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三十六話

「テイル! まさか……」


 俺が笑っていることに気付いた彼女は、何をしようとしているか理解できたようだ。

 だが空中にいてはさすがの彼女も、地面に着地することしか出来なかった。


 そして、


 ズボッ!


 俺が飛び退いた先で、小気味いい音を立て地面に腰まで埋まるシェリー。

「くっ! 落とし穴なんて、なんて稚拙な!」

「いや、それに引っ掛かったお前に言われたくないわ!」

 シェリーは大型の魔物と盾に隠れながら掘らせた落とし穴に、見事にはまった。


「今だ!」


 俺はツッコミながらも待機させていた魔法兵たちに、合図を送る。

 素早い身のこなしで落とし穴から這い出た彼女を、今度は魔法の鎖で拘束する。


「テイルの旦那! こんな高出力! 五分持ちませんぜ!」

 魔法兵長のダークエルフが叫ぶ。

 俺もそれは十分承知している。

「よし! 捕獲開始! ただし、体には指一本触れるなよ!」


「「「どう捕獲しろと?」」」


 俺の命令に、捕獲用の魔力を帯びた網を持った魔物たちが、なぜか困惑の表情を浮かべた。


 だってしょうがないだろ、彼女が他の男に触られるの嫌なんだから!


「下郎が! 気安くこの鎧に触れるな!」

 それでも、必要最低限にシェリーの鎧の部分に触れようとしたオーガが、彼女の蹴りで混沌した。

 そういえば、あの鎧……なんだか大変な思いをして、俺が彼女に買ってやった(買わされた)ものだったな……。

 ふとそんな事を思い出した。

「……あの鎧、剥ぎ取って売ったらいくらになるかな?」

 確か希少金属で作られた物のはずだ。


「「「はあ?」」」


 泥がついても傷一つ無い鎧を見て、知らないうちに漏らした俺の言葉に、なぜかイリーナ、シオン、リュカまでもが一瞬凍りつく。

 そして、なぜか今まで見たこと無い冷ややかな、まるでゴミ虫でも見るかのような視線を俺に向けた。


「テイル様……本気でそんなこと考えていらっしゃいますか?」

 冷たい視線はそのままに、笑いかけるリュカ。


「いや、女の敵はすぐに斬った方が良いと思うぞ」

 いつもより辛辣な言い草のシオン。


「……死んだらいいと思います!」

 そして単刀直入なイリーナ。


 なんだ? 俺なんか、変な事言ったか?


「……死ねばいいと思います!」


「テイル様、ごめんなさい! 私もそう思います!」


 イリーナに二回も死ねって言われた!


 しかも、リュカにとどめ刺された!


「テイルさん。仮にも一国の王女、しかも元婚約者だったこともある女性を、ひん剥いて売るなんて行為、皇帝の法が許しても私が許しません!」


「はぁ?」


 意味が分からず聞き返す俺に、三人ともプイッ! っと顔を逸らしてしまう。

「おい、今なんて……」


「テイルゥゥゥゥ!」


 俺が帝国三人娘の相手をしている間に、大地を震わすような恐ろしい雄たけびを上げたシェリーが、魔法の鎖を力任せに引きちぎった。


 しまった!


 彼女らとの会話に時間を取られすぎてしまった。

「くっ、失敗か」

「ぬし様! わっちが!」

 怒っていてもさすがはシオン。

 刀を構え俺とシェリーの間に入る。

 が、


 ピィィィィィィィ


 視界の先にある森から笛の音、何かの合図か?


「ふう……これまでね。テイル! この次はボコボコにしてあげるから、覚悟しておきなさいね!」

 言いながら身をひるがえすと、鎧も気にせずに軽やかに駆けてくシェリー。

「待つの……じゃ?」

 シェリーの追撃しようとするシオンを、俺は手で制す。


「テイルさん、なんで彼女を追撃させないのです!」

 さっきまで死ねを連呼していたイリーナが、何事もなかったかのように疑問を投げつけてきた


 その疑問に、

「ん? なんか引っ掛かってね……」

 俺はあいまいな返事を返した。


 彼女が予想より早く、俺がもっとも安全と予想した進路に現れたこと。


 彼女を後から追ってきた兵士が一人もいなかったこと。


 彼女の去り際が、いつもよりあっけなかったこと。


 そして……常に誰かに見られている感じがあったこと。


「と、まあ、何かあるのかと思って、お前たちの実力は隠しておこうと思ってね」

 隊列を組み直し行軍を再開した馬上で、俺は深追いしなかった理由を三人に説明する。


 俺たちは敵の裏の裏の裏をかいて、進軍をエターナに変更していた。

 しかも昔、彼女とよく行った湖の近くにある、誰も知らない秘密の獣道を通って。

 こちらの進路から予想される国はケットルシーのはず。

 ケットルシーに向かってるだろう、エターナの主力が戻ってこないうちに、第三防衛線のある町を占領しようという作戦だったのだ。


「それで、追いかけないことが、わっちたちのことを過大評価すると?」

 シオンがしばらくの思考の後、話を前に戻した。

「ああ。別に過小評価でも、過大評価でも、どっちでもいいんだよ」

 すでにお日様は天高く上っていて、ポカポカと暖かい馬上。

 俺は口を開きながら、欠伸をかみ殺す。

「過小評価なら相手は散漫な動きになるし、過大評価なら相手の動きは恐怖のため鈍る。その見極めをして、作戦を立てるのが俺の役目だからね!」


 それは一つの真理だと俺は思う。

 例えるなら――俺は指揮してないが、ハラルを攻め落とした時。

 ハラルの軍はイリーナとシオンを過大評価しすぎて、彼女らの周りに兵を集めすぎた。

 そこに過小評価されていたリュカが、王城を攻め落としたのだ。

 過小、過大どちらも利用した、偶然にもうまい作戦だったと思う。

 まあ、俺が指揮した訳じゃないけど。


「それなら、テイルさんに任せておけば万全ですね!」

「おおう! 任せとけ!」

 イリーナの声に力強く応じる。

 それに後一国落とせば、俺の野望が叶う!

「テイル様? なんか……顔、キモいです!」


 野望達成直前のため、顔筋が緩んだのか?

 こちらを覗き込んだリュカの顔が引き気味な表情を見せた。

「さっきエターナの姫をひん剥くとか言っていたの、思い出しとったのか?」

 シオン、さっきの会話をぶり返すな!


「やっぱり、死んだ方が良いと思います!」

 ほらやっぱり、イリーナが女の敵を見るような、絶対零度の視線で剣の柄に手を伸ばすと、


「テイル様、ごめんなさい。私もやっぱり……」

 リュカはゴミ虫を無るような視線で貫いてきた。


 俺はそんな弁明を許さない彼女らの視線に、心に深い深い傷を作りながらも、進軍を続けるのだった。


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