16話 狂人たちのエリアボス戦
5層2区のエリアボスは、レベル180と高レベルである。一級探索者相当のレベルではあるが、一級探索者とはレベル150を超えた者を指すのだ。レベル180のエリアボスを倒せるというのは一級探索者の中でも上位に位置する者たちであり、特級に手をかけるには越えなければならない壁でもあった。
そんなエリアボスに、紋別汐里は挑もうとしていた。
「では最後の確認をしましょう」
狂人の集いによって集まった即席パーティのリーダーを務めている網走が、エリアボス戦の最終確認を行ってゆく。昨夜もダンジョンで寝泊まりした際に確認しているし、ダンジョンに来る前の地上でも話し合っている。だが、それでも丁寧に確認する。後悔先に立たず。一つのミスが死に繋がるダンジョンで、ただ確認し合うだけでミスを減らせるのならばやらぬ理由がない。
「牛魔人は典型的なステータス強化型のエリアボスです。シンプルがゆえに、地力がものを言う戦いになります。私と富良野さんが前衛。基本スイッチしながらヘイトを分散させます。良いですね?」
スキンヘッドに優し気な眼差しのお坊さんを彷彿とさせる網走が、富良野に確認する。顔は優しいのに首から下はびっちりと黒い入れ墨が彫られたような見た目に、一気にインテリヤクザ感が増してしまう男だ。黒い模様はただの存在進化の影響で本人は優秀でまとめ役までこなせる探索者なのだが、何も知らない者からは目を逸らされるのが悩みであった。
「ああ、任せろ」
そんな網走に短く返答するのは、富良野。網走は細マッチョのような引き締まった身体に対し、富良野はプロレスラーのように胸筋がパツパツの鍛え抜かれた身体をしていた。武器も大剣であり、パーティの前衛を任された男である。
「紋別さんは遊撃です。我々が敵を引き付けている間に、出来るだけ削ってください。ですが、決してヘイトを取りすぎないように注意してくださいね」
「わかりました。それに石狩さんもお守りします」
薄い白みがかった青色の髪をシニョンに結んだ紋別が、遊撃役を引き受ける。エリアボスの攻撃は網走か富良野が受け、空いた方がダメージを入れてゆく。そんな中、神出鬼没に現れては攻撃をすることでエリアボスをかく乱するのが紋別の役割だ。一か所に留まらず軽やかに動き続ける紋別に適した役割である。
「頼りにしてるよ、しおりん! 今回は留萌さんもいるから、私は後方で回復メインに適度に支援魔法頑張りま~す」
そんな紋別に守ると言われたのが、性格と同じくらい明るい金髪をショートカットにした石狩だ。魔法使いの石狩は今までのパーティであれば高火力の魔法を連発していたが、今のパーティには同じく後衛で弓を扱う留萌がいる。そのため火力は留萌に任せ、石狩は回復と支援をメインに行うことになっていた。
「留萌さんは石狩さんにヘイトが向かないよう、全力で削りに行ってほしい」
「ああ、善処する」
緑を基調とした不思議な模様が描かれた面を着けているのは、留萌だ。短く刈り揃えた白髪から顔を覗かせるのは、褐色の長い耳。ダボっとした民族衣装を彷彿とさせる防具に身を包んでいるため分かりにくいが、着痩せするタイプでかなりがっしりとした体形をした弓使いである。
全員がやることを理解しているなと最後に目配せし合い、彼らは5層2区のエリアボスへ挑むために踏み出した。
鋼飢牛魔人:レベル180
そこにいたのは巨大なミノタウロス。4メートルほどもある牛魔人は、常人では持ち上げることすら不可能な巨大な戦斧を片手で軽々と持ち上げていた。巨大な戦斧はただ振り下ろすだけでも相当な威力になるはずだ。身に纏うのは簡易的な防具。防具の無い部分はこげ茶色をした自前の硬質な毛が覆っており、刃物で斬りつけるのも困難そうである。
そんな牛魔人を直接見た紋別の感想は、牛魔人は戦士だという簡単なもの。ただ高いステータスに任せて暴れるだけのエリアボスではなく、牛魔人は鍛え抜かれた戦士の気配を纏っていた。
百聞は一見に如かず。写真で見るのと実物で相対するのでは得られる情報量が段違いである。
紋別の頬を汗が伝った。それは火山地帯故の暑さから出た汗ではない。強敵を前に、冷や汗が流れたのだ。誰も言わないが、相当厳しい戦いになると誰もが理解する。しかし、同時に彼らは自然と口角が上がっていた。彼らが求めていた戦いは余裕溢れるものではない。死ぬか生きるかギリギリの瀬戸際で生き延びるような、そんな半分死地に突っ込んだ戦いなのだ。
そんな戦いを生き残ってこそ成長でき、そうでなければ特級にはたどり着けない。一度は諦めた特級の夢を捨てられなかった者たち。一級探索者のレールから脱し特級のレールに乗るためには、無茶をしなければならないのだ。
「ヴゥウォォォオオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
牛魔人が空間を歪めるほどの声量で開戦の雄叫びを告げる。それだけで失神してしまいそうなほど迫力に満ちていた。
雄叫びと共に牛魔人が走り出す。巨大な牛魔人が動くだけで地面が揺れ、まるで壁が迫ってくるようだ。だが、紋別達は5層1区のエリアボスを倒してきた過去がある。レベル差が倍以上あるような無謀な戦いに挑んでいる訳ではないのだ。厳しい戦いだろうと、勝てない道理はない。
牛魔人を前に、富良野が一歩前へ出る。牛魔人の持つ錨のようなサイズの戦斧を前にすると、富良野の持つ無骨な大剣がなんとも頼りなく見えてしまう。
まるで挑戦するに値するか見てやろうとでも言わんばかりに、牛魔人は富良野に対し一切の小細工をせずに戦斧を振り下ろした。それに対し、紋別達も余計なことはしない。魔法を使って気を逸らすことはできるが、これは紋別達としても牛魔人の力を測る上で必要なこと。富良野というこの中で最も剣術スキルが高い男の技量を、皆が信じていた。
振り下ろされる戦斧。その攻撃は大剣ごと富良野を押しつぶすことはできず、大剣によって富良野の脇へと逸らされ地面をめくり上がらせる結果となった。
スキルレベルが高く、攻撃のステータスが高い富良野が受け流す。正面からは受け止めるような攻撃の威力ではないことが共有され、それを以て紋別達が動き出した。
「ちょっとは効いてよ~!! 火球3発!!」
石狩が練り上げていた魔法を放つ。得意とする火魔法で生み出された火の弾が高速で牛魔人へと襲い掛かるが、煩わしい虫でも振り払うように片手で振り払われる。瞬間、着弾と同時に火球の魔力が解放され、牛魔人の片手を弾き姿勢を崩すことに成功した。
そこに、間髪入れず網走が槍で斬りつける。
「硬いッ!! これは骨が折れますね!!」
まるで鋼の塊でも斬りつけたのかと思うほどに手応えがない。硬質な毛が刃を防ぎ、強靭な肉体が槍を跳ね返す。ならばと威力重視の二連撃の突きを穿つが、薄皮程度しか切れた手ごたえはなかった。
牛魔人が標的を網走に変えた瞬間、懐に潜った紋別が関節を狙って攻撃する。毛の薄い防具の隙間を狙った攻撃は見事通してみせるが、牛魔人自体が硬く網走同様に大した結果には繋がらなかった。
紋別を離れさせようと牛魔人が暴れる。巨大な牛魔人は暴れるだけで紋別達に十分ダメージを与えられるほど理不尽な存在であった。牛魔人の意識が網走と紋別に注がれた瞬間、一本の矢が戦場を駆け抜ける。留萌が放った意識外を突いた攻撃だが、牛魔人は反応してみせた。眼を狙った攻撃であったが、腕を振り上げるだけで簡単に矢が吹き飛ばされてしまう。
「あれに反応するか」
留萌の攻撃は5層2区のモンスターに百発百中で致命傷を与えていた。タイミング、狙いどころ、全てにおいて腕の良い弓引きの留萌の攻撃に反応する牛魔人。その結果に、パーティメンバーの牛魔人に対する意識レベルが最高値を更新する。下手な攻撃はカウンターの餌食になる。そう理解し、彼らは攻撃の道筋を組み立てていく。
牛魔人が力任せに戦斧を横薙ぎに振るう。あえて受け止めることはせず、前衛は下がって回避した。大質量の戦斧が通り過ぎた風圧に馬鹿力がと悪態を吐いた富良野が、避けると同時に大剣を振りかぶって大振りを敢行する。牛魔人の体勢を崩したわけでもなければ、先ほどの横薙ぎの攻撃も牛魔人にとってはただの通常攻撃のため隙を晒したわけでもない。迫力が桁違いなだけで、大振りではないのだ。そんな牛魔人に大振りの攻撃で挑めば、失敗したときの代償が大きすぎる。それでも富良野は大振りの一撃を牛魔人へと放った。
牛魔人が大剣を戦斧で受け止めようとした時、後方から飛んできた火球が戦斧へと直撃し牛魔人の動きを阻害する。富良野の攻撃に合わせ、石狩が魔法を放ったのだ。彼らはもともと同じパーティメンバー。息の合った攻撃は、見事牛魔人へ一太刀入れることに成功する。
「ヴォゥ!!」
腿を斬りつけられ、牛魔人が短く呻く。大剣の一撃が直撃したというのに、骨を断つどころか多少のダメージしか通っていない。お返しだとばかりに戦斧を富良野目掛け振り下ろすが、地面から生えた岩の壁が富良野との間に隔たり牛魔人の攻撃を阻害した。壁を破壊した時には、富良野はすでに後ろへと引いている。
「富良野さんの攻撃は通っている! 牛魔人のヘイトを分散し、富良野さんの一撃を確実に通していきましょう!!」
有言実行とばかりに網走が土魔法を使って牛魔人のヘイトを買う。槍では戦斧を逸らすことも困難だと判断し、土魔法の壁を使って強撃をさばいてゆく姿は、歴戦の探索者のそれである。
留萌や石狩が弓と魔法による援護を行い、前衛の隙を埋めてゆく。散発的に飛んでくる遠距離攻撃を鬱陶し気にしながらも、牛魔人は前衛を無視して後衛へ攻撃することは無く、富良野や網走に強烈な戦斧による連撃を繰り出している。牛魔人が前衛に集中すると、紋別が中衛から離れ牛魔人へ仕掛けに行った。
叢雲の剣から発生させた叢雲が牛魔人の顔に張りつき、視界を奪いにかかる。突如現れた雲に対し、牛魔人は暴れることで対処した。誰も近づけはさせないと富良野たちがいた場所目掛け戦斧を振るい、空いた片手で雲を剥がしにかかる。
無作為に振るわれる戦斧の結界の中に、紋別は躊躇せず踏み込んでいった。先ほどよりも武器へ纏わす魔力を研ぎ澄ます。薄皮一枚傷つけて満足できるわけがない。富良野のようなパワーはないが、その分紋別には鋭さがある。ない物ねだりをするつもりはない。牛魔人を叩き斬るつもりはないのだ。強靭な肉体だろうと断ち切れる剣を振るうだけ。
極限まで集中した紋別が、牛魔人へと一撃を入れる。繊維を断ち切るように振るわれた一太刀は、薄皮だけでなく確実に牛魔人の肉を切り裂いた。
叢雲を振り払った牛魔人が紋別に集中しないよう、富良野が牛魔人へ攻撃を仕掛ける。その一撃は戦斧で防がれてしまうが、後方から飛んでくる火魔法が牛魔人の顔を焼き、矢が執拗に眼を狙ってくるため牛魔人の意識を分散させてくれる。富良野が牛魔人と鍔迫り合いをするその隙に、網走と紋別が両脇から牛魔人を攻め立て傷を増やしていった。
そんな攻防がどれだけ続いただろうか。牛魔人へ少しずつ少しずつ塵が積もるようにダメージを与えてゆく。丸太のような腕に殴打され紋別が転がり、岩の壁では逸らしきれずに槍で受け止めた網走が吹き飛ばされ、連撃を受け止め富良野の腕が悲鳴を上げたが、彼ら前衛は何とか致命傷を受けずに牛魔人の攻撃を防いでいた。後衛はそんな前衛を崩壊させないために、回復魔法で戦線へ即座に復帰させ、魔力を込めた矢で牛魔人へダメージを重ねてゆく。
牛魔人が振り下ろした戦斧で地形は破壊されつくし、戦斧がマグマの支流をぶち当て溶岩が噴き出すことすらあった。溶岩が流れ周囲の温度が一層増した空間で、牛魔人の怒りが頂点に達する。
「ようやく第二フェーズです!! 我々も存在進化を解放して対処しますよ! 判断は各自お任せします!!」
牛魔人が怒りで毛を逆立たせ、握る戦斧が熱を帯び始める。巨大な戦斧が高温に達し灼熱に染まった時、牛魔人が怒りを抱えたまま紋別達へと襲い掛かった。
先ほどまでとは明らかに攻撃のパターンが異なる動きを牛魔人は取った。戦斧を振るうのに立ち止まることをしない。矮小な人間に合わせて戦うのはもうお終いだ。そう言わんばかりに、牛魔人は闘牛のごとく突き進み、通りすがりに戦斧を振り回す。高温に熱された戦斧を受けることは不可能で、紋別達は避けることでしか牛魔人の攻撃をやり過ごす手はない。
そして、縦横無尽に走り回る牛魔人の歩みを止める手も、またない。巨大な牛魔人の突進を受け止められず、熱された戦斧は避けねばならない。結果、前衛は道を開け、後衛も牛魔人の攻撃から身を避けねばならなくなった。留萌は身軽に牛魔人と距離を保ちながら、冷静に矢をつがえ攻撃まで行っている。一方石狩は魔法で牛魔人の突進の方向を調整しながらも、なんとか回避している状態だ。紋別が石狩に付き、叢雲を使いながらうまく牛魔人をいなす。
先ほどまでの秩序だった立ち回りは何時しか乱され、暴れ回るダンプカーのような牛魔人に翻弄される。これが本来の牛魔人なんだと駆け抜けては戦斧を振るい、飛んでくる魔法も矢も戦斧が斬り伏せる。回避し損ねれば即死一直線の戦斧による攻撃は、避けても熱波が肌を焼き近づくことすら困難だ。
各々の地力が試されるような状況、それでも事前に牛魔人の行動パターンを把握していた彼らは、綱渡りながらも落ち着いて対処する。対策装備に身を包み、エリアボスの事前情報から戦術を検討し、準備を整えてエリアボスに挑んでいた。彼らはもともと一級ギルドの探索者。当然牛魔人の情報も把握している。そんな万全に準備ができるエリアボスでも、彼らのギルドは危険だと判断し挑ませなかったのだ。
5層1区のエリアボスであっても、不運が重なれば重傷を負うリスクは高いし、ミスが起きれば死んでしまう可能性もある。だが、それでも死ぬ確率は2割もない。だからこそ、ギルドは彼らに許可を与え挑ませる。試練を乗り越えろと。
だが、5層2区は違う。レベル180は一級の上澄みに該当するレベルであり、今までアドバンテージとしてあったステータスの優位など一切ない。対策装備に身を包み、戦術を万全にしてようやくイーブン。このクラスのエリアボスを倒すには、スキルレベルが求められる。6の壁を越えるだけでは足らない。スキルレベル8に届き、ようやく勝算が見えてくる世界。
この中でスキルレベルが8を超えている者は富良野だけ。だからこそ網走は富良野を中心に戦術を立て、厳しいが勝算はゼロではないと判断したのだ。それでも勝率は5割を下回るだろう。勝つには富良野に頼る以外手はなく、戦いの中で強くなるしかないという少年漫画のような戦略すら大真面目に組み込まざるを得ない戦いに、ギルドが挑ませるわけがない。紋別のように止められるのは当然と言えば当然だ。
だが、それでも彼らは挑むことにした。子供の様に現実が見えていないわけではない。自分自身を高く評価しすぎている訳でも、勢い任せで来たわけではない。綿密に考え、検討を重ね、死ぬかもしれないが絶対に死ぬわけではないという確信を抱き、そこに成長の余地を見出したのだ。
このまま一級を受け入れれば探索者として成功した人生が待っている。地位も名誉も金だって手に入る。だが、彼らはそれを捨てる覚悟を持ってここに来た。地位も名誉も金もいらない。ダンジョンに魅了された時に胸に抱いた、あの強くなりたいという純粋な思いを満たすために挑むのだ。ただ漠然と生きるだけの人生などいらない。自分なりに頑張った人生だなんて言い訳をして生きたくはない。胸を張って、自分が到達できる最高地点がここだと言うために、彼らは死の恐怖に立ち向かうことにしたのだ。
「うぉぉぉおおおおお!!!」
牛魔人が反転するタイミングに合わせ、富良野が攻めに出る。存在進化を解放した富良野は、その姿を蟲へと変えてゆく。仮面を被ったように顔は蟷螂を彷彿とさせる姿に変わり、身体は外骨格に覆われていた。
牛魔人は巨体に見合わぬ俊敏さで富良野に反応し、大剣に戦斧をぶつけ攻撃を弾く。だが、富良野はそこで一切退かない。まるで溶岩のように近づくだけで肌が焼かれる熱さに耐え、富良野は牛魔人と剣戟を交わす。富良野の剣術スキルはレベル8。たとえ圧倒的な膂力を持つ牛魔人だろうと、正面から渡り合える技量が富良野にはあった。
「水球3発!!!」
富良野に呼応し、石狩もまた存在進化を解放する。富良野程見た目が大きく変わることは無く、ネズミの耳が大きくなり、顔をふさふさな毛が覆う程度だ。しかし、存在進化を解放することで魔力量が上昇し、富良野のアシストを万全なものにする。巨大な水の球を瞬時に生成し、牛魔人、いや燃え盛る戦斧に向かって放った。火球のように着弾し爆発するような威力はない。だが、着弾と同時に大量の水が戦斧の熱を水蒸気となって奪いにかかる。
大量の水蒸気が発生し、牛魔人の顔面を蒸しあげた。火に耐性がある牛魔人は叢雲と同じくただ鬱陶し気にするだけだが、水蒸気によって視界が潰された牛魔人に富良野の大剣が襲う。しかし、それに合わせるように牛魔人も戦斧を振るっていた。水蒸気で完全に見えなくなったわけではない。戦士としての経験が、富良野の大剣の軌道を予測したのだ。
「ふんッ!!!」
網走もまたここが勝負どころだと存在進化を解放する。肌を染め上げる入れ墨が口を通り越し目元まで浸食し、模様が脈動するように蠢いている。存在進化の解放により強化された網走が、土魔法を発動した。岩の壁が牛魔人の右足の下から生え、巨体である牛魔人の姿勢を崩す。即座に力技で岩の壁は踏み砕かれるが、それだけで富良野には十分だった。
網走により軌道が逸らされた戦斧が頭上を通り過ぎ、富良野の大剣が牛魔人の腹に直撃する。防具を砕き刃が腹へめり込むが、鋼の如き腹筋がそれ以上先へは進ませないと富良野の大剣を食い止めた。だが、富良野もこれで終われない。突破口を作る。その執念を込め、富良野は雄叫びを上げながら大剣をさらに深くめり込ませた。
「ヴラァァアア゙ア゙ア゙!!」
牛魔人が雄叫びを上げ戦斧で富良野を斬りつけようとするが、石狩の火球が弾け戦斧の軌道を逸らし、留萌が痛みに気が逸れた牛魔人に矢を連続で射掛け串刺しにしてゆく。
「ガハッ!!」
戦斧を跳ね上げられた牛魔人は、ならばと富良野を蹴り飛ばしなんとか引きはがすことに成功する。だが、これで終わりではない。存在進化を解放した紋別が、牛魔人の懐に忍び込んでいた。額から二本の角が生え、瞳を鬼の眼に変えた紋別は牛魔人の機動力を削ぐために叢雲の剣で連撃を放つ。身体強化に魔力をこれでもかと流し込んだ紋別が、硬質な筋肉の鎧に包まれた牛魔人の脚を切り裂いてゆく。振り下ろされる戦斧は再度熱を帯び接近している紋別を燃やしにかかるが、耐火装備が紋別を守り接近する時間を稼いでくれる。
留萌は富良野がつけた傷口を狙って矢を射り、石狩が吹き飛ばされた富良野を回復する。さらに、追い打ちとばかりに網走が土魔法によって地面から生やした支柱で牛魔人の傷口を殴打し、怯んだところに存在進化を解放し威力の上がった槍の刺突を繰り出した。
富良野も回復し、戦線へと復帰する。まだまだ牛魔人の体力を削り切ることはできない。それでも、この流れのまま押し切れる。誰もがそう思い、一つのミスも絶対にしないと牛魔人に全神経を集中していた。留萌以外は。
留萌は後衛として、牛魔人だけでなく味方の位置や周囲の環境など常に把握するよう努めていた。彼が着けている仮面は見た目通り覗き穴が存在しないただの板の面である。ではどうやって留萌は視界を得ているのか。それは視界を防ぐ代わりに仮面から新たに得られるスキル、鷹の目による俯瞰の視点によるものだ。戦場を見渡すことができる鷹の目は、後衛職にとって喉から手が出るほど有益なスキルである。鳥瞰するような視点に慣れるために、留萌は日頃から仮面を装備し鷹の目で生活を送っているのだ。
そんな俯瞰の目で見ていたからこそ、留萌はいち早く気が付くことができた。
「ッ!!?? 退けッ!! 火砕流だ!!」
牛魔人が幾度となく戦斧を地面に叩きつけたからか。付近にあった小高い丘のような火口の溶岩ドームが爆発し、留萌の言う通り火砕流が発生する。頭上から噴石が降り注ぎ、恐ろしい勢いで火砕流が牛魔人諸共紋別達を飲み込まんと迫ってきた。
「高台へ!! あのレベルなら支障はない!!」
網走が走りながら岩場を駆け、火砕流から逃れる場所へと仲間を導く。火砕流は小規模であり、留萌がいち早く気づいたことで避けるのは容易だ。そう。火砕流だけなら。
牛魔人が火砕流など関係ないとばかりに、自分の腹を傷つけた不届き者たちを追う。事実、火に耐性のある牛魔人は火砕流で倒れるようなことは無く、マグマに浸かったところで平然と出てくるだろう。だが、人間は違う。耐火装備をしているとはいえ、マグマはマグマだ。装備に加え高いステータスがあるからこそ即死とはならないが、マグマに触れれば焼け爛れダメージを負う。
紋別が叢雲で視界を防ぎ、留萌が矢を射って牛魔人の動きを鈍らすが、暴れ狂う闘牛の如き牛魔人は止まらない。牛魔人が走ることで起きている振動か、火砕流による振動か判断がつかないほど、牛魔人はここが勝負どころだと攻勢に出た。富良野を標的にした牛魔人。逃げ切れないと判断し、富良野は迎え撃った。
「ふらっち!! 早く!! 火球3発!!」
石狩が爆破に重きを置いた火球を牛魔人に放つが、しかし戦斧によって簡単に防がれてしまう。散々爆破されてきたのだ。爆発するとわかっていれば、牛魔人も最初から力を込め耐えることもできる。留萌による執拗な攻撃が牛魔人を襲うが、熱波纏う戦斧が矢を砕き効果を発揮させてくれない。
牛魔人の戦斧が富良野に襲い掛かるが、正面からの愚直な攻撃ならばいなすことはできる。戦斧と切り結ぶ大剣が熱され肌を焦がすが、富良野は決して大剣を手放さない。牛魔人は富良野を詰め切れないが、富良野もまた足を止められ牛魔人から逃げることができずにいた。火砕流が眼前へと迫る。
「富良野さん!!」
先に高台へと辿り着いた網走が、富良野の地面を持ち上げ高台側へと飛べるようアシストした。富良野もそれに合わせ後方に跳躍するが、牛魔人もただで逃がすつもりはない。宙を飛ぶ富良野を地面へ叩きつけるために、牛魔人は戦斧を振るった。
「させないよ!! 炎炎破砕!!」
石狩がメテオのような火魔法を富良野と牛魔人の間に投下する。まるでミサイルでも着弾したかのような爆破が富良野諸共巻き込んだ。富良野は耐火装備をしているため、多少ならば巻き込んでも死にはしない。牛魔人も火に耐性があるが、目的は富良野と牛魔人を引き離すこと。爆風の勢いで高台へと吹き飛ばされた富良野とは対照的に、牛魔人は地面へと爆風で押さえつけられた。それでも牛魔人が体勢を崩さないのは、それだけ巨体であり石狩の魔法では崩すだけの火力には足らなかったからか、はたまたエリアボスとしての矜持を見せつけたのか。
「ダメ押しだ」
何とか耐えた牛魔人に、煌々と魔力を込められ輝く矢が射られた。爆風を切り裂いた矢は、牛魔人の左目を目掛けまっすぐ矢勢を落とさず飛んで行く。牛魔人はその矢にも反応してみせた。片手を持ち上げ手のひらで受けようとする。だが、その矢は今までとは異なる矢。
留萌が存在進化を解放したことで、矢に込めた魔力は今までの比ではない。留萌の存在進化は変化が少なく、顔に緑に光る模様が浮かび上がる程度。そんな変化の少ない存在進化だが、一段と繊細な魔力操作が可能となる。留萌が放った矢は牛魔人の手に刺さることなく、空中で軌道を変えた。振り上げられた指の合間を矢が縫うように通りすぎ、その奥の目を矢じりが抉る。
断末魔の雄叫びを上げた直後、牛魔人は火砕流に飲み込まれていった。




