第5話:三国同盟と早川殿 〜バックが強すぎて今川なら信長に楽勝でしょ!〜
元服から約一年。
十七歳になった俺に、親父(今川義元)から突然の縁談が下りてきた。
お相手は、隣国の巨大勢力・北条家の娘。
北条?鎌倉、室町幕府だったかな?まあ、俺でも聞いた事があるからかなりデカいとこだろう。
まぁ、いわゆる政略結婚というやつだ。
しかし、戦国リアルにエグいな……なんて思いながら対面したその少女は、なんと九歳前後。
どう見ても小学校低学年にしか見えない小さな女の子だった。
「……糸にございます。
よろしくお願いいたします……」
緊張のあまり小さな体をガタガタと震わせ、今にも泣き出しそうな顔で平伏する。
実家では『早川殿』なんてお堅い肩書きで呼ばれていたらしいが、本名は糸というらしい。
その姿を見た瞬間、俺の中の『現代人の常識』が猛烈な違和感となって作動した。
(いやいやいや! 待て待て待て! 九歳って!
小学生じゃん!
この時代、こんな小さな子供を結婚の道具にしてんの!? 正気かよ戦国時代!!)
武士のプライドなんてない。
俺はただの誠実なお兄ちゃんとして、彼女の前に膝をつき、目線を合わせて優しく微笑みかけた。
「遠いところからわざわざ来てくれてありがとう、糸ちゃん。
まずはこれ、美味いちまきだから食べな。
そんなに怯えなくていいからね。
俺のことは、ただの『近所のお兄ちゃん』だと思って気楽に過ごしてよ。
絶対に怖いことはしないからさ」
「え……っ?」
糸ちゃんが驚いたように顔を上げた。
彼女が実家で見てきたのは、男が威張り散らし、女は道具として扱われる冷徹な武家の世界。
それとはあまりに違う、対等で、心からの優しさに満ちた俺の言葉。
差し出されたお菓子を小さな手で受け取りながら、糸ちゃんの大きな目がじわりと潤んでいく。
(私の知るお武家様とは、まるで違う……。
氏真様は、なんて優しくてあたたかいお方なのだろう)
一瞬で、彼女の心の中に確かな信頼の灯がともった。
もちろん十七歳の俺にロリコンの趣味はない。
だから、俺たちは周囲が期待するような『夫婦』ではなく、毎日一緒に庭でボールを蹴って遊ぶような、年の離れた『幼馴染のお兄ちゃんと妹』のように暮らし始めた。
さらにこの結婚と同時に、我が今川家、北条家、そして甲斐の武田家がガッチリと手を結ぶ『三国同盟』が完成した。
歴史に疎い俺でも、さすがに『武田』という名前にはピンとくる。
「じ、じいや……。その甲斐の武田って、もしかしてあのめちゃくちゃ強い『武田信玄』のことか……!?」
俺は最凶の助っ人の登場に身震いしながら尋ねた。
だが、じいやは白髪混じりの首をひねり、きょとんとした顔で言った。
「しんげん……?
はて、聞いたこともない名にございますな。現在の甲斐の当主は、武田晴信様にございますが」
「……はるのぶ? 信玄じゃないの?」
「はい。武田晴信にございますが」
(なんだ、信玄じゃねえのかよ……。
ちょっとガッカリだわ)
しかしその瞬間、俺のハッピー脳がまたしても都合の良い三段論法を叩き出した。
待てよ、あの最強の武田信玄もこの世界には存在しないらしい。
ということは、やっぱりここは俺の知る歴史とは違うイージーなパラレル戦国時代か!
よし、信玄はいなくても、この晴信っておっさんと北条が味方なら十分すぎる!
(今川家だけでも織田信長相手に楽勝っぽいのに、そこに甲斐の武田と、糸ちゃんの実家の北条まで味方になったってこと!?
これ、実質『戦国アベンジャーズ』じゃん!!!)
俺の脳内で、完璧なパワーバランスの計算が完了した。
あの尾張のうつけ者(信長)がどれだけ頑張ったところで、この最強の三国連合に勝てるわけがない。
(よし、完全に安心した!
この世界の今川家なら、信長が相手でも100%楽勝だ!
可愛い糸ちゃんもこのまま俺が守りきれるし、俺のパラレルハッピーニート生活は不滅だあああ!!!)
「氏真様、お見事です!」
庭に出て、楽しそうにパチパチと手を叩く糸ちゃんの前で、ウキウキで華麗なリフティングを披露する俺。
「ははは、ありがと! ほら、糸ちゃんも蹴ってみて!」
無邪気に笑い合う俺たちを、陰から見ていたじいやがまた男泣きしている。
(おおお……! 北条の姫君の心を完全に掌握し、武田・北条という巨頭を味方に引き入れ、これから壮絶な駆け引きが予想されるというのに、この圧倒的な余裕……。
我が若君の深謀遠慮、織田の若造など足元にも及びませぬな……!/感涙)
信長の実在に一度はビビったものの、最強の味方と可愛い妹分が揃ったことで、俺は二百%油断しきったハッピー引きこもり状態を完成させてしまうのだった。
──数年後、親父が突然「よし、尾張の信長をブチ殺しに行くぞ!」と言い出して出陣し、あの『桶狭間の戦い』という名の地獄のカウントダウンが始まることになるとは、この時の俺は、まだ一ミリも疑っていなかった。




