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『歴史を知らない現代人が今川氏真に転生したら、怖すぎて戦わずに生きていくだけで精一杯だった件 〜でも結果的に一番幸せな勝ち組になりました〜』  作者: 山原かいな
第三章:『 迷参謀爆誕??〜ただ家族を、友を守るため〜』

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第15話:虎の咆哮〜神輿を巡る画策〜【武田信玄視点】

 甲斐国――躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)。

 重苦しい静寂が満ちる大広間で、一頭の「虎」が不敵な笑みを浮かべていた。

 武田大膳大夫信玄。

 その手にあるのは、京の室町幕府十五代将軍・足利義昭からの御内書(みないしょ)であった。内容はただ一つ――「織田信長を討て」。

「ついに、時が来たな」

 信玄の低く地響きのような声に、居並ぶ宿老たちが一斉に身を正す。

 狙うは織田信長、そしてその盟友である遠江の徳川家康。

 将軍の命を拝した武田こそが「正義」であり、信長らは「逆賊」であるという完璧な大義名分。

 西上作戦がいよいよ始まろうとしていた。

 だが、そこへ飛び込んできた隠密(透波)の報せが、館の空気を一変させる。

「御館様! 急報にございます! 小田原を去った今川氏真が、浜松の徳川家康の元へ身を寄せました!」 

「何だと……!?」

 その瞬間、大広間の気温が氷点下まで下がったかと思うほどの殺気が、信玄から放たれた。

 信玄の鋭い眼光が、怒りに燃え上がる。

「今川氏真め……。

 やりおるわ、あの執念深い男が……!」

「御館様、お気を静めくだされ」

 慌てて進み出たのは、赤備えを率いる宿老・山県昌景である。 

 山県は忌々しげに鼻で笑った。

「氏真など、駿河の領国をあっさりと我らに奪われた暗愚。

 北条にまで見捨てられ、命惜しさに這う這うの体で徳川へ逃げ込んだのでしょう。

 そのような、己の領土すら守れぬ馬鹿など、放っておけばよろしいかと。

 我らが大軍で踏み潰せば済む話にすぎませぬ」

 他の武将たちも、山県の言葉に同意するように頷いた。

 彼らにとって今川氏真とは、先祖代々の土地を守れずに国を追われた、戦国大名の面汚しでしかなかったからだ。

 しかし、信玄はギロリと山県を睨み据え、一喝した。

「黙れ、昌景! お前は何も見えておらぬ!」

「なっ……」

「今川氏真をただの馬鹿だと? 愚かな。

 あの男の本当の恐ろしさを、未だに解さぬか!」

 信玄は立ち上がり、大広間を激しく行き来しながら、忌々しげに言葉を吐き出す。

「思い出してみよ! 我らが駿府へ攻め込んだあの時、氏真は戦いもせず、一瞬で駿府を捨てて逃げ去った。

 普通の大名ならば、意地と面目のために玉砕を選び、一族郎党全滅したはずだ。

 だが、奴は迷わず逃げた。

 それによって、今川の本流と、愛する妻子の命を確実に残したのだ!」

 信玄の脳裏に、かつての戦いが蘇る。

「さらに遠江の掛川城での籠城を見よ。 

 我らと徳川の猛攻を受けながら、奴は泥臭く粘り続け、最後は『城兵の命を全員助けること』を条件に開城した。

 ……分かるか? 氏真は、国や面目などという脆いもののために、部下の命を一人たりとも無駄に散らさなかったのだ!

  命を最優先にし、一族を生存させる……あれほどの徹底した『生存戦略』、生半可な覚悟でできることではない!」

「そ、そこまでの深謀遠慮が、今川氏真に……」

 山県昌景が冷や汗を流し、息を呑む。

「奴の動きはすべて計算されている!」

 信玄は御内書を握りしめ、歯噛みした。

「今、このタイミングで奴が徳川の懐に飛び込んだ意味を考えよ。

 我らはかつて今川の駿河を侵略した身だ。 

 ここで徳川が

 『元主君である氏真様を保護し、その旧領回復(駿府奪還)を手助けする』

というポーズを取ってみろ。

 どうなる?」

 武将たちがハッと目を見開いた。

「……我らは、将軍の命による正義の軍勢から、一転して『不義理な侵略者』へと世論をひっくり返される。

 今川を救おうとする徳川の側に、強固な『義』が成り立ってしまうのだ!

  将軍の命があろうとも、周囲の大名への聞こえが悪くなる。

 今川氏真は、己の身一つを浜松へ移すことで、我が武田を『不義の徒』に仕立て上げ、足止めする天才的な一手を打ってきたのだ!」

 信玄は拳を壁に叩きつけた。

 武将達の一部はあまりの恐怖に奥歯がガチガチと鳴る。

「恐るべき男よ、今川氏真……。 

 国を失ってもなお、その頭脳で我が武田を破滅へと導こうとするか。

 だが、こちらも引き下がるわけにはいかぬ」

 信玄は冷徹な謀略の目を光らせた。

「家康の手から大義名分(神輿)を奪い取る。 

 浜松城の氏真に密使を送れ。  

 奴を徳川から離反させ、我が武田の神輿として抱き込むのだ。

『家康のような裏切り者ではなく、我が武田と共に駿府を取り戻そう』と、甘い蜜を吸わせるふりをして引きずり出せ。

 用が済めば、徳川もろとも圧殺してくれるわ!」

 戦国最強の虎・武田信玄が、まだ見ぬ今川氏真への警戒を最大級に強めていた。

 その頃、浜松城の氏真は、

「やっぱり家康くんのところのお菓子は最高だな~」

と、子供たちを両脇に抱っこしながら、糸ちゃんが淹れてくれたお茶と共にのんきに口に運んでいたのだが――。

 その背後に、虎の放った暗殺一歩手前の恐るべき陰謀(密使)が、刻一歩と迫りつつあることを、彼はまだ知る由もなかった。

次回は31日午後8時頃更新予定です。

よろしくお願いします。

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