7ー11・置き贈り物
『初めまして。
私、北條家の関係者の者です。
北條風花さんから、
貴方にお伝えするご要件を承りまして、本日は参りました』
突然にして、来訪した男性はそう告げた。
“北條風花”というワードを無視は出来ない。
圭介は応答し、状況から
話は長くなりそうだと思い、部屋に上がって貰う事にする。
「___すみません、わざわざお茶まで」
「いえ、こちらこそ、おもてなし出来ず申し訳ありません」
圭介の部屋はかなり物が少ない。
あの日、紙袋に収まる程の物を持って上京し
大学とアルバイト先の往復だけだった。かと言って物欲もなく
部屋にあるのは、布団代わりのシーツ、
折りたたみ式のテーブル。大学の資料が入ったパソコンだけ。
冷蔵庫の中身はやっとペッドボトルの飲料水だけだった。
圭介は緊張しつつ、目の前に居る
『北條家の関係者』と名乗る男へ視線を向ける。
一言で終わらせると
“紳士”という貫禄と気品のある人物だった。
彼はさりげない優雅な振る舞いをしている。
「貴方が、長野圭介さん、ですね?」
「………はい」
「申し遅れました。私は萩原孝義と申します。
風花お嬢様の未成年者後見人です」
「そうですか」
未成年者後見人と聞いて、圭介は驚く。
北條風花に
未成年者後見人がいるというのはおかしい話ではない。
ただてっきり、世話役と名乗り、風花の傍にいる
ジェシカと名乗る女性とばかりと思い込んでいた。
北條家のしがらみも、
風花の人間関係も、圭介は知らない。
だが萩原という人は
風花お嬢様と、当然のように口にした辺り、
北條家の関係者で風花をよく知る人物なのだと分かる。
(___俺は、何も知らなかったんだ)
北條家の、北條風花のお嬢様としての面を。
クライシス・ホームの責任者としての彼女しか知らなかった。
役職だけで、
彼女に対する役目は何も果たしていなかったのだと
無力さを思いながら、何処か心の中で項垂れていく。
外からは
夕暮れの茜色の空の光が、窓から微かに差し込むのみ。
その暖かさとは無縁を示すようにこの場は
ただ気不味い雰囲気だ。
「貴方は風花お嬢様の、監視や教育役の
ボディーガードをなされていたと聞いています」
「はい、そうです」
(本当にそうだろうか)
疑心暗鬼。
本当に与えられた役職を全うしていたかと尋ねられれば
圭介はそうではない、と思う。
そしてこの人は何の為に、来たのだろうかと思っていると、
萩原孝義は、鞄から茶封筒をテーブルに置き差し出した。
「これは?」
「風花お嬢様からです。
____長野さん。
貴方は
貴方をクライシス・ホームでの功績を称えて、
今月付けで北條家の本社へ推薦致します、と」
「はい?」
圭介は呆気に取られる。状況が飲み込めない。
差し出した茶封筒の中身は、己の目で確かめろという
萩原に従い中身を開けると、本社への推薦状があった。
推薦者は、直筆で北條風花の名前。
「___どういう事です?」
自然と疑問が、溢れていた。
不思議そうに、そして困惑する圭介に、萩原は疑問に思う。
「おや、お嬢様から聞いていませんか?」
「…………無知で申し訳ないのですが、僕は何も知りません。
何かありましたか?」
自身は、推薦されるような事を、微塵もしていない。
____北條家、本家。
カーテンは開けない主義だが、
不意にその隙間からは茜色が横切る。
その一筋の光りすら眩しく思い、少しだけ目を伏せた。
忘れかけていた、この北條家での生活にも慣れてきた。
春から、大学生になる。
入試に向けての受験勉強に浸っている生活を送っていた。
そんな最中、お茶ですという穏やかな声と共に現れた使用人。
「今頃、萩原さんが長野さんに、詳細をお伝えしているかと」
一瞬だけ、何を言われているのかと思っていたが
自身が発言した事を思い出し、視線を伏せる。
「……………そうですか。有難う。
引き継ぎの件、よろしくお願い致します」
「分かりました」
少女は参考書を見、ノートを取りながら、話に耳を傾ける。
使用人は、用件を伝え終え、湯呑みを置くと
深々と当主の孫娘に頭を下げ去っていく。
ちょうど、試験勉学中だった風花に届いた知らせは、
彼女の望む通りに進んでくれているらしい。
そろそろあの青年に話が届く。
彼には、仕事だけではなく私情から様々な
面倒や迷惑をかけ振り回した。
だから。
___自身に最後、出来るのはこの事ぐらいだ。
(____本当にそう?)
不意に手が止まってしまった。
本当にそうだろうか?
自身や小川芽衣の過去を、そして何よりも
クライシス・ホームの内部情報を一部、悟られているので
その口止めと言わんばかりに、
重きを置いた役職のボストに束縛した。
そうではないか。
私情の口止めの為に、青年を束縛する。
そんな何処か最低な行為を、架せた。
「____では、失礼致します」
「いえ。貴重なお時間を割いて頂き、
有難う御座いました」
頭を下げた圭介に
用件を伝え終わった、萩原は帰って行った。
話は予想通りに長くなり、茜色だった空は
もう濃紺の夜空に変わっている。
萩原を送った後、
圭介はベランダで天を仰ぎつつ、愕然としていた。
萩原から全てを知った。
クライシス・ホームは、責任者の意向でもう畳んだという事。
北條風花はクライシスホームを畳んだのを気に、
実家に帰ったという。
これからは地元の女子大学に通う事だろう。
そして、
自身は北條風花の監視や教育の役人として一目置かれ、
北條風花本人の意向で直々に、北條家の本社へ推薦された。
圭介は来月から、
親元である北條家の葬儀屋で働く事になった、という訳だ。
大学の勉強もあると告げるとその期間は非常勤扱いで
卒業してからは、正社員になって欲しいとのこと。
事がいきなりともあってか、衝撃が佇んだ。
だが。同時に
(___あれだけ暴言を吐いたのに、
何故、少女は此処まで面倒を見てくれたのだろう?)
全ては自身が悪いのに。
何故、少女は此処まで計らってくれたのか。
何もない夜空に問いかけても、
真意は分からないままだった。




