その33.アクターは茶番がお好き
「あ、アカツラさん、おはようございまーす」
「ホンドウ、ここ俺の楽屋なんだけど」
なにそのソファ? ロココ調?
俺は優雅すぎるソファを消した。ホンドウが畳に落っこちる。
「ぎゃあああ! 痛い!」
痛いわけねえだろ。ここはノーサンクスじゃ!
大げさに痛がって見せるホンドウを無視して、いつも座ってる籐のソファに座る。楽屋は自分で家具やら出して、内装を決められる……って。
ここ俺の個人楽屋だぞ。ホンドウにも家具出す権限があるのはおかしくない?
「うわ、社員ならデフォルトで権限あるのかよ。おかしいだろ」
「みんな設定変えてますよ。アカツラさん知らなさそうと思ったら、ほんとに知らなかったんですねー」
まったく悪びれず言ってくるホンドウは無視して、設定を変更する。ゲームの中なら、今の俺には絶対モヤりのぐるぐるが出てる。
「ねー、僕にも椅子下さいよー」
「おまえ、入り浸りすぎなんだよ……」
「俺にもくれ!」
しゃらんらーって、ツリーチャイムのような音とともに剣藤さんが現れた。比喩ではなく、最近登場時に専用ジングルつけるのにハマってるらしい。一生人生楽しいだろうな、この人。
仕方ないのでふたつ椅子を出すと、ホンドウは喜んで座った。
「レトロですよね~、こういう椅子なんていうんでしたっけ」
「ラタンだな。アカツラの楽屋はなかなか好きだぞ。瀟洒で俺に似合う」
「しょーしゃ」
「上品で、垢抜けてるってことだ」
アホの子の顔で繰り返すホンドウに、剣藤さんは呆れることなく答える。剣藤さんも文句言わずに座ってくれたので助かった、って思ってたら、突然の褒めに俺がびっくり。
「褒めすぎじゃないですかぁ? ほんとに、ただの大昔の田舎って感じじゃないですか」
ホンドウがいつも通り失礼だが、恐ろしいことに最近は腹が立たなくなってきた。
ホンドウは人が褒められると、必ずやっかむ。相手が実績のある剣藤さんだろうが、サポアクぽっと出の俺であろうが、例外はない。なんだったらこいつ、剣藤さんの猫をシャルさんがほめたら「僕のほうがかわいいのに……」とか言ったし、要は自分が一番かわいがられなければ不満なんだよな。
「大正から昭和初期の、和洋文化だ。黄金色の畳に、洋館めいた大きな木窓がいい。籐の椅子に欅の座卓の組み合わせは実用的で、品がある」
「いや、本当に田舎のじいちゃん家に寄せてるだけなんで……」
小上がりにずーっと替えてない畳敷き、でかい窓、籐の家具、全部湿気を逃がすため。じいちゃん家は山の中にあって、涼しいけど湿度がやばい。そのくせクッションはばあちゃん手作りのあったかキルトで、昼寝の枕にすると後悔する。
ぽかんと口を開けてたホンドウが我に返った。
「剣藤さんって歴史オタクとかなんですか? なんでそんなすらすら出てくるんですか」
「俺は自分が似合う時代や世界観について研究している。いつそういうキャラを演じる機会が来てもいいようにな!」
「け、研究……!?」
「この部屋なら、そうだな。旧華族がお忍びで来た、なんてどうだ」
そう言うと、剣藤さんはアルディウス君にアバターを変えた。ただし、公式の服装ではなく、白シャツに濃赤のベルト付きベスト、黒のスラックス。
少し長めの髪を後ろになでつけ、籐椅子に座って優雅に足を組む。
「か……かっこいいじゃないですかぁ……!」
ホンドウは口は悔しそうにわななかせ、しかし目はハートが浮かばんばかりに輝かせる。感情に素直すぎると人ってこうなるのか。
「アカツラ、音楽だ」
俺に目線だけくれて、指を鳴らしてくる。はいはい。
曲を選んで流す。古い映画で、見つからないなにかを探し続けて主人公が歌う歌。
窓辺に立って、アルディウス君が俺に優雅に手を差し伸べる。まなざしはもちろんヒロインに向けるソレであり。ため息はつくまい。
旧華族のお忍び男子か。それならお相手は? ここは半端に洋風な畳敷き、足はすべらない。
俺は白足袋の大正メイドさんにアバターを変え、お忍び男子の手を取った。そっと引き寄せられる。
狭い部屋、音楽に合わせて揺れながら、ふたりはステップを踏む。おかっぱメイドは恥ずかしそうにうつむいています。
小さくターンをしたところで、俺は曲を止めた。これで十分だろ。
「えええ、おふたり、踊れるんですか……!」
「おまえもワルツくらいは踊れたほうがいいぞ。アシスタントを入れてもいいが、客はわりとわかってしまうからな。なにより、踊れたほうが俺がかっこいい」
髪を払いながら言う剣藤さん、行動指針は本当にブレがない。
さて、なにが言いたかったといえば。
「アクターは自分の演出を深めたり広げたりするために、いろいろ勉強してるんだよ。シナリオ書けるアクターも多い。つーか、よくそれでメイン試験通ったな……」
「ホンドウはね、承認欲求モンスターだから、化けるかもってことで上げたんだよねー」
「シャルさん」
こういうのはいつもシャルさんが教えてくれるのになーって思ってたら、手をふりふり、シャルさんが現れた。
「その理由ひどすぎませんかぁ!?」
「え、傷ついた?」
「特には! 事実ですし! 僕が世界で一番かわいくてかっこいいことを知らしめたいです!」
「そうそう。その志望動機でやらせてみるべってなったわけ」
あははーって笑っている。ひどいのと傷つくのは別らしい。どっちもどっちで草も生えない。
「この場を使ってロマンチックな演出をしたのがメイン、それを受けて足りないところを補ったのがサポアク。
アカツラはこの場に似合うヒロインと、古い名曲を選んだ。この曲ならホンドウでも知ってるだろうし、導入も短くて場が間延びしない」
「うむ。アカツラの仕立てはセンスがいいな。イアンザークがなぜかよくBランクのサポアクを入れると聞いたときは不思議だったが、納得しているぞ」
今日は俺の褒められ回らしい。ちなみに今は試験を受けたんでAになりました。剣藤さんのサポートはSかAランクからで、万年Bだった俺は一緒にやったことなかったんだよね。
「アカツラさんばっかり褒められてずるいです! 僕だってサポアクくらい……いやでもやっぱり地味だし、メインのほうが……」
「おまえのメンタル適性は絶対メイン全振りだから、そこはブレなくていいよ……」
なんでも欲しがるんじゃないよ……って、全部を欲しがるのもメイン属性か?
シャルさんが突然、ミチル先生にアバターを変えた。いつものふわふわクリームの髪をこちらもなでつけて、服装は……大正ロマン軍服きたー。
「お嬢さん。最後のワルツを、ワタシと踊って頂けませんカ?」
微笑んで俺に手を差し出してくる。ちょっと片言なイケボ。
トレードマークの眼鏡はナシ、ツラの良さを存分に活かす構え。ミチル先生だって顔はいいんだよ。だって乙女ゲーなんだから。
アルディウス君が俺とミチル先生の間に入る。
バチバチしだす空気。えーと、シャルさんはなにをしたいんだ、これは。
俺はホンドウを見た。さっきからアホ面継続でアルディウス君とミチル先生に見惚れている。心からイケメてるのが好きなんだよな、メインアクターさん達って。
「えっ?」
俺扮する大正メイドちゃんは、てててっとホンドウの後ろに隠れた。
まだぽかんとしているヤツの裾をちょこっとつかみ、上目遣いでヤツを見る。
「ネヴィオくん……」
おまえの好みは知らんが、とりあえず高めウィスパー系ボイスにしといたぞ。さあ、なにをするかわかるだろ。自分は関係ねえって顔してていいのは、俺だけなんだよ!
ペカ! っとホンドウは無事ひらめいてくれたらしい。自分の担当キャラであるネヴィオ君に着替える。服は……なんだそれ、少年探偵か……? ネクタイにひざ丈のズボンって。似合ってはいるけど、ネヴィオは青年だぞ。まあいっか。
遠慮なく睨みつけてくるアルディウス君と、笑ったまま凄みを出してくるミチル先生に、まったく怯むことなくネヴィオ君は向き直った。
「最後のワルツは僕と踊るんだ! おじさん達は引っ込んでて!」
やめろ、俺を笑わせるな。普通にイラっとしたおじ……お兄さん達がネヴィオに詰め寄る。
「その意味がわかってるのか? 彼女が誰か、おまえわかってないんじゃないか」
「彼女の名前を知ってるのデスカ?」
え、俺はどなたなの? 意地悪なお兄さん達は、からっぽの設定を無茶振りしてくる。
「この子が僕と踊りたがってるんだから、関係ないでしょ。名前だって事情だって、この子から聞くから結構だよ!」
そう言うと、裾をつまんでいた俺の手をぎゅっと握った。やるじゃんホンドウ。てか『根拠のない自信にあふれた天然キャラで、自分と違いすぎてわからない』とか言ってたけど、ネヴィオはどう考えてもホンドウを参考に作られてると俺は思うよ。
そのとき、鳩時計が鳴った。それが茶番……もといエチュードの終わりってことにして、俺はアバターをケロに変える。
「ああっ、せっかくかわいかったのに!」
「よかったじゃん、ホンドウ。今のはちゃんとかっこよかったぞ」
「ほんとですか!? まあ、当然ですかね!」
コツをつかんだ気でいるらしく、ホンドウは鼻高々ニッコニコで答えた。シャルさんは誉めて伸ばすタイプ。自信あると演技も自然になっていいよね。
「今ならネヴィオをうまく演れる気がしてきました。予約入らないかなあ」
「ワンガールさんに相談しな、ピックアップボーナスつけてくれって。それに夏天祭もあるんだから、アピール考えておけよ」
新しく籐椅子を出して座った。俺が愛用している長椅子はすでに剣藤さんが足を伸ばしてくつろいでらっしゃる。シャルさんはちゃんと椅子の数を確認して、俺にありがとなーって言いながら座ったので、現実でモテるのはシャルさんであるべきです。
「そうだ、夏天祭。僕、限定イベントなににするかまだ決めてないんです。ケロタはどうするんですか?」
「ケロが出るわけないだろ……って、ワンガールさんが張り切ってたからか。結局なしになったよ」
でもあの調子じゃ、来年はLiSe対象のNPCも限定個別イベントが増えてるんだろうな。来年どころか、ハロウィンにはもうあったりして。シークレットとは。
「え、じゃあアカツラさん仕事ないじゃないですか」
「めんどくせえ! シャルさん、なにするんです?」
こいつは俺の情報を聞いてくるわりになんも記憶しないのが本当に。俺の身分はサポアクなので仕事なんていくらでもあるんだよ。っていうか、ケロタ? なんでおまえだけの呼び方作ってんだ。
「俺はねー、ミチル先生のふたりきりの夏期講習。現代パロ」
「大丈夫です、それ?」
「どういう意味よ?」
あなたコアファンにはエロすぎるって話ですよ。ほんと大丈夫? いじるの怖いんで黙りますけど。
「アルディウスは海デートだな。チェリヤの海には行けないが」
「お。とうとうアルディウス水着解禁か?」
「ああ。水着は36タイプ用意したんだが、結局キャラ的にシンプルな2タイプになってしまった。アルディウスはなんでも似合うのにもったいない」
男の水着ってそんなあるっけ?
「アカツラさんの水着ってなんですか? スクールですか?」
「へぁ??」
ひさびさ変な声でちゃった。
「え、俺の水着を聞いてるの? ケロじゃなくて?」
「ケロタの水着ってクソダサの太古のしましま囚人服じゃないですか。そうじゃなくて、アカツラさんの水着って地味そうだなって思って」
いやクソダサでいいだろ、ケロがかっこいい水着着てどうするんだよとか、頭の中で渋滞するが。俺の水着。シャルさんが後ろでげらっげら笑っててもうね。
「やー、腹痛い。どうでもいいけどさ、こいつ髪の毛ピンクなのに、普通の水着のわけなくない?」
あ、それはハイ、そうかもしれんけど。
「おまえに水着をお披露目する気はないんで……見たいならがんばって俺の好感度稼いでね……」
「えええ、見たいんじゃないですよ、気持ち悪い。教えるだけじゃないですか」
「最初からずっと思ってたんだけどな、おまえはここに何しに来たんだよ!?」
前言撤回、ホンドウはイラつきます。
「暇だから来ただけですけど」
「待て、アカツラ。俺は暇じゃないぞ。ホンドウがここに来たみたいだから来ただけだ。仲間外れはいやだからな!」
「俺は普通にアカツラに用があって」
「そうなんです!?」
早く言ってよシャルさん。
「そろそろレイルダムア入るだろだろ。サヤトのビジュアルが確定したぞ」
「確定って……してたはずじゃ? 変更あったってことですか」
「あはは、実は二転三転してたよ。そもそもさ、アバター使いまわすって言ったくせに速攻コンペやってたろ?」
あら言われてみれば。
「ワンさんが文句言わないようにいろいろ誤魔化しつつ、なんだかんだで案をいっぱい用意させて、そこからさらにこだわっていくのがマオカさんのやり方なんだよねー」
なるほどね、って。ワンガールさんがキレてるとこまで余裕で想像できちゃった。
「やっと話が進んで来たな。脚本通りにやったきりだから、アルディウスの人生を中でなぞれるのは楽しみだ」
「暗いんですよねーレイルダムア。せっかくなら僕、もっと華やかなやつがよかったです」
「ラナテルデスって、意外とメインストーリー重いもんな。花と魔法の乙女ゲームなのにな」
終業時間過ぎてるのに、盛り上がる皆さん。
ケロのラナーカードを見ると、確かにアバターが更新されていた。通知は来るんだけど、マオカさんがいじりまくってるらしく、常に通知はつきっぱなし。今も確認するために楽屋に来たはずだったのに、この有様である。
「アカツラ!」
内容に集中してたみたいで、少し驚いた。顔を上げると、シャルさんが俺に向かって、親指ぐっ。
「初キャラおめでとな! おまえは本意じゃなかっただろうけど、本来ならデビューキャラなんだぞ。せっかくなんだし、喜んでおけよ」
「あっ、そうじゃないか! 失念していたぞ。安心しろ、花束が来なかったら、この俺が最大のやつを贈ってやるからな!」
笑ってしまった。アクターの応援として、専用の花束を買うと、その代金の大半がアクターに入る。アクター仲間では、初めて花束を贈られたときが『本当のデビュー』みたいな感覚がある。
「剣藤さんがくれるんですか」
「えええ、僕には……僕には……」
ケロは今後も続くけど、俺がメインをやるケロはお嬢さんだけ。他の人には他のサポアクが入る。だから、俺がもらえるとしたらお嬢さんだけ。でもお嬢さんがその制度知ってると思えないし、投げ銭して欲しいわけでもないしね。
ってことは俺、本当に剣藤さんから小遣いもらえるんでは? ありがたいね。小遣いって大人になってからのほうが嬉しいかもしれない。




