15話 狂人の集い
名前難しかったらごめんなさい。特に一人。ハンバーガー・ボーイズで学びました。
探索者協会札幌支部にある探索者用の会議室、そこに紋別汐里はいた。
「紋別さんが来てくれてよかったですよ。あのままじゃ横浜に行くところでした」
よかったよかったと男が笑う。他のメンバーも同様に、紋別を歓迎してくれた。
「さて、これで5人揃いました。欲を言えば6人は欲しかったですが、これこそが狂鬼様を目指すために乗り越えるべき試練と捉え、5層2区のエリアボスへ挑みたいと思います。異論は?」
男が他のメンバーに確認を取るが、否やの声は上がらない。
「では、改めて自己紹介をしましょうか。私は網走。レベルは181。目立つのでお伝えしますが、存在進化は怪異種です。魔法剣士で槍術と土魔法を得意としております。ああ、伝えた方がいいのかな? 槍術はスキルレベル7、土魔法は6です」
そう言って名乗りを上げたのは、スキンヘッドの男。優し気な眼差しからお坊さんのようにも見えるが、首から下の肌にはびっちりと隙間なく黒い入れ墨のような模様が施されていた。目立つと言っていたのはこのことだろう。これは入れ墨ではなく、存在進化の影響を受けて顕在化した身体の変化であった。
「じゃ、次は俺だな。富良野だ。レベルは180の剣士。隠すほどでもねぇから開示するが、剣術のスキルレベルは8あるが魔法は使えねぇ。前衛は任せろ」
そういった富良野は、スキルレベルまで開示しながらも、自身の存在進化は話さなかった。頭から二本の触角が生えていることから、恐らく存在進化先は蟲。とはいえ、網走のように全面的な存在進化の影響は受けておらず、存在進化を解放していなければ触角程度しか特徴としては現れていなかった。
「あたしは石狩~。ふらっちとは同じパーティ組んでて、レベルは同じく180! 私はふらっちと違ってゴリゴリの魔法職だから、近接戦闘は求めないでね。魔法は一番火魔法が得意で、水と回復も使えるよ。スキルレベルは火魔法が7、水は6で回復は5。よろしくね~!」
明るい金色の髪をショートカットにした石狩が自己紹介をする。存在進化は獣。獣の存在進化をした者によく現れる特徴の通り、獣の耳として頭には大きなネズミの耳がついていた。石狩は前衛はからっきしであるが、回復魔法も使えるためパーティの生命線ともいえる存在である。前のパーティでも、石狩は最後尾で支援に特化した魔法使いであった。
「留萌だ。レベルは164。武器は弓。後衛職だが、自分の身は自分で守れる程度の力はある。よろしく頼む」
スキルレベルなどは開示せず、自己紹介を終わらす留萌。褐色の肌に白髪の年若い男は、顔に緑を基調とした不思議な面を付けていた。覗き穴も無い模様の描かれた板のような面。だが、彼からはこちらを見えているのだろう。仮面を着けていることによる不自由な様子はない。仮面で顔は見えないが、耳は存在進化の影響か常人よりも長く尖っていた。
他の面々がスキルレベルを名乗り合っているのは、レベルと同じくパーティを組むに値するかどうかを判断する分かりやすい指標だからである。スキルレベルは努力の証。低ければただ足を引っ張るだけになってしまう。
留萌はスキルレベルを告げなかったが、他のメンバーはなにも言わない。スキルレベルは普通は秘匿するべきものであり、初対面で開示している彼ら三人の方が普通はおかしいのだから。ただ、狂鬼という一人のダンチューバーを信仰する同志だからこそ、彼らは開示していた。
そして、開示せずとも彼らはお互いにどんなレベルの探索者か事前に知っていた。札幌ダンジョンで活動していた彼らは、たとえ他のギルドに所属している探索者であろうとも、どんな探索者でどこまで探索が進んでいるかなどの情報は入ってきていた。だからこそ、彼らは留萌と初対面であるが留萌の実力は把握している。
「紋別です。レベル165の剣士で、剣術スキルはレベル7です。魔法は使えませんが、剣の持つ能力によって魔法に近い動きを取ることができます。存在進化は鬼種。よろしくお願いします」
薄い青色をした髪をシニョンに結んだ紋別は、存在進化の影響が一切身体に出てはいない。強いて言えば目の色が青く澄んだ色をしているくらいだろうか。鬼種は存在進化しても変化が少なく当たりとされる存在進化だが、今は狂鬼の影響によってより羨ましがられる存在進化であった。
「レベルは多少の差はありますが、スキルレベルに大きな違いはありませんね。富良野さんと留萌さんが一歩先んじている感じでしょうか」
富良野は剣術スキルが8と名乗っていた。留萌は名乗っていなかったが、網走はそのクラスにいると判断したようだ。カマかけの可能性もあるが、留萌は無言で網走をスルーする。仮面によって表情も一切見れないため、顔から判断することもできない。
また、網走の言う通りレベルは最大で17ほど差が開いていた。紋別と留萌が170に届いておらず、残り三人は180以上である。これから挑む5層2区のエリアボスのレベルは180。すでに三人はエリアボス並みにレベルが上がっているわけだが、彼らは5層2区のエリアボスと戦ってレベルを上げたわけではない。
網走含む三人は一度特級を諦めており、一級でいることを受け入れた過去がある。そのため、彼らは5層2区の先へ進み、レベル上限となるまで通常モンスターと戦ってレベルを上げていた。彼らは6層2区での探索をメインに活動していたのだ。逆に、紋別と留萌は5層1区のエリアボスでレベル上げをした後5層2区で活動していたが、その先に進んでレベル上げは行っていない。両者のレベル差はその差であった。
「さて、自己紹介も終わりましたので、話を詰めていきましょう。私が募集をかけた主催ですので、このまま進めてしまっても?」
「ああ。網走さんなら問題ねぇ」
紋別含め、異論はないとリーダー役を網走にお願いする。
「ありがとうございます。では、今後の段取りについて。まず、いきなりエリアボスには挑みません。数日間5層2区を探索し、通常モンスターと戦ってお互いのリズムや癖を把握します。その後一度地上に戻り休息。二回目の探索で、エリアボスに挑もうと考えておりますが、いかがですか?」
「二回目か。急造パーティでエリアボスに挑むってのを考えるなら性急にしか思えねぇが、ダラダラ時間をかけるほうが無駄だな。俺は賛成だ」
「私もふらっちと同じ~。一回目でエリアボスに挑むのは躊躇したいけど、二回目ならオッケ~」
「俺は一回目でも二回目でもどちらでも構わない」
「私も二回目での挑戦が良いと思います」
急造のパーティであるが、前衛、後衛が程よくいてバランスの取れたパーティになっている。お互い一級探索者というプロの探索者でもあるため、急造だろうと合わせることだってそう難しくはない。
とはいえ、死ぬかもしれないエリアボスに挑むのならば、焦らずに一度パーティとして慣らす期間があるほうが安心感がある。特に、彼らは今まで固定のパーティで戦い続けてきたのだ。勝手の違う者たちと急造で組んだパーティならば、お互いがお互いのことを知る必要もあるだろう。
「ありがとうございます。ではこのスケジュールで進めていきましょう。一回目の探索は明後日の朝から集まり、5層1区まで移動。その後、五日間5層2区で活動することにします。各々今日明日の二日で遠征準備を整えてきてください」
「あ、私後衛だし荷物持ちするよ~」
石狩は後衛のため、戦闘で動き回ることも無い。そのため、今までもパーティ内では荷物持ちを担当していたのだ。後衛とはいえ、ステータスは一級探索者に上り詰めるだけはある。そのため、大きな荷物を背負っていても動きにくいなぁと感じるだけで重さは一切苦にならない。
「ありがとうございます。助かります。さて、次回の探索ではエリアボスに挑みませんが、どのエリアボスに挑むかは事前に決めておきましょう。その方が戦闘の調整の時に意識出来ますので」
そう言って、網走が二枚の写真を机の上に置く。写真はドローンで撮影された5層2区のエリアボスのものであった。網走はギルド外のパーティと組んでエリアボスに挑むことになったが、ギルドから籍を外してはいなかった。ギルドが網走を引き留め、網走もまたギルドに所属しておくメリットを考えそのようなそのような形になった。
そのメリットの一つが、この二枚の写真である。エリアボスの情報はギルドで機密扱いされることが多い中、網走はギルドから写真を持ち出してこれる程度には信頼と権限を持っていた。
「5層2区のエリアボスは2体。一体は炎華操糸蜘蛛、もう一体は鋼飢牛魔人です。どちらと戦いましょうか」
「牛魔人だ。蜘蛛は大量の子蜘蛛を呼び寄せる。急造のパーティで物量戦をやるよりも、強力な個を相手取った方が役割分担が容易だ」
「留萌くんの意見に賛成です。一体だけに集中できた方が、連携は取りやすいかと」
「けどよぉ、牛魔人は強力だぜ? 抑えてた奴がやられちまったら、後はなし崩しで全滅になるリスクが高くねぇか」
「え~、でもそれは蜘蛛でも同じじゃない?」
通常モンスターを配下に従えるタイプのエリアボスは、本体は単体のエリアボスよりも劣ることが多い。ただし、大量のモンスターを一度に相手取る必要があり、連携不足による穴をつかれることが懸念された。一方単体のエリアボスは強力であるが、1体だけに集中すればよい。全員が同じモンスターと向き合って戦えるため、声の掛け合いも比較的容易だ。
「私も牛魔人が良いかと思っておりました。富良野さんは操糸蜘蛛の方が良いでしょうか?」
「いや、ただ疑問を言っただけだ。牛魔人と戦うのは反対じゃねぇ」
「では牛魔人と戦うことを想定しておきましょう。エリアボスに挑む際には、改めてどちらにするかは募らせていただきますね」
網走が決めておくべきことなど慣れた様子で話しながら、会議は進められていった。
◇
札幌ダンジョン5層2区。火山地帯のこのエリアは、そこかしこで岩の切れ目から溶岩が噴き出しドロドロと流れている過酷な地。地面の揺れを感じた瞬間移動しなければ、噴き出した溶岩に焼かれ一瞬で重傷を負ってしまう。さらに活火山が噴火すれば火砕流まで発生し、探索者だけでなくモンスター諸共呑み込んでしまう天然のトラップまで存在する。空は黒煙が覆い隠し、地熱によってただ立っているだけで熱波で肌が焼かれるほどだ。モンスターだけでなく、地形とも戦う必要があるのが5層である。そこに、紋別達はいた。
「それでは事前の作戦通りいきましょうか」
耐火装備に身を包む網走。他のメンバーも5層で得られる耐火装備を着用していた。
5層2区はレベル122~150のモンスターが出現する。紋別達からすれば十分マージンを持ったモンスターだ。パーティの連携を確認するためのモンスターとしては、ちょうどよいレベル感である。
溶岩が固まってできた黒い奇形の岩が蔓延るエリアを進んでゆけば、時間も置かずモンスターの群れと会敵する。
炎焦魔狼:レベル130
炎焦魔狼:レベル137
炎焦魔狼:レベル126
炎焦魔狼:レベル129
炎焦魔狼:レベル133
炎焦魔狼:レベル134
冷えて固まった溶岩で作ったような黒い狼が6匹現れた。ひび割れた個所から、内側の熱せられた溶岩が垣間見える。時折身体から溶岩が垂れては煙を上げていた。
魔狼は紋別達に気づくや、一糸乱れぬ統率の取れた動きで襲い掛かってくる。そこに、石狩の水魔法が放たれた。
「水刃6閃~」
後方にいた魔狼3匹に、水魔法の刃が襲い掛かる。一本は避けられても、二本同時となると難しい。二体は水刃が命中し、一体は火の弾を水の刃に当てて何とか切り抜けた。そこに、留萌の矢が射られる。水刃が当たった魔狼もそうでない魔狼も等しく三本ずつ顔面を矢が刺し貫く。レベル差もあり150の壁を超えている留萌の一撃を魔狼は耐えられず、早々に3体が煙へと姿を変えた。
「さすがですね。では、私たちは一人一匹で」
網走がそう言って槍の石突で地面を叩けば、先頭を走る魔狼が地面から突き上げられた。魔狼がいたところをよく見れば、網走の土魔法によって地面が隆起し魔狼を上へと突き上げたことがわかる。
宙を舞いながらも火の弾を網走目掛け放つ魔狼。しかし、その火の弾も土魔法による礫によって打ち消され、散弾銃が直撃したように魔狼の顔面が面で削られる。空中でバランスを崩しながら慣性で網走の下まで飛んできた魔狼は、最後は槍で叩きつけられ煙へと姿を変えた。
富良野は網走の横で大剣を構えていた。富良野は魔法を使えないため近距離専門だが、彼の持つ剣術はこの中で最もスキルレベルの高い8である。レベル130程度の通常モンスターとの一対一で、彼が後れを取るようなことは無い。大剣とは思えないほどに剣を軽々しく振るえば、突っ込んできていた魔狼は押しつぶされるように両断され黒い煙となった。
残る最後の一匹は、紋別へ襲い掛かっていた。それを迎え撃つのは、紋別がたまたま見ていたオークションにて落札することができた狂鬼が出品した武器、叢雲の剣である。この武器は認められた者が持てば綿雲のように軽く感じられるそうだが、悔しいことに紋別はまだ若干重さを感じていた。それでも恐ろしいほど軽い剣は、紋別の好みに合った武器である。
魔狼1匹程度であれば武器の能力を使う必要もないのだが、今は自分たちの戦い方を共有する場。だからこそ、紋別はあえて叢雲を出現させ魔狼の頭部を覆い視界を奪った後、丁寧に魔狼を斬り伏せ黒い煙へと姿を変えさせた。
「さすがに5層2区じゃ簡単に倒せちゃうね~」
「戦い方の参考にするのが目的だ。石狩も倒す事よりも普段通り魔法を使ってけ」
富良野の言う通り、これはあくまで即席のパーティをパーティの形にするための、いわば工程である。エリアボスに挑む前にお互いの攻撃方法やリズム、癖を把握するのが目的だ。
「それが噂の『叢雲の剣』ですか」
網走が興味深そうに紋別が持つ剣を眺める。狂鬼が出品した武器ということもあり、それをゲットした紋別も当然注目されていた。噂されてはいたが、実物を見るのは皆初めてである。空を揺蕩う雲をかたどったような鍔が特徴的な剣は、淡く儚げで雑に扱えば折れてしまいそうなほど薄い。
しかし、秘宝の武器がそんな簡単に壊れるわけもなく、力任せに振るったところで刃こぼれ一つないのだろう。それでも、美しく繊細な剣は扱う者を選り好み、好いた者だけに真の力を与える武器である。
「少し見せていただけないでしょうか」
「ええ、もちろん。まだ完全に使いこなせていませんが」
そう言って、紋別は網走に剣を渡す。ここにいるのは狂人の集いというサイトで導かれた者たちだ。狂鬼に憧れ、燻っていた探索者としての誇りを取り戻すべく立ち上がった者たち。同じ気持ちを分かち合う者たちは、『狂鬼の武器』をまるで美術品のごとく丁寧に扱い観察した。
「留萌くんも見る?」
富良野や石狩も見た後、紋別は留萌に話を振る。留萌は黙っていたが、ずっと手に取ってみたいと思っていた。
「ありがとうございます、紋別先輩」
礼をいい、仮面を外して留萌は叢雲の剣を見た。留萌が食事以外で仮面を外しているのを珍しいと、網走達は留萌を見る。褐色の肌に尖った耳、白髪を短く刈り揃えた留萌は、無表情のまま叢雲の剣を食い入るように見ていた。
その様子を、紋別は懐かしいと目を細めて見た。留萌も紋別も札幌探索者高校の出身である。紋別が一つ年上で、有望な後輩として入学してきたのが留萌だ。昔から表情豊かな方ではなかったが、気になったダンジョン産の武器やアイテムを、昔もああやって眺めていた。
「しおりんと留萌さんは札幌の探高出身だっけ?」
「そうです。留萌くんは一つ下ですね。石狩さんはたしか仙台でしたよね?」
「そ~そ~。ふらっちも仙台だよ。網走さんは札幌でしたよね~?」
「ええ。といっても、紋別さんたちよりもずっと先輩ですがね」
20代中盤の紋別や留萌と違い、40代も見えてきた網走とでは同じ探索者高校出身でも世代が全然異なる。探高が一緒なだけだよと言いながら、網走は昔を思い出した。
「探校ですか。懐かしいですね。今でも一年時の雪中行軍を思い出す時がありますよ」
「パーティ間の結束を強固にするためにとか言ってましたけど、あれって体罰ですよね? みんな死にかけてましたよ」
「わかる~! 仙台なんて雪中行軍の場所八甲田なんですよ? 死人出ますよあれ。絶対禁止にした方がいいですよね~」
探索者のほとんどは探索者高校出身である。探索者高校の生徒の多くは、同じダンジョンを拠点としているギルドに就職することが多い。そのため、探索者高校の話をすれば何期生かという話から始まり、共通の話題ができて仲が深まりやすいのだ。
そんな探索者高校の恒例行事についてワイワイ語らいながら、紋別達はお互いの戦い方をすり合わせるようにモンスターを倒して回るのだった。




