二十四話
「エターナが同盟?」
エターナとの第一戦に勝利を収めた数日後。
占領したペラムの町の臨時に徴収した町長の屋敷の一角で、リュカからの報告を聞いていた。
「はい。ペラム陥落直後、エターナは隣国の三国、ケットルシー、リムオ、ハラルから同盟を申し込まれ、それを受諾したと」
どの国が一番格式高いだの、伝統があるだの言ってお互いをけん制し合い、協調性の欠片も無い四つの国が同盟など――。
今までの魔王軍の快進撃で危機感をあおられたのか?
「あと、えっと……これは、あくま、あくまで噂なのですが……」
珍しくリュカが歯切れ悪く、困った顔をして俺を伺う。
「どうした? 噂の類いでも信憑性があるなら出し惜しみするなと、いつも言ってるだろ?」
なんとなく嫌な予感がしたが、口ごもるリュカに先を促した。
「本当に噂なのですが……同盟の条件が、エターナ領土から魔王軍を追いだした国の王子と……その……。エターナの姫が結婚することだそうです。……ほんとに噂ですよ」
「シェリーと結婚だぁぁぁぁぁ! どいつだ! どこの国のバカがそんな事言い出したぁぁぁぁぁぁ! 潰す! その国の存在自体、跡形も無く消してやるぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ひゃひぃぃぃぃ!」
リュカが有り得ない悲鳴を上げるほど、俺の表情はヤバかったのだろう。
でも……はぁぁぁあぁぁぁぁぁ?
と言う気持ちが抑えられなかった。
「それで! エターナの姫は……当然断ったんだよな?」
すでに山賊よりたちの悪い顔になっているだろう俺に、涙目になってリュカが怯えながらも答えを口にした。
「いえ……それ……OKしたそうです……」
決してリュカが悪いわけじゃない。
だが、それじゃあこの行き場のない怒りはどうすればいい?
「あんだとぉぉぉ! ざけんなよ!」
当然の如く俺は周りの物に当たり散らした。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
俺の、いつもなら決して出さない怒号に、頭を抱えてうずくまるリュカ。
我を忘れ俺は、書類を破り、イスを蹴飛ばし、壁に拳を叩きつけ――あまりの痛さに血の気が引いた。
「……すまない……少し、取り乱した……」
自分で作った嫌な空気の中、涙目の少女と目が合い雪崩のような後悔が俺を襲う。
「……だ……大丈夫です! 私はテイル様の書記官ですから!」
しばらくの沈黙の後、健気にも無理やり笑顔を作ろうとする彼女に、罪悪感がテンコ盛りだ。
「ほんとにごめん! ちょっとびっくりしただけで、お前を怒ったわけじゃないんだ」
どうしょうも無いと思いながらも弁明を続けた。
そんな俺に、なぜかモジモジ頬を赤らめたリュカが、
「大丈夫って言ったじゃないですか。それに……私。テイル様に……いじめられるの……結構好きかも……」
とんでもないことカミングアウトしてきやがった!
「や、ややややや! そ、そんな意味じゃないですよ!」
呆然とたたずむ俺に、アワアワと身振り手振りで否定するリュカ。
「じゃ、どんな意味だよ!」
「ただ、私って……いえ、そんな目で見ないで下さい……テイルさまぁぁぁ!」
俺の八つ当たりより酷い失言に、ドン引きした時だった。
「テイル様。テイル様にご面会されたいと言うお方がお見えになっていますが……」
一人のオーガが戸惑い気味に扉を叩く。
大方リュカの悲痛な叫びが、部屋の外に漏れてたのだろうと思ったが、オーガはそんなリュカに一瞥も与えず、なにか恐ろしいものでも見たように表情が引きつっていた。
「こんな時期にいったい誰が……」
バアァァァン!
オーガに確認するより早く勢いよく開かれた扉の向こうから、外套のフードを目深にかぶった小柄な人物。
「忍びでの訪問です。礼は不要です」
でも聞きなれた声。
「もしかしなくても……ティファ陛下?」
俺は最前線にいるはずの無い。でもこれぐらいしそうな人物の名を上げた。
「あら? 良く分かりましたね。これでも変装してきたつもりなのですが」
「外套はおっただけで変装言わないで下さい。それに外の警備の数見れば一目瞭然じゃないですかね?」
外を見れば武装した魔物、二小隊ほどが屋敷を取り囲むように配置されていた。
「細かいことを気にしないで下さい。もちろん私は気にしません」
こっちが占領下の民をあまり刺激しないように細心の注意を払っているのに、なんとも寛大なお言葉だ。
「で! なんのようですか? 皇帝陛下」
どこかの宰相が聞いていたら顔をしかめるような、本当に態度の悪い俺。
「ああ! そうです! でもまずは茶の一杯でもいただけますか」
そんな俺を露ほども気にせず、マイペースな皇帝。
皇帝の登場に硬直状態だったリュカが「い、いいいい今、ご用意します!」とバタバタ部屋から出て行く。
「あらあら、相変わらず、あの娘は騒しいですね」
一瞬だけのほほんと目を細め、すぐに元の皇帝陛下に戻る。
彼女は外套を脱ぎ捨てると、部屋に備え付けのそこそこ品の良い三人掛けのソファーの中央にドカリと腰を下す。
お忍びのためか腰まで伸びた金髪は、今日は一つの三つ編みでまとめられていて――。
なぜだろう?
俺には何か邪悪なものの尻尾に見えるのは。
「テイル、あなたは頭脳明晰ですが、言いたいことが顔に出るのが玉にキズですね」
結んだ金髪の先を、蛇のようにユラユラと動かす皇帝。
そのくせ緩やかに微笑む。
相変わらず油断が出来ない奴だ。
「うふふ。そう構えないで下さい。別に今日はあなたをからかいに来たのでも、とって食べようとする訳ではありません」
「では何を?」
いつもからかっていたのか?
しかも、取って喰おうとしてたのか?
彼女の顔をマジマジと見るが、微笑の彼女からは何も読み取れない。
「ええ。ただ礼を言いに来たですよ」
俺は開き直り彼女の向かいのソファーに腰掛け、黙って彼女の話を聞く。
「敗戦にスキャンダル。それで貴族の称号は剥奪され、領地は北の未開拓地のみ。あの先祖の栄光にすがっていた、強欲な豚は完全に失脚しました。やはり、あなたに任せて正解でしたね」
うふふと満足げに笑う冷青眼の瞳は、俺の方は向いているものの、俺ではなく何か違うものを見ている気がする。
「やっぱり俺は、あんたの手の平で踊らされてたのか」
俺は眉をひそめ、彼女を睨む。
エターナから流れてきた一般市民出の、しかも人間の俺を、異例中の異例として寄せ集め部隊の指揮官に任命する。
それを建国当初からの重鎮の子孫と言うだけの、口うるさい張子の豚の配下に置く。
俺たちが奴の足を引っ張ってもよし、奴が俺たちにちょっかい出してそれを元に失脚してもよし。
俺はベーゼと言う、魔王軍の膿み取りに使われた訳だ。
「どうりで貴族様を殴っても、数日で牢屋から出られたわけだ」
睨んでいても全然ダメージを与えないのを悔しくも理解し、ため息を付きながらも次を促す。
「そう怒らないで下さい。帝国は、私はあなたを高く買っているのですよ。現にベーゼ失脚で空いた席を、あなたにという動きも無いわけではないです」
俺の野望を知っている彼女は、用意周到に餌をちらつかせる。
「はいはい、俺の目標達成するまで、せいぜい綺麗に洗って置いといて下さい」
俺の言葉に再びティファが口元を綻ばせ、
「そうですね。その席を取っておいても良いのですが……私と夫婦になる方が、あなたの野望の近道だと思いませんか?」
相変わらず突拍子もない事を言う。
マジかと彼女に顔を向けるが、やはり彼女の瞳は何を考えているかまったく読み取れない。
「我が魔王軍は、血縁関係など無用です。誰と結婚しても多少の文句ですむはずです」
冗談とも本気ともわからない彼女の微笑……。
でも俺の答えは決まっていた。
「嫌ですよ! 陛下の夫なんて光栄ですけど、怖……いや、恐れ多くて」
考えても見てくれ。
見た目だけなら大陸内外でも五本の指に入る美少女だが、いつも頭をフル回転しながら、言葉の裏の裏を探りあう夫婦の会話を!
それに俺には……。
「そうですか、残念です。あなたとは良い夫婦関係を築けると思ったのですが……でも、そのうち気も変わるやもしれないですし」
否定の言葉でわずかに冷青眼が曇ったように見えたのは、きっと俺の欲目だろう。
「それと、これは私の下に来た、不確かな情報なのですが」
用は済んだとばかりに、立ち上がりドアに掛けた手をふと止める。
「陛下のお耳に入るもので、不確かなものなんてあるんですか?」
冗談に聞こえるが冗談ではない。
彼女の頭脳と瞳は情報の真偽を見極める。
「私でも全ての理を知っているわけではないですよ。人を化け物扱いするのはやめてもらえますか?」
「(化け物じゃ無く、魔王だろ!)」
さすがにこの言葉は飲み込む。
それに。
苦笑気味に振り返った彼女は、急に歳相応の寂しそうな少女のそれに見え、訳のわからない後悔にさらされた。
「うふ。まったく、あなたは顔に感情が出過ぎです」
一瞬だけ少女のような微笑を向けたかと思うと、すぐに皇帝の顔に戻し。
「あなたも聞いていると思いますがエターナの四国同盟の件。どうやらケットルシーの王子が言いだした事のようです」
エターナの東側にあるケットルシー。
見たことは無いが、王子ライアンは文武両道の今流行りのイケメンと言う噂で、確か前にシェリーが求婚され断ったと話してた奴だ。
「噂では一筋縄ではいかぬ相手らしいので、気をつけて下さい」
そう言って、最後に四国の内どれを取っても、あなたの手柄ですと言い残し、お茶を用意して戻ったリュカと入れ替わりに、女帝ティファは去っていった。
「あ! あと、この情報は貸しですよ!」
なんて言葉も忘れなかった。
「リュカ、全軍出撃準備。魔王軍に刃向う四国全てをぶっ叩くぞ!」
「は、はい!」
訳がわからずティファを無言で見送ったリュカが、俺の声に背筋をシャンと伸ばす。
「それとお前に調べてほしいものがある……」
俺は魔王の貸しを早急に返すべく、ニヤリと口角を吊り上げた。




