三十話
シェリー視点です。
「ウザい! どいつもこいつも!」
早足で自室に入ると、目の中に入ってきたベッド上の枕に苛立ちをつきたてる。
ボズッ!
彼は私の苛立ちを吸収することが出来ず、その身に拳大の穴を空け息絶えた……。
罪なき枕に罪悪感を憶えながらも視線を漂わせると、部屋の隅で不機嫌そうな顔をした女と目が合う。
鏡に映った私だ。
「……最近、本当に笑ったのって、いつだったかな?」
その少女に近付き一人呟く私に、少女は答えないばかりかさらに顔を不機嫌にさせた。
思えば、このところ王女としての作り笑いばかり……。
私はいつから、笑ってない?
答えは分かっている。
あいつがいなくなった時からだ……。
「うわっ、はっははは!」
不意にあいつに負けた気がして、笑ってみる。
が、無理矢理吊り上げた口角は、自分でも恐ろしい悪魔のようだと思う。
いや、悪魔に会ったことは無いが、多分こんな顔なのだろう。
どうやら王女の仮面を外せるこの部屋でさえも、素直に笑えなくなってしまったようだ。
「ぬううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
素直に笑ったころを思い出すたびに、あいつを思い出しなぜか泣けてくる。
いや、本当に泣くことも出来ない、へそ曲がりの女がここにいた。
「なんて不器用なのだ、私は!」
ゴインッ!
勢いよく壁に額をぶつけてみるが――。
確かに痛たいが、涙目になるだけで泣くことは出来ず、無残に壁だけがへこむ。
「うぅぅぅぅぅぅ! こっちがへこみたいのに!」
ちょっと上手いこと言ったんじゃないかと思うが、次第に恥ずかしくなり理不尽な暴力でへこんだ壁に、八つ当たり的な視線を向けた。
「気分転換に遠乗りにでも行こうかな……」
このままだと罪無き我が部屋の私物を、ことごとく壊してしまいそうだ。
そう言えば昔、あいつとも……。
回想しよとした所で、不意にドアからノック音。
「姫様。リムオ、ハラルの王子が、ご相談があると申し出ていますが。いかがいたしましょう?」
気分が悪いのを理由に、いや、本当にあの王子たちのせいで悪いのだが――今日は寝ていると断ろうかと思ったが。
枕や壁の修繕にかかる時間ぐらいは、相手をしようかと思い直し扉を開ける。
その眼前には困った顔のメイドと、どうやら呼びもしないのにここまで来た薄気味悪い笑顔の二人の王子。
が、私を見つけて駆け寄ってきた。
反射的に突き出そうとした拳を、間一髪で止めた。
これは自分を褒めてやりたい。
だが、そんな心の葛藤を知る由もない彼らの口から、思わぬ言葉が流れた。
「シェリー姫! ライアン殿が出陣いたします!」
「これでハラル奪還は決まったものです!」
早すぎる。
確かにライアンは自分と近衛兵だけで、ハラルを見に行ってくると言っていたが、まだ枕さんと壁さんが亡くなられた時間を含めて、二時間もたっていない。
「まさに疾風怒濤、私も腹痛さえなければ参加したのですが……」
痛くも無いだろう腹をさするハラルの王子。
でも、大丈夫! さっきあんたが連れてきた兵士たちは「この国もだめだ」とか言って逃げちゃったから。
「あ! でもライアン殿も功をあせりすぎだと思いますがな」
「おお、そうだった! せっかくの四国同盟なのに単独で言ってしまうとは」
そして、ようやく自分が何しにここに来たのか、思い出したらしい。
景品である私の前で彼を罵るためだ。
掌を返したように、面白いほど不愉快な言葉を続ける王子たち。
よし! もう殴っちゃおう!
殴ってから後の事を考えようと、拳に死なない程度の力を込めたその時。
「姫様。それにお二方も、もし私の出陣のため集まっていただけたのなら光栄です」
不意の声に握った拳を隠し、床を叩く足音に振り向くと、金色の鎧を身にまとったライアン。
金色の鎧など、どう見ても品がなさそうに見えそうだが、彼の品はそこまで作用するのか正直カッコいい……。
ま、まあ、あいつには負けるけどね!
「ライアン殿、戦なら同盟国である我が国も参加させて欲しいのですが?」
そんな思いをおくびにも出さず、私は隣国の王子を見上げた。
後ろの二人はさておき、一国の王子とその側近二〇〇の兵だけで魔王軍と戦わせるなど、エターナの恥意外何ものでもない。
「いや、せっかくの申し出ですが、今回は情報収集も兼ねて、様子を見に行くだけですから……そうですね一週間程度で戻ってきます。魔王軍と本腰入れて戦うのはそれからでしょうから、その間にご準備を」
相変わらず食えない男だ、この国の軍備が整う時間まで知り尽くしている。
「……では、道中十分にお気をつけて」
それならお手並み拝見と、精一杯の作り笑顔で見送ってやる。
「「おおっ!」」
なんだか雑音が響き渡った。
「さすが神にもっとも近いといわれるファルサラの末裔……お美しい」
雑音の原因は、ライアンについて行くわけでもないのに、正面に回りこみ私の顔を見に来る二人だ。
鬱陶しいハエのようだ――が、ライアンはなぜか私の顔に、少しだけ寂しげな笑顔を向け、
「いつかは、本当の笑顔を向けさせて見せます」
「え? なんて?」
「やった! 女神の微笑みを受けたからには、ハラルの奪還も決まったようなもんだ!」
「そうそう。今から戦勝会の準備を!」
口の中で呟いた彼の声は、騒ぐ二人の王子によって遮られた。
本当にうっとうしい!
「……なんでもありません。では行ってまいります」
そういう彼の表情はいつもと変らない、温厚な笑顔だった。




