第6話:大勝利の知らせ〜そしてバグ発生〜
元服してから今日まで、我が今川家は織田家に負けなしの超イケイケ状態を突き進んでいた。
相変わらず俺は、ほぼ屋敷にいるニートだったけど、跡継ぎとして様々な教養を学ばせる為に、レイゼイさんとかいうおっちゃんから和歌を習ったり、最近では、ボクデンさんとかいう旅のおっちゃんから剣術を習ったりして、なんか一端の武士になった気分だった。
織田信長が跡を継いだとかいうから一時は焦ったが、蓋を開けてみれば、あっちの家は身内の派閥争いでガタガタのボロボロ。
その隙を突いて、我が今川軍は敵の領土へ怒涛の勢いで攻め込み、周辺の砦や城をガッツリ奪い取ってマウントをとり続けていた。
(前世の教科書にあった
『今川は信長に滅ぼされる』
なんて、やっぱりこのパラレル日本には一切関係ないじゃん!
どう見ても今川の勝ち確ゲームだわ!)
ここが俺の知る歴史とは違うパラレル世界だと確信していた俺は、目の前の現実だけを見て最高のニートライフが続くと信じきっていた。
地獄のカウントダウンが始まっているとも知らずに。
──そして二十三歳になった今年──永禄三年(1560年)。
うららかな新緑が美しい五月、親父が
「よし、仕上げに尾張の信長を完全にひき肉にしてやるわ」
と、織田にトドメを刺すために二万五千の大軍を率いて出陣した。
対する織田家は、必死にかき集めても数千が限界のオワコン大名。
十倍以上の兵力差だ。
「氏真様、お屋形様は本当にお強いのですね。これなら何一つ心配はございません」
駿府のお屋敷で一緒に留守番をしている糸ちゃんが、お茶を淹れながら優しく微笑む。
「うん、そうだね。
もう勝負はついてるようなもんだよ。
……あ、でも一応、親父には『ゲリラ豪雨とか、変な奇襲には気をつけてね』
とは言っておいたけどさ」
実質的な消化試合だ。
この世界の強すぎる今川家なら、信長が何か小細工をしてきても楽勝で踏み潰して終わりだろう。
俺は二百%安心しきって、のんきに高みの見物を決め込んでいた。
そして出陣から数日後。戦況を伝える早馬が次々と飛び込んでくる。
『申し上げます!
我が軍、織田方の国境の砦を瞬く間に攻略!』
『松平の軍勢も大活躍にて、織田軍は完全に潰走、お城に引きこもっております!』
届くのは、笑ってしまうほどの圧倒的な勝報ばかり。
じいやも
「ハハハ! 見ましたか若君! 織田のうつけ者など、我が今川の敵ではございませぬ!」
と大はしゃぎだ。
(ほら見ろ! 攻めて、攻めて、勝ちまくりじゃん! パラレル世界バンザイ!
これで俺のイージーモードな次期当主ライフが確定だぜ!)
完全に大勝利を確信し、糸ちゃんとお祝いのちまきを食べていた、五月十九日の夕方のことだった。
大広間に、泥まみれの伝令が文字通り転がり込んできた。
その顔は幽霊のように真っ白で、全身を激しく震わせている。
「も、申し上げます……っ!
本陣に、織田信長率いる手勢が急襲……!
激しい豪雨の中、不意を突かれ……っ!」
(……ん? 豪雨? 本陣に奇襲?)
俺の脳裏に、前世のうっすらとした記憶──『雨』の映像が不吉に蘇る。
嫌な汗が背中を伝った。
「落ち着け。
ずっとこっちが攻め勝ってたんだろ。
本陣が少し崩されたくらいで、二万以上の大軍が負けるわけない。
……で、親父は? 親父は今、どこで戦ってるんだ?」
俺の問いに、伝令は血を吐くような声を絞り出した。
「お屋形様は……本日、5月19日、『桶狭間』にて、織田の者に首を獲られました……!
我が軍、総崩れにございます……っ!!」
──パリン、と手元のお茶碗が床に落ちて割れた。
「え……?」
おけはざま。
今、こいつ何て言った? 桶狭間?
(……あの桶狭間、親父はあの桶狭間いたのかよ……っ!?)
名前くらいは俺だって知っている。
歴史上最も有名な大番狂わせの舞台だ。
だけど、歴史オンチの俺が知っているのは
『桶狭間で今川が負ける』
という結果だけ。
その前後の流れなんて、一ミリも知らない。
(待て待て待て!
じゃあ今まで今川が圧倒してたのも全部歴史通りだったの!?
パラレル世界じゃなくて、ここ、ガチの本物の戦国時代だったってこと!?
分からん、さっぱり分からん!!
この後今川家がどうなるかも、信長が次に何してくるかも、俺の寿命があと何年あるかも、何もかも分かんねえじゃねえか!!)
見えない。
暗闇の向こうから、ただ『滅亡フラグ』だけがこっちを睨んでる感覚だ。
(なんで俺は
『雨が降ったら絶対進むな』
って、もっとしつこく親父を止めなかったんだよ……っ!)
自分の浅はかさと油断への猛烈な後悔で、冷や汗が文字通り滝のように吹き出す。
二万五千が、たった数千に。
なんでそんな、ゲームの即死魔法みたいな理不尽な事が現実に起きるんだよ……!
愕然と立ち尽くし、頭の中が真っ白になる俺。
大勝利の絶頂から一転、大将が死んだことで、超巨大勢力だった今川家は一瞬にして滅亡の危機へと叩き落とされた。
そして全員がパニックになる大広間で、じいやが涙を流しながら俺を見る。
「若君……いや、お屋形様……! 今川の家督をお継ぎくだされ……っ!!」
(嫌だあああ!!!
ここで俺が新しいお屋形様になったら、次は俺が信長にブチ殺される番じゃねえかアアア!!!)
この時、完全に油断しきっていた俺の戦国異世界サバイバルの地獄の幕が、最悪の形で上がったのだった。




