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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第十章 幼子の終わり

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17話 狂人たちのエリアボス戦2

 死闘を繰り広げていた鋼飢牛魔人《こうきぎゅうまじん》が、自然発生した火砕流に飲み込まれ下流へと押し流されていった。


 何とか高台へ避難した紋別《もんべつ》たちは、安堵して気を緩めることなく周囲を警戒する。


「ハァハァ……おいおい、この場合どうなんだ?」


 石狩《いしかり》の爆風で追った傷を石狩に癒してもらいながら、富良野《ふらの》が問う。


「煙が出ていません。まだ牛魔人は死んでいないということです」


「なら、エリアボスですのでこの地に戻ってくるはずですね」


「それまでに回復しちゃうね~! 痛む人いたら教え―――」


「ヴぉぉォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!」


 石狩が回復魔法を行使しようとした時、地面を揺るがすほどの牛魔人の咆哮が響き渡る。心胆を寒からしめる牛魔人の咆哮は怒りを多分にはらんでいた。火砕流によって発生した黒煙が牛魔人の姿を隠す中、真っ赤に染まる戦斧だけがまるで幽鬼のようにぼんやりと透けて見える。


「あと一押しです!! 5層2区のエリアボスを倒せればその先も見えてくる!! 皆で乗り越えましょう!!」


 網走《あばしり》が仲間を鼓舞し、槍を構える。


 先ほどの富良野が仕掛けた勢いのまま進めたかったが、邪魔が入ってしまった。だが、留萌《るもい》が放った矢は牛魔人の目を潰すことに成功している。腹の傷に目を負傷した手負いのエリアボスならば、たとえ流れが断ち切られていようとも再度流れを引き寄せることも容易なはず。


 そう思った時、黒煙の中で戦斧が振り上げられるのを網走は見た。


「まずい! 伏せてください!!」


 網走が土魔法による岩の壁を生み出した直後、散弾銃のような細かな礫《つぶて》が壁にめり込み破壊する。正体は牛魔人が戦斧をバットにして飛ばした火砕流の残骸。牛魔人が魔力を込めた礫たちは網走の発動した壁を壊すだけの威力があったが、貫通することは叶わなかった。


 これなら何度来ようとも防げる。そう思った直後、網走の眼前に真っ赤な壁が迫りくる。その正体は牛魔人の戦斧。あろうことか、牛魔人は自身の武器を網走に向かって投擲していた。


 完全に想定外の攻撃。思考が一瞬空白を生み、認識した時には逃げるには手遅れであった。網走では大質量の戦斧を止める手立てはない。岩の壁を出現させようとも、到底間に合わない速度だ。


「網走さんッ!!」


 網走を庇う様に富良野《ふらの》が前へ現れた。高速で迫る戦斧。真正面から受ければ、為す術もなく質量の暴力によって押しつぶされることだろう。それを理解している富良野は、飛んでくる戦斧に大剣を添え何とか受け流しにかかる。


「うぉォオオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!」


 近づくだけで燃えるほど熱い戦斧を、富良野が全力で受け流す。


「らぁあッ!!」


 魔力全開で身体強化にあてたことで、大質量の戦斧を横へ逸らすことに成功した。あまりの熱波に富良野の大剣も赤く染まり、握り締める手の皮が焼き付いて不快な臭いを辺りに振りまいた。それでも、ギリギリであったが戦斧は防いだ。


 残ったのは武器を無くした哀れな牛魔人のみ。戦斧をぶん投げたのは、最後の抵抗なのか勝算があっての行動なのかはわからないが、油断はできない。網走は富良野に礼をいいながら、いつでも対応できるように魔力を練った。


「ヴゥォォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!」


 牛魔人が自身の両手をガンッガンッと突き合わせるや、頭に生えた立派な角を網走達に向け突進してきた。武器も持たずに突進するなどいい的だ。石狩と留萌が遠距離から攻撃するが、しかし牛魔人は痛くも痒くもないと立ち止まることも無く、むしろスピードを加速し突進してくる。


 わざわざ正面から迎え撃つ必要はない。戦斧の時と違って、網走の思考も回復している。


「闘牛ごっこに付き合うつもりはないですよ!!」


 富良野と二手に分かれ、狙いを分散させる。突進ならば避けてしまえば牛魔人は反転するために立ち止まる必要がある。そこを攻撃すればいいだけだ。


 富良野へ矛先を向ける牛魔人。富良野もわざわざ牛魔人の突進を受け止めることはしないだろう。富良野が避け牛魔人が立ち止まった瞬間、腹の傷目掛けて土魔法の弾丸を放ち畳みかける。網走はそこまで考えた時、違和感を感じた。先ほどの攻撃。なぜ武器を投擲したのだと。


 網走達は5人いるのだ。たとえ武器を投擲して一人倒せたところで、残りはまだ四人いる。武器を失うリスクと釣り合っていないのではないか。苦し紛れにエリアボスがそんな行動をするだろうか。しかし、その違和感の正体に網走は答えられない。


 だが、網走と同じ疑問を持った紋別は答えにたどり着いた。それは最初に牛魔人を見たときに感じたことと同じ。牛魔人は戦士である。戦士なのだ。彼は誇りを尊ぶ武人でも、ましてや暴れるだけのモンスターでもない。どんなことをしても勝ちにこだわることができる、戦場で生きる兵《つわもの》なのだ。


「富良野さん! そいつには体術がある!!」


 紋別《もんべつ》が叫ぶのと、富良野へと牛魔人が迫ったのは同時だった。


 突進に合わせ横へ逸れようとした富良野に、牛魔人は巨体に見合わぬ俊敏さで富良野に合わせ横へ跳び、丸太のように太い腕を握りしめ富良野へと叩きつけた。今までならこれだけで避けることができたというのに。牛魔人はここぞというタイミングで富良野に反応してみせる。


 完全に想定外の動き。それでもただの突進だけならば躱すことはできたが、牛魔人の殴打は訓練された者の動きであった。何とか間に大剣を挟み込むが、そんな抵抗虚しく牛魔人の拳が富良野にめり込み壁へと叩きつけられる。


「ふらっち!!」


 石狩が即座に回復魔法を使おうとするが、牛魔人は止まらない。地面から雪を掬い上げるかのように岩を砕き瓦礫を握ると、石狩をけん制するために投擲した。網走が土魔法による岩の壁を生み出すが、先ほどとは牛魔人との距離が違う。距離も離れていない中、それでも網走は間に合わせるために不完全ながらも岩の壁を出現させる。ただ不完全な岩の壁は全ての礫を防ぐことはできず、石狩が礫によって地面に転がされた。


「行かせない!!」


 紋別と網走が牛魔人に肉薄し、留萌《るもい》が腹の傷目掛け矢を射る。しかし、牛魔人は小物に構っている暇はない。この中で牛魔人と正面から渡り合えるのは富良野だけである。ならば、富良野を潰せば後はどうとでもなる。そう判断した牛魔人は、多少のダメージと引き換えに有象無象を無視する選択をとる。


 紋別と網走の決死の攻撃によって多少のダメージを受けるが、牛魔人の歩みを止めることはできず、走りだした牛魔人を誰も止めることはできない。空中で軌道を変える留萌の矢が腹の傷に吸い込まれるが、傷口を覆うように庇われた腕に刺さって止まってしまう。いくら空中で軌道を変えようが、傷口を塞がれればどうしようもないのだ。


 牛魔人は富良野のもとへ向かう途中、地面にめり込んで止まった戦斧を回収する。牛魔人は戦斧を回収するために、富良野を殴り飛ばす方向をしっかりと調整していた。


 迫りくる牛魔人を、富良野は見据える。牛魔人の拳が直撃したとはいえ、富良野は即死していない。骨が二、三本折れたのか、せり上がってきた血を吐き出し大剣を構えた。


「絶望的な状況か……これを生き延びて、ようやく俺は前へ進めるんだ」


 壁が迫るような巨大な牛魔人が富良野へ戦斧を振り下ろす。富良野は何とか大剣を操り戦斧を横へ逸らすが、あまりの攻撃力に大剣を握る手が痺れ、戦斧から放たれる熱波がじりじりと富良野を焼いた。


 牛魔人の攻撃はたった一撃ではない。防がれたなら、防げぬほどに攻撃をすればいいと連撃が繰り出される。牛魔人が癇癪を起したかのように、富良野に戦斧を叩きつけた。地面を破壊し地形を変えるほどの攻撃。濃密な死の気配。直撃していないというのに、一撃ごとに富良野の体力が削られる。呼吸すらままならない連撃。酸素が足らず朦朧とする意識の中、それでも、富良野は攻撃を防いでみせた。


(まだだ……もっと、もっとこい……! 何かが掴めそうなんだ……諦めた特級へ至るための何かが……!!)


 死地にいて、いや、死地だからこそ富良野《ふらの》の意識が研ぎ澄まされる。剣術スキルレベル8。その高みまでスキルを鍛えた富良野であれば、牛魔人と正面からの剣戟にだって張り合うことができる。だが、富良野はさらに上を求めた。


 戦斧による猛攻を防ぐたびに、大剣が自分の一部のように感じられるようになってきた。富良野の攻撃は剛の剣。一撃の重さを重視する戦闘スタイル。そこに、戦斧の連撃を防ぐことで力の奔流を受け流す柔の剣が加わろうとしていた。攻撃を受け流し、その力を循環させて増幅する。柔の技術が、剛の威力をより高みへと導こうとしていた。


 この連撃を防ぎきった暁《あかつき》には富良野はそれを掴めると、そう確信する。防ぎきれたらの話だが。


「ふらっちからいい加減離れて!! 炎炎破砕《えんえんはさい》!!」


「右側です!! 留萌《るもい》さんの矢で失明した右側を狙うんです!!」


「はぁあああ!!!」


 富良野ただ一人ならば、窮地に陥ったこの現状を打破するために、生と死の狭間による試練にその身を委《ゆだ》ねることができたであろう。あるいは、仲間が瀕死で動けない状態ならば、仲間のために富良野はがむしゃらに立ち上がり、試練すら突破してみせたかもしれない。


 だが、彼の仲間は健在だ。とても優秀でいて、軽傷は負っていようとも、動けぬほどの重傷は負っていない。その仲間たちが、富良野を助けるために懸命に動き、牛魔人の行動を阻害する。そして、富良野を標的とした連撃が降り止んだ。


「ヴゥゥウオオオ!!」


 背後からウロチョロと攻撃する紋別と網走に、牛魔人が狙いを変更する。灼熱に染まる戦斧を握り、富良野に背を向け背後の二人を狙い横薙ぎに振るった。


 それを見て、富良野は前へと進み出る。仲間が作り出したこの隙を見逃してはならない。そんな殊勝《しゅしょう》な気持ちは無い。あるのは先ほど掴みかけた感覚を取り戻したいという思いのみ。もう少しで富良野は先へ進めたのだ。その感覚を取りこぼしてはならない。そんな自分の欲求に従い、富良野は大剣を振り上げた。


 戦斧の熱波によって熱せられた大剣と手はすでに癒着しており、握り直すことすらできない。それでも、大剣を振ることに支障はなかった。何千何万と振り続けてきた剛の剣。一撃に全てをかけるその剣は、牛魔人の腹を斬りつけた時と変わりない太刀筋。牛魔人の想定を超えることのない攻撃だった。


「しまっ!?」


 牛魔人は確かに背後の二人を狙った。だが、富良野を含めないとは言っていない。横薙ぎに振るった戦斧は勢いが殺されることなく、そのまま半回転するように牛魔人が富良野に向き直り戦斧が振るわれた。上段に大剣を構え隙だらけとなった横っ腹目掛けて。


 それは奇しくも富良野が牛魔人に深手を負わせた攻撃と同じであった。しかし結末は違う。富良野の攻撃は牛魔人の動きを止められるほどの致命傷ではなかったが、牛魔人の攻撃はどうしようもないほどに強力な一撃だった。


 砲弾のように吹き飛ばされた富良野は、火山岩に直撃してようやく動きを止めた。まだ繋がっているのが奇跡と思えるほどに深い傷。横腹から差し込まれた戦斧は背骨を断ち、胴体の半分以上深く切り裂かれていた。だというのに、血が噴き出ていない。灼熱の戦斧は腹を焼き斬り、斬ると同時に焼いて傷口を塞いだのだ。


 まぁ、だから何だという話。富良野は壁に埋もれたまま、ビクンビクンと痙攣している。背骨が断たれ、神経が勝手に筋肉を動かしているのだろう。それを見てまだ生きていると思うのは、そうであってほしいという願望がある者だけ。誰が見ても、富良野は即死であった。


「嫌ッ! ふらっち!!」


 石狩が富良野のもとへ駆け出し回復魔法を行使する。だが、富良野が目覚めることはない。回復魔法は傷を治すことしかできない。死者は生き返らないのだ。


 紋別《もんべつ》が叢雲《むらくも》を使い、牛魔人の視界を奪う。紋別たちにとって、富良野は作戦の支柱であった。その富良野が死んだとなればパーティの動揺は凄まじい。一度落ち着くためにも、時間を稼ぐ。


 その逃げ腰が仇《あだ》となった。


「なに!?」


 牛魔人の戦斧から吹き荒れる熱波が、叢雲をかき消し牛魔人の視界を取り戻す。見下ろす牛魔人の視線は、しかし紋別を捉えてはいなかった。


「腹の傷を広げるしかありません! そこを集中的に―――」


 網走を標的とした牛魔人は、戦斧の連撃を網走へ繰り出す。紋別がヘイトを買うために牛魔人に攻撃を仕掛けるが、網走が出現させた岩の壁を破壊した破片が紋別に襲い掛かり距離を詰めさせてくれない。仲間の魔法が仲間の援護を遠ざける。即席のパーティの弊害が、ここに来て如実に現れた。


「くそっ! こんなところで死ぬわけには!!」


 網走が槍を使って果敢に攻めるが、戦斧の一撃ごとに露骨に追い込まれていった。ただでさえ大質量の戦斧をさばくのは困難であるのに、その上武器を取り落としそうになるほど灼熱の戦斧から熱波が溢れるのだ。もがき、苦しみ、それでもなお抗う。だが、死にたくないという延命のための抗いに、ダンジョンが微笑むことはない。


 石狩が牛魔人の厄介な戦斧を、水魔法で冷却する。だが、焼け石に水だと言わんばかりに、冷却したそばから熱波が溢れ網走を焼いてゆく。接近した紋別が何度も何度も斬り刻むことで脚に深手を負わせることができたが、動きを鈍くするだけで致命傷には届かない。留萌の矢は戦斧を握る牛魔人の腕に深々と突き刺さるが、即座に燃えて灰となる。矢によって網走の寿命が僅かばかり延びただけに終わった。


 無情にも振り下ろされる戦斧。槍を添え受け流そうとするが、何合も防ぎ限界を迎えていた網走では受けきれない。槍ごと戦斧に押し込まれ、肩口から戦斧が斜めに網走を両断した。


「ヴォォオオオオオ!!」


 二人殺し、牛魔人が勢いづく。留萌は網走が死のうが、ただ淡々と矢を射っていた。牛魔人を倒すために、自分ができる最善の事をこなす。


 その鬱陶しさに、牛魔人が戦斧を留萌目掛けぶん投げた。こちらにも遠距離の手段はあるとでもいいたげに。回避のために留萌の攻撃が止んだ時、牛魔人はすべてのリソースを紋別へと向けた。


 羽虫の様に弱いから見逃してやっていたというのに、つけあがるな。自分の脚を切り裂いた紋別に、牛魔人が殴りかかる。あまりにも大きい拳。剣で正面から斬りつけようが、止めることすらかなわないだろう。


 人間とは矮小で、弱く、群れることしかできない脆弱な存在。それを牛魔人は理解している。掠るだけでも動きを阻害できると。


 牛魔人の拳を何とか避けるために横へ飛んだ紋別。しかし、それだけでは避けきれない。牛魔人は殴る途中で拳を広げた。殴りつけてダメージを与えることが目的ではない、ただ攻撃を当てて動きを阻害するための一手。広げられた指に紋別は何とかタイミングを合わせ斬りつけるが、指先を多少切り裂いただけで終わってしまう。


 牛魔人の平手に剣ごと押し返され、姿勢を崩してしまう紋別。そこに、牛魔人の拳が叩き込まれた。まるでトラックにでも跳ね飛ばされたのかと思うほどの衝撃。地面をバウンドしながらようやく止まった時、紋別は意識を手放していた。




 ◇




 痛みでくぐもった声を上げた。それが自分のものだと理解した時、紋別《もんべつ》は目を覚ました。


「大丈夫しおりん? まだ戦える?」


「石狩《いしかり》さん……痛ぅ!」


 牛魔人の攻撃が直撃し身体が痛む。だが、下級回復ポーションと回復魔法によって何とか動けるほどまで紋別は回復していた。


「戦うよしおりん。勝たなくちゃ。あの二人の死を無駄にしちゃだめ」


「石狩さん……」


 その言葉に、紋別は思わず石狩の顔を見た。富良野はたしかに即死だろうと思った。網走もだ。だが、石狩にとって富良野は元パーティメンバーである。その死を受け入れ前へ踏み出す覚悟たるや。


 石狩の顔は牛魔人を見据えている。けれど、両の目からはとめどなく涙が溢れていた。それでも、石狩は下を向かない。自分自身の弱さに歯噛みし、握り締めた拳から血がしたたり落ちようとも、前を見る。


 彼女は探索者なのだ。そしてパーティの生命線でもある回復魔法の使い手。自分の感情を優先することは許されない。もし自分を優先することがあるのなら、それは石狩以外が全滅した時の話。


 支援すべき仲間が戦っているのなら、石狩は前を向き戦い続ける。戦友の死を無駄にしてはいけない。あなたたちが命を賭したから勝てたのだと、墓前で感謝するために。


「もう大丈夫です。私も出ます」


「お願い。留萌《るもい》さんが何とか戦ってくれてるけど、いつ崩壊してもおかしくないから」


 見れば、牛魔人の猛攻を留萌が避け続けていた。刃幅の厚いダガーを抜いているが、決して戦斧とは切り結ばず攻撃も行っていない。前衛職の紋別や網走の攻撃を弾くほどの鋼の様な筋肉に、後衛職の留萌がダメージを与えられるとは考えていないようだ。


 だが、代わりに極近距離で留萌は矢を射かける。石狩の水魔法によって戦斧は僅かなりとも冷却されているが、それでも戦斧は熱を帯び近寄る者を焼き焦がす。耐火装備すら心もとないその空間で、留萌は恐れることなく攻撃していた。


 留萌は弓術のレベル7であるが、それと同時に狩人のスキルが発現している。曲芸師と同様の職業系スキルである狩人は、弓や短剣の扱い方に索敵や気配遮断など狩人としての素質を与えるスキル。それら全てを活用し、荒れ狂う牛魔人の戦斧すらも回避しながら矢を射るという曲芸をやってのけている。


 その様子に羨望の眼差しを向けながら、紋別はひた走る。


「私はみんなと別れてまでエゴを押し通した。その結果がこれですか」


 狂人の集いというサイトによって、紋別は網走達と巡り合うことができた。パーティ探しやギルドの再就職には時間がかかると思っていただけに、とんとん拍子で5層2区のエリアボスに挑むことができたのは幸運であった。


 しかし、そんな幸運も長続きしてはくれない。網走《あばしり》と富良野《ふらの》が死に、残ったのは決定力に欠ける紋別や留萌に、牛魔人に耐性のある火魔法がメインの石狩。牛魔人は手負いとはいえ、こちらも三人。絶体絶命。全滅という言葉が現実味を帯びていた。


「はぁ……月に叢雲《むらくも》、花に風。腹の立つ言葉ね」


 幸運が訪れると邪魔が入って長くは続かない。そんな意味の言葉をこぼし、紋別は剣を強く握り締める。


「留萌くん!! 交代!!」


 紋別が言うと同時に、留萌が身を後退した。留萌は鷹の目で紋別の接近も把握していたため、タイミングも完璧である。


 留萌と入れ違いに前に出た紋別は、牛魔人と相対する。石狩が水魔法で冷却をしているというのに、それでもなお焼けるような熱さの戦斧が高々と振り上げられ紋別へと振り下ろされた。


 紋別はそれを冷静に避け、富良野が斬りつけた腹へ一太刀入れる。傷口を広げるような攻撃に牛魔人の怒りは募り、攻撃の苛烈さが増した。後衛に戻った留萌と石狩が紋別を援護し、ようやく紋別は牛魔人の攻撃を回避することができるレベルである。


(ダメだ。私の力じゃ連撃を撃ち込まないと大したダメージにならない……。富良野さんのような一撃の強さがないと……)


 紋別の強みは速度を活かした連撃である。富良野の様な豪快に断ち切るような攻撃ではなく、鋭利な刃物で切り裂く鋭い一撃を得意としている。だが、牛魔人の連撃は粗いが一撃一撃に込められた破壊力が桁外れであり、叩きつけるたびに足場が破壊され熱波吹き荒れるまさに災害のような攻撃だ。そんな中、回避した後に何度も斬りつけるような連撃を繰り出せる隙は無い。牛魔人は簡素だが防具を纏い、それ以外の箇所は硬質な毛が覆っている。それらを掻い潜らなければ紋別の一撃はろくなダメージすら与えられない状況であった。


(絶望的なステータス差。それを覆すためにはもっと魔力を込めて、私も富良野さんのような一撃を……繰り出す必要があるの?)


 ふと、紋別は疑問に思う。目の前の牛魔人を倒すためには、富良野のような大剣を握り一撃の威力を高める必要があるのだろうかと。紋別のように、相手を細切れにするような鋭い一撃は、果たして本当に通用しないのだろうかと。


(そんなことはないはず。特級探索者を見ても、私のように大剣を使わない人だっているのが何よりの証拠。それに、私は知っている。この道の頂のような攻撃を)


 それはつい最近見た狂鬼チャンネルでの一幕。狂鬼のパーティメンバーとなった灰ヶ峰という男が放った一撃。離れた敵を両断したその一撃は、まさに紋別が目指すべき道の極みであった。


 離れた敵を斬るのはスキルか何かなのかもしれない。だが紋別はそこに着目していなかった。灰ヶ峰が剣を振るったその動きの美しさに、紋別は何度も何度も繰り返し見直していた。


(私の攻撃方法が悪い訳じゃない。問題は私の力不足。もっともっと技量を磨いて、もっともっと繊細に魔力を扱えれば、私だってできないはずがない)


 暴れまわる牛魔人に肉薄し続けながら、紋別は一振りごとにその鋭さが増していた。一撃でもくらえば即死。掠っただけで致命傷。破壊される足場に姿勢を崩せば絶体絶命。そんな状況に追い込まれ、追い込まれるたびに紋別の集中力が高まってゆく。


 紋別の頭には、すでに牛魔人を倒すことなどなくなっていた。殺された二人の敵討ちでも、残った後衛を守るためでもない。あるのはただただ自分が満足できる一振りを振るってみたいという、どこまでも利己的な求道者のそれ。


(薄皮一枚でも斬れるなら、肉を斬れぬ道理は無いし、骨を断てぬ道理もない)


 紋別のすぐそばに戦斧が叩きつけられる。吹き荒れる熱波。肌が焼かれ、汗すら流れ落ちる前に蒸発するような灼熱の空間。だが、紋別の思考はどこまでも冷静で、流氷漂うオホーツクの海のように厳粛な気配に満ちていた。


「……叢雲《むらくも》があるから月の美しさは際立つし、風が吹くから桜吹雪は儚く美しいのだと、そう思うのよ、私」


 紋別の太刀筋に変化が現れる。その違いは僅かなものだが、その僅かな差で牛魔人の鋼の如き肉体に傷を負わせることができるようになった。


「ヴォウ!?」


 今まで一太刀だった攻撃が、二撃三撃とその数を増してゆく。薄皮一枚だった攻撃が、1㎜2㎜とその傷を深く斬りつけていった。


 絶望的な状況に追い込まれ、現状では倒すことができないモンスターを相手に、それでも一歩も引かずに戦い続ける気概。留萌と石狩の援護を受け何とか生き延び続けた紋別《もんべつ》汐里(しおり)に、スキルが力を与えた。


 剣術スキルレベル8。紋別が渇望したスキルの強化が、この土壇場で紋別に訪れる。


「ヴォオオ゙オ゙オ゙オ゙!!」


 紋別に呼応するように、牛魔人はさらに火力を上げた。石狩の水魔法での冷却を無駄だとあざ笑うかのように戦斧は灼熱の輝きを取り戻し、紋別にいつまで近づいて攻撃できるんだとプレッシャーを与えてゆく。


 紋別は確かにスキルレベルが強化された。スキルレベル8は富良野のように牛魔人と渡り合うことのできるレベル。だが、それは渡り合えるというだけ。富良野は正面から牛魔人の攻撃をいなし、腹に深手を負わせ、牛魔人の猛攻を防いでみせた。しかし、それは4人の援護があって、ようやく為しえた結果。富良野自身決め手に欠けると判断し、追い込まれた末に更なる高みを目指そうとしたのだ。そんな相手に、ようやく富良野と同じ土俵に立った紋別が戦況をひっくり返せるわけがない。


 そう、スキルレベルだけであれば。


「ようやく、私に力を貸してくれるのね。叢雲」


 紋別の言葉に応える様に、まるで空に揺蕩《たゆた》う綿雲のように重さが感じられなくなった叢雲《むらくも》の剣《つるぎ》がその力を解放する。スキルレベル8に至《いた》り、ようやく叢雲が紋別を主と認めたのだ。狂鬼という桁の狂った強さの探索者が強化した武器が、初めてその牙を剥く。


 振り下ろされる戦斧に対し、紋別は大きく距離を取った。ようやく周りをウロチョロしていた紋別を引きはがせ、牛魔人は勢いを増す様に高らかに吼えた。その身に、叢雲を纏わせながら。


「オ゙オ゙ォ!?」


 牛魔人が驚きの声を上げた。理由は紋別が離れたというのに、その身を切り裂かれたからだ。それも富良野によって与えられた腹部の傷を抉る様に。


 牛魔人は身体を見下ろす。そこにあるのは鬱陶しく自分の顔を覆っていた叢雲。叢雲を振り払らえば、今度は背中に叢雲が発生し、そのまま背中を斬りつける。


 何が起きているんだ。そう思った牛魔人は、目の前に発生する叢雲に向かって剣を振るう紋別を見た。


 叢雲《むらくも》の剣《つるぎ》の最大の能力。それは叢雲を発生させ操ることができるというもの。だが、それは相手の目を覆い隠し視界を防ぐようなちゃちな能力ではない。発生させた叢雲同士をリンクさせることこそ、叢雲の剣の本質。月を叢雲が覆い隠してしまうように、叢雲が剣を隠し別の場所に出現させる。それは3層5区のモンスターである碧雲《へきうん》の鱗の戦い方と同じ。相手を翻弄し右からの攻撃を左からだと誤認させるような、そんな不可思議な能力。


 紋別の適正クラスの等級にして、紋別の適正以上の能力を有する武器。それが叢雲の剣であった。


 そのことに気が付いた牛魔人は、自ら紋別へと接近する。一方的に遠距離から攻撃されることを嫌っての行動であるが、紋別は望むところだと牛魔人に肉薄した。紋別もまた、遠距離で相手を一方的に削ることなど求めていない。剣術スキルレベル8に到達した今の力を全力で使ってみたいという衝動のままに、紋別は前へと踏み出した。


「水刃6閃!! 火球2発!!」


 紋別をアシストするように、石狩から魔法の雨が牛魔人へと降り注ぐ。スキルレベル6の水魔法では大したダメージにはならないが、僅かかもしれないが戦斧が発する熱波を和らげてくれる。そして、魔力密度を高めた火球が爆発し、牛魔人を怯ませた。火魔法に耐性があろうとも、爆破の衝撃を無効化することはできない。戦斧の軌道を逸らし、牛魔人の攻撃を一拍遅らせるように、火球が牛魔人の動きを阻害してくれる。


 留萌《るもい》もまた、紋別の変化に気付き一気に畳みかけに行く。まるで複数人が矢を射っているかのような速射をしながら、一本一本に魔力を纏わせ貫通力を高めた矢を放つ。厄介な戦斧を封じるために、戦斧を握る腕へと矢がダメージを与えていった。突き刺さった矢はすぐさま熱波で燃やされてしまうが、傷が回復するわけではない。魔力操作によって独立した生き物のように縦横無尽に矢を動かしながら、留萌が紋別を援護した。


 二人からの援護を受け、紋別は自由に動き回る。遠距離攻撃を受けながらも、牛魔人は紋別が一番厄介だと感じたのか好きにはさせまいと懸命に紋別へ戦斧を振り下ろし、身体に纏わりつく叢雲を熱波で追い払おうとする。だが、叢雲は散らされたそばから別の場所へと発生する。まるで揺蕩《たゆた》うように、のらりくらりと牛魔人の周りを浮かぶのだ。


「ハァアアアア!!」


 ここで決める。紋別は裂ぱくの気合を込め、牛魔人に連撃を放ち続ける。連撃によってズタボロになりつつある脚に向かって紋別が剣を振り下ろす。その剣を防ごうと牛魔人が手を差し込めば、剣は叢雲に消えていき深手を負った腹の傷をさらに切り裂いてゆく。戦斧を掻い潜り、今度は脚へと叢雲を纏わせながら腕を攻撃する紋別。牛魔人は叢雲を手で払いのけるが、今度は紋別の剣は叢雲をただ通り過ぎ牛魔人の腕を斬りつけた。


 この剣の厄介さは、近距離でこそその真価を発揮する。叢雲を介した攻撃は紋別の任意によって発動されるため、相対する者は身体にまとわりつく叢雲と紋別が振るう剣、その両方に意識を向ける必要があった。右から攻撃されているのに背中を斬られ、左の叢雲に意識を向ければそのまま斬りつけられる。牛魔人は叢雲にいいように翻弄され、その身を傷だらけに変えていった。


 一見対処しようがない攻撃にも思えるが、攻撃の起点は紋別であることを理解できれば防ぐことは可能である。つばぜり合いをするように紋別の剣を受けようとすれば、その剣を紋別は受けざるを得ない。叢雲で剣を隠してしまえば、相手の剣もまた叢雲を通り過ぎ紋別を直接切り裂いてしまうからだ。紋別に剣を振らせぬように攻め続けたり、紋別の攻撃が消えれば紋別にダメージが行くように振舞えば、叢雲を封じることもできる。


 だが、それをさせないための剣術スキルレベル8であり、相手の動きを封じる援護をしてくれる仲間がいるのだ。


 紋別の攻撃に苛烈さが増す。牛魔人が対処するために叢雲を払い紋別を攻撃するが、叢雲の数が加速度的に増してゆく。群がる羊のように、叢雲が牛魔人に振り払うことはできないと纏わり出す。


「ヴォオオオオオ!!」


 もはや叢雲は振り払えるレベルではない。ならば紋別を早々に倒すことで元凶を取り除く。牛魔人は防御を捨て、紋別を倒すために全てのリソースを捧げた。それは正しい選択である。紋別さえいなくなれば叢雲も消える上に、残るは前衛を欠いた後衛だけ。後衛ならば手負いだろうとも倒せるという判断も、また正しいだろう。


 だが、防御を捨てるということ。それを紋別が狙っていたとしたら、その選択肢を選ぶことは安直であり愚行であると、そう言わざるを得ない。


「留萌《るもい》くん!!」


 紋別が叫ぶと同時に、留萌の前方にふわりと叢雲が浮かんだ。言葉は無くとも、何をすればよいかは明確だった。


「フッ」


 留萌が限界まで弓を引き絞る。ギチギチと弓が悲鳴をあげるほど弦が引き延ばされ、矢に込めた魔力が辺りを照らす。留萌が全ての魔力を注ぎ、武器固有の能力である風魔法による矢のアシストを全力で発動し、矢を放つ。


 放たれた矢は叢雲の中へと消えてゆき、牛魔人の残された目を覆うように現れた叢雲から出現した。


「ヴァァアアア゙ア゙ア゙……オォォォ」


 矢がどこまで貫通したのか。牛魔人の目玉を貫いた矢は深く深く突き刺さり、牛魔人は振り上げていた戦斧を取り落としビクンビクンと痙攣している。


「終わりよ」


 両目を失い武器まで手放した牛魔人に、紋別が叢雲の剣を振り抜いた。富良野《ふらの》が斬りつけ、網走《あばしり》が土魔法で傷口を広げた腹の深手に紋別の剣が滑り込む。牛魔人は何も抵抗することができず、紋別の一撃によってその身を黒い煙へと変えるのであった。

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― 新着の感想 ―
このぐらい緊迫感あるほうが映えるな。 いいよ。決死なかんじで。
ぶー 留萌:テンペスト転職しってぇ
網走:あれ?俺幽霊になったの? 富良野:ほう…こいう攻撃もあるんだ(復活待ち中)
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