を顕現させるのには魔力を使うため、ダンジョン外の買取所で召喚している意味が分からない。そのため、職員はイマジナリーフレンドか死霊魔法のような見えないものが見えるスキルだとあたりをつけていた。
「あっ……じゃ」
狂鬼の配信が始まることを思い出し、つかさは挨拶をして買取所を後にした。今日もうまく会話ができた。つかさは自分のコミュ力が著しく上昇している実感を得ながら、狂鬼の配信を見るためにつかさの部屋へと向かうのだった。
◇
能代つかさについて、仙台の探索者協会はどうするかとても揉めたことがある。探索者協会とは、極論を言えば探索者が快適に探索をすることを支援するための組織だ。探索者がダンジョンへ行くというのなら、支援はすれど止めることは絶対してはならない。それはダンジョンによって復興を遂げた日本にとっての不文律であり、連綿と受け継がれてきた協会の精神でもある。
つかさがダンジョンを探索することを止めるためにひと悶着があったわけではない。つかさはまだ中学生とはいえ、15歳を迎え探索者ライセンスを発行したれっきとした探索者である。その歩みを止めることを協会はしない。
では何が問題だったのか。それはつかさが宿無しのホームレスであったからだ。
つかさは適当に荷物を詰め込み、家出同然に秋田から仙台まで金属バット片手にやってきた。当然泊まるあてなどなく、中学生のつかさはホテルの予約すらやり方がわからない。そのため、つかさは探索者協会に住み着いた。
探索者協会には探索者のための設備が整えられている。更衣室やロッカーはもちろん、シャワーに大浴場、それに休憩スペースもある。休憩スペースは健康ランドにあるようなちょっとしたスペースだ。売店で買ったものを食べたりパーティで簡単なミーティングを実施できるだけでなく、疲労困憊で地上に戻ってきた探索者が仮眠をとっていることもある。
そんな休憩スペースをつかさは寝床に選んだ。未成年のつかさがそんな場所に居ついているのだ。協会が即座に親へ連絡したのは当然の動きだろう。
探索者ライセンスを登録する際、身元引受人を指名する必要がある。探索スケジュールで設定した時間を経過しても戻らなかった場合に連絡をするためだ。そこから、つかさが仙台の探索者協会で寝泊まりしながらダンジョンを探索しているがどうなっているんだと、つかさの両親に電話をいれた。
『つかさがダンジョンに!!』
その驚いた声を聴いたとき、職員は家出少女確定だ、すぐに親が迎えに来るだろう。そう思った。だが違った。
『本当にあの子はダンジョンで頑張っているんですね!』
『え、ええ。協会内の休憩スペースで寝泊まりしているようでして……』
『そんなところで! 頑張ってるんだなぁ! 凄い!』
『いや、お父さん? 中学生の女の子が一人でダンジョンに行って、ホテルも取らず協会の休憩スペースで寝てるんですよ?』
『ええ、ええ。わかります。あの子は凄い子なんですよ。一歩踏み出して、厳しい環境に自ら身を置いている! 誇らしい! あの子は実はね』
そこから能代つかさが生まれた頃からの話を職員は延々と聞かされた。つかさが家出同然にダンジョンへ行くような猪突猛進な思考をしているように、つかさの親もまた変わった感性の持ち主だった。子供が頑張ると決めたことに親が首を突っ込むことはできない。あの子をよろしくお願いします。そう告げて電話を切られてしまった。後日『金萬』という菓子折りが大量に協会に届いた時は、本気かと職員たちが頭を抱えたものだ。
では協会的につかさの行動がNGかと言われると、そうではない。協会のお風呂を利用しようが休憩スペースで寝泊まりしていようが、それらは探索者のための施設のため問題ない。ライセンスだけ取得してダンジョンに入らず施設を利用するような者は注意するだろうが、つかさはきちんとダンジョンを探索してアイテムも売却してくれているのだ。協会としてはつかさの好きにさせればよいという者もいれば、休憩スペースはあくまで仮眠や休憩のための場所であって継続して使い続けるのはダメだと追い出そうとする者、女子中学生をあんな誰でも利用できる広場で寝させるのは普通に危ないのでどうにかすべきという真っ当な意見など、能代つかさの処遇について議論された。
そんな中、つかさが兎鬼鉄皮のアイテムを売却したことで風向きが変わる。つかさはなんとたった一人で無敵キャラと呼ばれるエリアボスを倒したのだ。もともとつかさの容姿についても言及されていた。一人で探索して生き残っているためステータスが盛れて容姿が整うのは当たり前だが、兎鬼を倒せるほどの実力となると話が変わってくる。
兎鬼の面を着けたつかさを見て、狂鬼を彷彿するのは探索者に関わる職員ならば当然だろう。この少女は恐ろしい速さで化け物のような強さを手に入れている。ならば、協会の職員としてやることはただ一つ。能代つかさの探索を支援すること。協会職員の思いが一致した瞬間であった。
その結果、協会内にある一つの会議室がつかさに明け渡された。これは何もつかさにだけ利がある話ではない。つかさはアイテムに頓着がないため、エリアボスのアイテムだろうと平気で売却するのだ。狂鬼ですらもったいないからとっておこうというアイテムも、いらないと売却する。エリアボスのアイテムは滅多に売却されることがない。するとしてもオークションに出品されるものだ。それを協会に直接売却してくれるつかさは、仙台の探索者協会にとっても十二分に利益をもたらす存在であった。そんなつかさを仙台で囲うという意味でも、この待遇はなんらおかしな点はない。
そんなつかさはエリアボスのアイテムを売却するため、大金を持っている。つかさに事情を説明し売却金から一部徴収を行い、会議室にはソファベッドとダンチューブ観賞用のパソコンが置かれるようになった。当然冷蔵庫なども置いてある。ホテルのような一室に改造されていた。
そんなつかさの城で、つかさはソファに正座をしてダンチューブを鑑賞していた。すでにシャワーを浴びて売店で買ったお弁当も食べ終わり、視聴する準備は万端である。見るダンチューブは当然狂鬼チャンネル。つかさが信仰していると言っても過言ではないダンチューバーだ。
『見えます皆さん? あの猛吹雪。今4層に来ております。凍死しそうです』
狂鬼がいつものように鬼の口をかたどったような面を着け、スマカメに向かって話している。狂鬼の言う通り、スマカメが向けられた先は1メートル先も見通せないような横殴りの吹雪が舞っていた。狂鬼たちがいる場所は洞窟の様で、雪を避けるように焚き火を灯している。
『お久しぶりです狂鬼様、配信お待ちしてました』そうコメントを打ち込み、つかさは食い入るように配信を見ていた。狂鬼の配信は不規則で、ダンジョンで活動している時に配信をしてくれる。他のダンチューバーは地上に戻っていても、探索前の準備の様子や、地上での訓練の様子、前回探索時の反省会の様子など定期的に配信をしていた。それだけでなく、他のダンチューバーとの対談の様子や探索お疲れ様会としてコメントと会話しながらご飯を食べていたり、オフの日としてゲーム配信までするダンチューバーもいる。
そんなあの手この手で配信するダンチューバーが多い中、狂鬼が唯一配信した地上での配信は蜥蜴の闇を暴こう!というはちゃめちゃなもの。あの配信を見たつかさが蜥蜴という組織が狂鬼相手にした仕打ちに怒り狂い、蜥蜴の事務所を探し出して殴り込みに行こうとしたのをおめめが止めるのにとても苦労していた。
そんなわけで狂鬼がダンジョンで活動していない時は配信が止まってしまうのだ。つかさの生きる糧が断たれるのと同義である。おめめとしてはその方がダンジョンに力を入れてくれるため嬉しいのだが、つかさからしたらたまったものではない。
狂鬼が前回配信したのは、3層5区のエリアボスである流転大聖龍との戦闘配信だ。そこから2週間以上も日が空いている。この時をつかさがどれほど待ちわびたことか。ここ最近は過去配信のアーカイブを何度も何度も繰り返し見る日々を過ごしていた。
『4層は極寒エリアってのは聞いてたから、今日のご飯は不撓不屈の伝統シチューに倣ってシチューにしてみました! 永田さんとケイカさんが作ってくれたシチューはミルクシチューだったけど、今日は火炎牛の肉を使ったビーフシチューで~す』
そう言ってダッチオーブンを使ってコトコトシチューを煮込んでいる。そんなシチューを囲むように、狂鬼のパーティメンバーである灰ヶ峰とヨキがいた。
灰ヶ峰についてはどうでもいいが、ヨキについてつかさは内心穏やかではなかった。女が狂鬼様とパーティを組むだと!? どこのどいつだお前は!?と荒れ果てていたのだ。つかさの怒りはおめめに向かい、最終的にはダンジョンのモンスターへと向けられるのでおめめとしては良かった。
そんなヨキだが、今ではつかさもギリギリ認めている。狂鬼に対する溢れんばかりのリスペクトが感じられる点は好感が持てるし、狂鬼に色目を使うようなこともしない。そして何より、3層5区のモンスターと戦ったあの攻撃。あれはたしかに強者の攻撃であった。狂鬼クラスとは思わないが、それに近いほどの強さを感じた。
狂鬼をリスペクトし、狂鬼とパーティを組む実力も持っているのならつかさがとやかく言うことは無い。狂鬼の一番の配下にはつかさが加わりたいと思っていたため複雑ではあるが、嫉妬で血の涙を流すことはもうなくなった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーーー、私も狂鬼様が作ったシチューだべたいよぉ」
いいないいなと羨ましいと叫びながら、『とても美味しそうです』とコメントするつかさ。実際とても美味しそうであった。特に絶品と言われるダンジョン産の牛肉をふんだんに使っているため、間違いなく美味いだろう。
そんな狂鬼は、明日から4層の探索配信をしてくれるという。狂鬼が新しい階層に行くと最初に行う、4区と5区の紹介ツアーだ。つかさは狂鬼と共にダンジョンを探索している気持ちになれるこの配信が大好きだった。
「おめめ、明日はお休みね」
『つかさはわがままですねぇ』
こうなったつかさはどうしようもないことを知っているおめめは、言っても無駄ですねぇと丸くなって眠りにつく。狂鬼の配信の邪魔をするとガチで怒られるため、おめめは大人しくしているのだ。
『そうだそうだ。コメントにもあるけど、今度鳴鶴っていう探索者用のアイテムを販売してるメーカーからコラボジャージが発売されるよ。ちなみに今着てるこの服も鳴鶴からもらった服。あの吹雪でも風通さなくて暖かいからおすすめ』
そう言ってカメラに映すように狂鬼が服を見せてくる。
素晴らしい。鳴鶴というメーカーはわかってる。つかさがそう納得するくらい、狂鬼の防寒装備は似合っていた。『ジャージはもちろん買います。その服も販売されるのですか?』と、つかさは確認する。つかさはもちろんジャージが販売されることを知っていたし、当然買うつもりだ。狂鬼と同じデザインのジャージが欲しいという思いと、狂鬼を起用することで売り上げアップに繋がるんだぞとメーカーに知らしめるために買うのだ。
『この服? どうなんだろ。ちょっとわかんないや。あっ、ジャージなんだけど、転売は止めてね』
自分のコメントに反応してくれたことにつかさが眩暈を覚える。
鳴鶴は一般向けの狂鬼コラボジャージは生産増量して対応すると声明を出しているが、探索者向けのジャージは受注生産をすると言っている。つまり、探索者向けは希望すれば誰でも手に入るということだ。もちろん一般向けのジャージが売り切れになることも考えられるため、転売に対する狂鬼の指摘は重要である。不当な値段で売りさばかれ、欲しい人の手に渡らないのは狂鬼も望むところではないようだ。
「さすが狂鬼様。私たちのことまで考えてくださっている」
キラキラと瞳を輝かせながら、つかさは狂鬼チャンネルを見る。狂鬼がダンジョンで配信を始めるということは、ここからしばらくは配信が続くということである。また狂鬼様の配信を楽しめるという嬉しい気持ちと、早く狂鬼様のお役に立てるように強くなりたいという気持ちに挟まれながら、つかさは今日も狂鬼チャンネルを楽しむのであった。




