三十二話
「それでは、ハラル奪回に!」
今回の主役ライアンがグラスを掲げると、彼の周りから思い思いの歓喜の声が上がる。
「さあ、シェリー様も!」
見覚えはあるが名も知らぬどこかの貴族が、好奇の目を渡しに向ける。
しょうがなく。
本当に面倒臭いのだが、私はにこやかに持っていたグラスを掲げた。
これで満足なのだろ!
渾身の笑顔でその貴族に微笑み返せば、彼は引きつりながら去っていった。
ライアンが出撃してわずか五日目には、ハラル奪回の早馬がエターナに着いていた。
じわじわと亡国の自覚を持ち始め、女々しくも眉間にシワを寄せ、周りに八つ当たりしていたハラルの王子(最後まで名前を覚えなかった)は、戻ってきたライアンをまるでヒーローのように崇拝、心酔し、もはや私よりライアンにご執心のようだ。
王子はハラル復国のため、明日の朝にはエターナを離れ自国へ戻る予定だ。
それで戦勝会と、おまけでハラルの王子の送別会をやや盛大に行っていたが……正直もう部屋に戻りたかった。
こんな時に限って、第一王女である姉上は風邪をひいたとの連絡が宰相からあった。
なので私は臨時でこの国の代表にされ、ここにいる。
悪いと思ったのか、今回は宰相も同席しているのだが。
ひょろ長いくせに、目つきと顔色の悪い、ただ突っ立っているだけの案山子に誰も寄り付こうとしない。
なのに私はこの国の代表である立場上、動き辛いドレスを着なくてはならず、しかも王子どもの相手で、食事もままならない有り様。
せめてもの救いは、両親が他界する前から、本物の姉上のように接してくれるメイド長のリサがいることぐらいだ。
「さすが、天才戦略家のライアン殿! わずかな手勢で見事、魔王軍の阿呆どもを蹴散らしてくれましたな」
アホはお前だ! とも言えずにこやかに相槌を打つ自分自身に少しキレる。
が、相槌を打った時点で私も同類だ。
「しかし、魔王軍も大した事ないですな、ライアン殿が指揮なさったとしても十倍も兵力差があるのに、尻尾を巻いて逃げるなど武人の風上にも置けませんな!」
酒が入って気が大きくなる確か…………どこの王子だっけ?
「いえ、ハラルの民兵や義勇軍の方々のご協力があったからこそですし」
あくまで遠慮する穏やかなライアンだが、なぜか私にチラチラと意味ありげな視線を送ってくる。
その笑顔に不吉なものを感じつつ、目が合ってしまったので引きつった笑顔を返したのがまずかった。
「そういえば、ハラルの城にはいなかったようですよ。魔王軍の最強部隊と噂される、第十二兵団をまとめるテイルとか言う人物は……」
私の顔を見てライアンが笑顔の上にさらに笑顔を重ねた。
どうやら動揺が微妙に顔に出たらしい。
どんな内容の話しがでるか想像ができた。
いっそ怒りに任せてこいつを殴って記憶を飛ばそうかと思ったが、彼は今回の功労者。
今は人が多すぎるから後にしよう。
「確か、エターナから亡命した者と聞き及んでいますが、姫は彼の事をご存知ですか?」
情報と言うのは戦略の要ですので。などと付け加えにこやかな視線を向けるライアン。
「差し出がましいですが、私でよろしければ知っていることをお話できますが」
テイルのことを話せば、きっと必要以上に感情が顔に出るだろう私の前に、リサがかばうように前に出てくれた。
「使用人の分際で、王族であるライアン殿と口をきくなど、無礼であろう!」
先日まで亡国の王子だった男がキャンキャンと喚く。
リサを馬鹿にされ、さすがに私もドレス姿のまま殴りかかろうとするが、その男をライアンが手で制した。
「リサ・アリュース。確かエターナでも指折りの貴族、アリュース家のご息女だと記憶していますが……」
リサが無言で頷く。
まったく、どこまでも人を食った男だ。
「そ、そうか。貴族なら……べつに……私は……」
その男にも羞恥心なるものは存在したらしい。
己の無知でほろ酔いの顔をさらに赤くした様は、まるでデビルフィッシュと呼ばれるタコのようだ。
「ま。私はさっきから、シェリー姫の隣にいらっしゃるお美しい女性と話すきっかけが欲しかったぐらいですから、どんな身分でもかまわないのですが」
ウインク一つ、これで大概の女は落ちるのだろう。
でも、当のリサは眉一つ動かさない。
さすがだはリサだ。
「リサ。ライアン殿にテイルの……裏切り者の事を話すがいい」
裏切り者のところをわざと強調して睨むが、やはり彼の微笑にはキズ一つつかないのが悔しい。
「はい。承知しました」
リサはさっきのいざこざどころか、色男の視線さえ無視してテイルの事を話始めた。
本当は知ってる……。
彼女の飾り気なくまとめたその黒髪がとても綺麗な事を……。
その黒曜石のように輝く瞳が、彼と話をしている時だけ一際輝いていたことも……。
それがとても私の胸を痛めたとしても……。
私は彼女とテイルを離したくて、あんなことを言ったのか?
私の嫉妬のせいで彼は私の敵になったのか?
無意識にそんな事を考えながら、彼女の横顔を見つめていた。
「……以上が、私の知る限りのテイル様です」
説明が終わった彼女と視線が合うが、彼女はなんだか頬を染めて目を逸らす。
やはりテイルの事を話す時の彼女は、女性らしい魅力を感じる気がするのは私だけか?
もし私が男だったら、イチコロだろう微笑みを私に向け直し、
「姫も少々お疲れでしょう? 例えこの国の代表と言えど、結婚もしてない淑女がこんな時間まで殿方たちといるのは、あまりよろしくないでしょう」
さすが! ナイスリサ!
もちろん、私はリサの作ってくれた好機を逃さない。
「こほん……そうですね。私も少々疲れました。すみませんが自室で休ませていただきます」
「はい。姫様」
戦勝会から無理矢理な理由で部屋に戻る私に、当たり前のように付き従うリサ。
「リサ……」
「はい。なんでしょう?」
自室に戻る廊下で彼女に声を掛けるが、次の言葉が出てこない……。
『テイルがいなくなって淋しいか?』
自分で追い出しておいて?
『リサは良い人いるのか?』
引き離しておいて余計なお世話だ!
『リサはテイルの事が好きだったか?』
…………。
見事にテンぱっる私に――でも彼女は優しく微笑む。
「シェリー様。今は大変な時でしょうが、気持ちをしっかりお持ちください。私でよければいつでも相談相手になりますから……」
真直ぐこちらを見つめ微笑む彼女に、思わず涙が出そうになったが、ぐっと奥歯を噛みしめ堪える。
そして彼女に視線を向け――。
その微笑みにふっと力が抜けた。
「(ああ……。彼女の前では、素直で良いんだ)」
すとんっと何かが収まったきがした。
「ありがとう、リサ! リサの言葉で元気でたよ!」
献身的な彼女に思わず笑みがこぼれる。
あ! 私、とても自然に笑えてる!
リサも一瞬、驚きの表情を見せるが、自分でもそう思える笑顔だった。
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