18話 四層活動拠点
一度でいいからななつ星に乗ってみたいですね。
日も沈み夜の帳が下りた上野駅。7月に入り初夏の兆しも見えはじめ、日中はむしむしと暑さを感じる。それでも、まだ夜になれば過ごしやすい気温に落ち着いてくれるので助かる。
「毎度電車移動でごめんね。飛行機の方が楽なのはわかるんだけど、せっかくなら乗ってみたくてさ」
そう言って、上野駅に停車している青色が特徴的な列車へと鈴鹿たちは向かう。
四国が長期間の遠征だったこともあり、のんびり八王子で過ごしていた鈴鹿。それでもそろそろダンジョンに行こうかと思い、次なる遠征地に決めた札幌に向かうことにしたのだ。
「ほんと灰ヶ峰さんいつもありがとうございます! 北斗星の提案はさすが我らがパーティの観光大使ですよ」
「サンライズを気に入っていたから電車が好きなのかと思ってな。提案しただけだ」
そう。鈴鹿たちがこれから乗るのは寝台列車北斗星。2015年に運行が廃止してしまった列車だ。
鈴鹿は夜行バスや寝台列車など、旅をしていると感じられる移動が好きだった。遠出するときに立ち寄る高速のSAや、夜行バスが早朝に目的地に着いたときに感じるあの非日常感にワクワクするのだ。
鈴鹿は今回札幌ということもあって飛行機で行く予定だった。何度か札幌に行ったことがあるが、そのどれもが飛行機での移動であったからだ。今では東京と函館を新幹線で行くこともできるが、LCCと比較すると割高に感じてしまい飛行機という選択になる。
だが、鈴鹿のいる2010年はまだ北斗星が運行しているのだ。せっかく乗れる機会があるのなら、ぜひとも乗ってみたい。
(働いていた時は移動時間を優雅に楽しむなんて考えてなかったからなぁ。金もかかるし、現地の観光時間を確保したいしで、安くて移動時間の短いものってのに囚われてたよ。今は金も時間もある。タイムリープしてすぐダンジョン行ってよかった)
無い知恵絞って株に手を出すのではなく、楽しそうと思ってダンジョンに突き進んだ当時の自分を褒める鈴鹿。
「そう言えば、部屋個室って言ってたよね。よく取れたな」
「直前だったからかキャンセルが運良く取れた。食事も予約してあるぞ」
灰ヶ峰に札幌に行くことを伝えると、北斗星で行くのかと提案を受けた。北斗星乗りたいと言えば、個室を押さえ寝台列車内のレストランでいただけるフランス料理のコースまで予約してくれる灰ヶ峰。優秀過ぎて怖い。コンシェルジュか何かだろうか。
「灰ヶ峰、食事はフランス料理って言ってましたよね?」
「ああ。車内食だが、評判は良いぞ」
「そうですか。フランス料理も初めて食べます。楽しみです」
鈴鹿を置いてダンジョンに行った二人だが、そこから徐々に二人の間にあった壁がなくなりつつあった。とはいえ、いきなり仲良くなることもないため、こうやってたまに会話が行われる程度であるが。
(お互い腕を斬り落とすような戦いをしてきたのに、そこから仲良くなるって訳わからないよなこの二人。少年漫画かよ)
そんな感想を抱きつつも、二人が仲良くなってくれる分には何も問題ないので深くツッコミはしない。
「じゃ、早速行こうぜ!」
鈴鹿の言葉に導かれるように、彼らは北斗星へと乗り込んでいった。
◇
札幌。北海道の中心地であり、日本に5つしかない中層ダンジョンを有する地。食材大国でありウィンタースポーツなどアクティビティに富んだ札幌はもともと日本屈指の観光地であるが、ダンジョンが出現したことで更なる発展を遂げていた。
「大都市過ぎる……」
東京ダンジョンか何かかここはと突っ込みたくなるほど、全てが綺麗に整備されていた。もともと札幌は碁盤の目を彷彿とさせる綺麗に区画分けされた都市であったが、ダンジョンによる需要の増加も相まってホテルやデパートなど全てが生まれ変わり真新しい札幌になっていた。
そんな札幌に対する感想を、ようやくスープカレーを食べながら鈴鹿がつぶやいた。
「とても綺麗な街ですね。私初めて札幌に来ました」
「中級ダンジョンは都市部にあるからな。もともと発展する要素が詰まった場所に、産業を発展するダンジョンが追加されればこうもなる」
三人仲良くスープカレーにラッシーを注文しながら、札幌について話し合う。鈴鹿たちは北斗星に乗って一直線で札幌まで来たわけではない。鈴鹿が行ったことが無かったため、函館で途中下車し昨日一日かけて函館を満喫した。五稜郭に行き函館山で100万ドルの夜景を見たのはもちろん、ラッキーピ〇ロでチキンバーガーを食べ海鮮をたらふく食べた。
特に感動したのが活イカ刺し。活イカ刺しは7月の今が旬とのことで、眼を見張るほどに美味しかった。普段食べていたものの概念が変わる食べ物というのは、本当に素晴らしい。四国のカツオやうどんはまさに想像以上の美味しさであったが、函館のイカ刺しもその部類のものであった。
今まで鈴鹿は何回か札幌に訪れたことがあるが、海鮮でここまで感動したことは無かった。というのも社会人になって住んでいた場所が海鮮が有名で、美味しいお寿司も食べていただけに札幌でも海鮮が美味いなぁくらいしか感じなかったのだ。鈴鹿のお店のチョイスが観光客向けのお店であり、かつ海鮮はいつでも食べれるからとジンギスカンをメインで食べていたのが原因だろう。
「野菜が美味しいです」
「わかる。スープカレーに入ってる野菜めっちゃ美味いよね。ブロッコリー大好き」
素揚げしたブロッコリーを食べながら、改めて札幌の強さを思い知る。肉も海鮮も野菜も隙が無い。その上に乳製品も強いからデザートにも強いと来た。凄いぞ札幌。中層ダンジョン攻略中はずっと札幌にいてもいいかもしれない。割と本気で鈴鹿はそう思った。
「それで、これからどうするんだ?」
「とりあえずジンギスカンは食べるだろ? それからウニは絶対食べる。利尻島とか礼文島とかその辺りが美味いらしいから行きたいなぁ。そこまで行ったら猿払は絶対寄らなきゃだよな? 俺ホタテも大好きなんだよ。もういっそ北海道一周するくらいがちょうどいいかもしれないな」
札幌には何回か訪れたことがあるが、その他の北海道の地には全然立ち寄ってこなかった。函館だけじゃない。小樽や旭川、知床半島や釧路湿原など、北海道は観光する場所が山ほどあるのだ。活イカ刺しに感動した鈴鹿は観光したい衝動を抑えられず、一旦飽きるまで北海道を散策した方がいいのではないかと提案した。
「俺はダンジョンの予定を確認するつもりだったんだが、観光を優先するか?」
灰ヶ峰からすればどっちでもいいのだろう。だが、そう言われるとダンジョンも行っておくかという気持ちにもなる。せっかく札幌に来たのなら、ダンジョン探索の合間に観光した方が長く楽しめるというものだ。
「いや、ダンジョン先に行くか。とりあえず明後日からダンジョン行こう。移動も長かったし今日と明日はゆっくりして美味しいものでも食べようぜ」
「その方がいいな。次の探索でレベル200になる。存在進化の強化は早い方がいい」
「私は鈴鹿様がしたいようにするのが一番だと思います」
「じゃ、4層5区のエリアボス倒してレベル200になるまで頑張るか! その後はちょっと観光してからダンジョン頑張ろ!」
直近の方針は決まった。札幌では高知の様なウィークリーマンションではなく、キッチン付きのアホみたいに広いホテルを灰ヶ峰が予約してくれている。ダンジョンで食べる用のご飯を仕込むのにキッチンは欲しいとお願いしたらこうなった。
また3人で寝泊まりするので鈴鹿的にはウィークリーマンションでもホテルでもどっちでもいいのだが、ホテルの方が掃除などの手間がかからないので高いが楽が出来て良いらしい。金持ちの考えである。
「ヨキは札幌で行きたいところとか食べたいものある?」
「う~ん、そうですね……あっ、生チョコが食べたいです。一度お土産で貰って美味しかったので」
「あれ美味しいよね。生チョコはどこかで買うとして、灰ヶ峰さん。お任せしても?」
「ああ。お前たちが好みそうな店の目星はついている。まずは腹ごなしに北海道神宮に行こう」
北斗星に乗る際も、灰ヶ峰は北海道の情報誌を買っていた。安心と信頼の灰ヶ峰のプランに身をゆだね、鈴鹿たちは札幌を満喫するのであった。
◇
「さっぶいね。これは試されている」
鈴鹿が思わず身を震わすこの地は、4層1区。4層は極寒の世界が広がるエリアである。地上は7月と初夏の暑さだというのに、身を凍えさせる4層は寒暖差がひどい。
「これあったかい格好してないときついね」
探索者はステータスによって強靭な身体を手に入れている。それでも、氷点下を下回っているこのエリアで薄着で活動したいとは思えない。手もかじかむし、寒さで動きが鈍ったら致命的だ。
とはいえ、それは4層1区が適正の探索者にとっての話。鈴鹿たちは高いステータスに加え上位の一式防具に身を包んでいるおかげか、そこまで寒さを感じなかった。さらに鈴鹿たちは極寒の4層に合わせ、しっかりと防寒着を着込んでいる。もちろんこの防寒着も灰ヶ峰先生が事前に手をまわしてくれており、鈴鹿たちが着込んでいるのは最近なにかと付き合いのある鳴鶴社製の特注品であった。いつのまに交渉していたのか知らないが、気づけばホテルに防寒具一式が届いていた時は驚いたものだ。
デザインはモコモコのダウンではなく、スノボのウェアに近い。防水性が高く、動きやすさも考慮されている。当然この装備にも魔材が使われており、鈴鹿が提供した猿猴の素材が流用されていた。一式防具に比べれば防御力は劣るが、魔力操作のレベルが高ければ大概の攻撃なら防ぐことができる最高級品である。もちろん、一式防具のように壊れたら自動回復なんて機能は無いため、戦闘になったら一式防具に換装する予定である。
配信でももちろん着るため鳴鶴としてもいいアピールになるのかもしれないが、ジャージといい至れり尽くせりである。できる限り配信でアピールすることにしようと、鈴鹿は決めた。
「中層エリアはフィールドダメージが発生する。わかっていると思うが、4層1区が一番ましだ。これからあの雪山に向かう必要があるからな」
灰ヶ峰が見据える先には、立派な雪化粧がされた山があった。その付近一帯は天候が荒れているのか黒い雲に覆われており、実に行く気が削がれる場所である。
「1層は樹海だったからあれだけど、2層はオアシスとか渓谷で綺麗だったし、3層は密林よりも圧倒的に5区の方が過ごしやすくて綺麗だったのに……。絶対4層5区とかきついでしょ」
「4層からは奥に進むほど厳しくなるぞ」
「まじかよ……。ヨキ大丈夫そ? 寒くない?」
「はい。上着もあったかいのでそこまで寒くありません。火魔法で周囲を温めますか?」
ヨキがポンポンと鬼火の様な蒼い炎を周囲に浮かべてくれるが、鈴鹿は大丈夫と引っ込めさせる。この過酷な環境に打ち勝つというのも、また探索者に求められているのだろうと思ってだ。
探索者、なんと過酷な職業なんだ。そんななめた感想を鈴鹿はぼやく。今の今までが奇跡のように楽だっただけである。高すぎる気配遮断や、聖神の信条による結界のおかげで野営が快適だったのがまずおかしい。普通は定期的にモンスターの襲撃を受けて寝不足になることはもちろん、収納袋が貴重なために味気ない食事ばかりで辟易してろくに体力も気力も回復せず、多少の怪我ならポーションをケチって痛みを我慢しながら戦うことになるのだ。
それに加え、2層の照り付ける日差しの中で泥だらけになりながらモンスターと戦い、3層の蒸し暑く不快な亜熱帯の密林を探索して回るのが探索者の日常である。どこの世界にダンジョン内で優雅なキャンプ生活を送っている探索者がいるというのか。そんな探索者の常識とかけ離れた探索をしている鈴鹿は、ここに来てようやく探索者の苦労を知ることになった。
「これは永田さんとケイカさんが作ってくれた不撓不屈のシチューが恋しくなるよ」
こんな寒い中で一日中探索し、くたくたで凍えた身体にあのシチューを流し込めばさぞ美味いだろう。感動して涙すら流す自信がある。そんな経験を積めばパーティ間の結束力は凄まじいものになるだろうし、ギルドへの帰属意識も高まることだろう。『お前もあの辛さを体験したんだな』と。実によくできた訓練である。
「帰ったら痛風になるってくらいウニ食べるんだ。ホタテだって俺を待ってる。頑張れ鈴鹿。俺ならできる」
ぶつぶつ呟きながら鈴鹿は自分を鼓舞する。鈴鹿は暑い夏より寒い冬の方が好きだが、あんな吹雪いてそうな場所に好き好んでいきたいとは思えない。
「せっかく新しい装備にしたというのに、ままなりませんね」
「ほんとにね。防具だって新調するってのに。まぁ鳴鶴のウェアもカッコいいから別にいいけど」
今日から中層エリアに入るため、鈴鹿たちはいくつか装備を変更している。前回の戦利品確認会から今日までに各々がエリアボスでゲットしたアイテムは、以下の通りである。
ヨキの戦果
■練燐淵の番
練成の輪:秘宝
鱗の民の手入れ道具:遺物
淵への通行手形:遺物
宝箱 収納袋
宝珠 武芸の心得⇒武芸の達人
■魔蝶蘭
魔花の片手剣:秘宝
氷炎蝶の双剣:遺物
一式防具:秘宝
魔蝶の加護:秘宝
幸福たる指輪:遺物
魔花の苗床:秘宝
宝箱 一式防具:遺物
宝珠 風魔法
■刃写理山水
一の枝の騎槍:秘宝
一の枝の剛弓:秘宝
白骨真木の杖:遺物
一式防具:秘宝
理解の足輪:秘宝
反魔の首輪:遺物
宝箱 一式防具:遺物
宝珠 魔法耐性
■友愛なる菌糸
増強改変の太刀:秘宝
一式防具:遺物
友愛の繋がり:秘宝
潜在発芽の面:遺物
同胞招来の笛:秘宝
収納袋:遺物
宝珠 身体強化
■流転大聖龍
操水の魔剣:秘宝
聖魔混在たる戦槌:遺物
一式防具:遺物
聖印の指輪:秘宝
宝珠 龍化
灰ヶ峰の戦果
■刃写理山水
一の枝の杖:秘宝
一の枝の戦斧:秘宝
一式防具:遺物
理解の頭飾り:秘宝
反魔の耳飾り:遺物
宝箱 上級体力ポーション
宝珠 真理の魔眼
■流転大聖龍
聖魔混在たる槍:遺物
聖印の足輪:秘宝
龍化の腕輪:遺物
清流汲み取る水差し:遺物
収納袋:遺物
宝箱 聖印の冠:秘宝
宝珠 身体強化
鈴鹿の戦果
■友愛なる菌糸
一式防具:秘宝
友愛の繋がり:秘宝
継承の指輪:秘宝
潜在発芽の首輪:遺物
同胞招来の笛:秘宝
宝珠 精神耐性
■流転大聖龍
操水の戦槌:秘宝
龍弦の魔弓:遺物
一式防具:遺物
聖印の耳飾り:秘宝
万物流転の静止:遺物
宝箱 操水の片手剣:秘宝
宝珠 水魔法
これに加えて、各種素材がてんこ盛りである。一体のエリアボスから得られるアイテム数が多い気もするが、パーティで挑んだ場合と比較してもそう変わらない量がゲットできているらしい。頭数揃えて戦った方が身入りがいいという仕様にはなっていないようだ。
多いのでまとめると、武器が14個、一式防具9個、装飾品16個、素材いっぱい、アイテム7個、収納袋3個だ。大きな収納袋がどんどん増えていく。もはや薪入れにばかり使っているが、遠征時の衣類を詰め込んだりもするので日常使いもできる収納袋はあるだけ助かる。
昨日泊っているホテルでお互いが持っているアイテムを出し合い、誰が何を使うか相談した。これらを仕分け、今日から始まる4層ではみんな何かしらおニューのアイテムを身に着けている。だというのに、雪まみれになることが確定しているような地に赴くのは足が重くなるのも仕方がない。
「ま、雪山なんて登る機会滅多にないだろうし、楽しむとするか」
「せっかくの北海道ですからね。雪があると雰囲気が出ます」
「たしかに。次来るときはスキー板持ってくるか。帰るとき楽そうじゃね?」
「やめとけ。モンスタートレインになるぞ。他の探索者に迷惑がかかる」
和気あいあいと談笑しながら、鈴鹿一行は凍てつく風が吹きすさぶ4層奥地を目指して歩き出すのだった。




