20話 カチコミ
【注意喚起:感想について】
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鈴鹿は蜥蜴と呼ばれる組織の本部にいた。塀が高く窓も採光程度で最低限の立派な作りの事務所。まんまヤクザの組事務所のような場所のソファに、鈴鹿は深く腰掛けていた。
昨日横浜にいる蜥蜴に所属する探索者たちに指示を出した後、羽田空港近くのホテルで一泊した。朝一の便で広島空港へ飛び立ち、灰ヶ峰の手配で用意されていた送迎車に乗ってこの本部まで着いたのがついさっき。時刻は10時前なので、横浜一帯では殲滅戦が行われていることだろう。
「さて、労いの言葉なんていらないな。アイテムはどうしてる?」
「準備済みだ。アイテムの目録と、それぞれの保管場所がこれだ。数が多くてな。一か所にまとめるのは難しかった」
鈴鹿に書類を手渡すのは、料亭にいた幹部の一人だ。鈴鹿が横浜へ移動する前に、彼らにはいろいろと申しつけをしていた。アイテムの整理やまとめ、主要な関係者を本部に召集させること、移動が困難な者やその他関係者の洗い出しなどだ。
蜥蜴の代表は特級探索者らしいが、今は一線を退いており隠居しているらしい。だからこの本部にも代表はいない。代わりに灰ヶ峰が次期代表として権限を有しているそうだ。その灰ヶ峰の名前を使えば、大概の者は疑問を抱かずにノコノコ本部へ集まってきた。
そこに鈴鹿が到着した瞬間、一切の抵抗を許さずに支配下へと置く。事前にアイテムの管理などはさせていたが、大々的に動けば露見する可能性もあったため、今急ピッチでそれらが進められている。
「広島に保管するわけじゃないんだろ? トラックを手配している。昼までには積込みが終わるだろうから、その後はどこへでも運べるぞ」
「神奈川に我々が所有する倉庫がある。ここだ。この場所に積み込んだアイテムと、食材などを収納にしまった構成員を派遣する」
地図を表示しながら、灰ヶ峰が鈴鹿に説明する。横浜の様に拠点に置きっぱなしも考えたが、この場所は西が占有する地。もういっそ全て不撓不屈にぶん投げる気でいる鈴鹿は、アイテムを移動させることにしたのだ。
収納に入れるにも限度があるし、探索者はなるべく殺しておきたいのでトラックによる輸送を依頼する。どうしても収納が必要なアイテムたちは、最低限の人数で東にまとめて輸送するのだ。
中には貴重なアイテムも数多くあるのだろうが、鈴鹿は手を付けない。あくまで蜥蜴という組織を壊滅させたいだけで、アイテムを横取りしたいわけじゃない。それに、ただでさえ鈴鹿は収納が圧迫してきているのだ。エリアボスの食材はとてもとても興味を惹かれるが、断腸の思いで見送る。
「アイテムは問題なさそうだな。次はちゃんと組織全員を皆殺しできるかだけど、その辺はどう?」
「大阪や出雲、名古屋に配置していた主要なメンバーは呼び寄せている。すでに支配下になっているなら問題ないだろうな」
各拠点の構成員全てを集めることは非現実的であった。しかし、各拠点の上役を集結することはできる。上役となればレベルの高い探索者であることが多い。レベルが勝る探索者ならば、下の者を粛清して回るのも難しくないだろう。特に鈴鹿謹製の毒もあるのだ。殺すだけなら容易いはずである。
蜥蜴の網は全国に張り巡らされているが、主要な拠点は限られている。探索者を日本全国に配置するのはいくら蜥蜴と言えど無理があるのだ。その足りない穴を埋める様に、尾道組という一般人で構成されたヤクザを使っているのである。だからこそ、主要な拠点を殲滅すれば蜥蜴という組織が崩壊したと言っても過言ではない。さらに、主要拠点にいない各地に散らばる構成員も、広島に集めることは難しくとも近場の主要拠点に集結させるのは難しくない。それらまとめて責任者が殺せば、皆殺しも現実味を帯びてくる。
これが探索者の力を抜きに考えると難しかった。30人詰めてる事務所に上役とは言え数人でせん滅しろと言っても、実行に移せば途中で制圧されてしまうだろう。だが、探索者なら別だ。例えば神在會では代表たち以外はレベル100未満であった。存在進化している探索者としていない探索者の間には大きな差がある。神在會の代表たちであれば、神在會を滅ぼすことも容易のはずだ。
これを各拠点で行っていく。本日中には大部分の蜥蜴と呼ばれる組織の人間はこの世からいなくなるのではないだろうか。無駄に生き残らせると禍根が残る。だからこそ、こういうのは綺麗さっぱりした方がいいのだ。それができるなら、なおさらに。
日本に巣くう癌の一大摘出手術である。オペを担当するのは修羅を生きる一匹の狂った鬼。さぞや綺麗さっぱり癌を取り除いてくれることだろう。
「いいね。関係者リストもできてるな。これはアイテムと一緒に不撓不屈にでも渡しておけ」
鈴鹿が見てもわからないだろう。いい歳して東だ西だと馬鹿みたいな諍いを起こしていた責任だと思って、不撓不屈には働いてもらうと決めている。
「灰ヶ峰。洩れはなさそうか?」
「洩れはない。確認したが、この構成であれば今日中にはすべての拠点を落とせるだろう。散っている人間も、その地域の人間が支配下に置かれた今のタイミングで拠点に集めさせている」
何とも頼もしいことだ。思ったよりもあっさりと日本の膿の駆逐が出来そうで嬉しい限りである。
「三つ確認すべきことがある。アジアの協力者と尾道組、それから俺たちの代表への対応だ」
「海外か。何人か派遣すれば殺しきれる?」
「殺すのならば見繕おう。中国の協力者を殺すのは難しいが、それ以外なら大黒であれば殺しきれる」
「中国はダンジョンあるしね。探索者も多いか。じゃあそれ以外殲滅で。お前が大黒か。頑張れよ。アジアの平和は君にかかってる。あ、先に大事な人三人殺してから海外行けよ」
全部が終わって日本に戻るのも大変だろう。国内の用事は済ませてから出国してほしい。そして見知らぬ土地で一人息絶えてほしい。
「で、二番目の尾道組って蜥蜴とは違うのか?」
「対探索者関係が蜥蜴、対一般人相手が尾道組だ。やってることは俺たちと変わらない。潰すなら人員は派遣するが、お前が支配下に置く可能性があったから止めている」
尾道組はむしろ蜥蜴よりも悪質だと言えるだろう。探索者という強い力があれば、相手は勝手に怯えて従ってくれる。しかし、一般的な力しか持たない尾道組が幅を利かせるためには、より凶悪で逆らったらだめだと思わせる必要があった。だからこそ、やり方は蜥蜴よりも苛烈な面を持っている。
「支配下に置くつもりは無いけど、俺も一緒に尾道組潰しに行くよ。尾道組傘下のヤクザたちはどうするつもりだ?」
「そちらはこっちで対応する。奴らにろくな力は無い。うちの者を使えば簡単に潰せる」
完全専業にしていた弊害だろう。ボディガードとしての蜥蜴の構成員も派遣されているそうだが、任せておけば問題なさそうだ。
「蜥蜴の代表も俺が潰す。尾道組と代表の拠点は広島か?」
「広島だな。ここからだと尾道組の方が近い」
「いいね。カチコミだ。悪の総大将である尾道組を手始めに更地にしてあげよう」
カチコミ。良い響きである。八王子に生まれたからか、鈴鹿の生来の気質故か、この言葉に魅力を感じてしまう。とてもワクワクするフレーズだ。
「じゃ、お前らさくっと蜥蜴という組織をこの世から無くして来い。もちろん、割り振られた拠点の人間殺し終えたら、自分の中で優先度が高い三人をじっくり嬲り殺すことも忘れるなよ? 足りなく感じても一人1時間までな」
まるで遠足のおやつの値段でも告げる様に、鈴鹿は彼らを地獄の底へ突き落す。自らの手で本当に大事な人たちを、考えつく最悪な方法で殺害する。それを三回も繰り返すのだ。支配によってはっきりと意識を保った状態で。
あまりにもあまりな仕打ちをさせるというのに、鈴鹿はこの程度でこいつらが悔やむのかは懐疑的であった。馬鹿は死んでも治らないなんて言葉があるように、こいつらの性根はこの程度で後悔するほど善良なものなのだろうか。
うん、怪しい。
「やっぱ止めた。ちょい待って、横浜も……あ、指示変えられそう」
『誘いの甘言』という特級スキルが猛威を奮っている。ようやく訪れた出番に張り切っているのかもしれない。支配下に置いた人間の行動を、鈴鹿はどこにいても自由に書き換えられるようだ。
「大切な人三人を殺すってのを、少し変える。この中にも大切な人を殺すことに何も感じない奴いるだろ? 手上げろ」
そうすると、数人手が上がった。
「灰ヶ峰もか。お前はなんでだ?」
「そもそも俺に大切だと感じる人間はいない。よって、殺す対象がいない」
「まぁ、お前はそうか」
鈴鹿は灰ヶ峰の生い立ちを聞いている。広島と東京の往復で暇だったので聞いたのだ。相当他人に興味がないということはわかってる。誰も大切な人がいないなら、殺す対象がいないのも仕方ないだろう。
「お前は?」
「愛する者を残酷な仕打ちで殺す禁忌を犯すことに興奮するからだ」
その発言に、他に手を挙げている人間も同意する。
ほら。やっぱり。こういう人間もいるんだよ。こいつらは裏社会の中の下水に住み着いたドブネズミみたいな存在だ。そういうやつらはこの場にいないだけでちらほらいるだろう。そんなやつらにとってもはやそれは罰ではなく、新たな性癖を刺激するだけの褒美でしかない。
そんなことあってはならない。
「だから条件を変える。大切な人を手ずから殺すことで心が折れる人間は殺せ。苦にならない者は、自分の心がすり減り死にたいと思わせる行動を取って死ね」
これならば、抜けはないはずだ。きっちりみんな苦しむはず。
「金にしか執着がない人間は口座から全ての金を引き出し燃やしてもいい。弱い人間に虐げられるのが脳みその血管がぶち切れるほど許せないなら、この場にいる最も弱い人間に嬲り殺されろ。人間不信でペットが何より大事なら、真綿で首を締めるように優しく優しくくびり殺してスープにでも煮込んで喰って死ね」
人それぞれ大切なものは違うのだから。苦しむ死に方だって人それぞれ。その人に合った苦しみ方を選ばせてあげるのも、多様性というものではないだろうか。
鈴鹿はそんな先進的な時代を生きていたのだ。トレンドの先取りとばかりに、彼らにあった死に方を提供する。
より苦しむように、より死にたくなるように、より悍ましい結果を与えるように。生への執着を手放して現実から目をそらし自殺したくなるように。脳みそが死ぬことを選び脳死するように。
「そうだな。横浜と同じ毒というのも味気ない。もっといい毒にしよう。今なら作れる気がするし」
掠りさえすれば激痛でのたうち回り、長い長い苦しみの果てに死に至る毒。その効果も持ち合わせながら、更なる悪意をトッピングする。
それは夢を見させること。とびきりの悪夢を。人それぞれ許容できない最悪な事象があるだろう。それは現実的に起こりえないこともあるはずだ。例えば、大切な人を自分の手で果てしない拷問に遭わせ続けるとか、子供の頃に戻って壮絶ないじめや悪辣な家庭環境を永遠に過ごし続けるとか、巨大な海洋生物が蠢く海を底に向かってただただ沈み続けるとか、脚がすくむ程の高層ビル群に掛かる手すりもない細い道を歩いて落下してはまた戻る夢だって、狭い洞窟で自分の身体が挟まって身動きが取れなくなってもいい。
激痛で死ぬ直前になったとき、見せられるのはそんな様々な苦悩、苦痛、苦行を延々とリピート再生され続ける悪夢。痛みからの解放でも、ましてや過去の栄光を振り返るような走馬灯でも、自分の行いの後悔や反省、嘆きでもない。ただただ、脳が拒絶する自分が真に遭遇したくない現象を再現し続ける。脳が自ら死ぬことを選択してくれるように。
そんな悪夢は、『誘いの甘言』にとって十八番である。夢へ誘うエリアボスから授かったスキルなのだ。鈴鹿が生成した毒にそんな効果をトッピングすることなんて、児戯にも等しい。ようやく訪れた自分の出番に、『誘いの甘言』は張り切って鈴鹿の要望を120%叶えてくれる。
「あと、これって見せしめだしな。お前らが死ぬ直前にすべての連絡先に狂鬼に関わるなってメールでも出しとけ。俺の情報は出さずにその時のお気持でも一文添えてな」
最後にそう要求する。
これは見せしめである。鈴鹿やその周りの人に手を出そうという馬鹿が金輪際現れないための示威行為である。
正直、こいつらを苦しますだけだったら他にもいい案がある。今回はお仲間を殺害した後に大切な人を殺すように命じた。そっちの方が周囲への見せしめに最適だと思ったし、鈴鹿に突き付けられた二択をそのままお返しする意趣返しでもある。
こんな日本に蔓延るゴミたちにいつまでも時間を取られるのも癪なので、できるだけ短時間に苦しんでもらえるよう考えたつもりだ。屑達のために鈴鹿が時間を割いて考えたのだ。ぜひ脳が萎縮するほどの凄まじいストレスを感じてもらいたいところである。
「さて、じゃ、各々やることやりましょうか。尾道組に行く班は一緒に行きましょー!」
そうして広島の地を起点に鈴鹿による殲滅戦が開始された。
◇
「なるほど、こんな感じになるのか。次の人―」
そう言って人相だけはやたら怖いが眼だけは純粋さを称えるヤクザを端によけ、威勢よく吠えるフレッシュなヤクザが鈴鹿の前に差し出される。
「ふざけんじゃねぇぞガキィィイイ!!?? たたっ殺す!! どこに逃げようとも絶対に追い詰める! お前の家族も両親も! 親族一同探し出して殺す!! バイト先だろうが友人だろうがお前と関わったやつは全員殺すッ!! 俺がやらなくても誰かがやる!! 誰に手ぇ出したか一生後悔し続けろ!!」
「へぇ、広島のヤクザってのは口だけは達者だなぁ。キャンキャン吠えてて女かと思ったよ。タマついてるかボクぅ?」
怖がられることが生業のためか、凄まじい凶悪な人相をしたスーツ姿のおっさんが鈴鹿に噛みつく。だが、鈴鹿には何の恐怖も感じない。今日日力とはダンジョンで得たステータスが物を言うのだ。大したレベルでもない顔だけイカツイおっさんなど、ヤクザ映画くらいしか需要ないだろうに。
パァァン。吠えるヤクザにビンタする鈴鹿。抑えているとはいえ、高レベルの鈴鹿が放つビンタは一発で脳震盪を起こす程度の威力がある。
「テメェこの程度で―――」
「ちょっとうるさい。で、ステータスは開ける?」
「いや、開けないな。スキルや力も失った感覚がある。ダンジョンの祝福が無くなった」
話にならなそうなので支配する。今鈴鹿はビンタと同時に滅却の力によって探索者の力を消滅させたのだ。
「やっぱできるな。お前の記憶も失くしてみるか。おりゃっ。どう?」
「消えた。何も思い出せない」
「しゃべれるのは記憶喪失と同じ原理かな? 記憶や思い出だけ消せた感じか。いいね。戻せたりは……さすがに出来ないかな。ほれっ」
「何も思い出せない。変わらない」
マネキンのように固まるヤクザ相手に、スキルの働きを確認する鈴鹿。どうせ殺すならもったいないので、鈴鹿のスキルの検証が行われていた。人相手に試すに試せない内容も、彼らにならなんの気兼ねもなく試すことができる。どうせ死にゆくなら鈴鹿のために働いてもらおう。資源の有効活用である。サステナブル。やはり鈴鹿は時代の先取りをする男だった。
「なるほどなるほど。じゃあ次はあれ試そうか。次の人ー」
こうして鈴鹿の検証が進められていく。本来であればこんな検証もする必要はなかった。ただダンジョンで好きに探索ができるのならば必要のなかった検証。しかし、彼らの存在が鈴鹿にその検証を迫らせる。人相手にスキルを使うとどうなるのか。彼らに対抗するために、鈴鹿は彼らを使って検証する。
「テメーーッ!!! オジキに何しやがった!!!」
「はいはい。広島のヤクザはピーチクーパーチク口だけはいっちょ前で敵わんなぁ」
尾道組の総本山の敷地では、至る所で絶叫が響き渡っている。大の大人が赤子のように醜態を晒しながら泣き叫んでいる。鈴鹿お手製の毒が猛威を振るっているのだろう。
そんな絶叫をBGMに、鈴鹿は新しい尾道組の構成員へと告げる。
「安心してよ。記憶を失ったら苦しんで死ねなそうだから、それはもう勘弁してあげるからさ」
縦に瞳孔が開いた黄金の瞳が、次なる犠牲者を睨め付けるのだった。




