五十五話
「敵、突形陣を取り始めました」
リュカが叫ぶ。
「イリーナ! 予定通り重歩兵を全面に出せ! シオンはその隙間からエアー弾の部隊を三つに分け、時間差で攻撃させろ! 魔法部隊はその場で待機!」
俺はシェリーがエターナ兵と後退するのを確認してから、矢継ぎ早に指示を出した。
リュカに調べさせたところによると、ケットルシーの得意技は鉄騎兵を四隊に分け、絶え間なく連続で突撃する波状攻撃。
それに対して俺の部隊は大盾を持った重歩兵を横長に並べ、防御重視の陣形を整えていた。
「全軍。突撃!」
ライアンの清々しく響く声に反応して、鉄騎兵が雄たけびを上げて突進してきた。
地面を抉るように砕き、砂煙を巻き上げ突進してくる鉄の塊。
一糸乱れぬその勇姿は見る者に感動を、敵には恐怖を与えるだろう。
「びびんなよ! 敵を十分に引きつけろ!」
俺は出来るだけ気合の入った声で叫ぶが、それでも前面の大盾を構えたオーガやミノタウロスの重歩兵は敵の突進に早くも及び腰。
「なにを弱気になってるんです! あんな軟弱な騎兵ごとき、私の……いえ、みんなの敵ではありません!」
すかさずイリーナが重歩兵たちに気合を入れなおし、矢面に立つ。
「待てイリーナ! お前が怪我でもしたら……」
俺の言うこと聞いてくれる兵士がいなくなる! っと続く言葉を、なけなしのプライドが止めた。
「え⁉ だ、大丈夫ですよ! そんなに……私の事が心配ですか……」
俺の言葉に彼女は一瞬戸惑い、モジモジと頬を染めながらなんだか嬉しそう。
「ぐぬ! ならわっちも!」
「シオン? 何を張り合っているのかわからないが、お前まで前に出たらこっちの部隊の指揮は誰が取るんだよ!」
無責任な発言に俺が非難の声を上げてる間に、ケットルシーの鉄騎兵が目前まで来ていた。
「うぬぬぬ! わっちも心配され……」
シオンの声がかき消されるほどの轟音。
鉄と鉄、人と魔物、魔物と馬とがぶつかり合う。
だが攻防は一瞬だけだった。
敵の鉄騎馬は一撃だけこちらに攻撃を与えると、川の流れのように引いていく。
後に残るのは綺麗に耕された大地と……。
数名の敵味方の兵士に混じって、イリーナの純白の鎧が横たわっていた。
「イリーナ!」
「ダメですテイル様! 次の攻撃来ます!」
俺が駆け寄る前に敵の第二波が迫る。
「エアー弾発射! その隙にイリーナと負傷兵を後退させろ!」
小気味良い音を立てエアー弾が発射され、鉄騎兵が数人落馬するが、勢いはまったく衰えない。
逆に、
「敵の片翼が崩れた。畳み掛けろ!」
どうやらこちらの動揺を悟られたようだ。
風の魔法で拡張されたランバーグの声が響くと、鉄騎兵の勢いはさらに増す。
「負傷した者は自力で避難するのじゃ! 残りの者は正面からの攻撃だけに集中!」
イリーナの代わりに先頭に立つシオンも、声を限りに叫ぶがその姿が再び鉄騎兵の波にかき消された。
「シオン! シオン!」
騎馬の第二波が去った後に、シオンの姿を見つけた。
若干ダメージがあるようだが、とりあえず無事みたいだ。
「シオン! 大丈夫か? あと二回、突撃に耐えれば……」
一息つけないみたいだ。
敵に視線を向ければ、はじめに突撃してきた部隊がすでに後方の部隊の後ろに着いている。
再び負傷した兵を後方に運ぶため、魔法の弾幕を張るが効果は薄い。
さすがとしか言いようがない。
「遊びは終わりだ! 第一、第二分隊は合流、第四、第五部隊も突撃後に合流。一気にけりをつけるぞ!」
さらに敵の第三波を防いだところで、ライアンの声が聞こえた。
多分、こちらの戦意を喪失させることも計算に入れてのことだろう。
「リュカ! 進行状況は?」
後ろに彼女の気配を感じ、主戦場から目を放さずに問う。
「八割がた完成してます。イリーナさんも予定通りです」
簡潔な回答に俺は顔をしかめる。
「完成までに、あの倍増しした騎馬の突撃を一回受けなくちゃだな」
第四波を受けきった時点で、こちらの部隊の疲労はかなりのものだ。
「シオン。お前も含めて負傷した者、疲労の溜まった者は後退させろ! もう後一撃、持ちこたえてくれ!」
シオンはなんとか片手を上げて応えてくれるが、その仕草でさえ疲労の色が濃く見えていた。
それでも彼女自身は後退することなく、そこに立ち続けている。
ありがたくもあり、心配でもあった。
「リュカ。作業を急がせろ! 間に合わなくても次の突撃が終わったら、作戦を実行する」
言ってる先から倍に増えた鉄騎兵が、こちらの重歩兵と激突。
地面が砕ける地響き、鉄と鉄がぶつかり合う悲鳴、人と魔物の怒号がこの場を埋め尽くす。
「まだだ! まだ、もう少し持ちこたえるのじゃ!」
歯を食いしばり、その場に留まり続けるシオンだったが。
先ほどの一撃離脱の攻撃ではない。
城壁を突き破る鉄槌のような突撃に、ついに防御陣が破られた。
「進め! 目指すは魔王軍大将の首!」
その勢いのまま、一直線に本陣を目指す鉄騎兵。
「テイル様! 準備できました!」
そのとき、リュカの声が俺の勝利を確信させた。
「よし! 前衛退却! あとは俺たち本陣に任せろ!」
肺の空気をありったけ使った俺の命令に、シオンを含めた前衛が敵の攻撃に引き裂かれたように左右に割れた。
そして視界の開けた鉄騎兵が俺のいる本陣めがけて殺到……出来なかった。
「なんだこりゃ?」
「うぉぉお?」
前衛の後ろで掘らせていた落とし穴に、重量のある鉄騎兵が次々に落ちていく……っとまでは行かなかった。
「な? なんだ? この落とし穴の……浅さは?」
そう、時間が足りなくて広さと幅はそれなりにあるが、深さは膝丈ぐらいしかなかった……。
しかも掘った土はそのまま、ただ畑を耕かしたようなフカフカ感。
その畑が本陣である俺の場所までずっと続いていた。
「ふっ……ふははははは! これがあなたの奥の手ですか? 浅い! 浅すぎますよ穴も、あなたの作戦も!」
ライアンの笑い声が聞こえてくる。
「鉄騎兵! そんなくぼみは乗り越えて、さっさと……」
「ダメだ! 後退しろ!」
彼の命令を遮り、背後のシェリーが叫ぶ。
「姫! 我が軍に干渉するのは……」
「それじゃ、全滅させられるから言ってるのよ!」
きっと城を抜け出して、雨上がりにここで遊んだ時の事を思い出したのだろう。
どうやら彼女だけが気付いたようだ。
俺の本当の作戦に…………。
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