四十二話
一気に読んでもらいたいため、ちょっと長めです。
「うわぁぁぁ! シェリー! あ、が、いててて……」
嫌な夢を見た勢いで上半身を起こした俺は、左肩と腹……とにかく全身が痛くてうずくまる。
ここは……ベッドの上? テントの中?
ぼんやりした記憶の中を必死で整理する。
次第に自分のやった事と、今の状況を予想して…………。
「戦況は! あぐうぅぅ」
ガッと顔を上げ、再びうずくまる俺の上から、柔らかな声がした。
「テイルさん。もう、終わりました」
「ぬし様の作戦通り、上手くいったでありんす」
そっと顔を上げれば、イリーナが親指を突き出しシオンがVサインしているが。
二人とも、全身ズタズタのボロボロ。
なのに満面の笑顔。
おかしいだろ?
隊長である俺、ご乱心した挙句に大怪我負って気絶してたよね?
それで作戦成功って……。
「凄かったですよ! テイル様が気絶した後、停戦命令を無視して攻撃してきた敵兵に対し、イリーナさんは烈火のように! シオンさんは流水のごとくお怒りになられまして、お二人とも神話に出てくる破壊神と見まがうような戦いっぷりでした!」
どうやらシェリーが、停戦の命令を出してくれたみたいだ。
しかし、伏兵として潜んでいた兵士や、退路を断つために回り込んでいた部隊には撤退の情報は伝わっておらず、(もしくはわざと伝えずに?)退却は困難を極めたらしい。っと、なぜか姿を見せないリュカが説明してくれた。
「……戦術家失格だな」
じわりと敗北感が胸いっぱいに染み込んできて、俺はうつむきシーツを握り締めた。
それだけでも体に痛みが走るが、それすらも今はぬるいぐらいだ。
なぜなら……。
初めて負けたのだ……。
産まれてこの方、剣術も、魔法も、自慢できるもんなんて一つも無かった俺の、唯一の拠り所だったものが音を立てて崩れてく。
「はっ! 笑ってくれよ! 大陸一だとか、帝国の最強の戦略家とか言われても、本当は口先だけの、にわか戦略家だって……」
「……ぬし様」
うつむいていても、シオンの悲痛な声が胸に響く……が、俺の自己評価は止まらない。
「図書館で聞きかじったものを、さも自分が考え出したように偉そうにほざいて、おまけに何を勘違いしたのか、二年前に捨てられた元婚約者に、新しい婚約者が出来たってことぐらいで、無様に取り乱して……待ってる確証なんて……どこにも無いのに……」
「テイル様……」
「…………」
リュカの声が聞こえる。
イリーナは……呆れているのか、何も言わずベッドの端に近付いてきて……。
「ふざけないで下さい! あなた、何様のつもりなんですか!」
俺の胸ぐらをつかみ、俺の顔を跳ね上げさせた。
傷が痛み、苦痛に顔を歪ませる俺を無視して、彼女の鋭い視線が俺を見据ていた。
「それ以上テイルさんを……私たちの大将を侮辱したら、ぶっとばしますよ! そんなハリボテのような人が、体を張って私を助けてくれると思うんですか!」
イリーナの言葉を理解しようと、頭を動かす間に隣のシオンも、
「そうじゃな。行き場のないわっちを自分の屋敷に住まわせて、わっちを、わっちたちを家族と呼んでくれた天才戦略家。ぬし様を侮辱するなんて……万死に値するでありんす!」
なんて言って来た。
「あの人はですね! 偉そうだけどなよっとして頼りない所もありますが、私が……私たちが自分の長兄と認めた人なんです! あの人が一回負けたぐらいで、落ち込んで……負け犬みたいにいつまでもメソメソしていると思わないで下さい!」
ぐわんぐわん揺さぶられ気が遠くなりそうだが、その言葉は、優しく、だがしっかりと心に流れ込んでくる。
ああ……俺はなんて果報者だろう。
負け犬根性丸出しの、ひねくれた俺を、こんなに心配してくれる……家族がいるなんて……。
「あ、ありが……とう……。お前たちが家族でよかっ……」
家族の温かい言葉を受け目頭が熱くなるが、ぐっとこらえて顔を上げた。
ぎこちない俺に、それでも彼女たちは安堵を伴う微笑を浮かべて……。
「それじゃ、これはいらなかったですか?」
「まあ、せっかく準備したのじゃ」
二人が、笑顔でそれを俺の目の前に差し出す。
イリーナがそっと俺の手元に置いたのは……鞭?
シオンに手渡されたのは、何か先に続いている……縄?
そしてその縄の先に、困惑の視線を這わせていくと……。
「……なにやってんだリュカ?」
服の上からだが、なんか変な縛りかた(なぜかどこかの雑誌で見たことある)をされたリュカが、モジモジと頬を染めて縄の先にいた。
「……リュカが、これでテイルさんの元気が出ると言うものですから」
「でねーよ! なんで、これで元気出ると思ってんだよ! お前の変な趣味を俺に押し付けんなよ!」
「大丈夫です! 私、テイル様のためなら、どんなことされても平気です!」
「なに、『俺のために覚悟決めました!』みたいなことになってんだよ! しかも、なんで嬉しそうな表情してんだよ! 俺がこんなんで元気出ると……」
ひとしきりツッコミを終えた俺を見て、イリーナもシオンも、縛られたままのリュカも笑っていた。
「まったく、うちの長兄は単純ですから!」
「もうすっかり、いつものぬし様じゃの」
「え……私、ここまでして……これで終わりですか?」
呆然と呟く縛られたままのリュカを抜かして、二人でニヤニヤと俺を見つめる。
「くっ……お礼なんて言わないんだからね!」
「あは! なんでツンデレオネーなんですか?」
恥ずかしくって、照れくさくって、訳のわからないことを口走る俺を、イリーナが嬉しそうにツッコんだ。
「ぬし様の元気が出んと、我が軍の士気にかかわるからのう」
ウンウンとしたり顔で頷くシオン。
「ええ! 本当はイリーナさんとシオンさんの、元気が出ないんじゃないですか?」
次の瞬間。
意味ありげにニヤニヤ笑うリュカの体は、音も無く後ろに回りこんだイリーナに押さえつけられ、正面から両手をワキワキさせたシオンに脇をくすぐられる。
「うきゃぁぁぁぁぁ! 嘘です! 冗談です! 根も葉もないひゃひゃぁぁぁぁぁぁ!」
本当は、こんな事している場合じゃないほど酷い敗戦のはずだ。
なのにいつも通りに接してくれる彼女たち。
「ぬし様……」
イリーナに解放され肩で息するリュカを尻目に、シオンが俺に顔を近付けてきた。
その表情は子供たちに向けるような、慈愛に満ちていて、
「負けるのは確かに辛い事じゃ。まして初めての敗戦となると、その悔しさはわっちらには計り知れないじゃろう……。でも、わっちらはまだ生きてる。生きていれば……もし、ぬし様が望むなら再戦も可能じゃろう、でもその前に……」
普段口数の少ない彼女が、まるで道に迷って泣きじゃくる子供に道を教えるように語りかけてくる。
「わっちゃぬし様の家族じゃ。じゃからぬし様……泣きたい時は、泣いても良いと思うぞ……特に家族の前では……」
まるで母神のような微笑を浮かべるシオン。
本当に家族が……姉がいたら、こんなに優しいものなのか?
不意を突かれた言葉に、俺の涙腺からは無遠慮なほど涙があふれ出ていた。
「み、みんな……か……かぞくに……なって……くれて……あり……がとう……」
彼女らに聞こえたかどうか分からない、声にならない言葉。
でも、気持は伝わったと信じたい。
だから今は家族に甘えよう。
そう思い、俺は生まれて初めて家族に抱かれ、頭の中をグチャグチャにして大声で泣き叫んだ。




