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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第九章 修練の3層5区

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閑話 伏見蓮

 伏見ふしみ(れん)はどこにでもいる大学生だった。だった。そう、過去形である。


 京都で生まれ育ち、何不自由なく元気に過ごしていた。自宅から通える大学に通い、姉と両親の四人家族。家族関係も良好で、最近では20代後半になった姉がいつまで実家にいるのかが心配事くらいの、そんなよくいる大学生だ。


「あれ、電気ついてないじゃん」


 バイト帰り、自転車置き場から見える家の窓は暗く、家の電気は灯っていなかった。時刻は23時前。遅い時間であり母親はこの時間帯には寝ていることが多いが、姉や父は起きているだろう時間だ。ただ、疲れていれば早く寝る事だってある。


 寝ているなら自室で飯食うか。バイト先に来たクソ客の話したかったんだけどな。そんなことを思い、起こさないように静かに家の鍵を差し込んだ時、違和感に気づいた。鍵掛かっていないぞ、と。不用心だなぁ、そんなことを思いながら扉を開けた。


「ただいま……何だこの匂い」


 電気が消えていたので静かに帰宅の挨拶をする伏見。すぐに、異臭を嗅ぎ取った。錆びた鉄のような嫌な臭い。


「母さん白髪染めでもしたか? もう~換気扇付けといてくれよ」


 文句を言いながらリビングへの扉を開けた。開けてしまった。この時、伏見の人生は音を立てて崩れ去った。


 異臭の正体は、リビングに転がっていた。受け入れがたい現実を否が応でも伏見に突きつける。


「えっ……は? うっ! おえぇええ!」


 たまらず、伏見はその場で吐いてしまう。バイト終わりで空腹だったこともあり、出てくるのは胃液ばかり。それでも、受け入れがたい現実から目を背けるために、ひたすらうずくまり戻し続けた。




 ◇



 それから、伏見の人生は大きく変わった。正直記憶はほとんどない。警察にいろいろと話を聞かれ、葬式を行い、親や姉の会社に事情を説明したり相続手続きをしたり、現実から目を背ける様にひたすら動き続けた。


「おはよ。母さん、父さん、姉ちゃん」


 伏見が両親と姉の遺影に挨拶する。


「ふぅ……やることなくなっちまったな」


 やることはある。遺品整理だ。ただ、それができるほど、伏見は現実を受け入れられていない。


 家族の死は理解している。あの惨状を目の当たりにして、拒むことはできない。ただ、死を理解するのと受け入れるのは違う。唐突な家族の死を、伏見は受け入れることができずにいた。


「なんで……みんなが殺されなきゃいけなかったんだよ」


 考えないようにしていたことが、手持ち無沙汰になってしまったせいで浮上してくる。やり場のない怒りが、伏見を襲った。


 伏見一家が惨殺された背景には、一人の探索者の影があった。蜥蜴。そう呼ばれる広島を拠点とした探索者のヤクザ組織に所属していたその男は、相応に組織内で立場のある人間だったそうだ。そして、その男は姉の中学時代の同級生でもあった。


 姉の葬式で同級生たちの会話を聞くに、犯人の男は姉に一方的な恋慕れんぼを抱いていたそうだ。そして、姉の体育着を盗んだことがばれて、この地を去った男だと。うっすらと伏見も覚えている。姉がとても不機嫌そうにキモイキモイと怒りながら泣いていた。その犯人が、今回の伏見家惨殺の下手人であった。


 もはや家族の伏見ですら判断がつきかねるほど弄ばれた遺体。その血に溺れる様に自殺した蜥蜴の男。狂った男の無理心中に付き合わされた救いのない家族。そう警察は伏見に事実を教えてくれた。その現場を伏見も見ているため、嘘ではないことはわかっている。


 ただ、伏見は納得することができなかった。いや、正確に言えば、この怒りのぶつけ先がすでに死んでおり、無念だけが残るこの現状を受け入れられなかったのだ。葬式の準備をしながらも、伏見は調べた。蜥蜴という組織を。


 もちろん、学生が調べられる範囲でだ。探偵を雇ったり、警察から情報を引き抜くようなことはできない。探索者高校に進学した同級生に連絡を取ったり、ネット掲示板などで情報を集める程度。しかし、それだけでもそれなりのことはわかった。


 一つ、今回の事件は伏見家だけでなく、近畿や中国地方を中心に複数の箇所で同様の事件が発生したこと。主犯はどれも蜥蜴の構成員によるものである。


 二つ、政府ですら手出しできず手をこまねいていた蜥蜴という巨大組織が、壊滅状態に陥ったこと。


 三つ、無理心中を行った何十人もの蜥蜴の人間たちは、一斉に狂鬼に関わるなというメールを送信していたこと。


 四つ、伏見家が惨殺されたタイミングで狂鬼も蜥蜴の人間に襲われており、その内容を配信し蜥蜴の代表を殺した配信をしていたこと。


 一つ目の同時多発的な無理心中事件により、これが男の突発的で無計画な無理心中ではないのではと疑念が湧く。二つ目の蜥蜴が壊滅したことにより、蜥蜴が黒幕だった場合結局やり場のない怒りとなる。しかし、三つ目が狂鬼がこの件に深くかかわっていることを示唆していた。


 普通に考えて、狂鬼に関わるなというメールが無理心中をした人間のほぼ全てから送信されているというのは、関わっていないという方が無理があるだろう。そして、四つ目の狂鬼が蜥蜴を潰そうとしたタイミングで、伏見家を含めた同時多発無理心中が起きたのだ。狂鬼が関わっているのは確定したようなものだ。


 ただ、狂鬼がどう関わったのかは分からない。ネットでは狂鬼が洗脳のスキルを使ったからだなんて話も出ていたが、今では陰謀論にまで格下げされている。理由は、そんなことが実行できるスキルが知られていないからである。


「スキルか……たしかに、あれを実現できるスキルがあるならなんてスキルだよな」


 仮に狂鬼が蜥蜴を洗脳して伏見家を含む一般人を襲うことを指示していた場合、それを実現させるためには『蜥蜴が狂鬼に接触してから約24時間の間に、関東から東海、近畿、中国地方に点在する数十人規模の一級を含む探索者の上澄みを完璧に洗脳し、蜥蜴の各拠点を襲わせ、それが終われば身内を殺害し自殺させる必要がある。なお、狂鬼が犯人であるという蜥蜴側からの情報が一切ないことから、巨大組織である蜥蜴の人間を取りこぼすことなく裏で組織の人間すべてを完璧に洗脳する必要がある』というとんでも過ぎる内容であった。


 他にも狂鬼の容疑を否認するものとしては、そもそも洗脳というスキルが知られていないこと、呪言のようなスキルでは思考誘導は可能でも完璧な洗脳は不可能であること、指示だけでは必ず抜け漏れが起きるため洗脳された側の探索者が自律的に動くような高度過ぎる洗脳が求められているなどがあげられる。狂鬼は多くのスキルを保有しその全てが高レベルであると言われているが、洗脳に類するスキルは今まで使用されたことがなく、例え所持していたとしてもそのスキルレベルが高いとは限らない。蜥蜴の接触を受けてからスキルレベルを上げることは不可能である点も、また否定材料の一つであった。


 結果、事実を紐解けば紐解くほど狂鬼が洗脳していたなんて話は現実味を失い、今では狂鬼は蜥蜴を壊滅させた英雄としてもてはやされている。


 ただ、伏見にとってはそんなことどうでもよかった。


「狂鬼が関わっていたのはわかっているんだ。洗脳していたかどうかも関係ない。俺は何があったのか知りたいんだ」


 狂鬼も被害者だ。今回の事件を調べれば、狂鬼が何をされたのかも出てきた。狂鬼は伏見のように両親や兄弟を人質にされただけでなく、祖父母や友人まで標的にされたそうだ。そして、自殺か家族を殺されるか迫られたそうだ。それは決して嘘ではないのだろう。実際に狂鬼チャンネルに出ていた蜥蜴の幹部の男も認めていたし、驚くべきはそれを指示していたのがあの特級ギルドである猛虎伏草だったのだ。猛虎伏草も罪を認めており、今解体が進められている。


 つまり、狂鬼はそんな絶望的な状況に立たされたにも関わらず切り抜けたのだ。蜥蜴という巨大な探索者のヤクザ組織に詰められ、背後には国内最高峰の特級ギルドがいるという理不尽な状況をだ。


「すげぇ奴だよ。たった15歳かそこらの子供がだぜ。笑っちまうほどだ。尊敬するよ」


 蜥蜴という組織は川崎のテロ事件にも深く関与していたが、東京の不撓不屈をはじめ政府ですら容易に手出しできなかった組織だそうだ。特級探索者が代表を務めるような巨悪だ。狂鬼によって蜥蜴がどんな悪行をしていたかも赤裸々に動画内で語られていた。それは聞くに堪えない反吐へどの出る話。


 それを15歳の少年がたった一人で壊滅させた。それは偉業といっても過言ではなく、今のネット上で起きている通り褒めたたえられてしかるべきだ。壊滅させたせいで伏見家を含め一般人が犠牲になったが、蜥蜴が今後被害に遭わせていたであろう人間の数と比べればずっと少ないはずだ。


 だから伏見家はしょうがない。そう片付けられるわけではないが、もし今回の件がなかったとしても、伏見家が今後も蜥蜴という組織の餌食にならなかった保証もまたない。あのテロのおきた川崎のように、唐突に被害に遭うことだってあるのだから。


「たださ、もし仮に、狂鬼が洗脳した結果で俺の家族が標的にされたんだったらさ。許せねぇよな。許せるわけがねぇ」


 伏見が大学合格したお祝いに、みんなで行った沖縄の家族旅行の写真。そこに写る亡くなった三人を見ながら、伏見は決意する。


「だからごめんみんな。馬鹿なことなのは承知の上で、俺ダンジョンに行くことにするよ」


 伏見は19歳。今年で20歳になる大学二年生だ。今年の夏に大学の友達と育成所に行くために、今必死にバイトをしてお金を貯めているところだった。だからまだ、レベルも上げていない。今なら探索者になるのだって遅くはない。


「もし仮に狂鬼のせいでみんなが死ぬことになったんだったら、俺はあいつをぶん殴らないといけない。お前もいっぱいいっぱいだったのかもしれないけど、お前のせいで俺の家族は殺されたってぶん殴る」


 もちろんそれは最悪の場合だ。結局狂鬼は蜥蜴の解体には全然関与していなかった可能性だってあるのだから。それでも、直接的じゃなかったとしても、関わっていたらやっぱり一発は殴ってやらないと気が済まない。


「だから、俺は探索者を目指す。狂鬼に真実を聞くにしても、今の俺が殴ったところであいつにはダメージも入れられないだろうからな。ちゃんとぶん殴れるように、鍛えてくるよ」


 だから、見守っててほしい。最後に伏見はそう告げて、家を出た。行先は京都ダンジョン近くにあるシーカーズショップ……ではなくホームセンターへと足を向ける。


 金は育成所のためにバイトして貯めたものがあるが、大金という訳ではない。防具や武器は何十万円もするのが相場なのだ。家族の死によって伏見には相応の遺産が払い込まれている。しかし、伏見はそのお金に手を付けるつもりはなかった。


 これは伏見のエゴなのだ。せっかく生き残ったというのに、最悪死ぬかもしれないダンジョンへ行くのだ。自分が稼いだお金だけでやってみせる。伏見は意地を張ることに決めていた。


「武器か……バールとか使えそうだよな」


 そう呟きながら、自転車にまたがった。


 伏見は育成所で友人と楽しくレベル上げをする人生から、この時をもって外れることとなった。ならば、外れた道を踏みしめていくしかない。それが例えいばらの道であろうとも。


 伏見蓮。家族を失った男は、その真相を知るためにダンジョンを目指した。

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― 新着の感想 ―
普通に返り討ちにあって終わりだと思うけどな、ここから主人公を上回る強さを身につけるのは流石に都合良すぎな気がする。
もうお前が第二の主人公で良くないか?
うわーこういうキャラ出るよなあってのは容易に想像できてたけど、本当に出てくるとは・・・これは大きな存在になりそうですねえ。 あまりにも動機がまっとう。普通のお話なら伏見くんが主人公でもおかしくないくら…
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