17話 ランドタイガー
プルルルル、プルルルル。着信音が鳴り、横浜を拠点とするランドタイガーの代表である堺は携帯に出る。
「堺です」
『終わった。撤収しろ』
電話の相手は蜥蜴の最高幹部である灰ヶ峰からだ。蜥蜴は西の暗部の頂点であり、日本屈指の裏ギルドだ。その最高幹部となれば強さも折り紙付き。蜥蜴のボスは二回存在進化を経た特級探索者であり、灰ヶ峰もまた特級探索者に至れると言われている。前回の探索でパーティメンバーが死んだことでレベルが止まっているが、あのまま進んでいたら今頃はレベル200を超えていただろう。
現在の蜥蜴のボスは特級探索者のため、次代のボスに求められる資格として特級が求められている。そして、灰ヶ峰はそれに応えられる人物であった。一時は猛虎伏草の代表である天満と肩を並べて探索していた過去もあり、保有するスキルからも特級並みと評される探索者だ。パーティがおらず蜥蜴の仕事が多忙なためにレベル200を超えていないだけだったが、近く東と大規模な戦争になることも予想されているため、大阪を拠点とする特級ギルドのメンバーと臨時のパーティを組み成長限界までレベルを上げきる計画が動いているほどだ。
「終わったってことは、狂鬼はこちらに付いたんですか?」
『いや、拒まれた』
「ってことは自殺を選んだんですか?」
『ああ、目の前で死んだことを確認した。もうお前も引き上げろ』
そのことに堺は失望する。たかが身内を殺すと脅された程度で、あれほどの強さを持つ探索者でも自殺を選択するとは。やはり探索者以外の人間は足を引っ張るだけの存在でしかないということか。
堺は狂鬼の配信を見たことがあった。いい歳をして震えたものだ。あれほど探索者にとって憧れと嫌悪が入り混じる探索者はいないだろう。嫉妬もあったが、あれだけ狂った存在ならばよい隣人となれると思ったのだが。
それに、少なくとも自殺はしないと思っていた。身内を捨てあの場のメンバーとの戦闘を選ぶはずだと、西と国を分かつ戦争を始めるのだと期待していた。それが狂鬼であり、それでこそ狂鬼ではないのか。狂鬼の映像を見ていた堺はそう感じていた。それだけに、今回は一筋縄ではいかないだろうと思っていたのだが、期待はずれだったようだ。
「狂鬼も死んだなら、少し味見してから帰りますわ」
『止めろ。今は東を逆撫でする時期じゃない』
堺は八王子ダンジョンの1層にいた。zooという狂鬼の知り合いのパーティーを殺害するためだったのだが、狂鬼が自殺したのなら殺す必要はない。逆に言えば殺さない理由もない。狂鬼の忘れ形見のパーティなんてそそる獲物ならば殺しておかない方がもったいないというものだ。
しかし、それは灰ヶ峰に止められる。先の川崎の一件で横浜を拠点とするランドタイガーも厳しい目で見られている。zooのリーダーの親は東京を拠点とする一級ギルドに所属していることもあり、灰ヶ峰の言う通りここで殺せば戦局がどう動くかは読めないところがある。
堺も灰ヶ峰と同様に一級探索者であるが、灰ヶ峰は特級に至れる強さがあり、片や堺は一級で成長限界を迎えた探索者だ。強さでは灰ヶ峰に劣る。それに蜥蜴の次期代表と揉めるのは彼としても気が引けるし、これがきっかけで西が不利となれば猛虎伏草に顔向けもできないので、残念だが大人しく帰るしかなさそうだ。
『それと、拠点に戻り次第すぐに主要な人間を集めておけ』
「主要な人間をですか? どうしたんですか?」
『少し動く必要が出てきた。これから羽田に直行する。それまでに人払いを済ませておけ』
「これからって、灰ヶ峰さんが直接ですか?」
『そうだ』
珍しい。灰ヶ峰は蜥蜴の最高幹部であり、次期代表だ。動くことはあっても、それは海外の要人に対して対応する程度だ。東に来ることなどまずないだろう。
それほどの案件。狂鬼を殺したことによる影響が大きいと見える。いや、『狂鬼の死』というカードを最大限に活用しようとしているのかもしれない。
「わかりました。羽田には迎えを出しておきます。横浜では人払いと人員の招集をいたします」
フロントギルド要員として所属させている何も知らないギルド員たちは帰らせ、逆に西から派遣されている堺のパーティメンバーや蜥蜴の実行部隊を招集すればよいだろう。どの範囲まで呼ぶべきかは難しいが、必要なければ待機させておけばよいため、支障が出ない範囲で揃えておくべきか。
「重々ご承知かと思いますが、今横浜は不安定です。このタイミングでの招集は、各ギルドにいらぬ刺激を与えかねませんが」
『問題ない。もはや横浜がどう動こうと戦局は変えられん。多少手薄になろうとも実行部隊も集めておけ』
「わかりました」
携帯をしまい、時計を見やる。時刻は18時過ぎ。灰ヶ峰は狂鬼に接触するために出雲にいるはずだ。出雲空港の最終便に乗ったとすれば、そう遅くない時間に羽田に着くことだろう。
片や堺は八王子ダンジョンの中である。ここからダンジョンを出たとしても、横浜の拠点に着くには1時間はかかるだろう。そこから人集めから羽田への送迎指示などしていたら間に合わない恐れがある。
忙しねぇなと舌打ちをしながら、堺は携帯で仲間に指示を出しながら八王子ダンジョンを後にした。
◇
横浜を拠点とする一級ギルド、ランドタイガー。西の雄である猛虎伏草の傘下ギルドであり、東に対する西からの圧力でもある。先の川崎掃討戦ではランドタイガーを隠れ蓑に暗躍していた蜥蜴が裏で糸を引いていたのは、東のギルドからすれば共通認識である。それ故に被害を被った横浜のギルドはランドタイガーに対して並々ならぬ憎しみを抱えている。自分たちのシマに仇がいるのだ。気が気ではないだろう。
だが、表立って攻め入ることはできない。なんせランドタイガーはフロントギルドなのだ。川崎掃討戦後、これでもかと内部の調査が行われた。それでもボロが出なかった。仕掛けた側が西のため証拠など出てこないだろうと思っていたが、実際に出てこないとなると堪えるものである。
結果、横浜のギルドたちは忸怩たる思いでランドタイガーに監視の目を光らせている。いつかボロを出すだろうと、その時は徹底的に締め上げてやると。
そんなランドタイガーに動きがあった。横浜では緊張が走る中、代表である堺を始めとした彼のパーティメンバーたちは、極力目立たないよう上から下の者までギルドに集結させていた。
「さすがに人払いまでするとなると、下の者もざわついてたぞ」
「灰ヶ峰さんが来るんや。人払いは絶対やろ」
灰ヶ峰は蜥蜴の次期代表。西の、いや日本の裏社会を牛耳る存在でもあるのだ。何も知らないぼんくら共と鉢合わせるわけにはいかない。この東西戦争が落ち着けば、堺達は猛虎伏草で相応のポストが用意される。如何なる瑕疵も無いように気を配るのは当然だ。
ぴりつく横浜のギルドをできる限り刺激しないようにしながらも、堺は灰ヶ峰が横浜を軽視した発言をしたことに期待している。そろそろこの戦争にケリがつくのではないかと。
東への侵略は蜥蜴が主導して行っている。猛虎伏草が直接動くわけにはいかないのだから当然である。だからこそ、堺は蜥蜴の指示で動いていたし、この前の川崎掃討戦でも大人しく過ごしていた。そんな生活が終わるのであればもろ手を挙げて歓迎する。
東の連中をつり出し西で首を刈り取る。東が腰を重くして引きこもるのならば、東京と横浜の関係を悪化させ内部崩壊へと導く。これが今後の動き方だったはずだが、狂鬼が死んだことで作戦が変わったようだ。
ギルドに所属しているわけでもない、たった一人の探索者。だというのに、日本を代表するトップギルドの猛虎伏草がわざわざ人員を割いてでも殺すべきだと判断させた探索者。
異常な結果だ。まるで剣神である。剣神が発現した探索者が不撓不屈に所属した時は、西は天地が裂けるかと思う程荒れていた。所属したギルドが不撓不屈だったからこそ、西の猛威を食い止めることができたのだ。不撓不屈に所属したからこそ、荒れたともいえるのだが。
きっと剣神が狂鬼のような選択肢を取っていれば、今頃この世にはいなかっただろう。狂鬼は選択肢を間違えたのだ。尻尾をぶんぶん振り回しながら猛虎伏草に付くべきだった。お行儀の良い東が探索者でもない身内を追い詰めることなどしないのだから。
「西で生まれとったら、今ごろ生きとったやろにな」
「なんだ? なんか言ったか?」
「いや、なんでもないわ」
堺も探索者だ。強い者には敬意を持つ。たった一人で猛虎伏草に蜥蜴を使ってまで追い詰めさせた若き探索者に敬意はありつつも、だからこそ身内を護るために自己犠牲の判断をした浅い思考にうすら寒いものを感じてもいた。所詮はガキ。いや、東の思考に染まった哀れな探索者と呼ぶべきか。
「灰ヶ峰さんお見えになりました」
すべての者が緊張する。この場には堺のパーティメンバーや横浜で工作活動を行う蜥蜴の責任者たちが揃っている。
彼らからしても、灰ヶ峰に会うのは緊張する。堺達は蜥蜴の仕事のようなこともするにはするが、ランドタイガーの代表でもあるように表で活動する探索者だ。裏に身をやつし、汚れ仕事を一身に引き受ける蜥蜴の最高幹部となると、彼らからしても緊張するものだ。
あの濁った瞳を思い出していた時、灰ヶ峰の声でも部下の声でもない声が聞こえた。
「おうおう、おうおう。ここが蛆虫共の集会所か。同じ空間にいると思うと反吐が出るなぁ」
なんやこれ? 身体が動かへん……!?
思考ははっきりしている。だというのに身体が自分の意志で一切動かすことができなくなった。金縛りとかそういう類のものではない。自分の身体が乗っ取られる。そんなおよそ体験したいとは思えない出来事が、堺の身体に起きていた。
異常事態を知らせるために声を出そうにも、声帯すら震わすことができない。規則正しく呼吸を繰り返すのみ。魔力によるごり押しも、存在進化を解放しての力押しも、もはやスキルでこの一帯を破壊してもいいと暴走させようとしても、何も起こらない。だというのに、堺の意志とは一切関係なく開いた扉の方へと身体が動く。まるで座りながら一人称視点の映画でも見ている様だ。
視線の先、そこには灰ヶ峰がいた。高いステータスを表わすような整った顔立ちは、堺の知る灰ヶ峰と変わらない。だが、その横にいるのは本来ここにいていい者ではなかった。
もっと言えば、この世にいていい者でもなかった。
「こいつらかぁ。俺の家族や友人を盗撮してくれてたのは」
そこにいたのは狂鬼であった。出雲の地で蜥蜴の実行部隊に囲まれ、次期代表である灰ヶ峰直々に追い詰められ自殺したはずの探索者。日本トップギルドである猛虎伏草が危険だからと一介の探索者を消す判断を下すほどの探索者。動画が話題を呼び、今や国内外で凄まじい知名度を誇る探索者。
「褒美をやらないとな。たっぷりと。殺してくれと心の底から慟哭するほどに」
狂鬼。一匹の修羅の鬼が、黄金の瞳を歪め、堺たちを見回した。




