第8話:戦国マインドの身内〜なんか色々あったんだわ〜
親父が桶狭間で討たれてから、さらに数年の歳月が流れた。
二十代半ばを過ぎた俺は、駿府の広いお屋敷で、ある確信を胸にのんきにお茶を飲んでいた。
(やっぱり、ここは俺の知っている歴史とは違う、パラレル日本なんだな!)
だってそうだろう。
歴史に疎い俺の知識では、今川家は桶狭間で織田信長に『攻め滅ぼされた』はずなのだ。
なのに、あれから数年経っても信長は一ミリもこっちへ攻めてこない。
それどころか、元康くんが西側を防波堤のように守ってくれているので、我が今川家の本拠地であるここ駿河(静岡)は、驚くほど平和そのものだった。
滅びる気配が全くないなら、あとは領国を豊かにして平和に暮らすだけだ。
そこで俺は国を豊かにするために、前世のうっすらとした経済学の記憶を頼りに、ある経済政策をじいやたちに提案した。
「これからは、市場を活性化するために、市場にかかる税の一部を免除する!
誰でも自由に商売をしていいよ!」
出店するのにかかる税金をタダにしたり、自由に商売出来るようにすれば、商売人が集まって街が賑わうはず、規制を緩和すれば市場がどうたらとか習った記憶があったからだ──あと戦国といえば、どんな政策かは詳しくは知らないけど、信長が『楽市楽座』というのをやったとかは少し記憶にある。
だが、これを聞いたじいやたちは、ガタガタと震えて大広間に平伏した。
「な、なんと……! 税を免除して一部商人の独占を排し、この駿府へ人、物、金を一気に集中させるというのですか!?
織田や武田すら思いつかぬ、神がかり的な経済戦術……!
お屋形様、どこまで先を読んでおられるのだ……!(感涙)」
(いや、そんな凄いか?ただの税金フリーのフリーマーケットなんだけどな……)
政策は当たり、思惑通り駿府の街は爆発的に賑わい、俺の懐も潤い始めた。
よし、やっぱりここはパラレルイージーモードの世界だ。
そう安心していた矢先、地響きのような圧倒的な気配と共に、俺の部屋に一人の老婆が入ってきた。 後ろには、無表情で目が一ミリも笑っていない不気味な若い男を従えている。
「氏真。
義元が死んでからというもの、お前の差配は生ぬるい。
なぜ独立を企てた生意気な松平(元康)を、即座に大軍で叩き潰しに行かぬのじゃ!!」
今川家のドンにして、俺の最大の後ろ盾である俺の祖母──昔から武家の矜持にめちゃくちゃ厳しかった婆ちゃんの寿桂尼。
そして、その影のように控える冷徹な側近の三浦であった。
(ひえっ……今度はガチの戦国婆ちゃんが出てきた!
攻めにいかないのは元康くんが信長に対する盾になってくれてるからだよ!
頼むから平和に暮らさせてくれよ!!)
恐怖で縮こまる俺に、さらなる追い打ちが届く。
親父が亡くなり、松平が独立した事で、今川の体制が緩んだと見えたせいか、遠方の地元の武士(国人)たちが、一斉に不満を爆発させて反乱を起こしたのだ。
しかし、婆ちゃんの激しい檄を受け、三浦とかが率いる今川軍がガチの武力でこれを鎮圧。
行きたくはなかったけど、当主として俺も何度も出陣して、彼らの後ろをついて行った。
やっぱり、戦なんて無い方がいいに決まってるわ。
鎮圧された首謀者たちが大広間に引きずり出されてくる。
首を撥ねろと睨みつける婆ちゃん達を前に、現代人の俺は、首謀者たちに優しく語りかけた。
「もういいよ。
これ以上暴れないって約束してくれるなら、俺は全員許してあげる。
みんなで平和に仲良く暮らそう!」
「お、お屋形様……!
今川に刃向かった私達の 命を救ってくださるのですか……!」
涙を流して感謝する彼らを見て、俺は
「よし、これで丸く収まった!」
と胸を撫で下ろした。
だが、本当の戦国時代の恐怖は、その翌朝に待っていた。
三浦が、衣服に返り血を浴びた黒い人達と一緒に、いつも通りの無表情で俺の前に現れたのだ。
「お屋形様。
昨夜、反乱の首謀者たちとその一族、全員を裏で綺麗に『処分』しておきました。
これで二度と不穏な動きは起きませぬ」
「……え? 俺、許すって言ったよね? 釈放しろって言ったよね?」
「はっ。寿桂尼様ともお話しいたし、表向きは
『主君の慈悲で許された』
と見せかけ、完全に油断したところを闇に葬り去りました。
敵の息の根を完全に止める見事な罠(調略)。
この三浦、深く感服いたしました」
(違う、罠じゃない!!
マジで許してあげたかっただけなのに、この人たち勝手に裏で暗殺して、俺を冷酷非道な魔王みたいに仕立て上げてやがる!!
怖すぎるだろ戦国大名!!!)
ショックで胃に穴が空きそうになっている俺。
だが、身内の暴走はこれだけに留まらなかった。
ある日、同盟を組んでいる隣国の『武田晴信』とかいうおっさんの国が、山ばかりで『塩』が全く獲れなくて困っているという話を聞いた。
俺はトラブルを避けるため、穏便に済ませようとした。
「武田さんには、うちの塩をいつも通り普通に売ってあげなよ。
困ってるならなおさら、意地悪しないで優しくしといた方が、変に逆恨みされなくて安全だし、仲良くしてくれるでしょ」
現代人の平和的な保身マインドで提案した俺だったが、婆ちゃんと三浦は、鋭い眼光で俺を睨みつけて一蹴した。
「甘い! 甘すぎるわ氏真!
相手が困っている今こそ、我が今川からの『塩』を完全にストップさせ、今川の威信を見せつける絶好の機会じゃ!
他国に舐められては、お家は終わりぞ!」
「左様にございます。
流通を完全に差し止め、武田を困窮させるべき。
これこそが、今川の威信を周囲に示す最善の手にございます」
「いやいやいや待って!
なんでわざわざ相手を困らせる必要があるの!?
食べ物ストップさせるとか、嫌がらせ以外の何物でもないじゃん!
そんなことしたら、武田軍がブチギレて、生き残るために必死でこっちに攻めてくるに決まってるでしょ!
絶対逆効果だって!!」
俺は必死に止めた。
止めまくった。
だが、戦国マインド200%の婆ちゃんと三浦のコンビに、ただの現代人の正論が通じるはずもなかった。
俺の反対を完全に押し切る形で、今川家は武田への塩の輸出を一方的に完全ストップ。
塩という人間に絶対必要な物、つまり相手のライフラインを断ち切るガチの経済封鎖を強硬発動してしまったのだ。
(あああ、終わった……!
完全に宣戦布告じゃんこれ!
俺はトラブルを起こしたくなかっただけなのに、なんでこの人たち勝手に隣の狂暴な猛獣を全力で煽りに行っちゃうの!?)
胃痛が限界を突破しそうになっている中、いい事もあった。
29歳の時、俺に娘が生まれたのだ。
誰との子かって?それはもちろん糸ちゃんだ。
心が折れそうな俺を何度も立ち直らせてくれた糸ちゃんの優しさに俺はもうメロメロだったし、糸ちゃんも俺の事を憎からず思ってくれていたようで、二人がそうなるのはとても自然な事だった。
それに18歳になった頃の糸ちゃんの可愛さって言ったら、もう……。
脳内で、お前はロリコンじゃねーよなって叫ぶ天使と、糸ちゃんはお前をずっと待ってるぜ!と囁く悪魔が戦ったけど、全く勝負にならなかったわ。
恥ずかしいから、詳しくは言えないけれど、お互い好き同士で、めでたく本当の夫婦になり、可愛い長女まで生まれたので、ゴタゴタが色々あったにせよ、この時の俺は全てを忘れて幸せだった。
しかしその1年後、今川家を支え続けていた最後の盾──婆ちゃんの寿桂尼が、ついに大往生を遂げてしまった。
死の間際、婆ちゃんは枕元に佇む俺に遺言を遺していった。
「氏真……今川の未来はお前に託した。
ひ孫までこの手に抱けたわしは幸せであったよ。
わしの代わりに、甘いお前を支えるため、私の懐刀であったこの三浦を、お前の側近として残す……。
仲良く、やるのじゃぞ……」
「お屋形様。
これからは、この三浦が常に影のようにお側でお支えいたします」
(唯一の防波堤だった婆ちゃんが死んじゃった……!
俺がこれから今川を背負っていかないと駄目なのか……糸ちゃんや娘を守らないと……俺だけで大丈夫なんだろうか)
俺の不安は的中し、婆ちゃんが亡くなって、明らかに、駿府の雰囲気が変わった。
正直、俺にとって婆ちゃんは怖いという意識しかなかったけど、あの人が今川の事だけを考えてくれていたのは間違いなく、あの人が睨みを効かせてくれていたおかげで、
「こんな若僧の俺でも当主としてやっていけていた」
という空気をひしひしと感じた。
また、遺言のせいで、あの『主君の命令を深読みして勝手に裏で人を殺す一番怖いおじさん』と二人きりでこれからの戦国時代を生き残らなきゃいけない。
糸ちゃんと可愛い娘と暮らす俺のハッピーライフどこ行ったんだよおおお!!!って感じだ。
信長が来ないからパラレル世界だと安心したのも束の間、お家の中の戦国モンスターたちがやらかした大火災のバトンを渡され、命を縮められそうになる俺。
誰かお助けをーーーっ! と心の中で絶叫する、生きた心地のしない生活が、本格的に幕を開けるのだった。




