十四話
「うがあぁぁぁぁぁぁ! まったく終わるきがしねぇぇぇぇぇぇ!」
俺は執務室で夕日に向かって叫ぶ。
綺麗で高価そうな机と本棚。
エターナにいたころの倍の広さの部屋。
逃亡者には破格な扱いではあるが、その部屋に所狭しと置かれる書類の山、山、山。
シオンばかりか、イリーナまで俺の家に住むことになって一週間。
俺は与えられた執務室で肩を落とす。
将校に作戦の立案から戦場の指揮。
その後に戦後の復興プランまで立たせるって、どんだけ人使い荒いんだよこの国の女帝様は!
それに殴った仕返しの一環なのだろう。
あのブタ将軍の命令で、スカウトする人間のリストアップやらその他の雑務を押し付けられていた。
まあ、奴にこれ以上俺の邪魔をさせないよう、罠は仕掛けさせてもらったが……。
「すみません、テイル様。私が遅いばっかりに……」
書類整理を手伝ってくれているのは先日配属されたばかりのリュカという、少女と呼ぶにはまだ幼さを残す新しい部下だ。
話を聞くとラダニア攻略のちょっと前、魔物に襲われていた集団の中で身を呈して子供を守ろうとした魔族の少女がリュカだったそうだ。
その彼女がどう言う経緯かは知らないが、今ここにいる。
いや、確かに褒美に文官が欲しいと言った。
だが、彼女の頭には二本の角がある。
魔族の中でも特に位の高い部類に入ると思うのだが?
「私、ティファ陛下の遠縁の元貴族なんです」
俺の心を読んだように、彼女が自分の身分を明かす。
「へ? 女帝の遠縁?」
え? そんな高貴な娘を、俺ごときがこき使ってもいいの?
「あ! でも、私の祖父が、先代の魔王様の暗殺に失敗して、爵位を剥奪された家系なので、立場的には一般の魔物さんとほとんど変わらないですよ」
暗殺って、そんなにさわやかに言われても……。
ってか、もし暗殺成功してたらリュカが女帝だったかも⁉
そんなリュカは、幼い見た目とは裏腹に事務、情報処理能力はもの凄いの一言だった。
一度見た書類の文字は、一字一句覚えているし教えていないことまで知っている。
それはそれでちょっと怖いのだが……。
しかも彼女は俺の所に配属されてわずか二日で、軍の裏の裏の情報まで手に入る情報網を確立させていた。
「そもそもこんなに忙しいのは、俺でもお前のせいでもない! 全てあのブタとアホ女のせいだ!」
こんなことなら独房で、もっとゆっくり休んでおけば良かった。
などと後悔したりしていると、
「テ、テイル様! ベーゼ将軍はともかく、ティファ様の事をそんな風に言ったら、処罰されちゃいますよ!」
リュカが少しくせっ毛のライトブラウンの髪を大げさにかぶり振り、髪と同じ色の瞳で俺に注意を促す。
「え? 俺、別にベーゼのことやティファ陛下の事だなんて一言も言ってないよ?」
「へ……? そういえば……は! 私はティファ様に対してなんてことを……」
彼女の特性なのか?
俺の性格なのか?
リュカの純真で素直な行動を見るとつい、いじりたくなってしまう。
「あ~あ! この事が女帝の耳にでも入ったら……」
自分のことは高い高い棚に置き、俺は手を首の前でちょんと横に切る。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 申し訳ありませしぇぇぇぇぇぇん!」
突然床に両膝をつき、涙ながらに目の前で両手を合わせるリュカ。
流石にここまでリアクションが大きいと、俺の微々たる良心でも罪悪感みたいなものが持ち上がるが、
「ごめんね、トビ、マユ……お姉ちゃん、もう帰れないかもだけど……」
冗談だと言う前に、新たな情報が彼女の口から漏れる。
「なに、お前兄弟いるの?」
「はい! 弟と妹が一人ずつ、三年前のシラサ攻略の時に両親をなくしていますから、今は二人だけが私の大切な家族です」
床に膝をつけた状態で笑う彼女。
なんかその笑顔が誇らしげで……。
「ふうん……ほんじゃ、今日はもういいから帰れ!」
俺は面倒臭そうにシッシッと手首を動かす。
「はい?」
真直ぐ向けられる彼女の瞳がなんだか照れくさくて、避けるように視線をそらした。
「俺も帰ってくるのが遅い両親を、いつも一人で首を長くして待ってたから……」
父も母も俺のために必死で働いてたから、それはしょうがないって思ってはいたけど、遊び場に親が迎えに来る友達を見送るのはやっぱり切なかった。
そんな俺の思いやりに、リュカはジッと俺を見て、
「へへへ! やっぱりもう少しがんばります!」
笑顔で踏みにじった。
「……お前、今の俺の話、聞いてた?」
せっかく俺が言いたくも無い過去を話したのに、失礼な娘だ!
死んだ、いや腐った魚の目で睨む俺に向かって彼女は、
「だって、その淋しい過去があるからテイル様は優しいのでしょう? 出来れば私の弟妹にも優しい子になってほしいじゃないですか!」
そう言ってテレテレと笑う彼女に、自然と頬が赤くなるのを感じ……。
「ばっ! ばっかじゃねーの? 俺はそんなに優しくないっつ~の!」
無駄に大きな声で吠えるが、
「はいはい。そういことにしておきますね!」
弟の相手でもするようなお姉さんらしい態度を取られてしまう。
くっ! なんか俺の高等な脳を見透かされているようで腹が立つ!
「わかった! それなら足腰立たないぐらいこき使ってやるからな! 覚悟しとけよ!」
「きゃー! トビ、マユ、お姉ちゃん。大人の階段……」
「のぼらねーよ! くだらない事言ってねーで、帰りたいならさっさと仕事しろ!」
「はい! テイル様!」
ぶっきらぼうな俺の言葉に、彼女は今日一番の笑顔を返した。
まったく魔王様も……。
なんて優秀な文官を送ってくれるんだ!




