十五話
マモス平原。
帝国の最南端、エターナにしてみれば最北端の国境に近い広大な平原。
女帝ティファはラダニア攻略が圧勝したのに気を良くしたのか、その勢いでエターナ攻略を実行に移した。
今回、エターナ進行の理由は、ラダニアに加担した疑いがあり。というかなり強引な言いがかりだ。
真綿で首を絞めるように、他の国から表面上批判が起きないよう用意周到にしていた今までとは違い、かなり大雑把な理由だ。
もう、隣国に気を使わなくても良いほどに、帝国が大きくなったということなのか?
ともあれ、俺のような一軍人のやれることなんて一つ。
「ふっははー! 皆の者、戦じゃ戦! 殺せ! 奪え! 殺した分だけ女を……ぐはっ!」
二千の兵士を見渡せる小高い位置で士気を上げるための演説をしている最中、俺の側頭部に強烈な衝撃。
鞘に納めたままの剣で、イリーナに殴られたようだ。
「テイルさん! セクハラです! 訴えますよ! それとも私に刺されて死にますか? その後私も後を追って死にますけど?」
「こわ! 怖いよ! なにそれ、今度はヤンデレにでもなったのか?」
剣の入った鞘を腰に戻し、俺を殴った反動で踊る薄い色の金髪を手で押えながら、一喝する副将イリーナ。
誰だ今拍手した奴は!
「そうじゃの、無駄にはしゃぐ元をちょん切ってしまえば、少しは大人しくなるじゃろ?」
反対側に立つ黒髪の美貌の持ち主が、無表情に空恐ろしいことを言って来る。
「いや、俺は兵士たちの士気を鼓舞しようとしてだな……いえ、すみません! 本当に調子こいてすみません!」
オレハコノママ、キョセイサレテシマウノデショウカ?
無表情に刀を抜き放とうと、手に力を込めるシオンを見て素直に謝る。
だって力じゃこいつらに勝てる気がしないから。
グダグダになってしまったが、エターナから逃げて二年、俺は再びかの地に足を踏み入れようとしていた。
「しかし、本当に良いのかぬし様。亡命したとはいえ祖国を相手に戦など」
俺は感傷じみた顔でもしていたのか、シオンが無表情の上に、ほんの少しだけ心配そうな表情を乗せる。
「心配するな、俺は嬉しいんだよ。この国に復讐できる機会が巡ってきたことが」
今の俺はどんな表情をしているのだろう?
シオンばかりかイリーナまで不安げな表情を見せた。
「テイルさん……」
心配そうなイリーナの視線。
「テイルさん。いくら帝国の敵だからと言っても、婦女暴行は、全力で止めさせていただきますから!」
「無論、わっちもじゃ!」
「どんな顔してたんだ! おれぇぇぇぇぇぇ!」
「それはもう、破廉恥で……」
「絵にも書けない卑猥さで……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
イリーナとシオンに止めを刺され、耳を塞ぎイヤイヤと首を振る。
「ふふふ。いつものぬし様に戻ったようじゃな」
「まったく、復讐なんていまどき流行らないですよ!」
実はきっと破廉恥でも卑猥でもなく、彼女らが心配するほどほの暗い顔をしてたのだろう。
俺を見た彼女たちの表情が、急に柔らかくなった気がした。
「テイル様! 大変です!」
後方で情報収集をしていたリュカが、下馬するのももどかしそうに慌てて俺に駆け寄る。
「どうした? リュカ」
やっと動き出したかと、したり顔するのを俺は必死でこらえ平然を装い彼女へ顔を向けた。
「ベーゼ将軍の部隊が進軍を開始。マモス平原に陣取っているエターナ軍と、およそ二時間後に衝突します!」
将軍の行動は予定通りだが、リュカの情報の速さと正確さに舌を巻く。
「あの臆病なベーゼが、一番槍とは珍しいこともあるものじゃの」
「誰かさんが昇進したので、お尻に火が付いたのでしょうか?」
不思議がる二人を見て、
「ブッブッ~外れ! 奴のケツに火をつけたのは俺です!」
我慢しきれず、ニヤリと笑う俺に疑問符をつけた頭が三つ並ぶ。
「ある女性にこんなもん、ベーゼに送ってもらっちゃった!」
俺は奴に送った手紙の写しを彼女らに見せる。
『愛する私の王子様へ
私、エターナで取れる青シャケのお刺身と、黄イチゴが食べた~い!
すぐに食べたいから、早く戦争に勝って帰ってきてね! 私、とってもサービスしちゃう! 愛するフランソワより』
「……なんです? この頭の悪そうな手紙は?」
イリーナの問いに、自然と歪む口元で答えてやる。
「ベーゼ将軍の愛人。バンシーのフランソワちゃんだ!」
あっけに取られる三人に、俺は得意げに説明を始めた。
「ベーゼとフランソワちゃんは、半年前からある共通の趣味で出会い、その二日後に彼女はベーゼとある契約を結んだ。まあ、その前から俺は彼女と知り合いで、ちなみにベーゼとの関係をそそのかしたのも俺」
「テイルさん、それ、完全に罠にはめる気マンマンじゃないですか!」
俺の言っている意味が、理解できたイリーナからのツッコみ。
「そうだよ。でも、ベーゼがその手紙を見て、私欲のために軍を動かしているのは、俺のせいじゃないよ」
「うわぁ! えげつなっ!」
なんとも言えない表情のリュカ。
「ちなみに、今頃、魔都の至る所にこんな写真がばら撒かれてたりする」
俺は蝶のような仮面をつけ素顔を隠したフランソワが、きわどい衣装で素っ裸のベーゼを踏みつけ――その踏みつけられている本人は、うっとりした表情を見せている魔力で映し出される魔写真を三人に見せた。
「「「きも~!」」」
そうだろう。そうだろう。
俺もそう思う。
「でも、それじゃ、そのフランソワさんに被害が及んじゃうんじゃないですか?」
さすがリュカ。いいとこ突いてる!
でもそこはぬかりない。
「ああ心配ない。彼女は今日、彼氏と結婚するため彼氏の田舎に行く。そのままこっちには帰ってこないそうだ。 まあ、趣味も堪能できて、おまけに結婚資金まで稼げたんだから良いんじゃない?」
「……本物の悪党じゃ」
ポツリとシオンの呟いた言葉を、俺は聞こえないふりをした。
「とにかく、これで内敵の一人は潰せたんだから良しとしようよ!」
「「「…………」」」
なんだか三人の、俺への好感度が下がった気がした。
「でも、もしベーゼの部隊が勝たらどうするつもりなんじゃ? まさか……他にも身の毛のよだつ、こずるい手を……」
シオンが無表情まま、わざとらしく口元に手を当てる。
そんな彼女に俺はヒラヒラと手を振った。
「ないない。ベーゼの部隊じゃ今日のエターナ軍は敗れないよ……絶対に!」
「でも、ベーゼの副官のカロスは、結構手堅い用兵するって言ってましたよ?」
俺の言葉に疑問を投げかけるイリーナ。
「それじゃ、見に行ってみるか? いいものが見れるはずだ」
そのためにベーゼの行動を予測し、日程の調整までしたのだ。
俺は無言で頷く彼女たちを確認した後、隊をその場に待機させ彼女らと共にマモス平原に向かった。




