八話
「何やってんのシオン?」
ラダニア国に、降服勧告の交渉を始めて二日目。
交渉者以外、特にやることも無い。
高台の陣をぶらぶらしていた俺の視線に、風になびく長い黒髪が目に入る。
「あ……ぬしか……」
刀だけ腰に差しているシオン。
そんな彼女が持っている紙の束が、見たくなくても目に入る。
「これかえ? ぬしもいるかえ?」
俺の視線に気付き、その紙一枚を無造作にこちらに……渡さなかった。
「その前に、ぬしに一つ質問があるのじゃが……」
彼女はいつもの漂々とした顔で俺を見つめてきた。
「ぬしにとって、戦争とは?」
「出世するための手段だ」
そんな彼女に、俺は即座に答える。
彼女は俺の表情に嘘偽りが無いか読み取ろうとするように、しばらく俺の顔を眺め。
「それだけかえ? そんな出世に取りつかれただけの男が、イリーナの明らかな軍紀違反を我が身も顧みず、助けに行くのかえ?」
言いながらも、俺の心を見透かそうとするように眼を覗き込むが、
「ふむ。確かにぬしの過去ばかりほじくり返すのは、平等ではないか」
シオンは一呼吸おいて、俺に視線を向け直す。
「わっちゃ、どこの誰が生んだのかも分からん東国の魔物の子じゃ。剣術は物心ついた時に一緒にいた男から教わった。この刀もその男が別れ際にくれたものじゃ」
そんな事言いながら手渡された紙には、手書きでこう書いてあった。
『大きい家を持っている家族募集! 料理、洗濯、何でもやります!』
「…………」
意味が分からない!
今の身の上話にどんな意味があったんだ?
しかもこのチラシは、どう考えても家族と言うより家が目当てだよな?
彼女だって魔王軍の一員だ。
今は准将の地位にもある。
給料だって一人で暮らすには十分すぎるほど出てるだろうし、住む場所がなければ軍人限定割安の寮だってある。
意味が理解できずに彼女の顔から答えを探すが、眉ひとつ動かさないその表情からは何も読み取れない。
「うむ。これには少々事情があっての、今の部屋が手狭なのじゃが引っ越すにも先立つものが無い。それで広い家、と言うより一人で屋敷でも持っていて、使っていない部屋が多数ありそうな、それでいて快くわっちに部屋を貸してくれそうな親切な人でもいないかと思って、こんな物を作ってみたのじゃが……」
俺を見る目が芝居かかっていた。
うるんだ瞳を、頭一個分高い俺の視線に合わせるように上目使いにし、切なげな表情で体はしなを作っている。
…………謀られた!
よく見れば手書きの紙は俺に渡した一枚しかなく、彼女が手に持っている他の紙はまったくの白紙。
「で……俺ってわけ?」
「おお! さすが我が軍一の戦略家様じゃ、さっしがいいのう」
いつもの無表情から一転。
花が咲いたような笑顔に、拙い策にはめられた鬱陶しさより先にドキリとしてしまう。
「ま、確かに俺が借りてる家……というより屋敷は一人で住むには広すぎて、空いてる部屋というか、一室意外ほとんど使ってないが……」
俺が魔都に来たとき、家無し文無しではきついでしょうと、魔都の通貨と共に貰い受けたのだ。
誰にだって?
もちろん魔王様にだ。
「ほうほう。ぬしの部屋以外、全てが空き部屋とは……」
視線をそらした俺の言葉に、見なくても彼女の瞳の輝きが増していくのが分かる。
「でも、その……俺一人しかいないんだぞ」
当然引くと思ったが、彼女の笑顔は一ミリも動かない。
「ぬしさえかまわなければ、問題ありゃせん」
こいつは俺を男と思ってないのか?
まあ、今は俺もそんな気ないし、なったとしてもシオンに力ずくでは敵うまい。
「そこでぬし様にもう一つお願いがあるのじゃが」
いきなりぬしからぬし様に変り、笑顔が曇りだしたかと思うと、困ったようにうつむいてしまう。
わざと表情に落差をつけたのか?
それとも天然なのか?
どちらにしても恐ろしく計算されてるように思えてならない。
こいつは魔性の女なのかもしれない。
いや、妖狐でした。
「わっちの他にも……その……」
その心細そうな声の魔力になんとか抵抗し、俺は普段どおりの口調を維持する。
「ペットでもいるのか?」
彼女がハッとしながらも「そんなもんじゃ」と小さく頷く。
軍の寮にも入れず、他に部屋も借りづらいとくればおおかたの予想はついた。
「別に猫や犬の数匹程度ならかまわないが、しつけはちゃんとしろよ!」
家の柱で爪を研がれたり絨毯がおしっこ臭くなっては敵わない。
「それは問題無い。しつけはちゃんとしておるし、家事の手伝いもするいい子たちじゃ」
家事手伝い?
まあ、番犬、番猫? として留守番するのも家事の一環か?
「助かったのじゃ、魔都に帰ってもまた野宿では戦場にいるのと変らんのでな」
「それじゃ、そいつらお前が帰ってくるまで野宿なのか?」
「わっちが帰ってくるまで教会に預けているのじゃ。じゃが、教会と言うところも寄付をしなければ、三度の飯も出してくれぬし寝床さえも確保できん」
安心しろ、人間の教会は金を払っても食事は一日一回だ。
それにしても犬猫のために、どんだけ自分犠牲にしてんだこいつは?
得てして動物好きなんてそういうものだろうと、あえて機嫌を損ねそうな発言は胸の奥に仕舞いこんでおく。
「うんうん。ぬし様はやはり良いやつじゃった。国に帰ったら早速紹介するのじゃ」
彼女が珍しく、嬉しそうに笑った。
それは「これぐらいの罠なら掛かっても良いかな?」なんて思えるほど眩しい笑顔だった。




