六十一話
「姫様いけません! ここは罪人が入る牢獄ですぞ!」
慌て顔の牢番が私の行く手を阻む。
「はぁ? 私はこの国の王女よ! 好きな時に好きな場所に行くわ……それを邪魔するのなら……エグるわよ!」
特別殺気を出したわけではない、なのに牢番は腰を抜かし、震えてる手で何とか門を開けた。
本当に殺気は出していないのだが、今、自分の顔を鏡で確認する気分にはとてもなれない。
「テイル!」
決して衛生的ではない石畳の地下牢を、早足で進み目的の牢の前に立つ。
「よ! 早かったな? 牢番のおっさん……まさか! 殺ってないよね? 結構話すといい人なんだぞ! 来月、初孫が生まれるからって、お祝いだつって俺の食事にまで一品オカズ増やしてくれる人なんだぞ……ほんとに殺ってないよね?」
さぞかし恨みつらみを言われると思って、覚悟していた私に拍子抜けするほどいつも通りのテイル。
「テイル……」
彼の言葉に幾ばくかの安堵を覚えながらも、清潔感の欠片も無い囚人服を身に着けた姿を見て、ぶつける相手の無い怒りを抑ていることが出来なかった。
「なんで! あんたは私の婚約者としてこの国に戻ったはずなのに、なんで、敵国大将の捕虜扱いでもなく、この極悪人が入る地下牢にあんたがいるの!」
彼に怒っているのではないが、この私の望んでいない状況に自然と声が大きくなる。
『確かに最初は捕虜として扱われるかもしれないけど、敵軍の大将クラスの捕虜の住まいは決して悪いものではないし、そこからもすぐに出られる!』
そう言って彼をここまで連れて来たのに……彼の処刑は明後日に迫っていた。
思えば、テイルの家族と話がしたいなんて思って、帰国を遅らせたのが失敗だった。
彼女らと話せたのは正直楽しかった。
でも彼女らのテイルを見る視線がアレなので、油断は出来ないとも思ったが……。
今にして思えばそれが油断だった。
もちろん、彼女らに対してでは無い。
私の国に対してだ。
私のいない間に、宰相と数名の大臣らが同盟国の王子と連携を取り、新たに四国共通の法律を作った。(ライアンは体調不良のため欠席したらしいが)
一つ、魔王軍は同盟四国の共通の敵であり、魔物はまやかしを使うため、むやみに近寄り言葉を交わさないこと。
一つ、帝国の捕虜は魔物であるため、身分の上下に関わらず同じ境遇にすること。
一つ、帝国は同盟国と交わる事の無い魔物のため、捕獲後、速やかに極刑にすること。
全て、今の私とテイルに当てはまる法律だった。
「ごめんなさい。私の力が足りないばかりに……」
せっかく、二年越しの誤解が解けたのに。
これからすれ違った日々を埋めようと思ったのに。
これからやっと……。
「あまり気に病むなよシェリー。こんな事、俺の想定内だって!」
彼の優しい言葉が胸に染みる。
「なんか……いい策があるの?」
一途の望みを込めて彼を見ると……。
「えっと……とりあえず、何とかなるって!」
エターナと帝国の間で、天才戦略家の名を響かせた男とはとても思えない台詞だった。
いや、こいつはいつもこんな調子だ。
こんな状態でも、いつも、何とかしてきたのはこいつだ。
だが、できれば私を安心させる一言でもほしいものなのだが。
「……いや、ごめん、ほんと、お前とまた一緒にいられると思ったら……俺としたことが、なんかうまく頭回らなくて……」
こんな状況じゃなければ、最高の口説き文句だったろうその言葉だが、今はその言葉ではない。
でも、その言葉はそっくり私に帰って来る。
私が、あんな軽率な事を言わなければ……。
もちろん私だって、この状況を甘んじて受けた訳では無い。
この法を無効にしようと努力をしてみたのだが、この国の貴族と同盟三国の間ではテイルの名は、すでに悪い方に有名になりすぎていた。
私と彼の婚約を、当初から反対していた貴族の連中はこぞって彼を批判し、見て見ぬふりだった連中までもそれに乗っかってくる始末。
四国間の取り決めが決まった以上、私一人が騒いだところで、何一つ願いはかなわなかった。
「こんな……テイルと一緒になれない。こんな国なんて、滅んでしまえばいいんだ!」
たった一つ、必死でつかもうとした小さな幸せも手に入れられない国と自分に憤り、私と彼の距離を妨げる鉄格子に八つ当たる。
グギャ!
…………思ったより曲がった!
このままここから逃がそうかとも思ったが、牢を出た広場には五〇〇名の騎士がいる。
きっと宰相の差し金だろう。
他の三国の騎士まで混ざっている。
ここで私が暴走すれば、この国は三国から攻められることになってしまう。
私のわがままで、民を危険にさらす事は出来ない。
いや、もうしちゃおうかな?
明日の朝には、四国連合の王子どもが、悪名高き帝国大将の、公開処刑を見届けようと、数千の兵士と共にこの城にやって来るはず。
警備もさらに厳重になるだろう。
やるなら今しかない!
そんな苦渋の選択を迫られている私に、テイルはなぜか首をかしげた。
「お前、分かっててやってるんだよな?」
はあ? 意味が分からない!
「テイル……今日はやけに優しいと思ったら、とうとう頭が……」
この状況で、頭がどうにかなってしまったらしい。
「ったくお前は、頭が良いんだが悪いんだか……」
なんかバカにされたような気がする。
テイルむかつく!
が、
「は~。でも良かった、お前に新しい婚約者がいなくて」
「はぁ?」
突然、彼が何を言ったのか分からずに聞き返すと、彼は二年前と変わらない瞳で私に笑いかけていた。




