九話
降伏交渉を始めて三日目の昼。
ラダニアはやっと全面降伏し、俺たちは凱旋という形で魔都に戻って来ていた。
王と王族、主だった貴族の処遇は私財のほとんどを取り上げられ追放。
処刑者無し。
これは魔王の慈悲ではなく、合理性の表れだ。
まあ、平民の上に胡坐をかいて生きてきた、いや、生きる事しかできなかった奴らを奴隷にしても大した労力は得られない。
しかも殺してしまうと、近隣の王や貴族は死を恐れ、自国の国民を犠牲にして無駄な抵抗を続けるだろう。
それは誰の得にもならない。
もちろんラダニア軍自体は解体されるが、戦場で活躍――魔王軍を苦戦させた者はたとえ一兵卒でもスカウトされる。
うちの魔王様は変わり者で、良い人材と分かれば人間でも亜人間でも分け隔てなくスカウトした。
しかも、拒否してもおとがめなし。
これがもし人間の国だったら、王族、貴族、主だった将校は全て処刑。
軍人は死ぬまで強制労働、その家族は奴隷商人に売り渡される。
なぜだろう。
悪魔、鬼畜の軍などと呼ばれている魔王軍の方が、慈悲深く感じてしまうのは。
そして今、俺とイリーナはその法律と軍規を、たった数年で作り上げた天才の目前にいた。
豪華な装飾品が並ぶ吹き抜けの広大な広場に、銀と赤を基調とした国旗が掲げられたその奥には、巨人でも座るのかと言う大きな玉座。
その玉座の横には、痩せこけた灰色肌のおっさん――魔王軍宰相と、その両端に上級貴族ともよばれる十二将の魔物がずらりと並ぶ。
でもその玉座に座っているのは、俺と大して年の差のない端正な顔立ちの少女。
魔王でありこの魔都を統べる女帝ティファだ。
腰まで届くであろう金髪を肩に流し、透き通る冷青眼の瞳を持つクルーが帝国最高位の美少女。
そして最恐の力を持つ魔王。
刺客から逃げる俺を、強引にこの国の軍隊に引き入れた救済の天使であり悪魔だ。
とにかく。
一応、戦勝報告なので怒らせることは無いと思うが、十二将の手前かしこまって見せないといけない。
俺はイリーナと一緒に、女帝の前に進むと膝をつき頭を垂れる。
「ご苦労でしたテイル中将。イリーナ少将」
静かにだが、透明な声が玉座の間に響き渡る……ん?
「え? 俺、少将じゃなかったけ? ととっ、であると思いましたが?」
つい、いつもの口調で口を開いた途端、
ギラリッ!
女帝の脇を固めるお偉いさんたちに睨まれ、慌てて言葉使いを正す。
「ふふ。いいですよ。あなたと私の仲では無いですか」
どんな仲なのかいまだに分からないんだけど?
それでもお偉いさんの死線は消えた。
「今回のラダニア攻略の功で昇進させたのです……。ご迷惑だったでしょうか?」
優しさが失われたその瞳は、俺にではなく並び立つお偉いさんたちに向けられていた。
「滅相もございません! ティファ陛下の決められたことに、我らが口をはさむなど!」
大仰に身振り手振りも含めて否定する宰相、魔族のエヴァ。
でも、その視線は俺たちを否定していた。
まっ、当然だろうけどね。
「……うふふ、まあ良いでしょう。それでテイルさん、ラダニア攻略と中将に昇格した記念に、なにか私からプレゼントをあげようと思うのですが……何が良いですか?」
「陛下! 昇進だけでも異例ですのに……」
「あら? なんですの?」
「いえ……なんでもございません」
こえぇぇぇぇぇ!
とても同年代と思えない眼力で、苦言する強面トロールの将軍の口を、一瞬でふさぎやがった。
「では、ティファ陛下、事務処理の秀でた文官を補充していただきたいのですが」
「それだけでいいのですか? なんでしたら、兵力を三倍にしてもいいのですよ?」
女帝の軽い言葉に沈黙から一転、ざわめき始める将軍たち。
「陛下、僭越ながら申し上げますが、それでは、こやつ……テイル少将の部隊が、十二将とほぼ同じ兵力になってしまいまずぞ!」
なにげに俺の階級を間違うエヴァ宰相。
絶対わざとだ。
「ああそうでした。……それではテイルを大将にまで昇進させて、十三将にでもしましょうか?」
釘を刺すどころか、大剣でも刺すような勢いの宰相の視線に――でも、彼女はそれを何食わぬ顔で受け流すばかりか、ニコリと笑いとんでもない事を口にする。
「うふふ冗談です。今のところは……。ではテイル。褒美はそれだけで良いのですか?」
この女の怖い所だ。
ただのお上品なお飾りや脳筋魔王なら、まだ言葉巧みに利用できるのだが、この女帝様は一筋縄ではいかない。
「はは! ありがたき幸せ!」
俺は作り笑いのまま、頭をたれる。
「それではテイル。、また今宵のラダニア攻略祝賀会でお会いしましょう」
彼女の言葉に、将軍たちは険しいだろう表情を隠すように、頭をたれた。




