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四十一話

「ぐはぁ!」


 瀕死のテイルを見送った後。


 野営地のテントに帰還し強引にライアンをテントに引きずり込んだ私は、表現しようの無い怒りと不安を拳に乗せて彼にぶつけた。

 綺麗に吹き飛んだライアンが、ぼろきれのように床に転がる。


 死なない程度に加減はしてやった。

 もちろん怒りは収まらないし、収める気もない。


「誰が、魔王軍の大将を殺せと命じた!」


 無茶苦茶言ってるのは自分でも分かる。

 でも、それじゃあ、この怒りはどこに持って行けばいいのだ!?


「はっ。あははははは!」

 そんな私の憤怒を無視したように、床から上半身だけ起こし笑い始めるライアン。


 もしかして強く殴りすぎたか?

 もちろん謝る気は毛頭無いが。


「いえいえ、私は嬉しいのですよ」

 赤く腫らした片頬を押さえながら、微笑を崩さずに立ち上がる……。

 いつもより、瞳に熱がこもって見えるのは気のせいか?


 え? え⁉ もしかして…………Mなの?


「酷いことを考えているみたいですけど、多分違いますよ」

 こいつ、私の心を読んだのか?

 では今度はこいつの考えの及ばないものを……。


「姫様が変な考えに没頭しないうちに言わせて頂くと、嬉しいのは姫様に殴られたことではなく、王女としての仮面を脱いだ本当のあなたに会えたことです」


 何を言っているのだこいつは?

 多分、私の頭の上で疑問符が連なっていたのだろう。


 ライアンは頬の痛みに眉を寄せながらも、次の瞬間にはふっと柔らかく笑う。

「初めて会ったとき――求婚を断られたときですが、その時も、あなたは本気で笑いかけてはくれなかった。そして同盟を結ぶために久しぶりに会ったあなたは、美しさに磨きは掛かっていましたが、心には前より厚い壁を作っておいでだった」


 こいつは素ッピンの私に、化粧が濃いと言いたいのだろうか?


「本当はあなたの偽りない笑顔が見たいのですが、今はまだ心が何かに捕われているようですので……」

「それを……そんなものを見るためだけに、テイル……魔王軍の大将を殺そうとしたのか? 私には誰一人傷つけない作戦があるから、言う通りにしろと言っておきながら!」


 今にも喉笛に噛付こうと牙を向く私を、奴は嬉しそうに眺める。

 が、


「やはりあなたは、素の方が美しい」


 奴は私の本気の殺気を、うっとりした笑顔で受け止めている。


 おかしい。


 やはり頭を……それもかなり強く打ったようだ。


「あなたが本音を出してくれたのです。私も本音を言わなければ失礼ですね」

 私の殺気に臆する事無く、勝手に語り出すライアン。


「物心つく前から、私は恵まれていました。豊かな国に尊敬できる父王、そして優しい母」


 確かにケットルシーは豊かな国だ。

 王の威光も隅々まで行き届いていると聞いている。

 それに目を付けた宰相が、私とライアンを結婚させたいのも分かる気がする。


「自慢になるのでしょうが、私は良き教師たちに恵まれ、立派な跡継ぎになれると自負しています。でも、ある日、私は気付いたのです。私の周りには私と肩を並べる者がいないと」


 それは私も感じた。

 この数日間を見ただけでも、華麗でいて実践的な剣技も今回の戦も、非の打ちどころも無いものだ。

 それに、さっきの戦場にはいくつもの伏兵が潜んでいた。

 もし彼が私の作戦中止を認めなかったら、魔王軍は全滅していただろう。


「私は今まで本気を出した事が無い。剣技でも頭脳戦でも、何一つ本気を出せない。出してはいけなかったのです」

 彼の言うとおり、彼の実力は他の王族、貴族の中でも頭十個分は上だろう。

 

「でも、やっと見つけたのです。私が本気でぶつかっても、壊れない相手を……」

 私を見る目に熱がこもる。

「シェリー姫、あなたなら私の良き伴侶になれる。お互いを触発し合い、お互いを高められる」

 手を握れと言うのだろう、彼は私に右手を差し出した。

 私はじっとその手を見つめるだけで動かない。


「私は帝国をこの地から追い出すための賞品なのでしょう? でも今、その言葉であなたの手を取ったら、盟約違反にもなりましょう」


 だが、その皮肉混じりの言葉は予想の範囲内みたいだ。

 彼は微笑を少しも崩さずに手を引っ込め、

「そうですね、すでに頭を失った烏合の衆ですが、約束は約束。数日中に魔王軍に止めを刺して、もう一度あなたの前に立ちましょう。その時は良い返事を期待しています」


 もう一度私に笑いかけると、貴族のお手本のように一礼して、颯爽と去っていくライアン。

「テイル……きっと大丈夫だよね?」

 彼が出て行ったのを確認すると、私は手を組み、ポツリと元婚約者の無事を願った。


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