五十三話
「姫に続け!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
シェリーの殺気に感化されたように、エターナの兵も後に続く。
「待て! 動くな! 隊列を保て!」
ライアンの言葉は兵の耳には届かない。
当たり前と言えば当たり前だ。
彼らはシェリーに忠誠を誓う、エターナの兵なのだ。
彼女でない、隣国の王子の命令なんて聞くはずが無いだろ?
ざまあ! と言いたいが俺の立てた作戦もメチャクチャだ。
「防衛陣! リュカ様をお守りしろ!」
「「「「「おおうう!」」」」」
もちろん俺の言うことを聞かない帝国兵たち。
「逃げられたんじゃない! にげられたんじゃ……」
地面を砕き疾走してきた黒馬が、突然、彼女の呟きに失速した。
「な!? なんですか突然」
大盾を持つ兵の隙間から、シェリーを睨みつけていたリュカがうろたえる。
と言うかその場にいた帝国、エターナ、ケットルシーの兵士たち全員がシェリーに視線を集中させ、彼女の次の行動を見守った。
「う…………」
「う?」
歩みを止めた馬上で、シェリーが瞳に涙を一杯に溜めていた。
そして、
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり泣き出した!
「お、おい、シェリー?」
数千の敵にたった一騎で突っ込んでいく。
そんな豪胆な戦姫が、子供のように泣いていたのだ。
それを見た兵たちは、殺る気マンマンだった闘志も覇気も一気にしぼませていく。
「ぬし様!」
「テイルさん!」
「テイル様!」
こんな時だけ俺に『何とかしろ!』と目で訴える三姉妹。
「じぃぃぃぃぃぃぃぃ」
そして、なぜか俺が泣かした見たいな非難の視線を送る両軍の兵士たち。
「…………はぁ。しゃ~ない」
俺はその視線の説得を断念して、泣きじゃくる彼女に馬を近付……。
ごんっ!
「あっち行って! テイルなんか大ッ嫌い!」
いきなりの馬上からの鞘の付いたままの剣の一撃に、俺の悲しいほどの反射神経は反応できず、無様に落馬する。
「いきなりなにすんだよ!」
「うっさい! 逃げたくせに! 私から逃げたくせに!」
よほどリュカの言葉が心に刺さったのか?
それとも、かなりのストレスを抱えていたのか?
その両方か?
まるで駄々っ子のように泣き叫ぶシェリー。
俺にだって言いたい文句は山ほどある。
口喧嘩なら負けない!
が、今はこの状況を打破するのを優先しよう。
なぜなら七千以上の瞳が、俺を凝視してるからだ。
「ったく……ほら。これでも食べて機嫌直せ」
落馬して痛む腰をさすりながら、俺は懐から小さな皮袋を出し恐々と彼女に差し出した。
「(まるで野生のミノタウロスに餌付けしている気分だ)」
っと、さすがにこれは口には出さない。
「こ、これって!」
泣きながら皮袋を受け取った彼女が中身を確認すると、驚きの表情で俺と袋を交互に見た。
その瞳からは、もう涙は流れてなかった。
「……まだ、持ってたの?」
スンッと鼻をすすりながら、彼女はしなやかな指先で半透明なガラスの欠片のようなものを取り出した。
「頭を使う時と、落ち込んだときは、甘いものが良いんだろ?」
それはシェリーに初めて合ったときに貰った、エターナ名物ガラス飴だった。
「安心しろ。二年前のものじゃない。最近買った……」
「バリバリ! もしゃもしゃ……ごくん!」
……俺の言葉も聞き終わらないうちに、彼女は手に取った一粒を残し、革袋の中身を盛大に口の中に流し込み飲み込んだ。
「お、お前な! エターナじゃただの高級品でも帝国じゃ超高級品なんだぞ! もっと……」
「表面にくすみ、味にも雑味がある。随分粗悪な超高級品ね」
「ぐぬぬ。しょ、しょうがねーだろ! 王族御用達の一流店のなんて一袋いくらすると……?」
言ってる間に、彼女が懐から俺のと変らない皮袋を出し、投げた。
「私に渡すんならせめてこれぐらいの物、用意しときなさいよね!」
いつもの強気な笑顔に戻り、馬首を返して自分の陣に戻る彼女の背中を見送って、袋の中身を確認すると、そこには不純物の一切無い透明なガラス飴があった。




