第13話:友の城へ、〜再びの旅立ち〜
新章開幕です。
本日はもう1話、その後は週に3回程度の更新になります。
よろしくお願いします。
──親父が桶狭間で討たれ、今川の国が滅んでから数年の月日が流れて──
元亀2年(1572年)、俺はもう34歳になっていた。
最愛の糸ちゃんとの間には、長女に加え、ここ小田原で長男も授かった。
小田原の地で数年、俺は二人の可愛い子供たちに囲まれて、穏やかで平和な隠居生活を噛み締めていた。
しかし、最大の庇護者であったお義父上・北条氏康が病に倒れて、この世を去ってから、風向きが変わり始める。
跡を継いだ義兄の北条氏政は、強大な周辺勢力の脅威から北条家を守るため、お義父上の遺言に従い、かつて今川を裏切った宿敵・武田信玄と再び同盟を結び直すという、苦渋の決断を下さざるを得なくなったのだ。
大広間で一人、苦悩に顔を歪める氏政。
その背後には、「武田の仇敵」である俺が親戚として小田原に居座っているという、外交上の最大の障害があった。
これに気づいた俺は、すぐに荷をまとめ、小田原を出る決意を固めた。
引っ越し先は、西の家康くんのところだ。
かつて彼は、
「何があってもお命はお守りします」
と約束してくれたし、なんと言っても、俺の知っている歴史では天下人となった家康くんだし、あそこなら安全だろう。
出発の直前、俺はいつも影のように寄り添う護衛の朝比奈泰朝を呼び止め、真剣な顔で語りかけた。
「泰朝。
俺たちはこれより小田原を発って、徳川家康くんのところへ引っ越そうと思う。
……だが、お前はここに残り、義兄上に武将として仕えてくれないか」
その瞬間、泰朝の顔が怒りと困惑で激しく歪んだ。
「な……ッ!? お屋形様、正気でございますか!
徳川といえば、我が今川を裏切り、先代のお屋形様の仇である織田と手を結び、さらには掛川城で我らを攻め滅ぼした憎き裏切り者!
なぜあのような不実の徒を頼らねばならぬのですか!
お屋形様があの狸の軍門に降るなど断固反対にございます!
しかも、我にお屋形様から離れ、北条殿に仕えろ等と、そのような事はお屋形様が小田原の地にまいられた折にお断りしたではないですか!」
凄まじい剣幕で大反対する泰朝。
バリバリの戦国マインドの彼からすれば、当然の反応だ。
そもそも、これから行く浜松城には、掛川城の戦いで泰朝が本気で突撃したせいで、家康くんの手加減の隙を突かれて戦死してしまった家康くんの親戚(松平忠次)の遺族だっている。
正直、俺だって死ぬほど気まずい。
だからこそ、俺は泰朝の未来を思って優しく諭したのだ。
「違うんだ、泰朝。
お前ほどの男が、国を失った俺の『一介の護衛』として終わるのは忍びない。
歴史から名を消して終わっていいはずがない。
北条であれば、お前は再び大将として華々しく戦える。だからここに残れ」
「拒み申す!
国がなくとも、私はお屋形様の直参! なぜ私を置いて、よりにもよってあの仇敵・徳川の元へ行かれるのですか!
どうしても行かれるのなら、我を切ってからになさいませ!」
刀を俺の前に差し出して、一歩も引かない泰朝。
これ以上はもう、本当のことを話して納得してもらうしかなかった。
俺は周囲に誰もいないことを確認し、声を潜めて、かつて掛川城の夜に家康くんと交わした「裏約束の真実」を明かした。
「……泰朝、落ち着いて聞いてくれ。
実はね、家康くんは裏切り者なんかじゃないんだ。
あの掛川城の戦い、あいつは最初から、俺達家族を無傷で北条へ逃がすために、信長や信玄の目を盗んで『攻めてるフリ』の芝居をして時間を稼いでくれてたんだよ」
「……はえ? 芝居、にございますか?」
呆然とする泰朝に、俺はさらに続けた。
「そうだよ。
連日、城の空に向かって大砲をぶっ放してたのも全部演出。
あいつは幼い頃に俺がちまきをあげたり、サッカーを教えた事を何故かずっと恩に感じているみたいで、命がけで俺たちを守ろうとしてくれてたんだ。 お前が夜襲や突撃を仕掛けた時、徳川軍が中途半端に引き下がったのも、家康くんが『朝比奈を絶対に殺してはならない』って思ったのか、手加減の命令を出してたからなんだよ。
あいつは俺たちのために、自分の大切な親戚(松平忠次)を戦場の混乱で死なせてしまうほどの、特大の泥をかぶってくれたんだ……」
大広間が、静まり返った。
泰朝は目を見開き、ガタガタと全身を震わせ始めた。
その脳内で、あの半年に及ぶ過酷な籠城戦の記憶が、すさまじいカタルシスを伴って一本の線へと繋がっていく。
「な……なんという事だ……。
徳川殿は、織田と武田という二大巨頭の目を欺き、我が主を救うためにそれほどの決死の不義理を演じておられたのか……!
そして我が主は、徳川殿のその命がけの蜘蛛の糸を信じ、家臣たちに腰抜けと謗られながらも、ただ一人でその秘密と孤独に耐え抜いておられたのか……っ!」
ボロボロと、泰朝の目から大粒の涙が溢れ出した。
彼は床に激しく平伏し、むせび泣いた。
「お屋形様……!
己の不甲斐なさを恥じ入りまする!
私は何も知らず、お屋形様の深謀遠慮も、徳川殿の涙ぐましい忠義も知らず、勝手に暴れて戦場をかき乱し、あまつさえ徳川殿の御親族を討ち取るなどという大罪を……っ!
嗚呼、お屋形様は、その申し訳なさをただ一人で背負って、今日まで私を責めずにいてくださったのですね……っ!(号泣)」
(いや、ガチで言うタイミングを逃して気まずかっただけなんだけどね……。)
主君の底知れぬ慈悲と、家康の命がけの友情に魂を震わせた泰朝は、もはや北条に残る気など一ミリもなかった。
彼は涙を拭い、俺の前に差し出していた刀をそっと床に置いた。
「武将・朝比奈泰朝はたった今、完全に死にました。
これからは徳川殿への不義理を詫びつつ、氏真様という尊いお命を影からお守りする『一介の護衛』として、地獄の果てまでお供させてくだされ……っ!」
「……分かったよ。
じゃあこれからはただの家族として、一緒に来てくれ。
家康くんのところへ行ったら、二人でちゃんと頭を下げような」
「はっ……! 命に代えましても……っ!(感涙)」
こうして、誤解が解けて忠誠心が限界突破した泰朝を連れ、俺は糸ちゃんと二人の我が子と共に、義兄・氏政の前に現れて小田原を発つ旨を告げた。
「義兄上。
武田の敵である俺がここにいては、武田との同盟の妨げになりましょう。
そんな気まずい思いを義兄上にさせるわけにはいかない。
俺たちは親父(今川義元)の法要を済ませた後
、出来るだけ早く西の徳川家康の元へ向かいます」
驚き、俺の気遣いに涙を流して感動する氏政。
しかし、俺が「徳川の元へ行く」と告げた瞬間、義兄の脳内に、凄まじい軍略のパズルがひらめいたように顔を上げた。
(……ハッ!? 氏真は、私に気を遣うフリをして、とんでもない策を仕掛けようとしているのか……!?
武田と同盟を結ぶ我が北条の『裏』をかき、今度は徳川家康の元へ身を寄せる。
今川の旧臣たちが多く残る徳川へ氏真が行けば、武田信玄は『徳川と北条が、今川氏真を介して裏で繋がっているのではないか』と強烈な疑心暗鬼に陥る。
つまり氏真は、自らが徳川へ動くことで、武田の動きを完全に封じ込める生きた楔になろうというのか……!
なんという恐るべき立ち回り、どこまで今川を、北条を救おうとされるのだ……!
しかし、武田が黙って見ているとは思えん…)
「氏真殿、武田に注意なされよ…。
徳川へ向かう決意は固いようなので、止めはせぬが、武田領付近を通る陸路は避けた方がいい」
(何か勘違いしてる顔だけど、ただ武田信玄が小田原に来たら気まずいし、かつて約束をしてくれた家康くんのところの方が安全そうだから引っ越すだけなんだけど……まぁ言うとおりにしとくか)
「分かりました。
船旅も良さそうなので、そのようにいたします。」
お互いに強い絆と、180度噛み合わない感銘を交わし、氏政に温かく送り出された。
一介の護衛となった泰朝は、まだ小さな子供たちを連れた俺と、糸ちゃんを護衛するために、物静かに、しかし力強く刀を握り直した。
「お屋形様、これより家康殿のいる浜松城へ。
さらには、どこまででも、お供いたします」
「ふふ、また氏真様と旅ができますね。
船旅とはワクワクしますね。
今度は子供たちも一緒です。
ほら、お父様に手を引いてもらいなさい」
俺は、親父の法要を済ませ、愛する妻と、可愛い子供たちの笑顔に支えられながら、再びかつての友が待つ西の地へと歩み出す。
歴史の裏で、自らが動くことで「武田・北条・徳川」のパワーバランスを勝手に操る(と周囲に深読みされる)名君の引っ越しが始まるのであった。
第3章開幕です。
小田原で平穏無事な隠居生活を手に入れたと思っていた氏真であったが、北条氏康の、死をきっかけにまた歴史の荒波に飲まれて行きます。
氏真は家族と平穏無事な生活を守れるのでしょうか?
本日、午後1時頃にもう1話更新します。
よろしくお願いします。
※面白いと思ってくださったら、ページ下の【ブックマーク登録】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、毎日の執筆の励みになります!
読んでいただきありがとうございました。




