十話
「ただい……ま?!」
ティファ陛下と謁見が終わり着替えのためにイリーナとも別れ、祝賀会の準備をしようと家に着いた時だった。
使用人一人いないので儀礼的な挨拶をしたつもりだった……。
その誰もいないはずの屋敷に、盛大に明かりが灯っている。
「……家、間違えたかな?」
完全に見覚えある屋敷を、ぼーと見つめていると、
ゴンッ!
「ふごぉ!」
不意に扉が開き、考え込む俺の顔面に勢い良く開いた扉の角が直撃する。
「……おお! 帰っておったのか、ぬし様よ!」
「おま、ごめ……だろ? って、何でここに!」
扉との激突で、混乱した思考がさらにごちゃ混ぜになる。
「……ふむ、引越しは明日と言うことじゃったが、少しでも早くぬし様に皆を紹介したくての、掃除も兼ねて早めに来たのじゃ」
完璧な不法侵入だが、取られて困る高価なものは無いし、何より一応部下であるシオンが嬉しそうなので良しとしよう。
そう自分に言い聞かせる。
それよりなにより気にかかることがあった。
「お前、鍵は?」
扉を破壊されたかと思い、確認すると……傷は……特にない。
もしやピッキングかと思い、鍵の周りを確認すると……無かった……。
扉にあるはずの鍵も、簡単な魔法で内側からかかるカンヌキも……何も無かった。
「……鍵が掛かっておったので、扉の隙間から斬った。しかしぬし様よ、こんな簡単な鍵だけじゃと無用心じゃぞ」
さも、当たり前のように言い放つシオン。
いやこれ、結構厳重なほうなんだけど……。
東国の剣技、恐るべし!
「こ、こんな破り方する奴お前以外いないと思うけど、とりあえず鍵は直しておくよ」
得意げな笑顔に、それ以上の言葉が見つからず顔ににじむ冷や汗を拭った。
「まあ、これからはわっちの家族がこの家を守るから大丈夫じゃ!」
そんな俺を見て、シオンは楽しげな顔を見せると「食事の準備が出来てるのじゃ」と慣れ親しんだ我が家のように奥えと消えていった。
取り残された俺は、
「ここ、俺の家だよな?」
誰言うでもなくポツリと呟いた。
「では、わっちらに雨風をしのげる家を、格安の家賃で貸し与えてくれたぬし様に!」
「「「「「かんぱ~い」」」」」
あちこちでカチャンとグラスやコップが合わさる音。
一人で食べるには広すぎた長いテーブルに、乗り切らない料理。
そして、周りを飛び跳ねながら食事をとる、獣人の子供たち。
その数、総勢十五。
でも、どいつもこいつも、楽しそうに食事を頬張っていて。
「ほら! アセブ! セレの分まで取らないの!」
「それ! 僕のだろ!」
「あたしのよ!」
なんて元気な声も所々で上がり、今までこの屋敷で黙々と取っていた食事が夢か幻のようだ。
「ってか、子供! 犬じゃなく、猫でも、馬でもアヒルでもなく魔物の子供?」
「どうしたのじゃぬし様。食事中は静かにするもんじゃぞ?」
音もなく俺の座ったテーブルに近付き、食事を並べるシオン。
「シオン、俺は魔物の子供だなんて聞いてないんだけど?」
「それはわっちが言う前に、かってに犬か猫と思ったぬし様が悪いのじゃ」
料理を並べ終えイタズラっぽく笑うシオンは、さも当たり前のように俺の向かいに座り食事を始めた。
「いや、まあ……そうだけど……」
確かにペットだと勝手に思い込んだ俺も悪いと思うが……お前は何も悪くないのか?
そして、確認したい事がもう一つ。
「なあ? 子のこらって、お前の……」
「戦災孤児じゃ。まあ、この子らはわっちの大切な家族じゃが……」
子供らを見る目が、ふっと優しくなる。
「それと、妖狐族は身持ちが堅いのじゃ。わっちはまだ乙女じゃぞ!」
その微笑をむけそんな事言うもんだから、思わず口の中の物をそのまま飲み込み、盛大にむせてしまった。
「ふふ、お替りならたんとあるのじゃ、ゆっくり食べてくれりゃ」
水の入ったコップを差し出すシオン。
俺はそれを受け取りながらも、視線だけで説明を求める。
「ぬし様の言いたい事は分かっておる。ここには立派な孤児院があると言いたいのじゃろ?」
そうだ。
この魔都には戦争で家族を亡くした魔物の子供のために、成人するまでは全てタダという魔王が作った孤児院があるのだ。
「じゃが、その孤児院での差別を、ぬし様は知っておるかの?」
もちろん俺も元は孤児のはしくれだ。
知ってない訳がない。
なら、こいつらはいじめられてたのか?
そう思う俺に、彼女は斜め下の回答を口にする。
「この子らは、その孤児院のゴミ箱で拾ったのじゃ」
「え? はぁ? ゴミ箱?」
一瞬、ゴミ箱のような孤児院かと思ったのだが、あそこは俺が住んでいた孤児院より綺麗だったはず。
「いまだ東国の魔物は、ここらじゃ差別の対象じゃからの」
俺の心を読んだように、シオンは皮肉げに口角を吊り上げた。
確かその昔、東国から来た九本の尾を持つ狐の魔物が、ここらで暴れまわりかなりの被害が出たと聞いたことがある。
そのため魔都でも東国の魔物、特に獣人族の風当たりは強い。
「そうか……」
それに関して俺に出来る事は何もない。
たとえ俺が魔王にチクッたとしても、大した牽制にはならないだろう。
「なぁに、わっちが魔王軍で活躍しておれば、徐々にでも東国の魔物の見方も変わるじゃろうて」
別に俺は落ち込んでなどいないのだが、なんか元気付けられるように声を掛けられた。
反論しようと顔を上げれば、にこりと微笑むシオ。
珍しく素直な笑顔に、俺の胸が跳ねたのは内緒だ。
「はあ……。それにしても…………」
肩の力を抜いて改めて回りを見渡す。
孤児は心を閉ざしやすい。
それに加えて、保護されたはずの施設で用無しと、ゴミ箱に捨てられるショックは想像を絶する。
なのにシオンの連れてきた子供たちは、嘘偽りなく元気だ。
彼女の献身的で深い愛情を匂わせる。
「ぬし様、やっぱり……不味いかの?」
そんな俺の表情が不機嫌そうに見えたのか?
シオンが形の良い眉を寄せ、居心地悪そうに座り直した。
「いや、ちょっと驚いてるだけだ。それにしても……食事ってこんなに賑やかに取れるもんなんだな?」
俺のいた孤児院じゃ、食事中に話すと食事抜きだったのだが。
「どうしてじゃ? ぬし様はいつも女をはべらかしているのじゃろ?」
キョトンと首をかしげ、無表情のままとんでもないことをさらりと言う。
「誰もそんな事言ってないし、やってもいませんけど! 誰がそんな事言ってるのかな?」
「むろん、わっちじゃ!」
ほんとにこの女は…………。
「いや、二割がた冗談じゃが、なんだか意外な気がしてのぉ……」
「残りの八割はなんだ!」
何が意外なのか分からないが、彼女の表情は本当に意外そうだ。
「そんなに意外か? この前も言ったように俺の両親は朝から晩まで無理して働いて、二人ともおっ死んじまった。孤児院は食事中の私語は厳禁。それでどう賑やかに食事をしろってんだ?」
別に怒ってもいなかったが、気分の良い思い出ではないため、つい口調が強くなってしまった。
「そうで……ありんすか……ただ、ぬし様は……人気がありそうだと思って……」
珍しく言葉を濁すシオン。
別に俺は自分のこと不幸だなんて思っていない。
だって、両親は俺を生かすために働きすぎて死んだのだ。
それだけ愛されていたと言うことだろう?
それを他人の定規で不幸がられるのは無性に腹が立つ。
シオンにもそういう態度を取られるのかと思うと、正直……。
「そうじゃの! それなら多少賑やかでもいいじゃろう!」
「どゆこと?」
意味が分からずに聞き返すと、彼女は無表情の上に微笑を浮かべて。
「イリーナの部隊もぬし様の家族ならこの子たちもぬし様の家族。これだけの家族に囲まれて、これから静かな時間なんてほとんど無いはずじゃ! それなら今の内に慣れてしまうのじゃ!」
「どんな理屈だよ!」
とりあえずツッコんだが、なぜか俺の口元は緩んでいた。
そして、自分の思考は後ろ向きだと思わされた。
「シオンは強いな……」
思わず口から漏れた俺の言葉に、
「わっちは、強くないのじゃ……」
珍しく彼女が気弱な顔をして視線を落とす。
「強いのはこの子たちじゃ。親兄弟を戦争で亡くし孤児院でも迫害を受け、誰にも助けられなくても支えあって生きていたのじゃ。わっちはこの子たちがいるから頑張れる。そうでなければわっちなんか…………」
彼女がなぜ孤児を引き取っているのか、詳しくは知らない。
自分の人生を少なからず犠牲にしていると思っていた。
なのにその彼女は優しそうに、幸せそうに、子たちを見て微笑む。
思わず俺がドキリとしてしまうほどに。
「シオン……」
「ぬし様…………」
どちらからともなく視線が合った。
「ねえ、シオンねーちゃん、この人と結婚するのかな?」
「ちげーよ! これからチューすんだよ!」
「え~! でもチューすると子供できるんでしょ? じゃあ結婚じゃん!」
…………いつの間にか、お祭り騒ぎの食卓は鎮まり返っており、俺とシオンの座るテーブルには子供たちが集まっていた。
「いえ、何もしないでありんす……」
「ええ~! でも、シオンねーちゃん、いつか優しい人と結婚して、大きなお家でみんな一緒に暮らすのが夢だって言ってたじゃん! このおにーちゃん結構優しそうだし、偉くてお金持ってるんでしょ? 私は良いと思うんだけどな?」
子供たちの中でも、年長者っぽいワーウルフの女の子がシオンに詰め寄る。
どう見ても冷やかし半分の楽しげな表情で……。
「な⁉ なにを言っているのでありんす? わ、わっちは……別に……そんな……」
それを真に受けて、珍しく頬を紅葉させるシオン。
かくいう俺はすでに赤面状態で、何も言えず黙々と食事を続けている。
「ねえ! おにーちゃんもいいでしょ? シオンねーちゃん美人だし、強いし、料理も掃除も洗濯も出来て、お嫁さんにぴっ……ぴぎぃ!」
今度は俺にその顔を近付けていた女の子は……どうやら引き際を間違えたようだ。
俺の目前で、極限まで顔を赤く染めたシオンが、女の子の顔面を片手でつかみ、持ち上げたいた。
「……サラ……わっちはいつも言っとるじゃろ。食事は座って、静かに食べなさいと!」
あれだけ騒いでいた食事で初めて聞く台詞だが、今ツッコムのはもちろん自殺行為。
「きゃ~! シオンねーちゃんが怒った~!」
サラという女の子を生贄に、蜘蛛の子を散らすように走り回る子供たち。
「ごほんっ。まったく、どこでそんな事を覚えてくるのじゃ……」
しばらくサラに説教した後、取り繕うように咳払いをして食事を再開するシオン。
でもまだ顔は赤い。
そんな、なんだかこそばゆい雰囲気の中、俺は子供たちと一緒にシオンの料理を腹一杯食べた…………。
この後の祝賀会の事も忘れて……。




