閑話 灰ヶ峰染②
202話『閑話 紋別汐里』が修正前の話を投稿しておりました。ほとんど同じですが、鈴鹿がオークションで競売にかけた『叢雲の剣』を紋別が購入した内容を追記しております。すみません…。
狂鬼が加入する予定であるギルドのメンバーと邂逅した翌日。灰ヶ峰は警視庁を訪問していた。
狂鬼が『八王子で色々と用事済ませるから、一週間くらい自由行動で!』と言うので、灰ヶ峰は今後の活動に必要なことを済ませることにした。それが警視庁への訪問であった。
「いかがいたしましたか?」
警視庁の総合案内所に行き、灰ヶ峰は用件を告げる。
「今回狂鬼が起こした事件について、それと川崎の一件について捜査をしている者に取り次いでほしい」
「え~と……申し訳ございません。そういったことは対応していませんので、お引き取りをお願いします」
「申し遅れた。俺の名前は灰ヶ峰。蜥蜴という君たちが捜査しているであろう組織の幹部だ」
数秒の間。灰ヶ峰の言葉を正しく認識した受付の女性の顔から血の気が引いてゆく。
「話をしに来ただけだ。取次ぎをお願いしても?」
少々お待ちください。それだけを告げ奥へと下がった女性。少し待てば、灰ヶ峰は取調室へと案内された。
◇
手錠を含めた拘束具もなく、灰ヶ峰は部屋の椅子に腰かける。手錠などでは灰ヶ峰の動きを阻害することなどできはしない。それでも、同行中に手錠をかけようと警察が動いたが、『手錠をかける見栄を優先するのと、俺との話し合いを無くすのと、どちらが重要か考えて行動しろ』と言えば何もされることは無かった。
「さてさてさて、大悪党の灰ヶ峰染ともあろう者がどうした? 狂鬼が怖くて我々警察に泣きついてきたのかな?」
探るように刑事がそう切り出す。
狂鬼の配信は彼らも視聴している。当然灰ヶ峰がその映像に映っていたことも知っているし、蜥蜴の人間がどんな末路を辿っているかも知っていた。だからこそ、彼らは驚いていた。まだ灰ヶ峰が生きていたことに。
蜥蜴という一大組織の壊滅は、それはもう徹底したものだった。蜥蜴というワードでソートして一括デリートしたくらい、残党も存在していない。残っているのは、軽犯罪を犯したかどうか程度の探索者崩れ程度だ。死体を確認できていない幹部クラスの者もいたため捜索はしているが、それは死体探しのためであり、警察も生存しているとは思っていない。狂鬼が自身の動画で語ったように、蜥蜴という組織は物理的にこの世から消滅したのだ。
しかし、目の前の男は生きていた。狂鬼の動画にも映っていたし、警察が押さえている情報と外見も一致している。何より、裏社会を生き抜いた者特有の凄味が、目の前の人物が灰ヶ峰という人間を騙った者ではないことを証明していた。
「俺の要求は一つ。今出ている俺の指名手配を取り下げろ。あれがあると今後邪魔になる」
「はっはっはっ、言うに事欠いて指名手配を取り下げろだと!? ふざけてんのか手前ェはッ!!」
刑事が椅子を倒す勢いで立ち上がり、机を叩きつけ灰ヶ峰を睨み付ける。刑事の怒声に緊張が高まった。この部屋には他に記録係もいれば、部屋の外でマジックミラー越しに取り調べを監視している者たちもいる。ただ、彼らでは一級探索者の中でも上澄みにあたる灰ヶ峰が暴れた場合、なす術がない。急ぎ東京の探索者に要請を出しているが、到着する前から灰ヶ峰を刺激するような態度を取ったため、彼らに緊張が走った。
しかし、当の灰ヶ峰はどうでもいいとばかりに、態度を変えない。警察をなめている訳でも、刑事の態度に怒りを表す訳でも、ましてや怯えている訳でもない。ただ淡々と、無機質に物事を進めようとする。まるでどんな結末を迎えるかわかっているかのように、灰ヶ峰は怒鳴った刑事に言葉を投げた。
「すまないが、今日は他にもやることが残っているんだ。お前たちのパフォーマンスに付き合ってやる時間はない」
「用事が残ってるだと? 指名手配のお前が生きて帰れるとでも―――」
「俺は狂鬼とパーティを組むことになった」
ただ一言、灰ヶ峰は簡潔に告げる。全てを封殺できる、最強のカード。灰ヶ峰はそれを早々に切った。そして、その効果は劇的だった。
灰ヶ峰に告げられた刑事は、百面相のように表情を変えた。怒りだった表情は灰ヶ峰の言葉を理解し困惑と驚愕に変わり、そして強い怒りが溢れ、最後には虚脱した顔で立ち上がっていた刑事は椅子に深く腰掛けた。
「……証拠は?」
「俺が生きてここにいることだ。お前もすでに確信しているだろ」
灰ヶ峰の言う通りだ。目の前の刑事は優秀だ。すでに隣室で待機している者たちが裏取りのために動いているだろうが、刑事は灰ヶ峰の言葉が真実であると理解できていた。最初に感じた疑問。『何故お前は生きているんだ』。その問いの答えが、狂鬼のパーティ入りということなのだろう。
「大久野の次は狂鬼の威を借るか。お前プライドってもんがねぇのか? 狂鬼の威光にすがって指名手配を解除してもらおうなんて浅ましい真似、よく恥ずかしげもなく言えるもんだ」
「その態度。狂鬼を超越者とすることをすでに決めているな? お前たちが俺たちのように狂鬼へ手を出す愚かな組織ではなくて安心したよ」
安堵などかけらもしていないような顔で、灰ヶ峰はのたまう。
狂鬼とパーティを組んだことで警察は灰ヶ峰へと手を出せない。刑事の態度は、暗にそう物語っていた。それは超越者への対応として正しく、日本だけでなく世界で行われていることだ。
超越者とは只人が手を出すことができない領域へと至った者を指す。狂鬼は厳密に言えば超越者と呼ばれるレベルではないが、その実力はその頂へと至っている。警察は杓子定規に狂鬼を一級相当と見なすような愚行をするような組織ではなかったようだ。
「それと、指名手配を解除させるのはお前たち、いや日本のためだ」
「おいおい、狂鬼とパーティを組んだからと言って、お前をぶん殴れない訳じゃねぇんだぞ?」
「いちいち話の腰を折るな。次すればこの話も終わりだ」
灰ヶ峰の濁った赤い瞳が刑事を睨めつける。
そもそも、灰ヶ峰にとって指名手配などどうでもいいのだ。警察だろうと特級だろうと、灰ヶ峰の首を取りにきたとしても灰ヶ峰はただ最善手を選び続けるだけ。周囲に何と思われていようとも、命を狙われていようとも、灰ヶ峰が気にすることなど何もない。
だが、その結果狂鬼に被害が及ぶことを危惧し、わざわざ灰ヶ峰は指名手配を解除するように助言しに来たのだ。指名手配の灰ヶ峰とパーティを組むことで狂鬼に非難がゆくかもしれない。通常の思考の持ち主であれば超越者たる狂鬼に非難などできようもないが、突拍子もない行動に出る者も世の中にはいる。それに狂鬼はダンチューブも行っているため、匿名にかこつけて配信を荒らす輩もいるかもしれない。
狂鬼が激怒した結果、今回蜥蜴が消滅した。次に怒りが爆発した時、何が消されるかわからない。そうならないために、灰ヶ峰の指名手配を止めておけ。そう灰ヶ峰は言っているのだ。灰ヶ峰が警察に出頭したのは狂鬼への配慮が9割以上であるが、残り僅かの部分でこの国のためというのもあった。
「今回狂鬼が起こした件は、迅速に動く必要がある。早急に鎮火させる必要がな」
灰ヶ峰の指名手配解除は既定路線だ。超越者の現役パーティメンバーを指名手配になどできるはずもない。それを承知で灰ヶ峰がまだ残っているのは、今回の件に関する情報を提供し、この事件を早急に終わらせるためだ。
ネットで狂鬼への賛否が相次いでいることを灰ヶ峰は確認している。蜥蜴壊滅の立役者であり、余波として中国へのけん制や腐敗した政治家の一掃など功績のでかさが徐々に出始めている。一方で、狂鬼が洗脳して一般人へも被害を出させたんだという事実にも行きついているコメントもある。無論証拠もなく、ネットでは言いがかりレベルだと判断されるような内容だが、それが事実であるのだから笑えない。
それらのコメントを潰すためにも、狂鬼が下した蜥蜴の粛清という結果を早期に終息させ、風化させておく方が良いと灰ヶ峰は判断した。故に、狂鬼に不利にならない情報でありながら、彼らが知りたがっている情報を提供する。
「まずお前らが遺体を探している幹部の大黒だが、奴は東アジアの―――」
灰ヶ峰は狂鬼事変の全容を警察へ情報提供した。警察が喉から手が出るほど欲していた情報の数々。今回関わった者たちは一様に死んでいるため、生きた証言を得ることができなかった。それを首謀者の一人から得られた。対価として指名手配の解除。取引としては高すぎる条件ではあるが、灰ヶ峰の指名手配は何もせずとも解除される。
思うところばかりの刑事たちは、腹に抱える怒りを鎮め、灰ヶ峰から情報を引き抜くことに注力するのであった。
◇
横浜ダンジョンを拠点とする古参ギルド、國造。彼らは蜂の巣をつついたように慌ただしく動き回っていた。
理由は簡単。狂鬼という一匹の鬼がもたらした余波が、彼らにも降りかかっているからだ。彼らが望んだ以上の結果をもたらした狂鬼の粛清であるが、規模があまりにも大きく彼らも情報の収集に追われていた。それだけでなく、蜥蜴がため込んだアイテムの情報や蜥蜴に関与した者のリストなど、実に多くの情報が彼らにもたらされた。それは嬉しい悲鳴ではあるものの、日々流れてくる情報の重要性が高すぎるがために、彼らは猫の手も借りたいほどに忙しかった。
そんな国造のギルドマスターの執務室。そこに灰ヶ峰はいた。
「それで、手ずから殺されに来てくれたと理解していいんだな?」
ギルドマスターである日吉が、気を抜けば即座に存在進化してしまいそうなほどの怒りを隠さず灰ヶ峰を睨む。周囲には國造所属の一級探索者や日吉のパーティメンバーも控えていた。一級探索者たちによる怒りの圧は、三級程度の探索者ならばそれだけで卒倒するだろう。現に幾人かは存在進化を解放しており、灰ヶ峰が動けば即座に殺すと言わんばかりの姿勢を見せていた。
「残念ながら違うな。俺がここに来たのは、お前たちを利用するためだ」
灰ヶ峰の発言に、臨界点を突破した幾人かが追加で存在進化を解放する。しかし、彼らは動かない。彼らが動くときは、日吉からの指示があった時だ。身内を殺された日吉が動いていないというのに、彼らは先行して動くことはできない。
「あまり怒らせてくれるなよ、灰ヶ峰。こっちはお前を殺さないように自制するので精一杯なんだ」
「狂鬼の力になれ。それが俺の要求だ」
狂鬼。その言葉を出した時、日吉の目の奥が変わったことを灰ヶ峰は見逃さない。
「狂鬼に魅入られたか」
「……何が言いたい?」
日吉の視線を、灰ヶ峰は赤く濁った瞳で受け止める。
探索者とは強き者に惹かれるものだ。多かれ少なかれ、この部分は共通している。一定の敬意があるからこそ、横浜は東京の特級ギルドを常に立て、配慮しているのだ。だが、そこに崇拝の念は無い。敬意と盲信は全くもって違うからだ。
しかし、日吉は狂鬼に魅入られていた。日吉は一級という高みに辿り着き、それでも蜥蜴という巨悪相手に自身の力が全く及ばない不甲斐なさを抱えていた。そんな時に、頼りにしていた東京の特級よりも圧倒的な強さをもって全てを滅ぼした狂鬼に、日吉が魅入られたのは必然と言えた。
それは日吉だけではない。ここにいる他の一級探索者を始め、横浜の多くのギルドが狂鬼に魅了されていた。それはスキルによるものではない。宗教。その領域のものであった。灰ヶ峰は正確にそれを感じ取れた。なぜならば、それは猛虎伏草や千年一剣が雨道へ抱く感情と同じ類のものであったから。灰ヶ峰が見逃すはずがない。
「俺は狂鬼とパーティを組むことになった。狂鬼の役に立ちたいと思うのならば、話を聞け」
「そんっ! な、こと……いや、お前が生きていることが……そもそもここに来た理由が」
灰ヶ峰の言葉を否定しようとするが、日吉の優秀な頭がその可能性を否定しきれずにいた。その様子を、灰ヶ峰は見る。
もともと川崎のテロを起こす段階で、横浜のギルドについては分析を終えていた。だからこそ、灰ヶ峰はここへ来たのだ。彼らの心理状態がどうなっているのか、どう利用できるのか、そしてどう釘を差せばよいのか、灰ヶ峰は手に取るようにわかる。
彼らは灰ヶ峰を殺したくて仕方がないだろう。だが、それはできない。灰ヶ峰は彼らが信仰する神の如き狂鬼のパーティメンバーであるのだから。そして、彼らは放っておいても狂鬼のためにと勝手に動き出すだろう。警察の捜査が狂鬼へ及ばないように動き、各ギルドが狂鬼へ接触しようとすれば、門番のように彼らが立ちふさがるはずだ。
この程度なら放置でもいい。だが、ネットの一部で叫ばれているように、狂鬼を糾弾するべきだという声が大きくなった時、こいつらが狂鬼の意にそぐわない動きを取る恐れがあった。それは言論弾圧なのか、物理的な暴力によるものなのかはわからない。少なくとも、狂鬼が取らないだろう動きを取るだろう。まるで西成に思考誘導を受けていた西の人間のように。
思考誘導を受けていなければ、猛虎伏草はあそこまで浅慮な選択は取らなかっただろう。彼らは雨道に魅入られているとはいえ、それは強さに惹かれているだけだ。正常な思考もある。だが、狂鬼は違う。狂鬼がもたらすのは強さへの憧れではない。狂気の伝染だ。狂信者となった者たちが取る行動など、ろくなものはない。
それに釘を差すために、灰ヶ峰は彼らを利用する。
「まずは狂鬼の人となりを知れ。お前らの行動が本当に狂鬼が求めているものなのか、それともただ自分たちの欲を満たすための行動なのか、それを理解しろ」
「……お前は狂鬼の求めているものが理解できるとでも? 代弁者にでもなるつもりか?」
「少なくともお前たちよりは理解している」
結局、灰ヶ峰のこの行動も狂鬼にとっては余計なお世話なのかもしれない。勝手に信者が生まれ、その信者が暴走していようとも、狂鬼は雨道のように放置を選ぶだろう。狂鬼を取り合うように横浜の連中が国と争っていようが、自分とは関係のない話だとばかりに。
なのに、灰ヶ峰はそれを防ぐためにここへ来た。狂鬼の目がダンジョン外の些事に向かぬように、狂鬼が心置きなく高みへと歩めるために。灰ヶ峰は狂鬼を理解し、狂鬼が望むように動いていた。
「まずは狂鬼に連なる者たちの安全確保が必要だ。なぜ彼らが狙われるリスクがあるかと言えば―――」
灰ヶ峰が横浜のギルドを裏から操作する。日吉達も忸怩たる思いだろう。宿敵を殺せず、あまつさえどう動けば彼らが魅入った存在の役に立てるのか説かれているのだ。感情はぐちゃぐちゃだ。
それでも、彼らは灰ヶ峰の話を聞いた。彼らは狂鬼について全然知らぬ立場にあるから。灰ヶ峰からもたらされる情報は、彼らが欲していた情報であったから。それに何より、灰ヶ峰からは自分たちと同じ気配を感じた。昨日の敵は今日の友。笑顔で握手など交わせるわけがないが、それでも狂鬼の役に立てるならば悪魔の手だろうと掴むことを彼らは躊躇わない。
日吉たちへ狂鬼の説明をする灰ヶ峰の濁った赤い瞳の奥には、確かに狂気が渦巻いていた。




