第3話:今川無双、ここに極まる 〜人質の少年にサッカー(蹴鞠)を教えてみた〜
「信長じゃないからセーフ!」という完璧なカン違いから、約七年。
十二歳になった俺(龍王丸)は、相変わらずお屋敷から一歩も出ない最高にホワイトなニート生活を満を満喫していた。
家庭教師みたいなおっさんが、色々な学問を教えに来てくれたが、計算はもとより、漢文とか和歌なんかが、文系の俺の得意分野だったから、俺はまさに神童って感じで、チヤホヤされて、ただただ楽しい毎日だった。
それに、その間の我が今川家の進撃っぷりは本当に凄まじかった。
親父(今川義元)は西の三河国(愛知)へどんどん領土を拡大し、敵の織田信秀をボコボコにしまくっていたのだ。
ガチの最強大名である。
極めつけは、つい先日飛び込んできた大金星のニュースだった。
今川軍が織田方の重要なお城を落とし、なんと敵のボスの息子を生け捕りにしたという。
「じいや! 織田の息子を捕まえたってマジ!? 名前なんていうの? もしかして『信長』とかいう奴!?」
「いいえ若君、捕らえたのは織田信秀が嫡男──織田信広にございます!」
「……のぶひろ。
やっぱり信長じゃねえええ!!」
俺は心の中で激しくガッツポーズをキメた。
信秀の次は信広。
よし、この世界の織田家に「信長」なんて不吉な魔王は存在しない!
(確定したわ。
ここは織田家が勝手に自滅していくパラレル戦国時代だ! 俺の滅亡フラグ、完全に消滅!
よっしゃ、一生この家の財産でぬくぬく暮らすぞ!)
パラレル日本への絶対の確信。
これで俺の寿命は保証された。
そんな最高にハッピー脳になっていたある日。
我が今川家は、捕虜にした織田信広の命と引き換えに、織田家に拉致されていた別の小大名の跡継ぎをこちらに引き渡せ、という超強気の「人質トレード」を成立させた。
そうして駿府のお屋敷に送られてきたのが、七歳の男の子だった。
「名を、松平竹千代と申します。
これより若君の学問や蹴鞠のお相手をさせまする」
じいやに紹介されたその少年は、ボロボロの着物を着て、周囲の家臣たちから「戦利品のガキめ」と冷たい視線を浴び、借りてきた猫のようにガタガタと震えていた。
(まつだいら……たけちよ。
誰それ? 全然知らん。
っていうか、七歳!? 小学校一年生じゃん!
そんなちっちゃい子が人質とか、戦国時代リアルにエグすぎだろ……大変だなあ、お前)
俺の中身は普通の現代人だ。
ただ単に、目の前の可哀想な子供を放っておけないだけだった。
「竹千代くん、お腹空いてる?
これ、美味いちまきだから食いなよ。
そんなに緊張しなくていいからね。
俺もこの屋敷から出られない引きこもり仲間だし!」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
おやつをあげて、優しく頭を撫でてやる。
竹千代は信じられないものを見るような目で俺を見上げていた。
さらに、彼が難しい漢文の教科書を前に半泣きになっているのを見かねて、大学卒業の知識をフル活用して噛み砕いて教えてやった。
「ここはね、要するに『みんなで仲良くしよう』って書いてあるだけ。
そんな丸暗記しなくていいからさ。
なんか困ったことがあったら何でも俺に言いなよ」
「若様……! はいっ……!」
竹千代の目が、見る見るうちに潤んでいく。
勉強のあとは、心の壁を完全にぶち壊すために、庭に連れ出して前世のサッカー技術(蹴鞠)を仕込んでやった。
「ほら、パス出すから足で蹴ってみて! インサイドはこう、足の内側を面にしてボールを当てるんだ。
そうそう! 上手いじゃんお前!」
「あ、当たりました! 楽しいです、若様!」
一緒にボールを追いかけるうちに、竹千代の顔に子供らしい満面の笑顔が戻る。
俺にとっては、近所の可哀想な子供と放課後にサッカーをして遊んであげているだけの感覚だった。
「大変だなあ、お前。
でも俺がいるから安心しろよ!」
笑顔でボールを蹴る俺たち。
しかし、その微笑ましい光景を、陰の障子の隙間から覗き見ていたじいやは、またしても激しく勘違いして男泣きをしていた。
「おおお……! 若君は、あえて人質の竹千代に惜しみなく情をかけ、今川の高度な学問や、秘伝の足技を直々に伝授しておられる……!
これは、将来的に松平家を『恐怖』ではなく『絶対の信頼と徳』によって、今川の忠実な臣下に育てるための神がかり的な人心掌握術……!
我が若君の深謀遠慮、底が知れぬわ……!(感涙)」
じいやの熱苦しい深読みなど知る由もない。
俺は
「パラレル日本最高! 信長もいないし、可愛い後輩もできたし、マジでイージーモードだわ!」
と、完全なる安心の沼にどっぷりと浸かっていた。
──その数年後。
「尾張の織田信秀が病死し、その跡を、次男の『織田信長』という若者が継いだらしい」
という最悪のニュースが飛び込んできて、俺が心臓をひっくり返して絶叫することになるとは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのである。
明日から毎日1話づつ20時頃に投稿予定です。
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