七十話
少し遅れました。
「今日は日曜日、今日は日曜日、今日は……」
死神の鎧を脱ぎ捨て、予備の剣も外し、いつもの格好に戻りながら、口の中で呪文のように繰り返す。
別に彼女はおかしくなったわけじゃない…………多分。
「今日は! 日・曜・日!」
彼女の騎士になるときに、一度だけ見せてもらった秘密の力。
それは本来、日曜日にしか使えない特別な力を、自分を自分で騙すことによって、他の日にも使えるようにすることだった。
まあ、自分が騙されるのは一時間ほどだし、その後一ヶ月は力が使えなくなるので、デメリットばかりだと彼女は笑っていたが、この状況では絶対無敵の切り札になる。
「はぁぁぁぁぁあああ!」
ドン!
横殴りに振った剣圧が、数人の近衛兵を巻き込んで吹き飛ばすと、さすがのライアンも足を止めた。
「守備兵! 例のものを……」
「ちなみにこの状態の彼女に、あの虫を見せると彼女を中心に、半径二メートルの範囲が消滅するぞ」
嘘でも大げさでもないことが、奴には伝わったらしい。
珍しく微笑を引きつらせ、片手で何か指示をした。
「それでは仕方ありません。シェリー姫。私と勝負してください」
彼女の力を目の当たりにしても、そんな事を言い出すライアン。
死にたいと言うより、国を担う王子のけじめなのか?
「いや、あいつ私に殴られて、喜んでたから、もしかして……」
とんでもない情報が舞いこんできた!
なら、もちろん彼女を守る騎士として、彼女の婚約者として、やる事は一つ。
そして、けじめをつけると言う意味もある。
俺は奴に向かって、こう宣言した。
「ライアン! 俺と勝負しろ!」
「まったく、私がやったら、絶対勝つのに……」
囚人服を脱いで、着替えをしている俺に、シェリーがなんだか嬉しそうに文句を言う。
俺とライアンの決闘のため、戦争は一時休戦、俺はその準備をしていた。
彼女の他に、俺の家族。シオン、イリーナ、リュカと、リサが集まっていて、俺に何とも言えない視線を送っている。
俺はリュカが持ってきてくれた私服の上から、シェリーの着ていた鎧を身に着ける。
死神の鎧には、彼女の香りと体温がほんのり残っているような気がして、なんだか急に恥ずかしくなった。
「いくら、彼女が身につけていたからって、匂いとか嗅いじゃ駄目ですよ」
イリーナがいきなりそんなこと言い出す。
「……今すぐ脱いで!」
シェリーが顔を真っ赤にしたかと思うと、俺から鎧を剥ぎ取ろうとした。
「待て待て! 今から、奴と決闘をだな……」
「汗の匂い洗い流すだけだから! 一〇分だけ待って!」
「シェリー様。大丈夫です。彼は昔から、あなたの汗の染み込んだ衣服やタオルを、大事そうにしてましたから」
「リア! てめー! 言うに事欠いて、なんて嘘言ってくれんだ!」
絶対、シェリーに殴られると思ったが……。
「テイルってば……そう言う性癖があるなら……言ってくれれば……」
「これから命を賭けて戦うってのに、なんで俺が変な性癖持ちにされなきゃならないんだ?」
底だけは否定したかったのだが、
「そろそろ、始めたいのですが」
俺たち家族の会話に、ライアンは引きつった笑顔で催促する。
「……その顔……別に羨ましくて、言っている訳じゃない! 私だって、この勝負に勝てばシェリー姫と……」
金色の鎧に、綺麗な刺繍に彩られた真っ赤なマント、飾り気は多いが実用的な剣を腰に帯び、何だか、明後日の方向に視線を向けるライアン。
だが、夢見ているとこ申し訳ないが。
「は? 俺は彼女を掛ける気なんて無いぞ」
俺は体力強化のドリンクを、がぶ飲みながらハッキリ言ってやる。
「彼女は俺の婚約者で大切な女だ! それを、こんな事に賭ける気は無い」
「テイル……」
彼女以外、なぜか周りはがっかりしたような空気だが。
でも、こればかりは譲れない。
「ほう。もし、私の国を掛けると言っても、その言葉が返って来るのかな?」
俺を試すような口ぶりだが、答えは決まっている。
「そんなもの(国を)奪っちまえば良いだけだろ? お前の国ごときが彼女と同等だと思ってんのか?」
三本目のドリンクを飲み干し、げっぷと共に呆れた顔で首を横に振る。
まったく。
俺が彼女に会うためにどれだけ苦労をしてきたか、分かってんのかこいつ。
「では、あなたはこの勝負に何を賭けると言うのです?」
「俺の命だ」
奴の微笑から、視線を外さずに言ってやった。
「俺のこの命くれてやる。俺の死んだあとなら、彼女を口説くのは自由だが、俺が……一番大切な彼女を、賭けの対象にするのはありえない」
「バカじゃないの! せっかく助けに来たのに、私たちの努力を無駄にするき!」
ご立腹のシェリー。
でも、俺にはこれぐらいしか賭けるものが無い。
「はぁぁぁぁぁぁ。でも、素敵ですね」
「あ~あ。私も言われてみたかったですね。そんな台詞」
「まあ、わっちらにも、希望は……ないのか?」
非難の嵐かと思ったが、姉妹たちにはなかなか好評?
「ふっ。寝てみる夢ならいい夢だろうけど、現実では、そううまくいかないだろうね」
ライアンが剣を抜き、真正面に構えた。
俺もそれに倣って、飛竜の剣を構える。
「では、私も己の命を掛けよう!」
「国はどうしたんだよ!」
「君と同じだ。君一人の命と、ケットルシー。同等かな?」
「ふん。違いない」
「私は、私の命を賭けて!」
「俺は、俺の命を賭けて!」
お互い、剣を軽く合わせ、一気に後方に飛ぶ。
そして、
「うおぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁぁ!」
地を蹴り、お互いの剣を全力で振り下ろす。
ギイィィン!
シェリーほどではないが、鋭く重い一撃をなんとか受け止めた。
「剣技はからっきしと聞いたのですが、この一撃を止めるなんてたいしたものです」
「俺のまわりは、反則的に強い奴ばかりでね、頑張っても雑魚扱いさ! ってか、その上から目線が気に入らねーな!」
言って、俺は懐から爆炎の護符を取り出し、奴に……投げられなかった。
「あなたの戦い方は、見てましたから」
ライアンの蹴りの勢いで、持っていた護符全てが宙を舞う。
俺は距離を取るため、逃げるように飛びずさる。
多少もたついたが、なんとか剣を構えた。
「まったく、彼女との勝負なら、あなたがたに勝目があったでしょうに、何ゆえ名乗りでたのです? 意地ですか? プライドですか? それとも……」
「はっ! もちろん勝てると思ってだ!」
腰に差していた投げナイフを、奴に向かって投げる。
ライアンは一歩引くだけでそれを軽くさばく。
よし、後一歩。
「もしかして、こんな奇策が二度も私に通じると思ったのですか?」
奴が足元の地面に、剣を差し込むと土に隠された布が破け、怪しい液体入りの落とし穴が姿を現す。
ちぃ、ばれてたか。
「さすが、ケットルシーの王子さま……。じゃ、こういう戦いはどうだ!」
俺は剣を斜め下に構えて奴に走りこみ、奴の間合いに入る寸前に、剣先で地面をえぐると、それを奴に向かって振り上げる。
「!!」
振り上げた剣より先に、舞い上がった砂がライアンを襲うが、奴は豪華なマントでそれを防ぐ。
「うりゃ!」
そこに俺の剣が振り下ろされた。
「ちっ、浅かったか」
俺の渾身の一撃は、赤マントを切り裂くだけで終わったかに見えたが、その破れたマントの端を踏みつけ、動きの止まった奴の胸めがけて剣を突き刺す!
が、奴は一瞬でマントを脱ぎ捨て、体を反ってそれをかわす。
「まったく、君は油断なら無いな」
二、三歩下がって、体勢を立て直す。
「テイルって、昔から『俺のは喧嘩剣術だ!』なんて言って、卑怯なことするばっかり一生懸命だったのよね」
「それは俺のスタイルに合ってるからだ!」
「ああ。分かります! テイルさま、いつも真っ向勝負避けて、姑息な手段で勝つの好きですよね」
「敵味方の死傷者が少なくなるんだから、いいじゃねーか!」
「しかも、戦場で相手の心は読めるくせに、女心はまったく理解してないでありんす!」
「まったくですね、家族として、そういうところを直していかなければ、いけないと思います」
「なんか脱線してませんか?」
真剣勝負の最中なのに、俺は彼女らに向かって叫んでいた。
「ってか、今、命を賭けて戦ってる最中の俺の批評やめてくれ! 気が散りすぎる!」
なんて言ってる隙にライアンが間合いに入ってきて、剣を振りかぶりながら足元の小石を俺に向かって蹴り飛ばす。
「わぁ!」
思わず小石を避けてしまい、バランスを崩した脇腹に奴の剣が叩きつけられた。
「ぐはぁ!」
鎧のおかげで何とか致命傷は避けたが、衝撃だけでアバラが何本か折れた。
「こなくそ!」
地面を転がりながらも、鎧の隙間に挟んでいた百発百中ダガーを投げつける。
ダガーは、奴からかなり離れた場所に突き刺さる。
「どこを狙っているのだと、油断を誘ったのかい?」
地面に刺さったダガーを引き抜き、それに巻きつけていた鋼の糸を剣で切断する。
「何を企んでいるのか分からないけど、私は君を過小評価もしない」
珍しく高評価なのだが、今回だけは過小評価して欲しかった。
「だが、まだまだ策はあるんだよ!」
俺は、再びダガーを投げつけるが、あっさり弾かれる。
「そろそろ、私からも行く……!」
その前に俺は地を蹴り、奴へもうダッシュしていた。
「往生際の悪い!」
「それが俺の取り柄だ!」
迎撃するライアンの一撃をかろうじて剣で受けるが、威力を相殺することが出来ず、地面に転がりまわった。
「さすがの帝国の天才軍師様も、ネタ切れかい?」
地面に這いつくばる俺に、勝利を確信した笑顔。
俺はそれを待っていた。
「まだ、策はあるって言わなかったか?」
奴の余裕の笑みに笑い返してやると、俺は地面を這いずり切れた鋼の糸を手繰り寄せる。
「これで、俺の勝ちだ!」
叫びながら力一杯鋼の糸を引っ張った!
「!! ……ああ。そういうことか」
さすがケットルシーの天才児。
瞬時に俺の意図を読んだが、もう遅い。
奴の足に絡んだ鋼の糸、それには俺が落とした爆炎の護符がつながっていた。
ライアンの足には、大量の爆炎の護符が糸によって巻きつけられていた。
「お前の事は好きじゃないが、嫌いじゃない。降参しろ」
まだ一切の気を抜かず、俺は最後通告をした。
ライアンは手に持つ剣を地面に付き刺し……目閉じ両手を上げ、
「君の勝ちだ。これより私は魔王軍の傘下に入る」
うおぉぉぉぉぉぉぉ!
その言葉が響くと、この場にいた帝国兵が勝利の雄たけびを上げた。




