16話 詰み
料亭の松の間を、とてつもないプレッシャーが支配する。能面のように感情を消した鈴鹿から溢れ出る上位者としての圧力が、周囲に控える構成員達に多大なプレッシャーを与える。
だが、座っている四人は微動だにしない。その程度の圧で事態をどう打開するんだ?そう言わんばかりに、こちらも感情を消した顔で鈴鹿を見据える。
「定禅寺富士、定禅寺菱子、定禅寺菅生、定禅寺真一、定禅寺たま、岩崎重行、岩崎銀子。おや、画面に祖父母が映っていないようだね。表示してもらうかい?」
灰ヶ峰が濁った瞳を鈴鹿に向けながら、名前を読み上げる。それは鈴鹿の父、母、兄であり、祖父母の名前であった。灰ヶ峰の言う通り、パソコンの画面には自宅や父、兄の姿は映っているが祖父母の家は映されていない。代わりに、友人の姿が映っている。
「安藤泰則、斎藤穂香、銀杏かえで、陣馬勇蔵。最近ダンジョンに通い始めたようだけど、ずいぶん調子がいいみたいじゃないか。順調にレベルアップしているようだけど、ダンジョンに飲み込まれないといいね」
それは暗に脅しているのと変わらない。ダンジョンでの死は証明しにくく、殺されてもろくな調査などされることは無い。それ以前に、目の前のヤクザたちにとっては今すぐカフェで殺害することだって何の躊躇いもなく実行するのだろう。
「陸前希凛、犬落瀬優梨愛、新田小鳥、猫屋敷薫。彼女たちも随分優秀なようだ。ちょうどダンジョン探索してるようだね。この時間だと泊まり込みの様だけど、4区から生きて帰れるだろうか」
鈴鹿の交友関係を調べたのだろう。次から次に出てくる情報は、的確に鈴鹿の友人たちの名前であった。
「そこまでして俺を西に付けたいのか?」
鈴鹿の発言に灰ヶ峰は感情の消えた顔を崩さない。しかし、座っている残りの三人は嘲るように嗤う。
「どこまで自惚れてんだガキ。お前は選択肢を間違えたんだよ」
「今更謝って俺らの側に付ける訳ねぇだろうが」
彼らの言う通り、鈴鹿は選択肢を間違えた。鈴鹿は脅してでも西に付けたいほどの存在であることは間違いないが、いつ裏切るかもわからない強力すぎるカードなど持っていても邪魔なだけである。じゃあ西に付かない選択肢を取るためにはここにノコノコ付いてきたのが間違いだったのか。それは違う。例えこの場に来なくとも、使いの者がこの選択を迫っただけである。
神在會の人間に絡まれた時点で東京に戻るべきだった。もっと言えば、西の勢力圏である出雲に来るべきではなかったし、さらに言えば鈴鹿が持つ強さを狂鬼チャンネルによって世界に知らしめるべきでもなかった。
じゃあダンチューバーをしなれけばよかったのかと言えば、そうとも言い切れない。ダンチューバーを始める前にすでに不撓不屈からスカウトを受けていた。ということは、結局ひたすらダンジョンで探索していたところで、どこかで情報が洩れて似たような事態になっていただろう。
ソロ探索もダメだとなると、不撓不屈のようなトップギルドにでも所属すればよかったのか。それも否と言わざるを得ない。灰ヶ峰も感じているだろうが、彼らでは鈴鹿に勝てない。正攻法では。それだけの強さを得たというのに、こうして周囲を人質に脅しに来ているのだ。例え鈴鹿がレベル200や300に到達していたとしても、東西の戦いに巻き込まれ遅かれ早かれこの状況は訪れていたはず。横浜のギルドの様に。
となれば西に所属するか、でなければ常に鈴鹿の身内や友人は探索者に警護してもらわなければ安心して過ごせないではないか。そんなのは現実的ではない。
能面のような表情とは裏腹に激流の如く怒り狂う内心を宥め、鈴鹿は問う。
「じゃあ何が望みなんだ?」
「自死」
灰ヶ峰が何の感情も見せず、淡々と要求を突きつける。
「お前は強すぎる。その強さは猛虎伏草が喉から手が出るほど求めていたレベルで。そして強いだけでなくダンチューブによって影響力もある。お前の気持ち一つで東西の勢力バランスが変わるほどだ。それが我々側に付くのならば歓迎するが、不動を貫くのならば潜在的な敵を殺しておくのは当然だろ。困るんだよ。強ければ不動を貫ける前例と言うのは」
灰ヶ峰からは一切の感情が見えない。ただ淡々と、事務手続きをこなすように決定事項を鈴鹿へと告げる。
「お前ならば俺たちを即座に殺すこともできるだろう。だが、そうすれば先に名前を挙げた者たちは一人残らず殺す。いくら狂鬼と言えど、一瞬で東京へ行くことなどできないだろ」
ああ、そうだ。そんなことはできない。鈴鹿は強くなったとはいえ、全ての事ができるわけではないのだから。
「自分の命か周りの人間の命か、好きに選べ。自分の命を取ればこの場は生き残れるだろうが、お前は日本では生きられまい。家族や友人を殺害した犯人はお前に仕立て上げられ、全国から指名手配を受けることになる。誰かと交友関係を持てばその度にそいつは殺される。常にお前は俺たちに監視されることになるからだ。逆に俺たちを滅ぼそうとしたところで、お前に一般人と蜥蜴の区別がどこまでつく? お前には俺たちを滅ぼせないよ」
一つ一つ、丁寧に鈴鹿の退路を断ってゆく。どう動こうとも、鈴鹿と大切な人たちが両方生き残る道はないのだと、懇々と説いてゆく。
鈴鹿は思考する。どうするべきかを。今すぐ衝動のままにこいつらを滅却の力を使い存在ごと消滅させてしまいたいが、そうすればみんなの命はないだろう。これは決して脅しというわけではないはずだ。画面にはリアルタイムの様子が表示されており、近くに彼らを殺せる人物が控えているということである。それに、川崎掃討戦で似た様なことが起きていたはずだ。ならば間違いなく彼らは実行に移すはず。
鈴鹿が動けば彼らは死に、鈴鹿が死ねば彼らは生きる。本当に約束を果たすかはわからないが、それ以外に鈴鹿が取れる択もない。
詰んだ。詰みである。
ここでこいつらを全員ぶっ殺し、その足で広島まで行って関係者を皆殺しにし、鈴鹿の大切な人たちを手にかけた下手人に死にたいと叫ばせるほどの責め苦を与え、不撓不屈に加入して猛虎伏草含む西の勢力を攻め滅ぼす。どこまでできるかはわからないが、西の勢力を壊滅させる程度なら鈴鹿一人でもできるはずだ。
これからダンジョンに籠り、レベルを上げられるだけ上げて、誰も逆らうことのできない存在になればいいだけなのだから。
しかし、それはできない。できないのだ。鈴鹿は大切な人たちを犠牲にしてまで生にしがみつきたいほど、生に執着心がない。浅ましく、意地汚く、何を犠牲にしてでも生きていたいと思うような生への未練が、鈴鹿にはないのだ。
強くなりたい。その思いがあるからこそ何度も不死の権能で蘇り戦い続けてきたが、それは自分一人で完結する戦い方だったから。鈴鹿がパーティを組んでいたとしたら、きっとそんな戦い方はしない。その戦い方はあまりにもパーティメンバーを危険にさらす戦い方だからだ。
パーティメンバーも強くなれて、自分も強くなれる道を模索したことだろう。その結果、今のような強さを得られていなかったとしても、鈴鹿はきっと後悔することは無かったはずだ。
鈴鹿にとって義は命よりも重い。この選択肢を迫られた時点で、鈴鹿は詰んでいたのだ。
「早く決断しろ。踏ん切りがつかないのなら、試しに一人殺すように指示を出すが?」
「待て」
「いや、ダメだ。今すぐ答えを出せ」
灰ヶ峰は鈴鹿に考える時間を与えないように決断を催促する。今すぐ決めなければ、画面に映る誰かが殺されるだろう。鈴鹿の思考を奪うように、灰ヶ峰が携帯を取り出す。
理不尽に抗えるくらい強い力を得たと思ったのに、さらなる理不尽に押さえつけられるとは。何とも甘かった。本当に。
……いや、違うな。俺は別に甘くはなかった。俺の選択の何が間違っていたというのだ? この反吐が出る奴らの仲間になるべきだったとでも? ダンチューバーなどせず、ただひたすらダンジョンの奥地でモンスターと戦っていればよかったとでも? 周囲を気にしながら面白そうと思い付いたことさえ放棄して生き続けていればよかったとでも? ダンジョンなんて入らずに、せせこましく分相応に生きていればよかったと?
違う。
真っ当に生きる者を理不尽に害するこいつらが悪いのだ。
他人の足の引っ張り合いしか考えられぬこいつらが悪なのだ。
何が浅はかな行動なのか。何が短慮な選択だと言うのか。何をどう考えたらこいつらの肩を持つ発想に至ると言うのか。
イジメられた側が悪いと言うのか? 痴漢された側に非があるとでも? ふざけるな。一大プロジェクトが実を結び、やっと報われたと祝杯を上げていたら、羽振りがよさそうだと不良がやってきてATMまで連れてかれ全財産奪われるようなものだ。どっちが悪い? 楽しそうに酒を飲んだのが悪いとでも?
それと同じだ。真っ当に生き、自由を謳歌し、そこにケチを付けられる謂れなどない。
目の前のゴミたちも、この状況に追いやった者たちも、鈴鹿の選択を否定する者たちも、あまねく全てを消滅させてしまいたい。目の前の視界が狭まる程に、憎悪の業火が鈴鹿を支配する。
「どうする。自死を選ぶか? それとも俺たちと泥沼の闘争を選ぶか?」
答えは決まっているだろう。そう言わんばかりに、灰ヶ峰の濁った瞳が鈴鹿を見つめる。
こいつらがどこまで悪だったとしても、こいつらに100%の非があろうとも、鈴鹿が取れる選択肢は決められていた。
こいつらに鈴鹿は殺せずとも、鈴鹿自身であれば自滅することはできる。鈴鹿は不死であるが、死を受け入れ、滅却の力を全力で行使すれば死ねないことは無いだろう。
自分が死ななければ周りの人が死ぬ。ならば鈴鹿が取る選択肢は決まっていた。
そうして、一匹の甘ったれた小鬼は、死を受け入れた。




