二十九話
「ハラルが落ちただと!」
エターナの王都に戻ってきてすぐ、シェリーの耳に不愉快な情報が届く。
四国同盟の調印式で集まった三国の王子は、まだこのエターナに滞在してた。
なのでハラルの王子もこの国にいた。
そしてここ数日、その相手に嫌気が差していたところだった。
「それにしても同盟してまだ三週間もたっていないぞ、いったいどういうことだ?」
眉間にシワを寄せた彼女だったが、兵士の報告を聞くにつれて、その表情が怒っているのか、笑っているのかなんとも形容しがたいものになっていった。
「姫様?」
彼女の口角が自然に吊り上るのを、兵士がキョトンとして見ていた。
バツが悪くなり、ゴホゴホと咳払いをして視線を逸らした。
でも、
「(やるじゃないテイル!)」
視線を逸らしながら思わず呟く。
リムオ軍に偽装した兵で城塞都市をすり抜け、ハラルを落とす。
それはただ狡賢いだけの作戦じゃない。
『隣にいる軍隊は本当に同盟国の軍隊か?』
そんな疑心暗鬼に囚われた四国の連携は、足並みが揃わなくなったのだ。
これで数にものを言わせた同盟国同士の共同作戦は、愚策中の愚策になってしまった。
同盟してすぐの……強固でない関係を崩す最高の一手だと思われた。
「姫様?」
報告を終えた兵士が、返事の無い王女に聞き返そうとするが、彼女の一瞬見せた笑顔に魂を抜かれたように立ちすくむ。
「ん? ああ、もう下がっていいわ! あと、ハラルの王子……名前なんていったかしら? あのひょろ長い……。その王子には私から伝えておくから!」
「は、はい!」
熱病にでも侵されたかのようにふらふらと、立ち去る兵士。
「……大丈夫なの、うちの兵士は?」
一抹の不安を見せるシェリー。
「シェリー姫! ここにいらっしゃいましたか!」
そんな事を考えながら執務室から出た彼女の視線の先に、一人の男がいた。
彼女より頭一個分高い長身の男。
でもそれは男を目立たせている一角でしかなかった。
穏やかで整った顔立ち、にじみ出る気品あふれるオーラ。
彼女の元に歩む姿に、すれ違うメイドは深々と頭を垂れそっとその後姿を見つめる。
「今日も昨日以上にお美しい」
止めは歯の浮くような台詞を、当たり前のように言っても鼻につかない態度。
「これはライアン殿下、今日もお口がお上手ですこと」
多少嫌味成分を含ませた言葉にも、彼は気付いているはずなのに、意に介さず笑顔を絶やさない。
ケットルシー王国のライアン王子。
彼のことはシェリーも、正直嫌いではない。
数年前、求婚を断ったにもかかわらず、エターナが魔王軍に攻め込まれれば、四国同盟の話を持ちかけ、以前と変わらずに接してくれる。
むしろ気持ちのいい好青年だと思う……。
「あの~、我々もいるのですが……」
太陽の光で周りの星が見えないように、彼に存在自体を消されかけてる二人の王子がいた。
ハラル、リムオの――名前は忘れたが、ひょろ長いのと、ぽっちゃり、二人の王子が少しでもライアンに見劣りしないようにだと思われる、安い威厳をふりまいている……。
正直小者臭がハンパない。
「あ、ごきげんよう」
引きつり気味の顔を、なんとか作り笑いに変えることに成功した彼女が振り向くと、
「「うぉぉぉぉぉ!」」
それでも嬉しそうに感嘆の声を上げる二人。
ほんとにうっとうしい。
「「姫が、私に笑いかけて下さった!」」
はしゃぐ子犬の方がよっぽど可愛らしい。
いや、その例えは子犬に失礼だと思い直した。
「まあまあお二方、そんなに騒がれては姫の方が恥ずかしくなってしまいますよ」
これだ。
男なのに八方美人で、つかみどころが無い彼の表情が彼女を不安にさせる。
それに、
「姫様はラキオ王子に何か伝えることがあるのでしょう?」
甘いマスクの下は、まったく隙が無い。
招かれている他国の城で、どうしてこうも情報が早いのか。
「あいつだったら、もっとわかりやすいのに……」
元婚約者の機嫌悪そうな顔を思い出し、少し笑う。
「うぉぉぉぉぉぉ! 私に微笑みかけてくださった!」
「いやいや、私にだろ?」
再び騒ぎ出す二人の王子。
本当に鬱陶しい!
正直めんどくささを隠しきれずに、彼女は隠れてため息をつく。
仮に彼女が面と向かってため息をついたとしても、彼らは自分たちが原因だと思いもよらないだろう。
それほどの自己中な事は、ここ数日で痛いほど分かっていた。
それゆえ。
「あ、王子、あなたの国、ハラルが魔王軍に占領されました」
出来るだけショックを受けないように、言葉を選ぼうと思っていた彼女が、彼らの平和ボケしている顔を見てその気が失せたのを、誰が非難できよう?
「我が国も同盟国として、ハラル奪還を進めていきますので、これにて失礼します」
淡々と言った言葉がまだ理解できていないのだろう彼ら。
その隙をついて、シェリーが優雅な足取りで立ち去ろうとした時、
「シェリー姫、私に提案があるのですが?」
言葉を失う二人の王子を尻目に、ライアンが彼女の背中に少し楽しそうな声を掛けてきた――。




