19話 三人
みなとみらいランドマークタワーのすぐ近くのビル、ランドタイガーの事務所に鈴鹿はいた。
鈴鹿が事務所の奥にある、ギルドの代表たちが待ち構えている大きな部屋へと足を踏み入れる。この場には一級探索者であろう探索者や、蜥蜴の工作部隊の人間だろう悪人面をした奴らがひしめいていた。
そんな彼らはその場から一切身動きを取らない。他のフロアにいる他の構成員達も同様だ。おしなべてその場で直立し、静止しているはず。鈴鹿は蜥蜴の最高幹部である灰ヶ峰を引き連れ、ランドタイガーの事務所にいる全ての人間を支配下に置いた。
灰ヶ峰の指示で東で活動する西の暗部のほとんどが招集されていたため、その全てを支配下に置いたということは東の安全が確保されたということでもある。
すでにここに来る前に別の構成員に指示を出し、この施設内の記録媒体は全て止めさせ破壊させた。ここで鈴鹿が何をしようが、辿られることは無い。
「さて、お前ら掃き溜めのアホ面見てても何も面白くないからな。何をしてほしいか伝えておこう。いくつかあるけど、一度で覚えろ。その頭が飾りでないことを証明しろ」
鈴鹿は革張りの立派なソファに腰かけ、用件を伝える。
「まずここにいない東で活動するお前たちの仲間をノートか何かに書き記せ。名前と所属、知ること全て書け。それと協力者もだ。警察や他のギルドにもいるだろ? 脅したのか、金で釣ったのか。なぜ協力者となったのかも書いとけ。場合によっては殺す」
脅されて従う者と、利益を得るために従う者は違う。日本の法が分けなかろうと、鈴鹿は区別する。自分の利益を求めるために組織を、善良なる人間を害する奴は、この機会に一掃する。
「それからお前らがかき集めたアイテムはここに置いていけ。貴重だと思う物全てだ。食材や素材で置くのが難しいものがあれば、このギルドに所属する真っ当なギルド員に渡してここに待機させておけ。明日の昼には不撓不屈をここに呼びつける。そいつらに全てを渡せ」
鈴鹿はこいつらがかき集めたアイテムなどいらない。こんなやつらの手あかのついたアイテムなど、収納に入れたくない。
だが、収納に抱えたまま殺すのはもったいない。なので、不撓不屈にゆだねる。明日永田経由で不撓不屈主導でランドタイガーを捜索させる。その時に集められたアイテムは全て今回の川崎掃討戦で被害に遭った人たちに還元するように依頼するつもりだ。横浜のギルドをはじめ、川崎の街で被害に遭われた方たちの救いに少しでも繋がるように。
「ここまではすぐにやれ。次は明日、そうだな、9時になったら行動を起こせ。それまではここで待機だ」
鈴鹿はこの場にいる者たちを見回す。能面のような顔をして時間が停止したように動かないメンバーを。
「お前らを殺す、なんてのは当然としてさ。ただ殺すなんてもったいないと思わないか?」
「そうだな。探索者の身体はアジアで重宝される。生きた探索者の臓器売買となれば凄まじく高価で、死体も生薬として珍重されている。販売網を紹介しようか?」
「そういうことじゃない」
「なんだ? ああ、支配されているから奴隷としての売買が目的か? 自由にできる探索者ならばかなりの額に―――」
「少し黙れ」
灰ヶ峰が見当違いの方向に助言をし出したので、黙らせる。こいつ頭おかしいんじゃないか。まじで人をいかに換金するかしか考えて無さそうだ。
「話を戻すと、お前らの死は決まってるんだけど、サクッと殺してはあげない。当然だろ? お前らは多くの人間を苦しめ、奪い、虐げてきたんだ。自分だけコロッと殺されるなんて、あっちゃあならないんだよ。あっちゃあな」
こいつらは鈴鹿の家族や友人を殺そうとしたのだ。その目的は鈴鹿を追い込むため。そんなことをする連中には、同じことをしてあげないといけない。全ての関係者に等しく地獄を見せるのは難しかろう。だが、ここにいる主要なメンツだけは最低でも自分の過ちを悔いるほどの地獄を見せてやりたい。
「俺のモットーは目には目を、歯には歯を、悪意には悪意をだ。やられたらきっちりやり返さなきゃ、芯のない男になっちまう」
鈴鹿は吐いた唾を飲み込まない。殺しつくすと決めたのだ。ならば実行しないといけない。
「俺の判断基準で悪と断定したこの場にいない協力者、仲間を明日の9時になったら殺し尽くせ。探索者なら簡単な仕事だろ?」
この場にいる者たちは主要なメンツと聞いている。いない者たちは探索者以外の地元のヤクザとか半グレ、それか探索者崩れ程度だという。そんな端役なら、端役らしくサクッと殺してしまおう。
「おい、何か容器持ってこい。ああ、それでいい」
部屋にあった高価そうな甕に鈴鹿は毒を注ぐ。毒魔法レベル10の鈴鹿が作り出す、特級の毒を。
「殺すときはこの毒を武器に塗って始末しろ。ああ、武器も高価なものは全部おいてけよ。この毒があればカッターだって人を殺せる。相手が探索者なら、最低限の武器だけは持ってっていいぞ」
この毒は猛毒である。探索者も殺せるように、魔力があればあるほど魔力を消費してより凶悪に進化するように作られている。
効果は痛み。自分から死を乞うほど続く想像を絶する痛み。そんな毒になるように思いを込めて創り出した。気絶などさせない。ショック死なんて甘えた死に方はさせない。痛覚鈍化のスキルを持ち、エリアボスたちからありとあらゆる痛みを与えられながらも耐えた鈴鹿が音を上げるような痛みを与える毒。毒の効果による死亡か、脳が死を選択することで死ぬかの2択を突き付ける最凶の毒。
鈴鹿の果てしない狂気と身内に手を出された憎悪によって創り出されたこの毒に耐え、毒の効果によって死ぬことができる人間は、果たしているのだろうか。
鈴鹿の悪と断定する基準は、支配の毒を介して自動で行われる。彼らは各々リスト化した関係者や仲間のうち、誰を殺すべきかはすぐに理解できる。
「殺す人間は手分けしろよ? いっぱいいるだろうから効率よくな。さて、これで関東一帯のお仲間たちは明日中に大体殺しつくせるんじゃないかな?」
この事務所にいるのはほとんどが探索者だ。探索者が手分けして殺して回ればすぐに片が付くだろうし、渡した毒は掠らせれば一級だろうと死に至る。状態異常の上級ポーションあたりを飲めば回復するかもしれないが、本人は痛みで身動きできず、周囲に上級のポーションを持っていてぽんと差し出せる人間などそうそういないだろう。
それに残っているのは全国に根をはるヤクザ程度だ。蜥蜴は広島に居を構えるヤクザの尾道組と手を組んでいる。尾道組は系列を含めれば全国に広がる広域暴力団だ。その程度の人材がこの毒から生き延びれるわけがない。
「で、お仲間が死んだら次はお前たちだ」
鈴鹿が睥睨する。
こいつらはただ殺してあげない。苦しみの果てに殺してくれと慟哭しながら死んでほしい。だけど、鈴鹿は普通の一般人だ。拷問のスペシャリストでも、猟奇的なサイコパスでも、生粋のサディストでもない。
だから思いつける悲惨な殺し方はそれほど多くない。
だから任せることにした。裏社会で生きてきた彼らなら、きっといろいろ知っているはずだ。
「俺はな、兄弟や親、じいちゃんばあちゃんに友人たちまで殺す候補に入れられた。お前らもと言いたいんだけど、残念ながら時間はそう多くないだろう」
こいつらは明日の朝から多くの人間を殺して回る。殺されるのは悪人だとしても、殺人犯となれば警察だって動くし相手が探索者なら探索者協会が動くかもしれない。悠長に両親のもとへ行って次に兄弟に会い、存命であれば祖父母にあってから友人を回り、なんて悠長な時間はないだろう。
「だから優しい俺は三人で許してやる。お前たちの中で最も大事な人間を上から三人殺せ。自分の手でな」
殺す人間の数は三人。それならば、捕まる前に殺せるのではないだろうか。そう思って決めた何となくの数だ。何となくで、彼らは大事な人たちを三人も自分の手で殺めることになる。
「もちろん簡単に殺しちゃだめだぞ? お前たちが思いつく最悪な殺し方をするんだ。極限の痛みを引出し、胸糞が悪く吐き気を催すほど醜悪なやり方で、憎悪と邪悪と怨念を煮詰めて残ったタールのような悪意を持って、愛を囁きながら丁寧に丁寧に殺すんだ。ああ、時間はかけても一人1時間くらいね」
殺すのに何日もかけられたら人数を絞った意味がなくなってしまう。丁寧に、だけどサクッと殺していってもらいたい。
「殴るのが一番心が折れるんだと思うなら殴ればいい。オーソドックスに爪を剥がし身体に釘を打ち込み手足をシュレッダーで細断したっていい。ああ、動物に食わせるとかもいいんじゃないか? ペットショップとかでハムスターとかエサ用のネズミとか大量に買ってきてさ、バケツの中に入れて腹に乗せて上からバーナーで炙ると、逃げ場を求めたネズミが人間を食ってくれるって聞くしさ。あとはぁ、尊厳を破壊するっていうなら、手足斬り落として豚小屋で豚とまぐわらせるのもいいかもね。あ、ちゃんと最後は殺しておけよ? 豚の餌にしてあげな」
どんな殺し方だっていい。大事なのは、自分が考えた最悪な殺し方を、最愛の人に実践するということだ。やり方なんて十人十色。これなら、彼らが実際試してきた最悪な殺し方を身内に実践してくれるだろう。我ながらいい案だと満足する鈴鹿。
支配の毒により、自分を偽ることも虚偽をはたらくこともできない。正真正銘心の底から大事な人を、思いつく限り最悪の殺し方で殺すことを強いられる。
「お前の大切な三人はどんな人だ?」
その場にいた適当な奴に問いかける。
「俺は、彼女です。それと、こんな俺を家族のように迎えてくれた彼女のご両親です」
「おお、いいじゃんいいじゃん。お前は?」
「私は家族です。愛する妻と子供二人が最も大切な三人です」
「へぇ、こんなことしておいてご家族がいると。凄いですねぇ。ぜひ自分の心を殺すように丹念に丹念に時間をかけて実践してください。お前は?」
「自分はもともと組んでたパーティメンバーです。道を外れても声をかけてくれるいい奴らです」
「探索者が相手か! 頑張れよ。ほら。この毒使えば痺れて動けなくなるだろうから、殺すときに使うと良い」
そう言って、別の容器に毒を注ぎ置いておく。探索者相手でもちゃんと殺せるように。
鈴鹿は博愛主義者ではない。電車で人身事故が起きようと、近所で殺人事件が起きようと、隣の県で無理心中が起きようと、どこかの国で戦争が起きて多くの人が死のうと、鈴鹿は関心が湧かない。なんて可哀そうなんだとか、救えたはずの命が!とか、そんなことはかけらも思わない。
鈴鹿の心が動くのは、鈴鹿が友人だと、身内だと判断した者に対してだけだ。狭い範囲であるが、その狭い範囲であれば鈴鹿は義に篤い。自己犠牲も問わず、自分にできることならやってあげたいという思いが強いほどに。
だからこそ、今回その身内が標的にされたことで甘さを捨てた。これが鈴鹿自身に対する被害だったら、こんなことにはならなかっただろう。どちらかと言えば鈴鹿は甘い部類だ。自分を殺しにこようが、被害はそいつだけで済ませるだろう。その上の者に責任を取らせるだろうが、美味い物の一つでもくれれば気を良くして帰るだろう。出雲探索者高校に通う生徒の様に、脅したのに立ち向かう勇気を示せば、逆に鈴鹿は喜んで相手をする。気合の入った奴だと気に入ることもあるかもしれない。
自分が標的であれば大概のことは流すこともできるし、散発的に蜥蜴が暗殺者を寄こしてきたとしても、蜥蜴に話を付けに行く程度でここまでの凶行には及ばなかっただろう。
だが、彼らは鈴鹿の逆鱗に触れた。鈴鹿の身内を標的にするという愚行に手を染めた。探索者だというのに、鈴鹿を相手にするのではなく一般人を標的にしてしまった。
だから鈴鹿は誓った。鈴鹿を標的とした組織のしがらみを一切合切断ち切るために、殺しつくすと誓ったのだ。
これは見せしめである。今回標的から逃れた表の組織が、裏の組織が、世界各国が、金輪際、鈴鹿に手を出そうなどと馬鹿げた思考すら湧いてこないように。全国にその悪名を轟かせるように。徹底的に。完膚なきまでに。骨の髄まで理解できるように懇切丁寧に。教えて差し上げる。
狂鬼という名が出た瞬間に、全ての物事から手を引くように。
狂鬼に関わったら地獄を見ると理解してもらえるように。
それを宣伝して回る役目を負った実行犯たちには、鈴鹿がやられたら嫌だなと思うことを味わわせる。その結果、何の関係もない人間が巻き添えになっても構わない。こいつらと関係を結んだのが運の尽きだった。そう思ってもらうしかない。
彼女やそのご両親も、嫁や子供たちも、真っ当に生きる探索者たちも、何も悪いことはしていないかもしれない。けれども、犯罪者である彼らを心の底から死にたいと思わせるために、犠牲になってもらう。
鈴鹿に自死か身内の死かを迫ったのだ。彼らにはその二つを味わわせたいと思うのは、必然であろう?
考えてみてほしい。ゴミクソみたいな心底嫌いな奴があなたの周りの人間に被害を与え、理不尽を押しつけ、追い込み、自殺させ、けれども本人は高らかに嗤いながら自由気ままに生きている。あなたの大切な人の墓標にしょんべんをかけ、あなたの肩に手を置き言うのだ。『本当に死ぬなんてな。笑ったわ。最後に俺を笑わせられて喜んでるだろうな』と。
そんなゴミが今、部屋の真ん中で手足を椅子に縛られた状態であなたの目の前にいます。壁には工具や様々な薬品が立ち並び、ご自由にどうぞと書かれている。
あなたは、どんな痛みを与える?
その痛みを、最も愛する人たちに彼らは明日行うのだ。それは最愛の妻かもしれないし、愛する我が子かもしれないし、親愛なる友人かもしれないし、ただ優しく声をかけてくれる近所の人かもしれない。自分がかけがえのない人だと思う人間に、彼らは思い付く最悪の方法で殺害するのだ。
誰の手でもない。誰が思いついたやり方でもない。
自分自身の手で。
自分が考えた最悪なやり方で。
愛する人を殺す。
それはとてもとても残酷なことだろう。
彼らは鈴鹿によって支配されているが、彼らの意識ははっきりとしている。ただ身体を動かせず自我が出せないだけで、見たものも、触った感触も、聞こえる悲鳴も、全てを感じることができる。いや、できてしまうのだ。
それは何とも惨たらしい仕打ちではないだろうか。
「あ、そうだそうだ。ちゃんと一番大切な人から殺していってね。ほら、一番大切な人が死んだらさ、二番目の人が一番大切な人になるじゃん?」
澱み濁った黄金の瞳を三日月のように歪め、にっこりと鈴鹿は棒立ちの構成員へと笑みを向けるのだった。




