十一話
「うえ~、腹一杯で何も食えないし、もう帰って寝てーな……」
子供で満杯な家とは比べ物にならない、比べちゃいけないほどの大きなパーティー会場の片隅で、俺はオレンジジュース片手に、時が過ぎるのを待つ。
夕食を食べすぎて、タキシード(唯一の一張羅)のベルトが結構きつい。
満腹な腹をさすりながら周りを見渡せば、無駄に豪華すぎる会場。
エターナにいた頃も、何度かこういうところには来た事があるが、俺の感想は同じ。『金もったいね~!』だ。
それに戦勝祝賀会と言っておきながら、直接戦闘に参加した者で呼ばれているのは俺とイリーナぐらい。他は戦場では見たことの無いお偉い魔物の方々。
ここでも人間文化は充満していて、厚化粧のオーガ婦人やら特注すぎるドレスを身に纏ったサイクロプス令嬢などがはばをきかせていた。
「あ! テイルさん! 遅いですよ!」
ふと聞き慣れた声に顔を向けると、
「ふぇ? ……ええぇぇぇ!」
不覚にも変な声が出てしまった。
いつもの鎧姿とは似ても似つかない。
別人のようなイリーナの姿だった。
胸元がパックリあいた純白のロングドレスには、胸元やらスカート部分に上品に波打つフリルが付いており、アップにした薄い金髪と胸元の銀のネックレスが、さらに彼女の上品さを高めていた。
「どこぞの貴族のお嬢様かと思ったぞ!」
俺のリアクションに満足したのか、
「いや、貴族なんですけどね?」
なんて言って上品そうに笑う彼女。
「テイルさんも言ってたじゃないですか、たまには女らしくしろって……きゃ」
穏やかに笑う彼女が、履き慣れないハイヒールにバランスを崩しそうになったイリーナの、肩を抱いて支えてやる。
至近距離で重なる視線に、
「うわぁ!」「きゃ!」
お互い弾かれたように距離を取る。
「し、知らなかった。こういう場所じゃ、お前もお嬢様の恰好するんだな」
恥ずかし紛れの言葉。
でも、正直感心する俺に、イリーナは少し間を置いて首を横に振る。
「あ、ありがとうございます。でも、いつもはしませんよ! いつもは私、儀礼用の鎧着てますし」
想像してしまう。
華やかな会場で……ガシャガシャと音を立てて進むイリーナの鎧姿。
「なんでこんな場所出まで、フル装備!」
さっき言った事と矛盾しているが、冗談で言った事を肯定されると正直焦る。
「なに言ってるんですかテイルさん? それとも、このドレス似合ってませんか?」
戸惑う彼女に、
「いや、とっても似合ってるよ!」
正直な感想を告げると、
「……へ?」
即答の俺に不意を突かれたのか、彼女は一瞬アホな子みたいに口をポッカリ空け、その次の瞬間には視線を逸らす。
そして、モジモジと肘まであるシルクの手袋をはめた腕を持ち上げると、
ドスンッ!
俺の頬をかすめ、彼女の拳が壁にめり込む。
ほう。これが噂に聞く壁ドンってやつか⁉
でもおかしい。
壁ドンってもっと楽しいものだと思っていた。
しかもやるのは男のほうだったような……。
拳を引き抜くイリーナと、パラパラと剥がれる壁を見ながら思う。
「そ、そうですか? いえ、別にテイルさんのために着たわけではないですし……そう!たまたま。たまたまお母様がどうしても、今日はこれを着ていけってうるさかったから、それでです! それ以外の理由は全く、全然ありません!」
そんな俺の視線を無視して、ふにゃりと顔を歪めるイリーナ。
照れ隠しなのか、バシバシと叩かれる俺の肩が今にも砕けそうだ。
「それにしても、お前がアクセサリー付けるのなんて初めて見た」
俺が彼女の胸元に光る、クローバーの形をした銀色のネックレスを指でさす。
胸元ばかりを見ていたのかと怒られるかと思ったが、彼女の反応は微妙だった。
「……これは父が私の十歳の誕生日に買ってくれたものなんです!」
彼女は嬉しそうに頬を染めて笑う。
「へぇ、なんか、かわいいな」
とりあえず褒めておこうと声を出すが、
「でしょでしょ! これお気に入りなんです! 特別な日にしか付けないんですよ!」
下から覗き込むように笑顔で俺を見るイリーナ。
これだけ見れば正直、とてもかわいいと思える。
「ん? 今日は特別な日なのか?」
戦争には勝ったし、確かに特別な日には違いないと思うのだが、彼女の言う特別な日とはなんか違う気がした。
「さて、なんででしょうね?」
俺をあざ笑う――と言うよりどこか楽しそうに微笑を浮かべるイリーナ。
なるほど、そう言う訳か。
その顔に、俺の直感が答えをはじき出した。
「この会場に気になる奴がいるんだな?」
俺だって女の子の機微がまったく分からない朴念仁では無い。
「ほへ! ななななな、なにを言ってるんですか!」
そしてそれは、彼女のうろたえ方によって確証に変わる。
「どんな奴だお前に惚れられる奇特、いや、危篤な奴は! 任せろ! 俺の話術でどんな奴でも…………ふぐっ!」
腹部に激痛。
「ばか! サンドイッチの角に頭ぶつけて死ね! バカ!」
軽い冗談のつもりだったのだが、なぜだか彼女に殴られた……。
どうやら女心とは、俺ごときではまったく計り知れない物のようだ。
「いや~それにしても、テイル少将、いや、中将でしたな。貴殿は良いコネをお持ちだ!」
怒って立ち去ってしまったイリーナと入れ替わるように、ベーゼ将軍とその副官カロスに捕まってしまった。
ベーゼ将軍。魔王軍十二将で上級貴族のオーク。
俺の直属の上司なのだが、戦略戦術は素人同然の無能力者。
せめて武勇伝でもあればと思うのだが、これまた腕力は人間並み。
そんな奴がなぜ将軍なんかやっているのかと言うと……もちろん親の七光りである。
帝国も、こんな所まで人間の真似をしなくてもいいのに。
とにかくそんな奴だから、他の将より少し、いや、かなり傲慢で陰険。
嫉妬や妬みと数多くの特性を持つオーク。
奴さえ協力してくれてたら、ラダニアはもっと早く、余裕で攻略できただろう。
だが、上官は上官。
「いえいえ、将軍のお手を煩わせるほどの相手では無かったので、つい出すぎた事を」
正直、めんどくせー事この上ないが、それでもここで成り上がる為には、上の者に媚を売っておいて損は無い。
「そ、そうか? まあ、そうだろうな! がはっはっはっ!」
上機嫌に脂ぎっしゅな腕で、なんか上品そうな料理を口に運ぶ将軍。
「しかし、臨時とは言え部隊の指揮官に、東国の野蛮な魔物を置くなど、テイル殿も大胆なことをしますな」
ベーゼとは対称に「本当にこいつイリーナと同族なのか? 実はこいつ、枯れ木の魔物なんじゃね?」と思わせるほどやせ細った体にねちっこそうな細い目。
やっぱり眉目秀麗と言われる、ダークエルフとは思えないカロス。
「いえいえ、彼女は……」
「まったく、金さえ積めば誰にでも尻尾を振る野良狐を飼おうなどと、本当にテイル殿は奇特な方ですな」
俺の言葉を遮ってまで、カロスがさも楽しそうに嫌味を言い出す。
「戦うしか能の無い女狐の分際で……忌々しい!」
彼女に恨みでもあるのか? 彼女の何も知らないくせに貴族のボンボンが偉そうに。
「カロスよ、それぐらいでなくては、あのじゃじゃ馬の率いる部隊になどいられんよ!」
「…………」
今にもブヒブヒ鳴きそうな、豚がまた皿から同属の肉を手に取り貪り食う。
こいつもイリーナに何か含む所があるのか?
「それに、東国の女狐は、何の役にも立たないガキを集めて……なにをしたいんだか」
カロスも目を吊り上げてなんだか嬉しそう、と言うか吐き気がする顔で笑う。
「……………………」
「ふん。身分の低い孤児なんぞ役に立たぬ物なのだから、戦場で弾避けにでも……」
はい! もう俺は我慢の限界です!
そこから俺の記憶は少しの間途切れる。
……数分後。
「ひはま! ららへはふまはんほ!」
「………………」
地面に転がっている豚が、何か言ってる。
枯れ木は気絶しているのか無言だ……。
気がついたらそうなってた。
「あらら、やっちまった……」
ざわめく紳士淑女の後ろから、衛兵が履く軍靴の音が聞こえた。




