ビニール傘と金属バット【外伝】SIDE : Catherine episode.01
こんにちは! ワセリン太郎です!
もうお盆も終わりですね。皆様、如何お過ごしでしょうか?
「あっぢぃ……」
うだるような暑さの中、遠く意識の外から近づいてくる“騒音”に、アタシはゆっくりと目蓋を開いた。
見慣れてきた古い和風の電灯に、染みったれた汚ったねぇ天井。
――ドドン、ドンドン――!!
「「#$%%$#”)(’#$%──!!」」
頭上から降り注ぐ振動。地震かよ、吊り下がった電灯が微かに揺れていた。
今日もご多分に漏れず、二階からギャーギャードンドンと喚く……いや、このオンボロ木造アパート恒例、早朝の大騒ぎが漏れ聞こえてくる。
再度、独り言が漏れた。
「うっるせぇなぁ……」
でもまあこのボロアパートにおいちゃあ、真上の部屋の奴があの冴えねぇ兄ちゃんで良かった……つーか、うるせえのは同じだからあんま良くねえけど、いやまあ、それでもまだマシか。直下型より幾分いい。
その隣の部屋の上階の連中。例のツナギのイカレ女と緑ジャージのアホガキ、それとあの何すっかわかんねぇチビッ子の真下だったらと思うと……正直ゾッとするぜ。あいつらマジ洒落になんねぇ五月蠅さだかんな。
「目覚ましのアラームが必要ありゃしねぇ……クソ、起きるか」
大体この部屋がうだるような暑さなのも、上の階の奴等の所為だ。
あの二階のチビ砂利が、アタシの部屋のクーラーの室外機に棒きれ突っ込んでメチャメチャにホジらなければ……クソ、早く修理に来ねぇかな、マジ死んじまう。
朝食を食ってシャワーを浴び、仕事着に袖を通して……いや、タンクトップだから袖ねえんだけど。とにかく、出勤の準備を終えて時計を見ると、午前八時。
しゃーねぇ、カッタリいけど仕事行くか。
玄関のスリッパに足を突っ込み、扉を開く。それから鍵を掛けていると……隣の一戸建てに住んでる大家の姿が目に入った。
「おうキャサ公、今日も朝からチ〇ポ売りか? 精が出るじゃねーか」
「テメ、フザケてんのか? セクハラだぞ。チン〇じゃねぇ“竿”だサオ!」
ヘッと笑い、煙草に火を付ける大家。鼻をくすぐる煙の匂い。つられてアタシも煙草に火を付けた……っておい──!? コイツ何やってんの──!?
「うおぁ!? おい大家テメー! なんつー格好してんだよ!?」
何かこう、奴の“さも当然”の様な態度で気付くのが遅れたが、このイカレ、よく見なくても下半身丸出しだ。
「ああ? この格好見てわかんねーのか? んなもん朝の筋トレしてたに決まってんだろーが。バカかおめーは」
「いやバカはテメーだろ! 服着ろや服!!」
「はぁ? ちゃんとタンクトップ着てんだろーが」
「いや脱ぐにしても普通は上下逆だろ、このイカレポンチが!」
「ああ? 俺様のチンポはイカレてなんかねぇ。すこぶる健全だぞオラ」
駄目だコイツ。もう相手にするのをよそう。
「キチガイの相手なんかしてらんねぇ、アタシもう行くわ」
「おめーは本当に失礼な奴だな。店子の分際で、もちっと大家様を敬えやクソ貧乳が」
「ああ!? 何か言ったかこの筋肉ダルマァ──!!」
「ほれ、油売ってねぇでさっさとチンポ売ってこい。“金玉や〜竿だけ〜”ってな」
「だから金玉は関係ねーだろーが! “竿屋”だって言ってんだろうがボケ!!」
このクソが……
アタシは奴を無視してポケットに手を突っ込み、愛車の鍵を取り出しながら……駐車場へと向かった。
ドアを開けて運転席に乗り込み、チラリとミラーに目をやると、筋トレで随分と汗を掻いたのか、悠然とタンクトップを脱ぐ馬鹿の姿が……オイッ──!?
「おい大家テメー!? 一体、往来で何やってんの!? 全裸になってんじゃねーぞ──!?」
迷惑そうにこちらを振り返る大家。
「はぁ? ギャーギャーうるせぇな、近所迷惑だろーが。オメー常識が足りねえぞ、そもそもここは俺様の敷地だ。つまり何しようが俺様の自由だと、日本国憲法で保障されてるワケだ。アホな事抜かしてねぇでさっさと仕事行けや、この“100均まな板”が」
路上全裸を許可する憲法があってたまるか! 大体コイツ、“常識”なんてどの口がほざくんだか……
てかこのオヤジ、今“貧乳”つったか──!?
クソ、出勤ついでにマジで轢き殺すか? いやダメだ。あの野郎、きっと大型トラックでも軽々と受け止めやがるに違いねぇ。逆に愛車を廃車にされるのがオチか、クソ人外め。
煙草を持った手で中指を立て、アホウを見ずに通り過ぎる。
「おう、軽トラ似合ってんぜキャサ公。流石チンポ売りの娼女だ」
「さっさと死ね! あと気持ち悪りぃから、その胸筋ピクピクさせんの止めろ!」
こうしてアタシは……朝っぱらから無駄にイライラしつつ、“職場”へと向かったのだった。
職場で物干し竿をしこたま荷台に積み込み、事務のオバチャンにガソリンチケットを貰ったアタシは……これまた溶けそうになる炎天下の元、のらりくらりと住宅街を彷徨っていた。
「さーおや~……さおだけ~。もーのほし~ふとん~ざお」
今日は特にあぢぃ……
屋根のスピーカーから鳴り響く、もういい加減に聞き飽きた知らないオッサンのダミ声。ちなみにこの車、あんまエアコンが効かない。それ以外は殆ど完璧だと思うんだけどなぁ、日本の軽トラってヤツはよ。
ノロノロと法定速度を無視して商店街に近付き、チラホラと見知った顔を見る様になる。
あ。エロ屋のアキヒロみっけ。
アタシは咥えタバコのまま、道行くアイツに車を寄せた。
助手席に身体を伸ばし、ハンドルをキコキコと回して窓を開ける。
「ようアキヒロ、暇だろ? 竿買えや」
「おうキャサリンか」
「なあ儲かってんだろ? 買えや」
「こないだ買ったじゃん」
「もう一本買っとけ、な? 少しでも売って帰らねーとオバチャンがグチグチうるせーんだよ」
「もうそんなに物干し要らねーよ。あ、そうだ! それよか“ウチの竿”を買ってくれよ。好きだろ??」
このアダルトショップの店主は……
「ざけんな、アタシの荷台見てみろ! もう竿は間に合ってんだよ!」
アタシは中指を立てて見せ、ニヤニヤとゲスい顔で笑うアキヒロを……
「ちょ!? キャサリンおま! 危ねえだろ──!?」
轢き殺そうとしたが……チッ。間一髪、避けられた。
「じゃーな、エロぼけのゴミクズ。背中に気ぃつけて歩けよ」
「オッケーオッケー。店、夕方から開いてっからな」
「聞いてねぇよ、誰が行くかよ!!」
そうして再び、ノロノロと商店街を征く。
「さーおや~……さおだけ~。もーのほし~ふとん~ざお」
てか今日、気温何度だ? マジで暑い。効きの悪いエアコンの風を首筋に当てようと、肩口で切り揃えた金髪を大きく掻き上げた。
その時、助手席に転がしていたスマホの着信音が鳴り響く。
事務所か……? じゃない。
ああ、“役所案件”か。
「はいはーい、どしたん?」
電話の向こうの声が……何か微妙に面倒臭そうだ。
「どしたん? じゃありませんよ。先日お願いして行って頂いたあの案件、あれ全然解決してないじゃないですか!」
エイルのキンキンした声が耳に刺さる。うるせぇなぁ。
「あの件って……どの件?」
「富美之山町の前田さん宅の件です! まーた“現れた”って、今お電話が」
ああ、あのバアチャン家ね。てことは……ああ、“アイツ”か。
「あーわかったわかった、今から行くわ」
「ちゃんと報酬は出しますから、今度こそしっかり“お願い”しますよ!」
「へいへい、毎度!」
「さーおや~……さおだけ~。もーのほし~……ブチッ」
しゃーねぇな、やるか。
アタシはスピーカーから流れるオッサンの声を止め、エイルから指定された地区へと舵を切ったのだった。
呼び鈴を押す。
ピンポーン。ピンポーン。
ざっざっざっ、スリッパが廊下を叩く音が聞こえ、間もなく玄関扉が開いた。
「お待たせしました、“一級・祓魔師、キャサリン”、到着しました」
これがアタシの本業だ。
玄関の隙間から、申し訳なさそうに顔を出す前田のバアチャン。
「忙しいのに、ごめんなさいね」
こっからはサオ屋じゃなく“教会”のお仕事モードだ。
「いえ、こちらの仕事に不備があった様ですので。申し訳ございません」
「違うのよ。前回経緯を聞いて、“そうしてあげて”とお願いしたのは私の方なんだし……」
まあ、起きてしまった事はしゃーない。
「で、“奴”はどちらに?」
困った様に二階を見上げる前田さん。
「多分……二階じゃないのかしら? 私、あまり視えないから何とも言えないのだけれど……」
あまり……? どういう事だ? まあいい。
「わかりました」
玄関先に停めた軽トラに戻り、物干し竿の下に置いてある“仕事道具”の蓋に手を掛ける。
タンクトップの上に対霊障用のトゥニカを羽織り、頭にウィンブルを被ると……荷台へ乱雑に転がしておいた“撲殺用の大型ロザリオ”を担ぎ、悪霊殺しのサブマシンガンを手に取った。ああ暑いのにウゼぇ、“アイツ”今日こそは一発ブン殴ってやるか。
「あの……」
何か言いたげにする前田さんに一礼し、玄関にお邪魔する。
「では、お邪魔いたします。前田さんは玄関に居てください。後でお呼びしますので」
「あのね、キャサリンちゃん……」
返事をせず、二階への階段を睨んだ。彼女の言うとおり気配は二階から。間違いない。
きっと前田さんのバアチャン、長い間ヤツと“同居”する内に、何となくその所在を感じ取る様になってしまったのだろう。通常“アレら”が専門の訓練を積んでいない一般人に視える事は基本的に無いワケで。
──ジジッ……ジー……ジジ……
暗い。おかしな程に。
間違いなく霊障だ。
激しく点滅する電灯の灯りを頼りに、二階への階段を上ってゆく。
──“カエレ”──
反響するその“声”。
無視したまま、一歩ずつ階段を上る。
──ガタガタガタ……
壁や屋根が地震の様に振れ、パラパラと小さな埃が舞い散った。
(間違いない……“奴”は上だ)
二階の廊下に辿り着き、顔だけ覗いて奥を観察すると……
──ギイッ! ギギッ!!
バタン! バタン──!!
怒り狂った様に扉が暴れ、アタシの来訪を拒絶した。
──“去レ”──
地の底から響く様な、野太い男の霊障。
サブマシンガンに装着した投光器を構え、昼間とは思えない程に暗くなった通路の奥へと光を投げかけた。
──ウォォォォン──
突然、辺りを取り巻く薄暗い霧。
それらは怨霊の様な形を取り、様子を伺うアタシの身体に纏わり付いて来る。
(あそこか)
立ち上がり、突き当たりの部屋へと一気に距離を詰めた。
──バタン──
急に扉が閉まり、ノブに手を掛けるが……ダメだ、これは“腕力では開かない類”のもの。ドアが現実と異界の狭間で曖昧になってる。
背中に担いでいた鉄製の巨大な“鈍器”を手繰り寄せ、胸の前で構えた。悪霊如きが一級祓魔師ナメんなよ?
「光よ、我が前に立ち塞がる“神の敵”を、その輝きをもって退け給え──」
鈍器で扉をコツンとやると、パチン──!! まるで電気が短絡したかの様に、紫の火花が飛び散る。
──ウォォォォォン……
アタシの侵入を拒絶する“声”。
扉を開け、室内に入ろうとすると……ある異変に気が付いた。
足元を確認しつつ、敷居の部分を鈍器で押さえる。
「神の威光は、我が行く手を照らす──」
──パチィン!
再び呪詛の弾ける音。
もしそのまま侵入していたら、きっと別の部屋の入口に飛ばされていたのだろう。
家屋内部における部屋の境界というのは、玄関などの外部へ繋がるものと比べて存在が曖昧だ。奴等の様な“ポルターガイスト”は、よくこれを利用し、祓魔師を寄せ付けない。
だが、アタシには無駄だ、通用しない。
部屋へと侵入する。
見渡すが……何も居ない。そこには、何者かの強烈な気配を孕んだ暗闇だけが押し込められていた。
「あのキャサリンちゃん、ちょっとこっちに……」
突然、背後から前田さんの声。
アタシが振り向くと、手招きする彼女の姿が見えた。
躊躇なく、鈍器で彼女の腹を突く。
「ギャアアアアアアアッ──!!」
耳を劈くような、地獄の声。
彼女は目から血を流しながら、笑って首を何周もグルグルと回した。
「汚らわしき神の敵よ、去れ──!!」
「$%&’%怨(&%’呪$%&#$’&%($’%──!!!」
「真なる信仰者は、異端の声に耳を貸さず──」
醜悪な呪いの言葉を吐く傀儡へ、鈍器を強く押しつけた。
一歩、二歩、前へ出るが……部屋の敷居を跨ぐ前に、アタシは前進を停止する。
「引っ掛かるかよ」
悔しそうな顔で霧散する悪霊。
どうせアタシが部屋に入った後に、何処かへ飛ばそうと敷居を別の空間に繋げ直したのだろう。
それから……部屋の入口を塞ぎ、手にしたロザリオを四方へと振りかざした。
「主のなされる輝きは、この世から一切の闇を払い、また一切の悪を打ち滅ぼす──」
──ギイイヤァァァァァァッ──!!
逃げられない様に退路も塞いだ。さて。
「あのー、前田さーん! コイツ、追い詰めましたよ」
暫くすると、恐る恐る階段を上ってくる彼女の気配が。こっちは“本物”のバアチャンだ、間違いない。
「とりあえず、この部屋に閉じ込めてあります」
じっと暗闇を覗く前田さん。
「そう……“あの人”は今、ここに居るのね?」
「はい。それでは……」
部屋の中央に進み、吊された電灯の紐に手を掛ける。
カツン──
そのまま躊躇無く灯りを付け、部屋のカーテンを開け放った。
……暗い。
「お前、雨戸までしてたんかい……」
そう呟きながらガラガラと部屋に光を招き入れ、ソイツの方へと振り向く。
やっぱり。
そこには……部屋の隅で頭を抱え、ガタガタと震える髭モジャのオッサンの姿があったのだった。うわぁ、面倒くせえ。




