その35.
明けて翌日、引き続き捜索。特に進展のないままうろうろ歩き回り、遭遇する雑魚をひたすら倒していく。
少しずつ疲弊しながら、戦闘が単調な作業になり始めたころ。
「敵が出なくなってきたな」
「そうだね……それになんだか、空気も軽くなってる気がするね」
お、フラグ揃ったな。
アルディウスとロコナのこの会話は、次の展開への導入。
「空気が軽いって?」
「ライランは影響があまりないから、わかりづらいかもしれないね。この森は、魔族に属する魔力がすごく濃いんだ。だから魔物が強いんだよ」
魔力が高いジョブのヒロインだと気づける仕様である。ヒロインの個性も大事よね、っと。
「ここらの魔物を大量に倒したために、充満していた悪しき魔力が薄くなったと見えますな」
「そうなんだ……じゃあ、魔物を全部倒したら、この森はもとに戻るのかな?」
やり始めそうな声色で言わないで欲しい。このお嬢さん、地道な作業を延々とやるの好きなんだよね。ほんとMMOに向いてるよ、乙女ゲームよりもね……。
「あれ?」
ライランが首をかしげた。
「どうしました、ライラン」
「あ、ううん……魔物が消えないなって思って」
このゲームでは、倒された雑魚モンスターはすぐに消えていく。
だが今しがた倒したはずの骨の合成獣は、ばらばらに崩れたままその場に残っている。
地鳴りが始まる。あたりに黒い霧がたちこめていく。
「ライラン、下がるんだ!」
ロコナが鋭く声を上げ、大剣を抜き放ちライランの前に出た。
木が薙ぎ倒される音が近づいてくる。
地面を揺らし、巨躯の化け物が姿を現した。
「ここらのボス、ってとこか?」
「でかいな」
樹と悪魔の番人。ちゃんと名前もあるけど、だいたい「レイルダムア前のボス」って呼ばれる。
こいつの特徴は、まずでかさ。身の丈は俺らの3,4倍を優に超え、ボスクラスでもこのサイズはなかなかいない。
そして、がっつりと禍々しい。巨人の悪魔が、どす黒く肥大した樹人とまざりあっている。ライランを盗み見ると、びびって口元がひきつっていた。ラナテルデス、メインに関わる魔物は特にガチめのホラー仕様が多い。
頭に生える髪は黒くまばらで、波打ちながら顔らしきものを覆う。隙間からのぞく暗い空洞の目が、敵意を持ってこちらに向けられている。
やつが一歩を踏み出す。地鳴りとともに、その足元の地面が黒く変色してわずかに沈んだ。
「やる気十分だね。あんたの縄張りを荒らしちゃったかい?」
ロコナが口端を片方上げる。
「だがな、ここはもともと人と精霊の土地だ。我が物顔は頂けないね!」
応えるように番人が咆哮を上げる。
びりびりと大気が震え、戦闘開始。
***
戦闘順は、素早さの最も高いライランから。
ライランはセオリー通り、自分の素早さがさらに上がるバフをかける。武闘家はほんっとに自分への強化しかない、生粋の脳筋。戦闘下手な人にやらせとくには正解だと思う。他はやっとくからダメージ入れといてねって感じ。
続いて双剣のアルディウス。こちらも近接アタッカーで、武闘家よりもポテンシャルが高い。イージーじゃなく、テクニカルモードでがんばると、ダメージの伸びが楽しいことになる。
ラナテルデスの戦闘ってミニゲーム要素が多くて俺は結構好きなんだけど、遊んでるユーザーはそんなに多くないのは残念。まあ当たり前か。
アルディウスは様子見として最初に切りかかる。
「かたいな。魔法のほうが効きそうだ」
「我々には剣とこぶしがございます!」
ロコナが魔法を唱え、水の属性を剣に宿らせる。
「木相手じゃおまじない程度かね。まあ試してみようか」
そう、木相手に水は微妙である。ロコナの攻撃は命中するが、手ごたえは薄い。
灰森の魔物達は死と魔の属性を持っていて、それに効くのは生と聖。たいていヒロインが持っているんだけど、我らがライランにそんなものはございません。ヒロイン人気のジョブ、鉄板の神官、聖歌士、花踊士あたりはどれも有利な聖属性持ちで、灰森の敵には効果が高い……が、そんなものは略。
「いきます!」
ライランの連撃。決まったものの、こちらも手ごたえは薄い。ちなみにケロはステータスが低すぎて、ターンが回ってくるのは周回遅れになります。レベル70のエリアに50のケロなんだから仕方ない。そして上限なのでもう伸びない。ここまで育ててくれてありがとう。
番人のターン。身をかがめたかと思うと、やつは自分の右手を喰い始めた。ライランが短く息を吸う。
「こいつも厄介なことをしてくるんだろうね。気をつけて!」
ホンドウがちゃんとロコナやってる……って脳内でいちいち考えちゃうから、正直いって邪魔なんだが、まじめにやってるなら追い出せない。次にくそ野次いれたら出禁だけどな。
番人が右手を吐き出す。喰われた先は、紫と緑のねばついた蔓へと変わっている。どろりとした生々しいSEも相まって、ライランはすっかり青ざめて、いつも通り反応が素直。
「腐ってるんだか毒なんだか知らないが、触らないほうがいいんだろうな」
「アルディウス、切り落とせるかい?」
「やってみよう」
また順番のまわったアルディウスが番人の右手を狙い、ポイントをつけていく。斬る順番みたいなイメージ。
アルディウスが毒とおぼしき蔓部分を避け、肩のつけね付近にラッシュを決めるが、ダメージは見受けられない。
「ほかよりさらに硬い。右手を守ってるのか?」
「であれば、気になりますな。試しにわたくしが蔓に攻撃してみましょう!」
「だめ! ケロタニアンは防御しててっ!」
ひどいこと言う! でもやっと回ってきたケロのターン、防御なんてしてられませんよ。
「弱点を守るのが性というもの。おまかせあれ~!」
ぴょーいと飛んで、宙をさまよう蔓に盾をびたーんと打ちつける。
そして、ぱちーんとはじける毒の粒。
「ぎゃああ!」
「ケロタニアーン!」
ライランの声が怒っている。わはは。まあこれやらないと話はじまらないからね。
「え、ケロタニアン、顔になにかついちゃってるよ!?」
駆け寄ってきて、ケロの顔をぐいっとつかんでのぞきこむ。力が強いんよ。メンバー最高筋力なんよ。
「なんだろうこれ、種?」
そう、種である。蔓には種がびっしり詰まった袋がいくつもついていて、攻撃を受けるたび破裂して飛散する。
「取れない……」
「痛い、痛いでございますライラン。顔が伸びてしまいます」
「あっ、これまさか、おじいちゃんが言ってた種?」
――木喰い樹が木を食い終わると、大量の種を吐くんじゃ。
正解、よく思い出せました。こいつ、木喰い樹の親玉なんだよね。
「おじいちゃん、無理に抜いちゃいけないって……え、じゃあこれ取れないの!?」
「でもライラン、ケロタニアンの読み自体は悪くなさそうだよ。あいつ蔓に攻撃されたときのほうが、よほど堪えて見える」
ロコナがわざわざ言うのは、お嬢さんが敵のHPバーを表示させてないからである。表示させてれば、本体と右手がそれぞれ別の攻撃対象になってることがわかるし、攻撃がどれだけ通ったかもヒントになるんだけどね。まあでも、ネームタグもない、アクションアイコンもない、こんだけすっきりした環境だと没入感はえぐい。
「みんな種だらけになっちゃうよ……」
「ご安心召されよ、種は我が盾ですべて受けてみせましょうぞ!」
「もう顔にいっぱいつけといて、なに言ってるの!」
だよねー、って。でも、うちみたいな脳筋は短期決戦じゃないと。ケロの性格的にも、危険なことは自分が試すから、流れとしてはおかしくない。それに正直、全滅してテンポ崩したくないシーンだからって本音もある。
「ケロタニアンの盾はともかく、持久戦は避けたいね。見てごらん」
ロコナが番人の足元を示す。こいつは、歩いた地面を毒エリアに変えてしまう。長引くほど、安地が減っていく。
「大丈夫、あたしら叩き伏せるのは得意だろ。行くよ!」
「は、はい!」
物騒な笑みと凛々しい掛け声で、ロコナは強撃を選択。ライランもつられて覚悟を決める。
種の飛散、ケロはがっつり顔から食らったが、回避が高ければこれも被弾を減らしながら攻撃することができる。絵的には、露出してる部分をかばって服に種をくっつける感じ。
さて、じゃあケロはっと。
「うおお悪魔の樹め! 正義の剣を食らっ、ゲコーッ」
とてとて走って毒の沼地にイン。
「ケロタニアン!?」
「ばかか、前以外も見ろ!」
ずぶずぶ沈みかけるケロタニアンを、アルディウスが引っ張り出してくれる。ふふふ、剣藤さーん。
「アルディウス、危ない!」
「!?」
「いかん、アルディウス殿ーっ!」
背中を見せたアルディウスに、番人が鋭く蔓をしならせる。それを助け出されたケロが! 体を張ってかばう!
「ゲコーーーーっ」
「け、ケロタニアーン!」
やっべ思ったよりゲージ減る!
「このっ……俺をかばうなーー!!」
(アカツラ貴様!)
(ははは、今回だとアルディウスの名台詞を出す機会がないかなと思って!)
(これはアルディウスのレディ達のためのものだ! カエルのためじゃない!)
キレたアルディウスがケロを猫づかみする。ぶらーん。
「あ、アルディウスさん!? ケロタニアンをおろして下さい、手当てしないと」
目を回してるケロを鬼の形相で睨みつけるアルディウスに、ライランがアイテムを取り出しながら駆け寄ってくる。そのままぺっとケロを捨てるアルディウス。
「あっ、そんな……でもケロタニアン、無茶しないで、アルディウスさんだって心配するよ……」
絶対心配してるわけじゃないけど、そう受け取ってもらえるほうがいいか。ごめんねお嬢さん、裏で勝手に遊んじゃって。
「ゲコゲコ……申し訳ありません、ライラン。つい体が動いてしまうのです」
「ケロタニアン、顔がスイカの種だらけみたくなってるよ……」
悲しそうに言われて、つい笑いそうになった。ほんとだね、これ悪魔の種なんだけどね。
「ライラン、手当てはあとにしな! 先にこいつを倒すよ!」
ロコナがもっともなことを言い、ライランはあわてて立ち上がった。
***
番人は倒したものの、満身創痍となった俺達。
「この種、どうしたらいいのかな。倒したら消えるかと思ったのに、残っちゃったし、やっぱり取れない……」
「痛い、痛いのでございますライラン」
お嬢さんケロの扱いだいぶ雑になったね? ケロの面の皮ってこんなに伸びるんだな。知らなかった。
「こわいから、おじいちゃんに聞きに戻りたい……いいかな」
「もちろん。回復薬もだいぶ使っちまったしね」
ライランは影法師に話しかけようとし……そこで動きを止めた。ぱっと振り返る。
「ライラン?」
「女の子がいる」
文字通り、吸い寄せられるように走り出す。
「待って!」
「ライラン!」
あわてた俺達の声など耳に入らない様子で、まっすぐに駆けていく。ここまでずっと警戒しながら進んでいたのにね。事故が起きるのってこういうときだからぜひリアルでは気をつけて頂きたいですね。
「待って……待って!」
ライランには、灰色の髪の少女が見えている。プレイヤーに姿を見せては、幽霊のように消え、また現れて。導いていく。
とうとうライランの足が止まる。視線の先の少女は、表情なくライランを見ている。切れ長の大きな眼。
そうだ、とライランがポシェットから懐中時計を取り出す。
「これ、返さなきゃって……それとも、私にくれたの?」
尋ねながらライランは、懐中時計に起きた変化にすぐに気づいた。
「ぜんまいがささってる……?」
誰の手も借りず、キリリ、キリリ、時計を巻く音。何度かのあと、ぜんまいはすっと消える。
止まっていた秒針が逆さに回り出す。
時計が光を帯びたかと思うと、次の瞬間、視界を奪うほどに強まった。ライランは短く悲鳴をあげる。
「なに……」
おそるおそる目を開けると、地面を覆っていた灰が消え、森の奥へと続く道が現れた。




