四十四話
久しぶりにあの時の夢を見た……。
両親が他界し、体の弱い姉に代わりに八才にして第一女帝候補となった私。
王位を狙う名ばかりの親族の中で、メイド長のリアだけが唯一の味方だったころ。
王族の義務の名の下に、くだらない、只々くだらない時間が過ぎる毎日。
「シェリー様? 聞いてらっしゃいます?」
昨日入ったばかりの数学の家庭教師は、こちらを威嚇するように銀縁の眼鏡に手を添えた。
たしか数分前にもそんな事言われた……だるい……。
資料が揃っているからと、わざわざ国営図書館にまで移動しての授業。
「どうせなら、剣の稽古か、乗馬が良かったな……」
なのにこの成金女は……茶髪を一つにまとめた金色の髪留めも最悪だが、金色に縁取られたオレンジのドレスも最悪。
「(キンキラしてればいいてもんじゃない!)」
この前の教師みたいに彼女が持っている教科書を取り上げて、片っ端から回答を言ってやろうかとも思うが……どうせまた次が来るだけ……それもだるい……。
「私はこんなことを繰り返して、決められた人生を歩み、決められた相手と結婚し、無駄に年を重ねてゆくのか……」
「姫様! 今は詩のお時間ではありません!」
はぁぁぁぁぁぁ……めんどくせぇぇぇぇぇぇぇ!
そろそろ殴ってやろうかと、そう思った時だ。
何やら入口辺りが騒がしい事に気付く。
「放せよ! 俺が入って何が悪いんだよ!」
子供の声?
この国営図書館は基本的に貴族の坊ちゃん、嬢ちゃんばかりで、騒ぎ声一つ聞いた事が無かったが……。
「何度言ったら分かるんだ。ここはお前のような一般市民が来るとこじゃない!」
「なんだよ! この図書館だって、俺たちの税金ってやつで出来てんだろ? なら、俺だって入ってもいいじゃん!」
視線を移すと私と、やはり私と同い年ぐらいの少年が、門番の老人と言い争っていた。
しかも、会話を聞く限り言い負かしているようだった。
変わった事を言う子だと思った。
自分で税金など払った事無い子供のくせに、無駄に自信に満ち溢れていて……なんだか面白いと思った。
そう。あの時私は、暇つぶし程度だが彼に興味を持ったのだ。
今この状況では、あの時の私を褒めれば良いのか? 殴ってでもやめさせれば良いのか?
判断に困るところだが、少なくとも彼に逢ったのは間違いじゃないと思う。
「先生! 私、あの子と授業を受けたい!」
「は? あの騒いでいる一般市民となんて……ありえません!」
「でも神様の教えでは、人間は生まれながらに、皆平等だと言ってましたけど?」
建前を全面に出され、うろたえた教師に追い打ちをかける。
「亡き父も、民あっての国、国あっての国王、民は国の宝と言ってました!」
大人の本音と建前と言うやつをうまく利用してやると、教師は渋々と言った感じで私の提案を飲んだ。
私としてはただの暇つぶしだったのだが、こちらに通された男の子は。
「誘ってくれてありがとな! これで、好きなだけ本が読める!」
なんてことを言って、こっちが恥ずかしくなるぐらいの満面の笑みを浮かべた。
それから彼と会うその日だけは、少しだけ退屈でなくなった。
ごめん、嘘ついてた。
彼と逢う日は本当に楽しくて、家庭教師の日を週二日から、五日に変えたほどだ。
もちろん、宰相には内緒と教師に話(脅し)を付け、その時間は二人でいろんな本を読んだ。
彼は最初、私がこの国の王女だということも知らなかった。
でも彼は、王女と知ってからも態度を変えることなく、自然に付き合ってくれた。
「お前が王女でも、ファルサラ一族の末裔でも、一人の人間には変わりないだろ? なら別にいいじゃん!」
そんな彼の屁理屈な一言に、私がどれほど救われただろう。
特別な身分、特別な力、それに伴うプレッシャー。
その全てを消し飛ばしてくれる、言葉と笑顔だった。
「それに飯も食えば、トイレぐはっ!」
強いて難点を言えば、彼には品と言うものが欠けていた。
そんな彼とは良くケンカした。
最初は口喧嘩。
私は彼に一度も勝った事が無い。
その勢いで取っ組み合いの喧嘩。
私は彼に一度も負けた事が無い。
私を対等に見てくれる彼といる時間は、とても楽しかった。
でもある日、私の体というより心に異変が起きた。
彼に触れなくなったのだ。
別に嫌いになった訳では無い。
むしろもっと手を繋いだり背中同士をくっ付け合って、とりとめない話をしたりしたいのだが、それがとても恥ずかしくなったのだ。
思春期と言うものらしいそれは、私を苦しめる反面、なんだか甘酸っぱい想いも同時に提供してくれた。
そしてある日、それが恋だと言う事に気付いた……。
彼の癖のある黒髪も、同じ色の瞳も、強気な口調も、全てが愛おしく思えた。
彼と話をしたい……でも変な事を口走ってしまう。
彼と腕を組みたい……でもテンパって力の加減が出来ない。
彼に笑ってもらいたい……でも笑顔を直視することができない。
そんなもやもやとした日々が続き、ある日……彼の事が宰相と大臣たちにばれた。
いや、ばらしたと言うのが正解だろう。
なぜならある日突然、そいつらは婚約者と言うものを連れて来たからだ!
王族のしきたりと言うものらしいが、むろん私は断固拒否した!
強引に話を進めようとする彼らに、彼に籠城の基本を教えてもらっていた私は、持久戦を考え食料庫に立てこもった。
水、食料を確保した私は説得&強硬手段を取る宰相軍と、三日三晩に及ぶ激戦を行い、城の兵の約半数が(私の攻撃で)行動不能になり、城の大部分が(私の攻撃で)瓦礫と化した。
長期戦を覚悟した戦だったが、リサの協力もあってこちらに味方する者が過半数を超えた辺りで、とうとう宰相が折れた。
結局、私が我侭を貫き、彼と婚約できることになったが……私は最も重要な事を忘れていた。
『彼は私の事、どう思っているのだろう?』
盲点であった。
いや嘘だ。
私はそれを極力考えないようにしていたのだ。
確かに私と一緒にいるのは、とても楽しいと言ってくれてた……はずだ!
でも……。
私の知らない所で、知らない女と――もしかして結婚の約束なんてしてたら?
「と……とにかく、確認しなきゃ!」
私は気力を振り絞り……まずは練習することにした。
「……わ……わた!」
バキッ!
この想いを声にしようとした時、テンパっているのだろう練習用の目前の兵士が無言の屍になっていた。(本当には死んでいない。念のため)
それから毎日、五〇人超の被害者を出した特訓の結果。
ついに決行の時が来る。
「あ! あの! テテテテテテテテイル! あ、あんた、わ、私と婚約したから!」
思い切りかみ倒したが、いつもの表情を作れていたと思う。
でもあの時は本当に気絶しそう、いや、口から魂が半分出てたと思う。
それほどまでに緊張していた私に、でも、彼は。
「へぇ……そう。ま、別に、いいんじゃない」
っとちょっとドライな反応を見せた…………でもOKしてくれた!
「(うひょほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!)」
奇声を上げ、飛び上がりたいのを必死でこらえた。
その視線の先で、彼が嬉しいのに表情には決して出さない時のサイン。
踵をせわしなく上げ下げする仕草が見え、さらに嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……。
気持ち悪くなった……。
興奮しすぎなのか?
興奮を抑え過ぎたのか?
私の頭はくらくらとし、視界は歪み、挙句の果てに涙まで出そうになった。
でもリバースなんかして、せっかく婚約OKしてくれた彼の前で、無様な顔を見せないよう、歯を食いしばった。
そんな幸せ絶頂期から二年以上が過ぎ、今も彼は目の前にいる。
婚約者としてではなく、私の敵として……。
「姫様! 帝国の軍がマモス平原に進行中との報が入りました!」
半ボケ状態の私の脳が、兵士の緊張した声でエターナの王女として覚醒する。
「うむ! 今行く!」
兵士にそう告げ、いつものように鏡に向かい、彼から貰ったリボンで髪を結び気合を入れた。
彼と戦うために……。




